253. 龍飛行~叔母さんの歓迎
ツィーレインから、少し距離を置いた森の道に龍を降ろしたイーアン。
『また後で呼びます』荷物を取ったイーアンが声をかけると、龍は再び空へ戻って行った。こんなことが最近、頻繁にあるから、そろそろ国で話題にもなっていそうだなとドルドレンは思った。
森の道を歩きながら、荷物が軽くなって良かったとイーアンが笑っていた。材料と試作はアーエイカッダに置いてきたから、残りはお菓子と小さいものがちょっとあるだけ。自分で持つというので、ドルドレンはイーアンに任せておいた。
町へ入ると、憲兵が門のところで座っていて、許可証もなくあっさり通過させられる。『歩きで入ってくる旅の人はそのままで』と言う。龍だったらどうなるやらねと二人でくすくす笑う。
町の中をぶらぶらしながら、まだ開店したばかりの店などを眺めて二人は歩く。暫く歩いて、おばさんの民宿前まで来た。『歩きで来たと思われそう』イーアンが少し気になってドルドレンに囁く。
「大丈夫だろう。仲間に馬を預けて、自分たちだけ寄ったと言えば」
「いつも思うけれど、ドルドレンは本当に言いわけが上手」
誉められている気がしないドルドレンは少し黙る。イーアンが笑いながら腕を組んで『誉めたの』と慰めた。そんな二人の声を聞いて、民宿の扉が開き、中から叔父さんが顔を出した。
「あ!イーアンじゃないか。総長さんまで来てくれて」
叔父さんの顔が、物凄く輝いて大喜びしている様子に、ドルドレンは少し違和感を感じる。叔父さんは『入って入って』と手招きしながら、中のおばさんにも大声で知らせ、また走り出てきて忙しく動く。
「馬は?」 「仲間と来たから、今は預けてここへ立ち寄った」
ああ、そうなの、と人の好い叔父さんはあっさりドルドレンに騙されて(?)じゃ早く入んなさいと二人を中へ急かした。
叔母さんが足音を響かせて走ってきて、イーアンを見て大変喜んだ。総長にも挨拶し、寒かっただろうと食堂へ通す。
「年末、あんたが来ないから。一体どうしたかと思っていたのよ」
家族じゃないんだからとドルドレンは思うが、そこまでイーアンを思ってくれるのは有難いので、無表情に頷いた。イーアンも嬉しそう。席に促されて、一番暖かい日差しの入る席に座らされた。
「ああ、こんなところに埃!ごめんなさいね、掃除が行き届かなくて!」
「いつも綺麗です。埃なんてどこからでも出ますもの」
「違うのよっ。あの子ったら掃除もろくに出来ないんだから」
濁声で嫌そうな顔をする叔母さん。あの子?イーアンとドルドレンは目を見合わせる。叔母さんが動かないので、笑顔の叔父さんがそそくさお茶を運んできた。
「そうなんだよ。スウィーニーが来ていてね」
「あの子、気が利かないでしょ。掃除も手抜きだし。全く、なんで一人で来るかしらねぇ」
あんたが来ないと分かったから、本当に気が利かない木偶の坊でイヤんなっちゃったわよと、叔母さんは出された菓子を握って口に放り込んだ。
イーアンはスウィーニーはもしかして、見合いどころではなかったのではないか・・・と思った。ドルドレンもちょっと固まっていて、この叔母さんの様子だと何やら不穏な事態が起こっていたと見当を付ける。
『あ。そうでした』私、頂いた本を見て作ってみたのですと、イーアンはお土産の箱を出した。
叔母さんの味と違うかも、ちょっと言いわけしながら、おずおず差し出すイーアン。叔母さんはむしゃむしゃ食べていた菓子の手を止めて、渡された箱を両手で受け取って満面の笑顔になる。
「開けて良いの?」
イーアンに訊ねつつ、既に開けている叔母さん。出てきたお菓子に悲鳴を上げて喜ぶ。
ドルドレンの耳には、イオライの炎を吐く魔物の甲高い声のように聞こえた。思わず、剣の柄に手をかけそうになるのを押さえる。
「何て綺麗に作ったの!イーアン、あんた初めてでしょう」
