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魔物資源活用機構  作者: Ichen
神殿『デネアティン・サーラ』
2523/2964

2523. 半月間 ~㉖夕暮れの両替所・港と来訪者


 船に戻ってから、クフムは『トゥを連れて来いとしつこく言われた』報告をし、ルオロフは司教からの個人的な『投資』、つまり『資金くれ』話を報告。



 クフムの神殿への返答は、『無理がある』その範囲から動いていない。皆はその返事で良かったと言い、続くルオロフの報告を詳しく尋ねた。


 ルオロフが、司教の馬鹿々々しい誘いを、一蹴しなかった事情=『アイエラダハッド知恵の時代が終わって、貴族に力がない現状を知られたくない』ために、努力したのを話すと皆は同情した。


 大貴族の肩書が通用するから、ティヤーであっさり、あちこちこなせるものの。


 肩書(これ)がなくなったら、『私はただついてきただけのお荷物』と、げんなりするルオロフに、『全然お荷物ではない』と驚いたドルドレンが慰め、いないと困る、貴族かどうかは関係ない・・・あの手この手でせっせと励ます。

 ここにイーアンも加わって『金が全てじゃないんだ。肩書なんか要らない。お前はお前のままでいろ』と男らしく、斜めの元気づけを続けていた。



 こんな、ルオロフ激励の時間は過ぎ―――



 そろそろ行くか、と停泊している船の甲板から、下を見る総長。はいと答えて、並んだルオロフ。


「では。行ってくる。歩ける距離らしいから」


「お気をつけて。ルオロフ、剣は?」


「帯びないで行きます。総長は剣を持っていますので」



 女龍に送り出され、二人は高い船の上からひょいと船を飛び降りた。

 停泊中はトゥの姿はなし。赤橙と山吹色の輝く海に、黒い船の影だけが波に揺れており、空は青の残りもわずか、強い黄金と中紅の雲が広がる夕暮れ時。


 波止場で働く者たちも交代時間で、帰る者と入る者の挨拶が大きな声で響き、一日の終わりの風景を抜け、総長とルオロフは町へ歩く。


「夕方から開く両替所というのも」


 歩きながら呟くドルドレンに、ルオロフも少し笑って『需要があるんでしょうね』と意味深に返す。夜じゃないと困る人が来るのか。魔物が出始めて、昼夜関係なく危険であれ、人々の生活の基盤は様変わりする様子もない。


 四六時中襲われる・集中的に攻撃されるのであれば、無論、日常の崩壊も起こるが、カーンソウリー島南は、魔物被害の爪痕こそ見えるものの、人口が多いので復興も進んでいる。

 いつ破壊が繰り返されるかもしれなくても、壊れた日常を少しでも戻そうと日々努力するのが人間なのだと、ドルドレンは思う。


 活気があるわけではなくても、壊れた建造物より、無事だった建造物の方が数多く、元々、石畳ではない、土を固めた道が主流の雰囲気もあって、町は酷く生活を乱された印象は薄い。


 土の道は引き締まって、歩く足に石畳と変わらない感触を受ける。色彩豊かな低い壁は、左を向けば海が見える高さ。残照の最後も味わうように、木造の家屋が並ぶ町は、柔らかい橙色に染まっていた。



 もうそろそろか、そこの路地です、と入口へ続く道へ向かうと、両替所の道案内、矢印看板を見つけた。


 周囲はティヤー人だらけというわけでもなく、外国人もちらほら混じる。ティヤー人に似ているテイワグナ人、アイエラダハッド人が割といて、ハイザンジェル人は特徴が混じって分かりにくいが、ヨライデ人と思しき外国人は全くいなかった。


「ヨライデの人は、体に模様があるといいますね」


 ミレイオみたいに、とは言わないけれど、両替所の看板の先へ進むルオロフが、外国人を目で追って呟くと、ドルドレンも『それが見分ける目安というのも』不思議な特徴で定着していると頷く。


 ヨライデに行ったことがないので、どんなだろうと想像しながら、少し黙った二人の前に、突如大きな看板が現れ、二人は足を止めた。路地は日暮れの影で暗いのに、看板は二階ほどの高さに掲げられ、一日最後の光を反射していた。


 右横を見ると、壁にくり抜きのアーチがあり、小さい階段を五段上がる。奥は暗いが、透かし彫りの木製の衝立は、少し隙間があって人影が見えた。ドルドレンはルオロフを先に歩かせ、まずは彼にティヤー語で挨拶をお願いする。


