2521. 半月間 ~㉔ピインダン地区神殿後半・要求と投資願い・行方有耶無耶・すれ違い
おかしな、やたら広い『告解室』の奥に座る男。カナパウ司祭は遠目に彼を見せて、彼が話すのは無理だと思わないかと込めた視線を、イーアンたちに戻す。
「つまり、話をさせられない状態、と見せたかったのですか?」
ルオロフの遠慮ない質問に、司祭は別室の信徒を振り返り『あれで話せるなら私も驚きますよ』と他人事。
口内は酷い怪我を負い、体力のある者だから持ったけれど移送中も危なかった・会話が傷を悪化させるから筆談だと手真似をし、続けて、話し初めで遮られた言い分へ移る。
「彼の身の振り方の処分を決めますが、それは彼が『証人としてあること』が前提です。
たまたま見かけた、港から一つ別の船に出された荷物が気になり、彼は荷物の持ち主と思しき人に伝えたそうです。それがあなたたちの誰か。
その後、荷物が心配でラィービー島へ向かった彼は、現地で魔物に襲われ、一人でどうにか倒しましたが、そこは島に住む外国人宅周囲で、犠牲が出ていないか見に行ったところ、なんと全員、魔物に殺された後でした。
そしてこの後、『荷物を探しに来た人』に疑われ、聞く耳を持たれることもなく、酷い目に遭わされたのです。
気の毒ではありますが、誤解を生む状況と事態に、自ら立ち会ってしまった運の悪さと、軽率な行動は否めません。ですので、盗難物の確認・殺人現場の発見という、非常に由々しき立場に於いて、彼は信徒としての活動に、処罰が必要であると私たちも判断しました。
魔物資源活用機構の皆さんには、身内贔屓に聞こえるかもしれませんが、信徒は、神殿の管理下で生活している者ではなく、町や村で一般的な生活を送る者たちです。そちらに係わる事件に踏み込んでしまった、哀れな者と思って頂くことは出来ませんか?」
長々と一人喋りのカナパウ司祭。イーアンもドルドレンも表情一つ変わらない。
司祭は、押収物については全く無視、そして最初に男が接触し、島で対戦した相手・ルオロフがここにいるのも触れず、男の立場を『民間』と歪曲して、無関係に等しいと言い逃れし、こちらに見逃せと言う。
どう反論するか考える二人の横で、冷え切った眼差しのルオロフが、司祭の茶番を一瞥。あいつも聞こえているだろうにと奥を見た。格子窓から声は流れる。奥に座っていた相手も、こちらに顔を向けていた。
ルオロフは薄ら笑いを浮かべ『その体格に合わない嘘だな』と、がっつり。聞こえるように、嘘つきと呼ばわった。
正々堂々の、貴族の挑発。さっと見たドルドレンとイーアン(※まだ考えてたのに)。司祭の目はきつくなり、別室の男が椅子から立ちあがったと同時。
「ルオロフ・ウィンダルさん。お話し中、失礼します」
キィと鍵をかけていない扉が開き、先ほどの助祭ともう一人の男性が、狭い部屋に微笑んだ。
一触即発の一秒に挟まった男性は、気色ばむカナパウ司祭に少し驚きながらも笑みを絶やさず、赤毛の若者にちょっと手を向けた。
「ウィンダルさんとのご面会を、リボワ司教様がお望みです」
「司教ですか?でも司教は」
止めかけたカナパウ司祭に、助祭の横にいる男性は『お呼びなのです』と短く押さえ、警戒する若者に微笑む。
「アイエラダハッド貴族の、ウィンダル家ですよね?」
「いかにもそうです」
「司教様から大切なお話がありますので、差し支えなければ、こちらのご用件につきましては、魔物資源活用機構のお二方にお任せし、ご一緒に来て頂けないでしょうか」
そうだと認めたルオロフ―― 貴族 ――に、微笑みを増す男性。この男性は他の者と違い、角の生えたウィハニの女に反応なし。ルオロフの名も立場も既知らしい。今日ここに誰が来るかを、どう知ったのか。
イーアンは、司教が呼んでいるのも、話したい内容が整えられていると考え、『ルオロフ。どうぞ行って下さい』と促した。
―――思っていた通りなのか。
いつかルオロフが、神殿から取引めいた相談をされる気がしていた。大貴族のルオロフだから、ハイザンジェル王の管理する機構に手を出せる、通路的役割に彼を誘うかも、と―――
これをイーアンから前に聞いていたドルドレンも、展開に重ねた。ルオロフに『席を外して良い』と許可し、ルオロフは戸惑いがちではあれ、二人に従って部屋を出た。
*****
まず、先に連れて行かれたクフムはといえば。
彼は疑われておらず、ウィハニの女を案内して褒められ、次に『銀色の、ダルナという生き物も連れて来てくれないか』と難題を頼まれていた。
だがこれはクフムも、『やってみます』とは簡単に言い難く、疑われない範囲でとても困難であるとの説明をし続け、時間が過ぎた。
言い訳に疲れる時間だったが、クフムにとっては良かったのかもしれない。
もしあの時、クフムがドルドレンたちと同席し、告解室の向こうにいる男を見たとしたら。顔が分からない状態で、クフムは気づかないだろうが、相手は気づく可能性があった。