「はい。でも手伝ってもらいました。親がこちらの出、と仰る騎士がいまして、その方がお菓子の様子を聞かせてくれたので出来ました」
「ああ、これは美味しいわよ。ほら、あんた。ちょっと食べてよ、美味しいでしょ。イーアンが作ったんだって。何でしょうね、これはもうお店じゃないの、お店の味よ。ああ、イーアンは器用ねぇ」
真横で聞いていた叔父さんにも説明しながら、叔母さんは興奮状態で叔父さんに菓子を渡す。『あんた一個で良いわね』無理に数を設定して、残りを全て自分が請け負うと無言宣言する叔母さん。
まぁ美味しいと言いながら、叔母さんは一気に食い尽くしそうになる。叔父さんに止められて『また夜も食べたら』と言われると、止めた叔父さんを、薮睨みで殺しかけた顔を笑顔に戻した。
「そうしましょ。それがいいわ。どうするの、今日は泊まるんでしょう?何日いられるの」
「いいえ。明日はイオライへ行くのです。新年は仕事の委託先に訪問が詰まっていて」
年末も7日間は委託先への出向と魔物退治とで、その忙しなさを苦笑いするイーアン。泊まれないことに驚いていた叔母さんは、イーアンの話を聞きながら同情気味にイーアンの腕を撫でる。
「よく見たら。あんた怪我をしたんでしょう。痣も瘡蓋の治りもあるじゃないの。女なのに、こんなに頑張って・・・・・ 総長さんが一緒でもこんなになるなんて、よほど危険なのに」
そう言うとなぜか、叔母さんはドルドレンをじろっと見る。ドルドレンはさっと目を逸らした。叔父さんも本能的にさっと俯く。イーアンは首を振って『騎士の方たちは私よりずっと大変』と叔母さんに微笑んだ。
「あんたは本当に優しい子ね。エイデルが会いたがっていたけれど、また今度だわね。エイデルも実家にいるから」
その名前は誰のことだろうと思って、イーアンが訊ねると。叔母さんは形相が少し盗賊っぽくなった。
「やだ。あの子はイーアンに、エイデルの話もしなかったのね!スウィーニーめ」
叔母さん。こんな強烈に怖かっただろうか。ドルドレンは。その百面相気味の表情に少したじろぐ。
どうやら叔母さんの憎憎しげな話だと、スウィーニーの学友にエイデルという女性がいて、気持ちの優しい女性だから、是非イーアンのツィーレインの友達に・・・と思ったという。
大きなお世話をとドルドレンは思うが、無表情で話を聞き続けるに徹する。
――この様子では。思うにスウィーニーは相当、勘違いして、叔母さんを怒らせるか嫌がらせるか(※両方)しただろう。イーアンを連れて来いと言われていたのか。しかし、叔母さんがここまで気に入っているとは思っていなかったのだな。恐らく、 ・・・・・ギアッチが言っていたように、エイデルという女性のことは知っていたな。彼はきっと、彼女と会いたくて先に来た。
それでイーアンはまた今度、と思って到着したら。叔母さんに怒られて・・・この叔父の様子から見るに、叔父は尻に敷かれているから、叔母さんの機嫌の悪いとばっちりを受けた被害者(叔父)にも、満足な応対をされなかったであろう。
先ほどの話からすれば、どうやら彼に掃除をさせていたらしいから。怒った叔母さんが、滞在中の仕打ちを掃除で済ませると思えないため、きっとスウィーニーは散々雑用をさせられていた可能性がある(ビンゴ!)。しかし不憫な。その女性とだけでも上手く行っていれば良いが――
「エイデルもイーアンが来ると思って、その日に迎えに出てたのよ。だけど、スウィーニーが一人だって聞いて、悲しくてすぐ帰ったのよ。可哀相でしょう?」
――うぬ。これは無理だ。スウィーニーは結婚したがっているから、きっと年末年始は運命の出会いと喜んでいただろうに(当)。女性にまで嫌がられるとは気の毒な。戻ったらブラスケッドに回して、夜通し涙酒でも付き合わせよう(※俺は幸せだから無理)。
この後も、叔母さんはいろいろと喋りながら、イーアンを台所へ連れて行ったり、庭に出して果実を採らせたりと忙しく世話をした。