 衝立から見れば、明かりのある路地の入口は丸見えで、中にいた人はすぐに応じた。


 関所で教えてもらえたことと、少し高額の両替であることを話すルオロフに、ティヤー人の太った男はじろじろと見て『アイエラダハッドに帰るのか』といきなり・・・嫌味っぽく言い放つ。

 両替所で差別?と驚くが、アイエラダハッド貴族が良く思われていないのは、話で知っている。外国人の自分たちは、客として受け入れてはもらえなさそう。


 ルオロフは無表情で、後ろの総長を見て、太った男の藪睨みは背の高い外国人(ドルドレン)に移る。この目つきでルオロフが嫌なことを言われたとドルドレンは察した。

 なので、ティヤー語に訳してくれとルオロフに願い、ドルドレンから丁寧に、簡潔に、自分たちの立場を伝えた。


 通路の先に行かせようとしなかった太った男が、わずかに強張る。


「身分が分かる物は?持っているか。高額両替は、犯罪もあるから」


『ハイザンジェルの魔物資源活用機構・アネィヨーハンで来た』と聞いて、男は共通語に切り替えたが、もう少し粘る様子。警戒心か疑いか。とにかくドルドレンも、お金がかかっているので相手に付き合うだけ。


「ふむ。書類は生憎、外出に持ち出していない。だが()()で通じてくれるだろうか」


 身分証明を高額両替の理由に求めた男に、きちんと答える総長は、ルオロフの期待通り、腰袋に手を伸ばし、()()()()()(※大活躍)を取り出した。男の表情から警戒が滑り落ちるように消える。


「本当に、魔物退治の。ウィハニの女の仲間か」


「そこまで連絡が行き届いて、感謝する」


「いくら必要だ。魔物退治の道具作るんだろ?作りたい、って工房も内陸にあるぞ。頼むなら、金はそこそこ持ってなきゃ」


 ガラッと態度が変わった相手に、ルオロフは呆れて笑いそうだったが堪える。落ち着いたドルドレンはゆったりと頷いて『それは非常に有難い情報だ』とし、両替したい額を伝え、持ってきた硬貨の袋を渡した。


 ここからは、とても楽だった。男は店の手伝いで、通路奥の店主の部屋へ案内し、事務室のような佇まいの中に座っていた店主に、二名の客を紹介。


 サネーティの呪符がこんなに浸透率が高いとは、と内心驚きながら、ドルドレンとルオロフは、まずは両替してもらう。店主も恰幅の良い中年男性で、お金を扱う仕事柄か、威厳や厚みを感じさせる顔つき。だが、仲間内と理解した彼は、丁寧で細かな気を利かせてくれ、威圧的な態度は見せなかった。


 両替額は結構なものだが、さすがは両替所。帳簿にササッと書かれた続きは、新しい布の袋に確認後の硬貨が詰められ、はいよといった仕草で渡される。


 続いて、『魔物の道具を作りたがっている工房』の情報に話は移り、ティヤー内陸の島図を広げ、店主はその工房の場所を教えてくれた。


「行ってみると分かるがな。見た感じ表向きは、工房は()()()()()じゃないんだ。でも、俺の名前を出せ。俺にこの話をしたやつらだから、『ここで聞いた』と言えば、敷居も下がるだろう。ンウィーサネーティの印を見せりゃ一発だが、俺の名前でも通じるよ」


 有難く感謝して。工房の名前を、走り書きの紙に書いたルオロフは、店主に間違っていないか確認し、それから親切のお礼を言い、二人は両替所を出た。


 外はしっかりと日が暮れていたが、広い海に面した港町。水平線に渡る残照の名残で、まだ道が見える程度の明るさがあり、歩きながらドルドレンとルオロフは『思ってもいなかった情報が入った』と喜んで帰った。



 そして。ホクホクしながら黒い船に辿り着いた二人は、ぴたりと同時に立ち止まる。


 船の前に、馬車が一台――― 


 馬は船を向いており、馬車の御者台には人がいる。思うに、自分たちに用事がある誰か。顔を見合わせたドルドレンとルオロフだが、ルオロフが先に口を開く。


「私が確認してきます。総長は船へ」


「いや。俺も行こう。船の誰も出ていないということは、あの馬車は船に呼び掛けていないのだ。だが、トゥも姿を見せないし、危険ではない」


 勇敢で責任感の強い赤毛の貴族に、ドルドレンは少し微笑んで、二人は一緒に馬車へ歩いた。



 日が沈んだ後の暗い港に、馬車の影が黒く佇む。誰か知らないが、不安はないのだろうか。

 ドルドレンは長い間、民を守ってきたから、一般人が魔物の出る国でポツンといるのが不思議に・・・いや、ティヤーは海賊たちの恐れ知らずがあるのだけど、この馬車は明らかに海賊ではないので、そう思った。


