2528. 半月間 ~㉛獅子の秘密の道具・女龍と僧兵前半・エサイ談『過去比較』
☆前回までの流れ
僧兵の一部記憶を閉じ込めた、魔導士製の『板』。僧兵の視点を通した事件が、皆の前で映像となって流れ、これにより、敵の情報について多くを知りました。また、本人は知らぬままクフムも巻き込まれています。
今回は、イーアンが僧兵との会話を望んだ、その続きから始まります。
※少し長めで6000文字ちょっとありますから、お時間のある時にでも読んで頂けたら。
「船から移動するのですか」
「サブパメントゥが近寄れない場所へ」
夕方。空はまだ明るく、今日も一日があっという間に終わるように感じつつ、イーアンは甲板に立つ。獅子は光に耐性が残されているので、普通に夕日を浴びているが、彼もサブパメントゥなんだよなと、イーアンはぼんやり眺めた。
シャンガマックが獅子の背に乗り、イーアンに『影の落ちない岬か、崖の突端へ』と上を指差す。どうもイーアンが案内するというか・・・場所を決めるのは龍任せと知り、白い翼を6枚出す。
「影が出来ない場所なら、どこでも良いですか?」
「俺と父は地上伝いだ。飛べないことは考慮してくれ」
「それくらい理解し」
やり取りに口を挟みかけた獅子の顔を、パッと両手を伸ばして止めた騎士(※余計な事言わせない)に、イーアンはちょっと笑って頷く。背の息子を睨む碧の目に、『大丈夫だよ』とシャンガマックが苦笑し、気遣いを感謝する女龍が浮かぶ。
「あちらへ」
浮かんでから、イーアンは見えている岬の中から決める。陸地から、波を挟んで近くに突き立つ、縦長の岩。こちらから見ると、数本の指が海面から出るふうに見える。
女龍が先に飛び、獅子は影に飛び込む。行き先を聞いた後なので、女龍が一つの岩の上に降りると同時、狭いその天辺に獅子が駆け上って到着した。
海から突き出す形の縦長の岩は、夕方の日差しで影が背面につくが、獅子は海を見下ろし『お前が防げ』と女龍に命令。
「何か出来るだろ」
「え。私。龍気は、でも、ホーミットが嫌がるから」
「龍気最小限でどうにかしろ」
精霊の結界ではだめなの・・・ ちらっとシャンガマックを見たが、彼は眺めの良い場所で、茜色の空を眺めている。
水辺だし、ファニバスクワンの魔法を使ってもと過る一瞬、『水に帰れと言いたいのか』と獅子に怒られた(※水の精霊の力使用→呼んでいるみたい)。
あんまり龍気を使いたくないが、頼んだのは自分なので、ちっこい魔法を使ってみる。
両腕を龍に変え、白い鱗の生えた手を記号に何度か組んで、絡む鋭い爪の隙間に龍気を吹きかけた。獅子に影響しない気遣い付きでひやひやするが、天辺の平らな場所に、床が広がるように白い輪が掛かる。
「『ネズミ返し』みたいな。わかるかしら、そんな感じです」
夕陽に煌めく白い龍気の輪は、立っている場所をドーナツ状に囲い、この下から上がってくる気なら、龍気に触れなければならない。見た目は輪っかだが、岩の内側―― 足元真下も当然、龍気は帯びている。
「わぁ・・・こんな使い方も出来るのか!これなら、影を辿ってこれない」
感心するシャンガマックのイケメンな笑顔に、イーアンもニコッと笑って『これに触れられるのは、ミレイオくらいですよ』と言いながら、睨む獅子に黙った。
「一応、あなたは触らないように。今は、大丈夫ですか?」
「妙なしびれは足の裏(※肉球)にあるが、俺の嫌悪だ」
龍気じゃなくて嫌悪と言われ、イーアンは顔を背ける。エサイの面がある以上、ホーミットは別種族対抗が大丈夫なはずなのだけど、彼は神経質。
父の嫌味に目が据わった女龍を気にし、シャンガマック急いで『それじゃ始めよう』と膠着しそうな緊張を流した。
僧兵が、どこからか出てくるのかと思いきや。
イーアンは最初に後ろを向けと命じられ、いいと言うまで振り向かない約束をさせられる。シャンガマックも『これは父の範囲だから』と承諾を願うので、変な感じもするけれど、イーアンは後ろを向いた。
―――シャンガマックにさえ、獅子は僧兵を閉じ込めた道具の、詳細を言っていない。