昼だけでも食べておいでと誘い、一緒に作ろうとしたイーアンに、綺麗な服を汚してはいけないと前掛けを与えた。
「私が若い頃の前掛けだから。きれいに取っておいたから、イーアンにぴったりじゃない。それあげるわ」
叔母さんがイーアンに贈った前掛けは非常にきちんとしたもので、可愛いフリルが裾と襟に少し付いていた。叔母さんの原型から、その前掛けが活躍した時期が全く想像できないほど、前掛けは普通の人のサイズで細かった。
「ドルドレン。見て下さい。前掛けを頂きました」
料理を作る前に、喜んだイーアンがドルドレンの前に、前掛けを着て立った。なんて清潔できれいなの、とイーアンが前掛けの裾を両手に持って広げ、はにかむ。
――ああ、可愛い。叔母さんの体型から想像できないくらい別物。なんてイーアンは可愛いんだろう。これで、新居の台所に立たせて、料理させたら、もう。うむ。襲うな。俺が料理しちゃう。まずいまずい、顔が緩む。今すぐ料理したくなる。はー可愛い。あー食べたい――
ドルドレンがニコニコにやにやしながら、行っておいでと背中を押し、台所に戻るイーアンを見つめる。ふと、床や窓に埃が見えて、暇だからなと拭くことにした。
叔父さんに濡れた雑巾と乾いた雑巾をもらって、ドルドレンは窓を拭く。引き手の指紋なども気になるところはきちんと拭き、あまり掃除するのも失礼かと思って、床に落ちた埃は、さりげなく手で拾った。
叔父さんは、総長が掃除をしているのを見て、一生懸命謝ったが、ドルドレンは部下(※スウィーニー)のことだから気にするなと叔父さんに伝えた。
他にスウィーニーが何をしたか知らないので、叔父さんに質問すると、屋根を少し直してもらったと言う。一緒に見に行くと、あまり丁寧ではないことが見て分かった。
板を釘で打ってやろう、とドルドレンが言うと、躊躇いながらも叔父さんは金槌と釘と板を持ってきた。
表の塀の上から、雨漏りの屋根部分に上がれると見て分かったドルドレンは、叔父さんにクロークを持たせて跳躍で塀へ、その塀から2階の屋根へ跳んだ。
叔父さんが下で感心している中、屋根の板に砕けた部分を見つけたので、そこを上から押さえて数枚の板を貼った。屋根の内側も傷んでいるだろうと思ったが、それは叔父さんたちが業者にやってもらう範囲と考えて、ドルドレンは屋根を降りた。
「屋内から修理できるところは、業者の方が良いだろう。専門的なこともある」
クロークを羽織り、中へ戻るドルドレン。叔父さんはべた褒め。
さすが総長さんだ!と拍手しながら、後をついて来る。少々賑やかなドルドレンの登場に、イーアンは台所から顔を出して『出来ましたよ』と微笑んだ。
「イーアンが手伝ったから、今日のお昼はすごく美味しいわよ。一緒にお昼にしましょう」
「聞いてくれ。総長さんは、スウィーニーが上手くやらなかった屋根を直したんだよ」
掃除までしてくれて、屋根なんて跳んで上がるんだから大したもんだよ・・・叔父さんは興奮しながら妻に話す。それを聞いた叔母さんは、絶叫をあげる。ドルドレンの手が自然に剣の柄へ動きそうになるが、これは人間、と理解する。
スウィーニーの役立たず加減はボロクソ言われてしまう逆効果になったが、彼らは総長の行動にも、イーアンの行動にも大変喜んでくれた。スウィーニーに関しては、気の毒でしかないとドルドレンは思う。
叔父夫婦とドルドレンとイーアンは一緒に昼食を摂り、なぜか娘夫婦のように親しまれながら、和やかに昼は過ぎた。
昼を頂いてから。イーアンは食器の洗い物をして、ドルドレンは庭木の伸びた高枝を落としてやって、それから暇を告げる。
叔父夫婦はとても名残惜しんでくれて、叔母さんはイーアンを抱き締めて『早くまたいらっしゃい』と言ってくれた。叔父さんも総長にお礼を沢山言い、二人に見送られながらドルドレンとイーアンは町を出た。