 近づく二人は、足音に気を遣っていたわけでもないのに、御者はじっとして動かず、馬も反応がない。何か怪しいものが操っているのかと、反応のなさに過ったが、間近まで来て御者がやっと振り向いた。


 その顔は少し驚いたようで、今まで気づいていなかったと見える。馬は耳だけが動いており、こちらはしつけの賜物と、ドルドレンは理解した。これは、貴族の馬では・・・ はて、と思うのと同時、御者が二人に『あなた方は』と共通語で尋ね、二人は止まる。 


 馬車の中にいる人物は、窓に布が垂れており、影も見えない。御者の質問に、ゆったりと大きく首を傾げるルオロフ。大げさな身振りで、お前がおかしいだろうと告げるルオロフは、彼らが貴族と見抜いている様子。

 ドルドレンが口を開こうとすると、ルオロフの薄緑色の瞳が向き、彼は牽制を望んだ。


「誰ですか、あなた方は」


 また御者が繰り返し、一歩前に出たルオロフは分かりやすいほど疑いの態度を示す。腕組みし、御者台の男を見上げ『さて』と通る声で話しかけた。


「おかしなことを尋ねていますね。私が聞きたい。あなた方は、どちらからいらしたのでしょうか。ここは港で、港の管理者にも見えませんが。

 なぜ、私たちの船の前に、こんな薄暗い時間、馬車を止めているのか」


 こういうところ貴族っぽいなと、ドルドレンが思っていると、御者の視線が馬車に動き、すぐ『あなたたちの船ですか?』と聞き返す。赤毛の貴族は腕組みした片手を少し上げ、黒い船に向ける。


「この船が私たちの船である。そのことを、見ず知らずの他人に確認される理由はありません。しかし私の質問に答えもせず、質問に別の質問とは一方的ですね」


 ルオロフの物言い。ドルドレンは思う。彼はビーファライ時代に、嫌味で嫌われていたこと。刺々しく上品なルオロフの一面に、なんとなく被った。

 言葉で貴族に敵わないと知っているが、ルオロフは大貴族で・・・なんて思っていると、御者が戸惑い苛立ち、腰を上げる。どうするのかと思いきや、返事をするのでもなく、御者台を降りて馬車の扉を叩いた。


「奥様」


「ヘンリ。私が話します」


 扉は少し開き、困った御者が助けを求めた中の人物が了解する。会話を聞いていただろうに、御者が頼るまで表に出ないとは、随分と横柄だとルオロフは感じたが、それもすぐに思い直した。


 御者が扉を開けた後、杖がまず出て、それから手を支えられた老婦人が現れる。


 その顔は涙にくれ、夕暮れの暗さでも濡れて光っていた。なんだ?と驚くルオロフとドルドレン。ドルドレンは、どこかでこの顔を見たことがある気がする・・・・・ 


 びしょ濡れの顔を、白い手袋の手で一度拭いた夫人は、向かい合う二人の男に、軽く頭を下げた。


「こちらに、魔物資源活用機構のドルドレン・ダヴァート、龍のイーアンがいると知り、訪ねました。危急の用で連絡も順序も飛ばし、こちらへ直に伺った失礼をお詫びします。お二方に会いたいのですが」


「そちらのお名前を伺いませんと」


 すっとルオロフが口を挟む。どうやら動揺しているらしき老婦人だが、謝る前に名乗るものだろうと礼儀を促す。若い赤毛の男に、老婦人は顔を向け『申し訳ありません』と言ったが、それは謝っているのではなく。


「間違うこともありますので、名乗ることを今は伏せたいのです」


「不思議な願いですね。危急の用で、順番も追い付かずに訪ねてきた割には、名乗らずに相手に面会を求めるとは」


「あなたが警戒するのは無理ありませんが、若い人。どうぞその年配への遠慮もない態度をお控え下さい」


 皮肉たっぷりの若者を、ぴしゃっと躾ける老婦人。ムカッと来たルオロフが小首を傾げるが、ドルドレンはこの相手に・・・変な感じを覚える。

 言い返そうとルオロフが息を吸い込んだので、ドルドレンは彼の背に手を当てて止め、見上げた視線に()()を頷いて示した。



「夫人。あなたは魔物が出るこの国の暗い時間、危険だと思わないか」


「危険を承知でこちらに来ました。急用でしたので」


「見れば、ティヤー人ではないだろう。あなたの共通語はハイザンジェル人か」


「・・・黒髪に、白い髪が混ざる長身の騎士。あなたの名を伺うことは出来ますか?」


「その情報に名前が添えてあるはずだが。そこまでして、面会を求める相手を探り、身元を隠す。かなりの事情と判断する。船にも呼び掛けていない。もし誰も出てこなかったら、どうするつもりだったのだ」


