2522. 半月間 ~㉕『骨片』僧兵尋問時間・神殿側の状況・内通の懸念
ぴっ、と僧兵の首から下がる奇妙な首飾りを、引き千切ったエサイ。
放ったそれが、床に落ちる前に獅子の口が開き・・・だが何が起こったわけでもなく、カタンと小さな音を立てて骨片は床に転がる。
何をしたのと、横のシャンガマックが頭の中で尋ね、獅子は『包んだ』とだけ教えた。遮断の意味らしく、褐色の騎士は頷いて、床に落ちた骨片を見つめる。自分が触っても良いかを父に尋ねたが、父は止めた。
「お前は触れるな」
「分かった。それで・・・この状況からどうする?」
二人の前に、灰色の狼男エサイと、意識の飛んだ怪我人―― 僧兵。
場所はカーンソウリー島南西の外れ、岩礁続きの小さな島で、岸壁沿い、打ち棄てられた漁師小屋の中。距離的には、ピインダン地区神殿と内陸の中間程に位置する無人島に、獅子と騎士とエサイは僧兵を連れてきた。
ドルドレンに、この男を調べるよう頼まれ、シャンガマックと獅子は、これからこの男を探る、のだが。
「お前に喋りかけたやつとは違うな(※2509話参照)」
「・・・ルオロフが倒した男だそうだが」
獅子は、息子に喋りかけた僧兵を逃がしたが、サブパメントゥとの直接のやり取りから、同一人物かと思っていたが。
シャンガマックに、あの日話しかけた者と、ルオロフが警備隊施設前で会った者は、どちらも現れた時間帯が似たり寄ったりで明確ではないため、別人かどうか分からなかった。
ここで目の前にした男は、怪我で体も顔も腫れているにしても、全く違う人間と分かり、あの時の『サブパメントゥとの繋がりの内容』を問い質すに至らない。
だが獅子は、この男が『骨片』を持っていたことから、話を聞き出すことにした。
以前、ドゥージがコルステインから受け取った骨片とは、また異なる。
これは、残党サブパメントゥの力が籠り、持つ者を操れない。要は、持つ者の意識を遮断する力を備えていた。
「こんな代物を・・・この前のやつも『道具持ち』だったが。こいつら、どこまで残党と仲良くなってるやら」
「この男の意識を戻して、質問するのか?危なくないだろうか。こいつを守るサブパメントゥが来そうだが」
呟いた獅子に、シャンガマックが少し心配する。獅子は碧の目を彼に向け『俺にかかってくる奴はいない』と断言。息子は大きく頷いて、それ以上言わなかった(※父に任せる)。
エサイに戻って良いと右腕を出し、狼男は獅子の腕の面に戻る。次に、息子に背に乗るよう指示。騎士がヨーマイテスの広い背中に跨ると、獅子は捕虜の僧兵の意識を操った。
廃人さながら、ぐったりしていた男が目覚め、すぐに周囲の環境に警戒する。
―――男がすぐ気づいたのは、顔から布が外れて素顔が出ていること。暗く古い小屋の外では波の音がすること。そして向かい合う壁に、大きな肉食獣とその背に乗る男が一人。
「何の」
喋りかけて口が固まる。見据える動物の背から、褐色の外国人が『質問にだけ答えろ』と静かに言った。
動かせない口の膠着で、僧兵に過ったのは、サブパメントゥに初めて会った時の記憶。この感覚は、サブパメントゥだと気づくが、でかい動物か、人間の姿の男か、どちらがサブパメントゥが分からない。
なぜなら、暗い朽ちた小屋には、午後の光が隙間から差し込んでおり、サブパメントゥであれば嫌がり避けるはずの光の筋を、この一頭と一人は意に介せずの、落ち着きよう。
どこかにサブパメントゥがいるのか。俺の味方ではない、敵対する方のサブパメントゥが?
