2520. 半月間 ~㉓ピインダン地区神殿前半
昼前に港に下りたイーアンたちの側に、警備隊の数名とクフムが来る。
この状況を神殿側に聞かれたら、『ピインダン港へ黒い船が入ると聞いて、商船に乗り、下りたところで、警備隊と会話した』そんな理由で済ます。クフムは、ミャクギー島の司祭にもらった、ティヤー僧服を着用。
女龍たちに挨拶した警備隊は、自分たちの簡単な自己紹介に続け、『事情は承知済みです』と、内容を伏せた言い方で、こちらに来た理由を知っていると伝えた。
ドルドレンが用件を短く話すと、彼らは『送ります』と倉庫沿いに待たせた馬車を振り返る。馬車は一般的なものより人数が多く入る、乗り合い馬車のような形で、すっきりした明るい青と白い塗装。
他の仲間は、船で待機。
仲間を船に待たせ、イーアンたちは警備隊馬車に乗って町の中へ向かった・・・ので、甲板から見送ったシャンガマックが動く。
「俺も行ってきますね」
船縁にいるタンクラッドに挨拶した褐色の騎士は、総長と打ち合わせ通りに、獅子と神殿近くへ潜む予定。
トゥはもうおらず、タンクラッドは軽く手を振って『あんまり暴れるなよ』と送り出した。笑いながら肩を竦めて、シャンガマックは昇降口に入る。船内で獅子を呼び、二人も出発した。
行きの道。馬車移動中の会話では――
「武器が?」
「はい。武器と思しきものですが・・・武器と断定もできない内で」
イーアンはドルドレンと目を合わせ、そのドルドレンの視線は不審げに警備隊員に固定される。
「一体、どのような状況だったのか。魔物製品に続いて、押収品まで紛失とは」
嫌味ではなく事実だが。そして、島の南の警備隊は他人事ではあれ、咎められる感じに、彼らは顔を顰めて言い訳がちに答えた。
「確かに、立て続けで『盗み』が起これば。そちらからすると、こちらの不手際以外に思えないでしょうが、ラィービー島で押収した金属の品は」
「不手際云々と言っていません。私たちは責めていません。状況を伺いました。話せる範囲で良いので教えて頂けますか」
不満の滲む警備隊の返答を、イーアンは遮る。隊員は射貫かれたように一瞬硬直し『すみません』と謝り、仲間同士で顔を見て、誰が話すかすぐに相談し始めた。
ウィハニの女に注意されたら問答無用で、言い訳など出来ないとばかり、変わる態度。
その態度の変化に、何とも複雑な気持ちを抱える、イーアン除くドルドレン他二名。だが、隊員は正直に事情を打ち明け出したので、これもこういうものと受け入れる。
イーアンがいなかったら、話が進まなさそうだなと思いつつ、相手の説明を聞くこと数分。その内容、ここでまたも―――
「何か分らぬうちに?」
「狼煙で、『朝』『厳重管理』『消失』『原因不明』とありまして」
サブパメントゥが隙間に入ったのか、と察したイーアンは顔に手を当てて黙る。あいつらは・・・銃を奪い返したか。
『押収された武器が忽然と消えた』。サブパメントゥの操りがあれば。そこに大人数が揃おうが、たった数秒しかなかろうが関係なく取られるだろう。
狼煙の連絡では、押収品紛失は朝の出来事で、出勤した人々が多くいる時間。厳重管理とは、品のある部屋に人がいた状態で、原因不明の消失を食らった。
ドルドレンに不満を向けた隊員は、イーアンには謝り・・・イーアンは『状況を聞いただけだから謝らないで』と返事をした。異種族相手、人間が手に負えるわけがない。神殿側に付いたのは、龍の敵・残党サブパメントゥ。あの手この手で煩わす輩である。
「見えてきましたよ」
紛失の報告が終わるなり、御者から声がかかった。閉じた窓から先を見たルオロフは『仰々しい』と冷めた目で毒づく。神殿は、町中にありながら、そこだけ緑を抱える御殿のように見えた。
話題はここで終わったが、銃を取り返させたのが、人間の僧兵(※2515話参照)とは、イーアンも誰も想像だにしない。神殿がサブパメントゥと結託している事実は分かっていても、個人的にサブパメントゥとつるんでいる僧兵がいるとは。
これをイーアン達が知るのは、まだもう少し先―――
*****
そして神殿前に、警備隊の馬車は止まる。停止した馬車の扉を開け、ドルドレンたちは彼らの送りに礼を言った。すると『ここで待っています』送っただけで戻らないとの返事。
「でも・・・何時間かかるか、分かりませんよ」
ルオロフが時間未定の状態を気にすると、警備隊の一人が『問題ないです』と片手を少し上げた。
「沿岸警備隊の不備から生じた一件です。私たちは門の外で、皆さんの帰りを待ち、出てきたらまたこの馬車に乗って頂いて、港へ送るつもりで来ました」
「そうだったのですか。有難うございます。では宜しくお願いします」