僧兵は、なぜこの場所で『知恵の図案を渡した男』と会うのかを、瞬時に思い巡らせるはずで――― 今日は、辛うじてその時ではなかった。
一方、途中で司教に呼び出されたルオロフは、イーアンの予想が半分当たった状態で、当たらなかった半分をこなしていた。
当たったのは『貴族だからこその用事』で、とはいえ。
続くイーアンの想像=『機構への口出し接点に、権威のあるルオロフを引っ張り込む』のではなく。貴族への用はもっと、分かりやすいものだった。
司教の用事―― それは神殿への投資で、投資をする利・参加権は『安全な土地へ移動する日、一緒にどうぞ』の特別優待。
安全な土地については、『投資が決まれば詳細を伝える』として今は話すのを伏せ、そしてそこがティヤーでありながら、魔物も他の恐れも手が届かないと、司教は熱っぽく誘う。
魔物が蔓延る恐怖の時代に突入する前から、準備を進めていた事業で、もうじき道が完全に繋がるとか。追い込みどころで、投資頂ければ事業の進行はさらに加速し・・・なんたらかんたら。
他。すぐに対応ができる現実面の利点は、神殿が管理する土地や通行の税免除、滞在による税金の発生がなくなるなど・・・どうでも良いことを、さも『投資は特別な得ばかり』と強調した。
どうでも良い上に、神殿の悪行を知るルオロフには、気分の悪い誘いだが。
断るにしても、探られないよう考慮しなければいけないのが面倒臭い。
『冗談じゃない。ご免被る』で席を立てば、下手に名を馳せ金を持っていた貴族だけに(※自分ちが)、渋る理由をしつこく勝手にほじくり返されるかもしれない。そして『アイエラダハッドは貴族が力を持っていない』とか『ウィンダル家は事実上、吸収されて没落した』など、知られては困ることに及びかねない。
力のある貴族の建前だから、細々した諸事を避けられ、咎められもしない有利あって、ティヤー同道に参加しているのに。
例え『無力な貴族』がバレたところで、騙したわけでもないし、せいぜい扱いがぞんざいになる程度だろうが、それがいつ総長たちの足を引っ張るか。肩書も使えない『荷物・足かせ』は望まない。
そう思うと、ルオロフは、『丁寧に・嘘はない事情』で、相手の意向を傷つけることなく、司教に遠慮を説得するしかなかった。
*****
告解室の隣部屋で、ドルドレンとイーアンは司祭相手に、出口のない堂々巡り。
小窓の板は『怪我人を刺激しないため』ルオロフ退室後に戻され、話は専ら、ドルドレンが続けた。イーアンは付き添い状態で、二人のやり取りに口を出さず。
ただその鳶色の瞳は、射貫くように司祭にじっと向けられ、何度となく司祭から『そんな怖い目で見ないで下さい』と苦笑された。その都度、イーアンの口端が少し上がったが、女龍は何を答えるでもなく、目は笑わなかった。
イーアンが途中から感じ取った、妙な気配。
別室にいる男から漂い、なぜか・・・ドゥージを連想した。ドゥージは、怨霊憑きでも操られていなかったけれど、彼の弓は、地下の国の力を宿し、その気配は独特。あれと似ている。
別室の男に、サブパメントゥの何かしらがあるのだろうが、確認しようがない。
司祭はドルドレンの詰めに、すぐ話を逸らして『証拠がない』『証人もいない』で逃げては、どうやっても男にこれ以上関わらせない方向へと粘る。
問題の男を連れてきたのが誠意、それで納得しろとした態度は頑なである。
偽物の人物を用意して、万が一、見抜かれたら困るから、とりあえず本人を出した。そんな感じだが、本人とは会話させないし、近づかせもしない。
この神殿まで、男を移送した理由は?時間稼ぎで数日おけば、こちらの怒りが薄まって、話し合いも楽になると思ったかもしれないが。
それもあるだろうし―― 神殿がこの件と関係なく、こちらに用となれば、『龍の私』と、『貴族のルオロフ』、あとは『二つ首の銀色のダルナ』・・・ミャクギー島でクフムが命じられたのは、私とトゥを神殿へ連れて行くことだった。
でも、私を見て驚きがあっても、ここまでの間、別の話にはならない。龍への用・・・これも、後で考える必要がありそうな。
ルオロフ誘導は、クフムが神殿から受けた命令に入っていないが、貴族で名を轟かせたウィンダル家なら、狙いをつけられる気がした。
今日。この場に来る私たちの顔ぶれを、誰が予測したのか、それも思う。
クフムは、多分、怪しまれていなさそうだから外す。ドルドレンは機構派遣の代表で、当然来ると思われたはず。
私は、仮に『港に下りたクフムが、ウィハニの女を待ち構えていて、声をかけて連れてきた』としても、まぁ、ありそうな話だけれど。
ルオロフは? 事件に思いっきり関わっている彼を、このカナパウ司祭はおくびにも出さない。
彼が何者か知らなかったのだから、当たり前だけど、先ほど迎えに来た男性は、『司教が呼んだ』と、司教がルオロフの来訪を知っていた言い方だった。
誰かが教えた・・・?私たちが神殿行きのメンバーを決めたのは、宿と船の上だったのに?