ヨーマイテスは、自分の持ち物として今もこれを使うが・・・元々、龍の空を狙う準備から、入手した小道具。
同胞コルステインを、閉じ込められるほど強力な『大きい置物』もあれば、コルステインの家族を閉じ込める『中くらいの置物』、また、弱いのをまとめて捕まえる『小さい置物』もあり、あのガドゥグ・ィッダン巡りで収集した宝は・・・・・
心を入れ替えた現在、さすがに使用用途を話せないので、息子にも言えず、ましてや、イーアンなんかに言えるわけがない(※敵視される)。
息子には使い方くらい教えたが、過去にも似たような『どんぐり(※1670話参照)』があったので、息子は、それと同系統の納得で済んだ―――
ということで、ヨーマイテスは使うところも仕組みも、女龍には見せず教えず。
そんなのピントも来ないイーアンは、『なんかまた如何わしいのだろう』と思ったが、用事はそこではないので、突っ込まなかった。
岩の上は6畳間くらいの広さで、音は聞こえている。岩に何かを置く音、獅子の呪文に似た呟き・・・その数秒後に、違和感を背中に感じた。吸い寄せられるというか、引っ張られる感覚に眉根を寄せた(※獅子の小道具=引きずり込む)。
「もういい」
声が掛かり、イーアンは振り向く。自分の前に、シャンガマック。彼の右に獅子。そして、その奥に。
「これ・・・実体では」
「話すなら、この位置からだ。近寄るなよ」
そこにいたのは実体の人間ではなく、胡坐をかいて座るホログラムのような男。大きさは人間大だけれど、皮膚や髪、衣服の色は青灰色に統一され、立体の凹凸には影がついていた。顔形と格好のみ、認識できる。
「ホーミット、あちらは私たちを見ていますか?」
「聞こえているが、見えていない」
ここから先は行くな、の印・目安の石ころでイーアンは止まり、胡坐をかいた男の側にしゃがむ。手を伸ばしたら腕に触れるくらいの距離。
時間制限はあるか聞くと、『ないが、無駄話はやめろ』と言われた。了解して、もう一つイーアンは続ける。
「以前の世界の知恵の話に触れます。もうご存じの内容でもありますが、それでも、聞かないようにして下さい」
女龍の気遣いに、獅子は息子の袖を引っ張り少し離れた。今の会話は、まだこの男に聞こえていないようで、男はぼんやりしたまま。
獅子に『こいつは相手に話しかけられると反応する』と教えられ、イーアン、あと一つ獅子に伝えることを思いついた。
「できれば、エサイを出しておいて下さい。彼に私と僧兵の会話を聞いていてもらえたら」
*****
会話は始まる――― 女龍の背後に、狼男のエサイと獅子とシャンガマックが離れて立ち、しゃがんだ女龍を挟んで反対側に、写し状態の僧兵。
イーアンはまず、『聞こえますか』の声かけで反応を見た。さっと瞼が上がった男の様子に頷き、『私はあなたに質問します』名乗ることなく用件を告げる。イーアンの声が、相手にどのように伝わっているか分からないが、僧兵は少し首を傾け、返事はない。
「言葉は通じていますか」
返事なし。ちらっと後ろを見たイーアンに、獅子は鬣横振り運動。通じてるの?と僧兵を指差し口パクで尋ねると、獅子は『話せ』とばかりに顎をしゃくる。通じているのか・・・・・
「時間はさほどありません。黙秘権が通用する相手ではないことを伝えます」
「はっ」
バカにして笑った男に、イーアンむかっ。ちっ、と舌打ちし、一気に柄が悪くなる(※遠慮ゼロへ)。気づいたシャンガマックの眉間にしわが寄り、獅子は傍観。エサイは目を眇め『舌打ち?』と呟く。
「生意気程度で片づけてもらえると思うなよ。殺人鬼が」
「・・・はぁ?」
「腐れ坊主の殺人鬼だろ。おめぇ、どこのどいつだ。銃の意味、知ってて動き回ってるな?」
「? じゅ」
「反応したな。ぼんくらが天下取り気分か。てめぇの知恵でもないくせに、好き放題殺せる世界で銃再現か」
「お前は。お前は何者だ」
「はーーー?おめぇが誰だって、こっちが先に聞いてんだろ」
けッと吐き捨てる女龍。黒い巻き毛をわしわし掻いてボヤく。『だるっ』口の悪さ全開。