「完全に夜になったら、港の施設に宿泊を求めるつもりでした」


 名乗りもしないし、こちらの名前も尋ねるし、でも面会を求めて待つ姿勢と知り、ドルドレンはこのやり取りの印象から、()()()()との思い出を重ねる。

 辺りはすっかり暗くなったが、陰影を刻む年輪のある風貌にも似通うものを見る。もしや。いや、ここまで来たら、もしやではなく、恐らく。



「夫人よ。この暗さで確認願うのも、目に難しいかもしれないが」


 はい、と頷いた相手に、ドルドレンは腰袋の一つを探り、手の平に小さな瓶を乗せて、その手を夫人に伸ばす。目を細めて顔を少し寄せ、老婦人は静かに両目を瞑った。小瓶には、ほんの僅かな明かりにさえ煌めく石の粒が。夫人は数回無言で頷いて、震える声と共に、目元に涙を浮かべて騎士を見上げる。


()()()ですね。やはりそうでしたね」


「あなたは、キンキート家の」


「はい。兄が本家にいます。私と弟は、ティヤーに家を持ちました。ドルドレン・ダヴァート、私はイライス・キンキートです。こちらは、御者で召使のヘンリ。あなたとイーアンにお話ししたいことがあり」


「分かった。では、少々お待ち願いたい」


 ようやく名乗った老婦人の名に、ドルドレンはいくつかの勘が働く。この状態で話しては、どこで何かに聞かれているやら。しかし船に彼らを上げるのも違う。とりあえず、老婦人に待つよう言い、怪訝そうなルオロフに『イーアンを呼んでくれ』と頼んだ。



 ルオロフは何が何だかの様子だが、頼まれたので船へ戻り、見事な跳躍であっという間に甲板へ跳び上がって消える。


 少しして、入れ替わりで白く光るものが船の上から降りてきた。白い翼二枚、白い角がほのかに発光する女龍に、老婦人と御者は目を奪われる。

 ゆっくりと、驚かさないように降りた龍の女に、瞬きした夫人は、目元の涙の残りをしっかりと拭い取り、会釈。イーアンも頭を下げ、ドルドレンを見てから、この場に似つかわしくない客と馬車に、視線を移す。


「みっともない顔でごめんなさい、事情で・・・ あなたがイーアン」


「そうです。私は龍のイーアン。あなたはなぜ()()()いるのですか?」


「ちょっと待ってほしい、イーアン。龍気で、結界のようにここを守れないか」


 遮った伴侶の願いに、イーアンは眉を寄せる。え、この場で?と尋ね返すと、ここで話すと伴侶は地面を指差し、船には客を通さないと理解する。

 了解して龍気を広げ、地下まで届く球体に、馬車も馬も自分たちもすっぽり包んだ。


 柔らかな白い光の壁に、美しいと呟いた老婦人だが、すぐに切り替え、改めて自己紹介する。名前で驚くイーアンに、ドルドレンも『ティヤーにも親族がいる話だったから』と添えた(※731話参照)。

 

 ドルドレンが見せた小瓶は―― ハイザンジェル出発前に、キンキートのお爺ちゃんから受け取ったもので、『テイワグナとティヤーの親戚がいる、これを見れば分かる』と言われていた、繋がりの瓶。



「立ち話で申し訳ないが、誰であれ、仲間以外を船に招くことは出来ないため、ここで許して頂きたい」


 先に断るドルドレンだが、老婦人はそれに気を悪くすることなく、差し支えなければ、馬車に座れないかと尋ね、足が辛そうな様子からドルドレン達は『もちろん』と答え、老婦人は馬車に腰かけた。


 御者は沈鬱な面持ちでうなだれており、老婦人も腰かけるや力が抜けたように溜息を落とし、また目元を拭く。


 なんだか可哀想になったイーアンが『大丈夫ですか』と顔を覗き込むと、老婦人は唾を飲み込み、頷いて『弟が殺されたのです』と言った。

 そう言った途端、顔がクシャッと歪んで、大粒の涙がボロボロと落ちた。

お読み頂き有難うございます。

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