あっさり『お願い』と答えたのはイーアン。え?と振り向いた仲間三名を気にせず、警備隊にニコッと笑って『それでは行ってきますね』の早い挨拶で背中を向けた。
さっさと歩いて中へ進むイーアンに、男三人はついていく。通り沿いに建つ神殿は、最初に大きく開いた飾り煉瓦の敷地があり、左右に人の背丈の二倍程度ある高い塀。内側は、中央の道を挟んで、植物がこんもり茂る。
煉瓦の敷地は門がないが、進んで10mもすると、彫刻の石柱が立ち並ぶ境目があり、柱の間を抜けた先、進行を阻む低い壁に行き当たる。壁向こうの神殿は、横に長い階段を数段上がった高さに建ち、壁の奥に石の神殿の屋根が見えた。
壁は短い屋根が張り出しており、ささやかな影を作る。壁の中央と端にそれぞれ扉がついていて、四人は扉の前に到着。ドルドレンが戸を叩こうとして、クフムが引き受けた。
「私が案内したことにします」
「む。そうか、ではそうしてくれ」
じっと見る女龍の視線に、クフムは力強く頷く。瞬きの多さから内心怯えもありそうだが、彼がこの前の出来事から意欲的な変化をしたので、イーアンも彼のやる気を認めて頷き返す(※やれ、の合図)。
クフムは扉についた金属の輪を握り、深呼吸して、コン、コンと二回のノック。
すぐに内側から音がして、側にいたらしき人が扉を開けた。背の低い中年の僧侶で、四人を見回す。彼は最初に、同じ僧服のクフムに目を止め、それから角のある女を見て数秒目が留まったが、驚いても何も言わなかった。
クフムが『私は』と―― 神殿の言葉を話し ――後ろの三人は少々驚きつつ、クフムに話しかけられた僧侶の表情が、若干納得気に変わったのを見た。
僧侶も神殿の言葉で会話し、わずかなやり取りで、僧侶は何度か前を指差し、クフムに行き方を任せると、誰かに伝えるためか、先に行ってしまった。
「なんて?」
僧侶が離れてルオロフがすかさず尋ねる。クフムは歩きながら『私の話も伝わってて』と緊張気味に周囲を見た。
「ミャクギー島の後で、こっちまで連絡が来たんですね。『私があなたたちを追いかけて、道案内で同行した』と言ったら、すぐに信用されました」
「イーアンを連れてきたからか」
ドルドレンが聞き返し、クフムは頷く。『私自身が、あなた方の用件を知っているとは思われていない』と教え、僧侶に教えられた神殿の階段を上がる。大きな神殿だが、時間が昼だからか外に人はおらず、温い風が揺らす木々の葉音くらいしか聞こえない。
階段を上がって、横に渡された外廊下を左に進み、くすんだ青と黄色に彩色された白い壁沿いを伝い、角を曲がって中庭に出る。中庭をぐるりと巡る回廊を、斜向かいの通路に行き、通路に入った時点で人の声がした。
そこから先が、僧侶たちの居場所らしく、三~四人と鉢合わせて足が止まる。彼らはじろじろと珍客を見て、ウィハニの女に目が留まり・・・イーアンが首を傾げるや、何か気づいたように慌てて『こちらへどうぞ』と踵を返した。
この神殿の、全員が知るところなのか―――
廊下ですれ違う者は、習慣的な会釈をしては二度見し、何やら頷いている。案内に立った僧侶数名は、客を聖堂へ導き、司祭を呼ぶから少し待っていて下さいと共通語で頼み、戻って行った。
戻った彼らが見えなくなる前に、急ぎ足で向こうから来た人物が、すれ違う僧侶に何か話し、聖堂の入り口で胸に手を当て、神の名を呟いてから客人に挨拶。
「お話は伺っています。お越し頂き恐縮です」
短い挨拶をおいて、彼は聖堂の片側に片手を向ける。小さな扉が並ぶ壁・・・イーアンもドルドレンも、この雰囲気、見覚えあり。
「あちらです。この度、魔物資源活用機構の品物の盗難疑惑に証人として関与した、件の信者を『告解室』で待たせています」
特に、一言も発しないまま。四人は『告解室』のある壁へ歩いた。聖堂は、とても広く天井が高い。二階は中心が吹き抜けで、左右後ろの三面の壁に席を設けてあり、その席の下は、正面に大きく設けられた窓から差し込む光の影になる。
告解室と言うことは。相手に会わせる気がないのかと、イーアンは判断する。ドルドレンも同じ。イーアンは幼い頃に修道院の世話になった経験で、それを知り、ドルドレンは騎士修道会本部のある御堂で、形ばかりの名残の部屋を知っている。
クフムは当然知っているが、ルオロフは知識の上でしか知らない部屋。ルオロフの頭の中に、あの男が待ち受ける部屋に入った時、初っ端、何て言ってやろうかと、ぐるぐる回っていたのだが。
かちゃ、と小さな金属音に続け、取っ手を回した扉が開き、案内した男は『こちらにお座りください』と、クフム以外の三名を小部屋に通す。この小部屋は、告解室と告解室の間に挟まる。
クフムは肩を掴まれて止められ、『あなたとは関係のないことなので』と微笑まれる。
クフムが何かを言う前に、イーアンは『クフム。こちらの神殿まで、ご同行有難うございました』と他人行儀に礼を言った。