何かが、変。イーアンはずっと、それを感じている。
今までなら、とっとと暴れて力で捻じ伏せていたが、今回は。
闇の続きが見え隠れしている―― イーアンの脳裏に、コルステインとバニザットに頼まれて探した、あのサブパメントゥが過り(※2492話参照)・・・このラィービー島殺人騒動の一件、引きずってみてはどうかと考えた。
ドルドレンも、ルオロフが相手の男を倒したとは言わない。下手にルオロフに疑いを回されては困るからかもしれないが、何か考えがありそう。
堂々巡りは終わらず、クフムもルオロフも戻ってこないので、イーアンは『そろそろ帰ろう』と終止符を打った。ドルドレンの視線は同意。司祭は、少し安堵し口を薄く開けたが、続くイーアンの言葉に、顔を顰めた。
「埒が明かないです。私たちの要求は、最初から難癖のように扱われていますし、説明も口頭では不十分と理解しました。証拠を集めますので、追って連絡いたします」
「ウィハニの女。なぜそんなふうに仰るのです。話を聞いていても、それですか」
「話を聞いていたから、こう思ったのです。裁判でも構いませんが、移動する私たちの目的は、魔物退治と、魔物製品で一人でも多くの人々の命を守ることです。留まるわけにいかない仕事ですため、もしも滞在を要求されるなら、ハイザンジェル魔物資源活用機構の理事、ハイザンジェル国王に伺いを立てて下さい」
お、とドルドレンが意外そうに見て、静かにそう言ったイーアンは、言葉を失う司祭に『近いうちに連絡します』と結び、席を立つ。ドルドレンも立ち上がり、カナパウ司祭が『私の一存では』と言いかけても、無視して扉を開けた。
聖堂に出たドルドレンはルオロフを呼ぶように言い、カナパウ司祭は、『今回の結論は全体で話し合う』と有耶無耶で、悔しそうな言葉を捨てて、奥へ行った。
ルオロフを待つ間、告解室の男が気になった二人だが・・・ドルドレンは、腰袋に手を入れ、連絡珠を一つ握る。それは数秒で終わり、連絡珠は淡い光を消した。
10分、15分、待った頃。告解室でガタンと椅子が倒れる音がした。イーアンがちらっと伴侶を見上げると、彼の目は『問題ない』とばかりにゆっくり瞬き。イーアンも小さく頷いて、察する。
音の後は、通路を戻るルオロフの姿が見え、二人はそちらへ。会話が平行線だったから仕切り直しで、内容はあとで話すと、総長が結果を告げると、ルオロフは肩を竦め『私も話すことがどっさりです』と疲れた表情を見せた。
クフムが来ないけれど、どうしようかと気にしつつ、僧侶たちの行き交う通路を抜け、三人は外へ向かう。もう神殿を出てしまうなと、振り向いたドルドレンは、必死に走って追いかけてきたクフムを見て少し笑った。クフムは立ち止まった三人に腕を伸ばして待ったをかけ、ぜぇぜぇしながら、大きな声で申し出る。
「帰りも!私が、船までご案内します」
「そうか。有難う。馬車は恐らく、警備隊が待っているだろうが」
「そ、それでも、案内した責任がありますからご一緒します」
フフッと鼻で笑う女龍に、ルオロフも可笑しそうに顔を伏せ、余裕を見せるドルドレンが頷いて『では頼む』と答えた。クフムの演技はそこそこ・・・面白くない滞在時間だったが、神殿を出る時は、四人とも少し笑顔が戻っていた。
建物を出て、壁の扉も出る。階段を下り、敷地の外へ無言で歩く四人は、すれ違いで通り過ぎた人物に、一瞬、目が行った。一人は年配の女性で、もう一人は召使・・・か。ティヤー人ではない、他国の貴族と仕えている者らしき服装の二人が、厳しい面持ちで扉へ歩いて行った。
神殿に、女性が入れるのだろうか。イーアンは女性だが、龍。人間の女性が用事とは?と気になったものの、煉瓦の道を出て、待っていてくれた警備隊の馬車と挨拶し、このことはすぐに忘れた。
四人は精神的に疲れており、馬車に揺られ戻る道は言葉数も減る。途中、時間が時間だからと警備隊が気を利かせ、港手前の軽食屋の店頭へ寄ってくれたので、ドルドレンは警備隊おすすめの包み焼きを人数分買い、お礼を言う警備隊と御者にも分けて、皆で食べて帰った。
この時、あの告解室で騒動が起こり、また別の場所では―――
「こいつ、どこに置く?」
「どこでもいい。エサイ、そいつの首にある骨片をよこせ」
告解室から離れたどこかで、こんな会話がされていると、誰が思うか。神殿の僧侶たちは、告解室から姿を消した手負いの僧兵を探し、ざわめいていた。