後ろのシャンガマックが不安そうで、獅子は無表情(※この女はこう、と)。エサイは女龍の豹変にぽかんとしている。
「銃、と言ったな」
今度は、僧兵から口を利く。こんな簡単に反応すんの?とイーアンは信じがたい。だんまり通して終わるかと思いきや。銃の言葉に引っかかる。こいつは私に、恐れより可能性を感じたか。
僧兵はまた聞き返す。
「おい。銃、と言っただろう。俺が、誰かの知恵を再現したと」
「おめぇは、『銃を再現した』よな?銃も火薬も作り出す準備がなかった世界、一つの国でここまで銃を広げるなんて、土台作りから普及まで、その年齢の思い付きで叶うことじゃない。持ち込んだ知恵でやった、としか思えないんだよ」
「何を知ってる。どこでそんな」
僧兵は口を挟む。遮った点は『持ち込んだ』ところで、イーアンの目から見て高い反応。
もしやと思っていたが、こいつが異世界から来た可能性は上がった。だがまだ。決めつけるには早い。『私の書庫』には、この時代に異世界から来た人物記録中、こいつはなかったのだ。
エサイはどう思うか知りたいが、それは後で。
「な・ん・で、おめぇに・私が答える、と思うんだ。殺人鬼」
「じゃ、なぜ話す。俺を捕まえて、銃を出す理由は何だ」
態度がガラッと変わった。焦っているというより、乗り換え先を見つけたような。聞きたいこと・話したい事でもありそうに、そんな風にさえ感じる。
僧兵はもう胡坐ではなく、いつでも立てるよう片膝を立てて、前屈みの姿勢は背を伸ばしている。顔つきが変わり、『声の主』を探して視線が落ち着かない。イーアンが黙っていると、僧兵の口がまた開いた。
「いるのか?まだ」
探している・・・消えた声に、何かを求めている。イーアンはこう感じることが、『相手を決めつけ思い込み』ではない、と分かっている。異世界から来た・異世界の記憶がある相手は、似た反応を持つ。私も、そうだったのだ。
「おい。いないのか。おい・・・ 」
困惑する態度とは比例しない、感情の失せた呼び掛け。棒読みみたいで、これもイーアン的には『まだ迷っている最中』に捉える。こっちが敵だから、何でも話すことはないだろうが、少なくともこいつの態度の続きは、『求めに負ける』―――
「話したら、俺を殺すか?」
ほらな。女龍は小さく頭を横に振り、フンと鼻で笑う。この手のイカレ野郎は、敵が相手でも自分中心・・・自分が欲しい物に近づくと分かり次第、あっさり。これまで何もなかったように。
「殺さない・壊さないなら、話せることは話す」
「誰のために?」
僧兵のイカレた神経の動きが、手に取るように読めるイーアンは質問で答える。僧兵の顔が少し角度を上げ『いるんだな?』と確認した。どこまでもてめぇ都合な奴だよお前は・・・鼻で笑うイーアンの声が響くが、僧兵はそんなの気にもしない。声がいなくならないうちに急ぎ始めた。
「誰のためにだと?この状況なら、誰だって自分の命が惜しいだろう」
「おめぇの命のため、ってか。いや、嘘言うな。命じゃないだろ、それより見たい何かのためだ」
意地悪い言い方のイーアンに、僧兵は半開きの口のまま、瞬きをする。次の返答は、意外でもないが。イーアンからすると『早過ぎる通過点』だった。
「お前は俺を、知っているのか?」
*****
僧兵の質問は、迷宮の出口を思い起こさせた。イーアンは知る由もない相手。だが、こいつが何を聞きたいかは察しが付く。精神がぶっ壊れている犯罪者に、急に核心をつくお友達的理解者が現れた、そんな顔に見えた。
返事をする前に、獅子が横に来て『終わりだ』と止め、イーアンは立ち上がって従う。獅子はイーアンが文句を言うかと思ったが、何も言わずに後ろへ下がったので、女龍が背中を向けている間に、男の影を『置物』にまた戻した。
イーアンはエサイがいてくれたことに礼を言い、大きな灰色の狼男を見上げて『どう思う?』と尋ねる。
「イーアンって、悪い系だったろ」
開口一番でそれ。クスッと笑ったシャンガマックに、女龍の目がじろっと動く。褐色の騎士は視線を逸らし、息子を守りに来た獅子が『当たってるだろ』と擁護した。イーアン、無視。