どう振舞おうか戸惑うクフムだが、ドルドレンも同じように小さく頷いて『それでは』と促し、クフムは扉の外に残される。彼を止めた男は助祭の一人で、クフムには別の用事があると言い、不安いっぱいの若い僧侶を別室へ連れて行った。
入れ替わり立ち代わりで・・・小部屋に置かれた長椅子に並んで座った三人は、互いの思うところを話す間もなく、次に扉を開けた相手に顔を向ける。
「このような形でお会いすることが、誠に辛くて仕方ありません。ウィハニの女よ。どうぞお許し下さい」
背の高いティヤー人が入るなり、イーアンに謝り、しかしその声は控えめで・・・イーアンは座っていた腰を浮かそうとしたが、彼は両手を下におろすような仕草で着席を頼み、向かい合う壁づけの長椅子に腰かけた。この男性の背後の壁に、小さな窓があり、窓は木の板がはめ込まれている。
「壁を挟んだ、そちらの部屋にいるのですか」
挨拶抜きでイーアンが尋ねると、男性は頷いて、まず自己紹介をした。彼はピインダン地区神殿の司祭で、名をカナパウ、信徒の民事に介入する権限があると話した。イーアンたちも簡単に自己紹介を行う。
見れば分かる龍の女は、機構の一員で副理事(※王様が決定した)なので付き添い。
黒髪の騎士は、派遣騎士の代表で騎士修道会総長だから、ここに来た。
もう一人の赤毛の若者は、立場を明確にしなかったが、名前を告げて『この件に関与しています』と言った。もう少し説明を求められそうかと思いきや、司祭はそんなこと気にも留めないようで頷いただけだった。
司祭は、年は60手前くらい。瘦身で厳しい顔つきに、物静かな掠れた声、落ち窪んだ目。忙しない手振りを使う話し方は、どこか信用ならない動きをする。山のような罪をうまい具合に裁いてきたかと、直感でドルドレンは思った。
カナパウ司祭は、ドルドレンを見て『今回のことですが』と単刀直入に言い訳を始める。それを少し聞いた時点で、はぐらかしていると感じたルオロフが口を挟んだ。
「申し訳ないですが、そちらの情報と事実が合わない箇所があります」
話し始めたばかりですよと、若者を注意する司祭の目つきは『制する』視線。ルオロフの薄緑色の瞳がキラッと光って、首を傾げた。
「では。最初から異なります。『件の信徒』は証人ではなく犯罪者であり、ラィービー島の情報を持ち込んだ翌日に、一人も証明する者がいない殺人現場にいたはずです」
「『ラィービー島へ、荷物が運ばれる船を見た』というのは、確かにそうですが。しかしあなたは・・・まるで知っているように話しますね」
否定より先に、質問をする司祭。こういう話し方の人は面倒だなとイーアンは見守る。
返答しようと口を開けかけたルオロフだが、ドルドレンは止めた。
なぜ、と目で訴えた若い貴族に、総長は小さく首を振るだけで、安心し微笑んだ司祭は『申し訳ありません。総長』と手間かけさせたかのように謝った。ドルドレンは、ルオロフを止めた代わりに質問をする。
「カナパウ司祭、俺はそちらの信徒と、話をさせて頂きたいのだが、接触はどうだろう」
急に本題を伝える総長に、ルオロフは展開に気づく。司祭は答えを用意しており、ゆったり頷くと『それでは』の言葉と共に、背後の小窓の板に片手を添えた。
「まず。信徒の様子をご覧になって頂けますか。関与した証人に話を聞きたいのは、機構の当然の権利です。ただ、少しですね」
司祭の手は、小窓にはまっていた板を横にずらし、カタカタと引っかかりながら、板は溝をずれる。
小窓は顔の大きさ程度しかなく、板をずらしたところで、太い角材の格子が第二の遮りで現れ、部屋ははっきり見えなかった。
しかし、告解室と言うには不自然なと、イーアンもドルドレンも感じる。
部屋の外から見た壁には、扉と扉の間隔がせいぜい、人一人分の幅だったものが。
小窓の向こうの部屋は、軽く奥行き5mはありそうな広い部屋だった。その広い部屋の奥の壁際、木製の椅子に腰かけている人物が一人。
小窓に顔を寄せたドルドレンとルオロフは、邪魔な木製格子の隙間から相手を観察する。
この時、イーアンは二人に見せているだけで、体を動かさず、彼らの脇からほんの少し見える程度の遠い人物を、長椅子に背を預けたまま、興味なさ気にぼんやりと眺めるだけだった。
別室の信徒は、顔の下半分に布をかけており、だぶつく僧服の首元や足に布を巻く。顔を見せない理由は?とドルドレンが呟くと、司祭は『怪我で、空気に触れると痛がるので』との返事。
ルオロフには充分。この男を痛めつけたのは自分であり、男の顔が腫れているのを差し引いても、体格や髪形や色でこいつ、と分かる。そして質問。
「つまり、話をさせられない状態、と見せたかったのですか?」