男の視線は、慎重にあたりを探って動くが、向かい合う人間はその意味を見通しているようで、『余計なことを考えるな』と命じる。
「お前が持っていた、その道具。なぜお前が使っている」
早々に、褐色の外国人は質問した。道具と呼んだ時、外国人の顔が少し傾き、床に落ちた骨片を示す。
僧兵はハッとして、骨片に腕を伸ばしかけたが、腕は中途半端な角度で固まる。
間違いない、どこかにサブパメントゥがいる!僧兵は、自分が敵対する方のサブパメントゥに捕まったと理解した。
呻く男に、外国人はちょっと間を置いてから、再び質問。
「『喋ること』だけは出来るぞ。言え。それをお前が手に入れた理由を」
「・・・言うと思」
思うか?まで言えずに喉が潰れる。ウゴ、と呻いて犬のような息で目をむく僧兵。褐色の人物が、行為に合わない柔らかい視線で『無駄な会話は無理だ』と注意。息が詰まりかける僧兵は必死に瞬きし、喉は緩んだ。
「もう一度だけ聞いてやろう。次が答えられないと、お前は終わる。手に入れた理由を言え」
困ったやつだとばかりの溜息と共に、褐色の外国人が、二度目の機会を与える。
何度か咳込み、咳するたびに傷の痛みで止まった僧兵は、わずかに動くことを許された唇と舌に力を入れ、返事をした。
「名は知らない。サブパメントゥの・・・地下の国の住人が」
「どんな」
「二人、い」
僧兵の言葉は続かず、シャンガマックは男が突っ伏した様子に眉を顰めた。頭の中で、獅子が状況を説明し、僧兵はひとまず獅子の捕虜として―――
シャンガマックたちは、小屋を後にし、船へ戻る。総長に頼まれた仕事は大方成功で、残りはゆっくり、別の場所で続けようと決めて。
*****
『連れて行かれたか』
殺せば良かったと、何もない漁師小屋の影に上がったサブパメントゥは吐き捨てて、闇に帰る。あいつの思考が伝わって止めたが、一足遅かったためにあいつを持って行かれた。
足がつかない保証はない。獅子は、コルステインに伝えるだろう。
『使い勝手はまぁまぁだったが、バカやりやがって』
悪態を吐いた、襤褸布のような体を闇に馴染ませ、サブパメントゥは塒へ戻る。捕まった僧兵の処理を、『燻り』に伝えに行った。
*****
ピインダン地区神殿では、僧兵が消えた部屋を調べるのもたかが数分。僧兵たちと接触のある『サブパメントゥ』の仕業ではないかと、関りを承知している司祭たちは疑い、しかし、どうであれ。
「誰か。呼び出せないのか。どこへ連れて行ったか、こちらが把握しないと」
焦りは別方向に広がる。あの僧兵こそ、サブパメントゥと口利きをし、神殿と繋げたきっかけ。
火薬・武器の発想から着手して、地下の住人と手を組み、あれよあれよという間に、これまで存在しなかった破壊力を生み出した。
魔物が出る予告も、魔物が現れた初日の対処も、馬車の民が握る秘策とやらも。
全て、あの僧兵が地下の住人との付き合いから、神殿に教えたこと。最近、火薬製造所で使う原料の入手が絶たれた確認も、あの僧兵経由。
『聖なる大陸』に固執しており、武器作りも狂気を見せるのめりこみ方、僧兵として仕事は誰より早く正確で、時にそれ以上の・・・今回のような面倒も持ち込むが。
だが面倒云々。あと一歩で『聖なる大陸』への道を開く儀式を行う手前まで来て、いなくなられては。
サブパメントゥと、命の駆け引きでもしていたのではないか?
相手の気に障る動きを取って、消されたのではないか?