「エサイ、そこじゃありません。あいつの話ですよ」
「分かってるよ、ちょっと聞いただけ」
「聞いた、というより、決めつけでしょうに。で?(※流す)どう思われました?」
「俺たちと近い。って、言いたいのか?」
エサイの直接の問いに、頷くイーアン。横で見守る騎士と獅子。エサイは、少し黙ってから『どうだろうな』とふかふかの灰色の鬣を掻いた。
「にしては、半端じゃないか?」
「半端って・・・どのへんでそう思ったのです」
「んー。俺も、獅子と一緒に、修道院の地下で知恵潰しして思ったけれど。抜けが多いような」
会話の内容で『半端』と思ったわけではなく、あの男が自分たちと同じ異世界人とするなら、『製作内容が粗末』と感じる。そう話してから、唸る女龍に、狼男はもう一つ意見を伝えた。
「俺さ。アメリカ人だろ?銃なんて、物心ついた時から普通だったんだ。子供の時に遊びに行った家で友達のママが、しつこいセールスマンにショットガンぶっ放すとかさ。ママも向精神薬が切れてたから、アレだったんだけど。
学校で銃乱射するやつとか、小遣い稼ぎで弾運びとかな。俺の地区は荒れてたし、他より接触頻度は高かっただろうけど」
「はい」
「イーアン日本人だけど、ビビんないな。さすが。で、何が言いたいかって言うと、銃は結構見てきたって話なんだけど。銃なんていくつか触ってると、分解も改造もわりかし出来るようになるんだよ。おもちゃと一緒で」
「うん」
「引いてないよな?良かった。だから、あの僧兵が仮に、俺たちと同じ世界で、仮に俺と同じような物騒な育ちで、としてさ。中途半端な知識の持ち込み方に感じるわけだ」
「中途半端」
「そう。俺はあんなイカレてないと思うけど、俺の経験であいつと同じことやったら、もっとうまくやれる自信あるよ」
「機械は難しくても(※2429話参照:自分と悩んだ記憶あり)」
「それ言うなよ。そんなの説明で、誰か得意な人間に回すだけだ。火薬だって、その辺で作るぜ?ここでやっちゃダメだから、言わないけど」
「その辺、の意味。分かります。私も作れるもの」
「だろ?イーアン、作りそうだよ。でもあいつは、外国で採石する方を選んだ。初っ端からそれだぜ。いろいろ効率悪くない?」
「悪いかも」
「潰してる地下でさ。大砲もあったし、電気系もあったじゃん。でもあれだって変じゃないか?電気系は神話の影響もありそうだが、大砲なんか。あんな重くて動き悪い武器作るくらいなら、それより先に、もっとアレなやつ(※殺傷力高い武器)とか、すぐ作れそうなの・・・をさ。俺たちと同じ、なら」
「うん。『手っ取り早い方』ね」
灰色の狼男と女龍の会話は、内容は深刻にせよ、傍目には意気投合のように弾んで見える。
ちゃっちゃと進むテンポの良さは、往年の友の如し。大きな狼男と角の生えた白い女は、完全にシャンガマックたちを忘れている状態で話し続けていた。
話中の隠される『知恵』部分は分からないが、それはさておきシャンガマックには、イーアンがエサイのような性格と相性が良く思えた(※育ち悪い同士)。
結論が出なさそうだが、じーっと聞いていた獅子が、そろそろ帰りたくて二人を止め、エサイは『またね』と軽く、イーアンも、うんと頷いて『またすぐ呼ぶかも』と緊張感の薄い返事で終わる。
そして、すっかり海に日が沈んだ時間。
三人は黒い船に戻り、獅子は息子を連れて用事に出かけようとしたが、夕食だと言われた息子が食べたがり、結局、夕食は船で過ごす。
この時間、クフムは同席。無論、本人には伝えられていないので、『今日はなんかあったんですか』とクフムがオーリンに質問していた。
クフム的には、役に立ちたい意識から『自分でもできることがあれば』の意欲を伝えていたが、オーリンは適当に『お前が狙われても困るから、閉じ込めっぱなしで』と笑ってはぐらかし、皆は、扱いの上手いオーリンにクフムの相手を任せた。
食後。イーアンは、コルステインの呼び出しに応じるため、外へ出る。獅子と騎士も外出―――
お読み頂き有難うございます。