ウィハニの女が来たから、隠されたのかもしれない・・・・・
あれやこれやと、潜めた声で憶測が飛び交うが、こうしている間にもあの僧兵を失う可能性が上がる。
勝手に消えることはなかった、仕事に忠実な男であるだけに、司祭たちは屋内を片っ端から探すよう、修道僧に命じ、他の僧兵―― ピインダン地区神殿にいた数名に、サブパメントゥと関わったことがあるかを聞き出し、『ある』の答えを出した僧兵に、消えた僧兵を辿れと頼んだ。
「無理です。接触は、サブパメントゥからでした」
サブパメントゥが来て、仕事に手を貸した。その僧兵は、なぜサブパメントゥが現れたのかも分からなかった。司祭たちは直に関わることがまずない相手で、僧兵にもう少し詳しく話しを聞くと、サブパメントゥは―――
「何ということか。あの男だけが、サブパメントゥを動かしていると」
愕然とする司祭たちに、関与した経験がある僧兵は頭を振って『そういう、噂です』と、真実の有無は濁した。恐らくそうだろう、と僧兵の間で交わされているだけの話・・・ あの男が重要である上塗りがされただけで、居場所も消えた理由もわからず、神殿の一日は終わる。
ウィハニの女は、接触で好印象を高めなければいけないから、今日訪れても、犯罪がらみで余計な誘いをしなかったことも。
機構の代表者・総長に探られないよう、僧兵との接触を避け続けたことも。
大貴族の後継者と、投資と献金の利点を伝えたことも。
アイエラダハッドから逃げ落ちた僧侶を使って知った、正確な情報を無駄にしないよう、気遣ったのが。
功労者の僧兵が、あと一歩の『聖なる大陸』に道を拓くからこそ、なのに。
探せ、と命じる司祭たちも自ら動いて、あの僧兵の行方、その手がかりを見つけるために必死になった。
・・・この午後。神殿の落ち着きを欠いた状態で、話も蔑ろにされ、面会した時間も『日を改めて』と削られた来客がいた。
来客は、ドルドレンたちがすれ違った老婦人と召使で、等閑な神殿の態度に憤慨し、入口近くの簡易応接室を出て行ってしまったが、神殿側はこれにかかずらう暇などないので、丸きり無視。
神殿の『それどころではないから帰れ』の態度が、巡り巡って自分たちの首を絞めるなんて、誰一人考えもしなかった。
*****
シャンガマックたちが船に戻り、シャンガマックが総長に報告した内容は、意外なこと。
へぇ、と感心したイーアンに、シャンガマックは『後で父に伝える』と笑った。
ルオロフが倒し、怪我人として告解室に隔離された僧兵は、今、ホーミットの捕虜として手の内にいる・・・これを聞いて、驚かずにいられるだろうか。
連れて帰ってきた理由も微妙に気になるが、とにかくホーミットが確保したならと、イーアンたちは目を合わせる。
そして、ここでふと思い出したイーアンは、『では後で』と廊下へ出た彼を追いかけ、引き留めて質問。
ん?と振り返った騎士に、神殿での不可解を話すと、シャンガマックも真顔に戻る。廊下に出たのは、シャンガマックとイーアン。皆は食堂。背を屈めた騎士は、小声で訊き返す。
「内通者がいると?」
「疑いもありませんが、変でしょう」
「言われればそうだ。俺たちしか知らない、宿と・・・アネィヨーハンの会話を」
「宿が最初です。警備隊から戻った昼、神殿の手紙を見て話し合いました(※2513話参照)。その後は船で、外にはトゥがいて、私たちも揃っていました。もし近くによそ者がいても、気づかないなんて、在り得ないと思うのですが」
言葉を切って、シャンガマックをじっと見る女龍に、シャンガマックは彼女を見下ろしながら『父に相談する』と答え、他にこの話をした相手を確認。
イーアンは、ドルドレンにも話していないと早口で答え、シャンガマックは頷き、女龍の肩に手を置いて『その気づきは、まだ誰にも言わないように』と頼んだ。
「俺が船にいても、父が常にいるわけでもないんだ。最近はコルステインも来ないと、タンクラッドさんは話しているし・・・もしかすると。トゥは確か、人間以外の思考を読まない話だし」
「私とミレイオが気付かない?フォラヴもいます」
「イーアン。焦らなくていい。そういうことはある」
仲間を疑う気はないし、うっかり誰かが何者かと筒抜けの接触をしたとも考えたくない。
不安を膨らませないように、気にしがちな性質のイーアンを止め、頷いた心配そうな女龍に微笑むと『とにかく、父に相談するよ』とシャンガマックは部屋へ戻って行った。
・・・父は、相変わらず『残存の知恵潰し』を行っている。シャンガマックはイーアンに言わなかったが、皆の速度と、父の速度は、観点から結論までも含めて違う。
イーアンたちに事情で止められても父が動くのは、精霊の需は残存の知恵をなくすことだから。父は、協力しないわけではないけれど、足並みを揃える無駄を選ばない。エサイと二人で、淡々と続ける知恵潰し。
あちこちに気を取られて動けなくなる自分たちの、穴を埋めてくれていると、シャンガマックは思う。忙しいのに、また煩わせてしまうなと溜息をつき、部屋に入ってヨーマイテスの帰りを待つ。
息子を船に戻した獅子は、その時、外出先で――― コルステインと情報共有中。この話はまたあとで。




