2517. 半月間 ~⑳『教会』・宣教師チャンゼ・ニダ
教会を探して、早一時間。教わった場所に、目安の大きい修道院は見えても、肝心の教会は痕跡すらない状態で、オーリンとシャンガマックは午後の曇り空の下、蒸す草原に立ち、悩む。
父を呼びますかと、褐色の騎士が、途方に暮れて一言。
「呼ぶまでもない」
獅子の返事が二人の耳に入り、パッと顔を見合わせた。獅子は姿を見せていないが、近くにいる様子。いつからいたの?とシャンガマックが呟きのように声にして尋ね、獅子は『お前らがここに降りた時』と返す。
「教会を探してるんだ。でも界隈に、それらしきものがなくて」
「ないだろうな。建物じゃないかもしれん」
「建物じゃない?って?」
獅子はオーリンにも聞こえるよう、音にして伝えているが、姿は出さない。息子への答えが意外で、オーリンは口をはさむ。建物があると聞いたのにと言いかけ、口を開けたまま黙った。
――『修道院の前を通過した先にある教会で相談しろ(※2515話参照)』
――『段差のある土地の凹んだ方に建っている、見れば分かる』
老人の言葉を、そっくりそのまま思い出す。通過した先にある・凹んだ土地にあると話していたこと。でも、『建物がある』とは言っていない・・・ぎゅっと眉を寄せ、戸惑うオーリン。
「いや待て。『建っている』『見ればわかる』と言ったんだ。だから」
「お前の思い込みが邪魔か?何が建っているとは言われてなさそうな」
「きょ、教会だろ?普通に考えて」
「・・・バニザット。ここから離れて、先へ行け。『低い石室』が建つ場所まで」
焦るオーリンには答えず、獅子は息子に助言を渡す。先へ、の方向は、修道院からさらに奥の意味。視界のきく風景に特徴的な何もないが、父は何かを見つけていると理解し、シャンガマックは頷いた。
「お前一人なら乗せて連れて行くが」
「有難う。オーリンと行ってみる」
獅子が不貞腐れていそうでシャンガマックは少し笑い、父にお礼を言って早速向かう。弓職人と下る丘を歩きながら『人の姿も見えない』と話し合う。
「人間もいないんじゃ、目安もないよな。その上『石室』?もっと遠くまで探せば良かったのか」
かなり遠いじゃないか、修道院から近くもなんともないとボヤくオーリンに苦笑して、シャンガマックは彼に『石室も、もしかすると』と難易度が上がっている予想を仄めかす。
「もしかすると、なんだ」
「想像と違う可能性が大きいですよ。『見ればわかる』と職人親子に言われた理由は、見つけやすいという意味じゃなくて、異質という意味かもしれません」
「ああ~・・・面倒くせぇな」
困って笑うオーリンと一緒に笑って、シャンガマックはいい加減進んだ草むらの左右を見る。そして、軽く頷いた。後ろを振り返り、修道院の屋根はかろうじて見える、この距離に納得。職人の親子は、俺たちが船で移動すると想定しての、『近く』と表現した距離・・・・・
「あれですね。オーリン。石室というのは」
弓職人の顔の前に、騎士は遠慮がちに手を伸ばし、右端に見える石の板を教えた。そちらを見たオーリンの最初の感想は、『あれは遺跡だ』だった。
*****
呆れ口調の弓職人を慰めつつ、騎士は彼の背中を少し押して『行きましょう』と緩い斜面を下った。
石室の側には川が―― 海だけど ――流れている。船をここまで入れたら、修道院からしばらく何もない草原を過ぎた石室を『もしや、これが教会か』と思うかもしれない。
シャンガマックがそう伝えると、面倒くさげな弓職人は『だとしても、違う言い方がありそうなもんだ』と文句を言った。イライラオーリンは、八つ当たりではないが態度に出る。
「オーリン、怒らないで。ほら・・・近くに来ると、人が使っていると分かりますね!誰かいるかな」
苦笑しっぱなしのシャンガマックが話を逸らし、石室の横から前へ抜け、弓職人に手招き。
自分たちが来た方向は、石室の裏側で、前へ回ると井戸や畑があった。鍬や鋤、ささやかな農具と木の桶、編み籠、雨ざらしの木製の古い長椅子が、石壁の前に点々と置かれている。
木々はなく日陰もないが、丘を背負う形なので、夕暮れより早く、石室は影になる気がした。
遺跡を再利用。石室は実に質素で、古い時代の遺跡の、やや残った屋根のある部屋を使っているようだった。
ここしか見なければ、なるほど『石室』だとシャンガマックは思う。屋根と壁をとうに失った、敷石が足元に広がるので、元は広い建造物だったかもしれない。
明るい灰色の石は滑らかで黒い点が入り、経年変化によって薄れた飾り彫刻が、緩い凹凸の影を落とす。遺跡と言っても、権力や富のものではなく、庶民的な建物の様子。
草むらの丘に、平たく見える石室は、水の流れる側面に馬小屋らしきものもある。馬はおらず、石室の窓から見える中も、人がいなかった。
「出かけているんですかね」
「ここまで来て、か。取り越し苦労だな。えーっと、玄関・・・扉があるってことは、これだよな」
人がいなさそうな雰囲気だが、とりあえずオーリンは木製の扉を叩く。他に扉はないので、ここが出入り口と思うが、やはり中からの反応はなかった。不機嫌が治らない弓職人に気遣う騎士は、住人を探そうかと考えて尋ねる。
「教会の彼らは、民間の仕事でしたよね?」
「らしいね。近くで働いてるのか」
もな・・・ オーリンの声が小さくなる。何の気なし、左に顔を向けた水辺、一艘の舟が目に入る。
流れの逆を進む具合で、舳先で棹を差す小舟はこちらへ近づく。小舟の人物も、こちらに気づいたようで・・・相手は、会釈した。
ようやく。シャンガマックは一安心(※オーリンの世話)。
気が変わるのは、猫の目のように早いオーリン。物事が動き出したと分かるや否や、気楽そうに片手を振って挨拶に応じた。
*****
ご用ですかと尋ねながら、舟を岸に寄せて、出ている杭に船を繋ぐ縄を巻いた。乗り手の男は僧服ではなく、一般人と同じ七分袖・七分丈の上下を着ており、軽く舟を繋ぐと草地に上がる。
年はオーリンと変わらなさそうで、中肉中背。茶色の肌に口ひげがあり、大きな目と高い鼻はティヤー人の特徴。優しそうな顔つきで、来客の外国人の側に来る。
話しかけられた言葉はティヤー語で、まずはシャンガマックが挨拶。
自分は通訳でついているが、用は彼がと、後ろのオーリンを紹介。来客二人を見た男は頷いて、黒髪の外国人に、握手の手を伸ばした。オーリンは手を握りながら、最初の断りを伝える。
「俺は共通語しか理解できないんだ。すまないが」
「あ・・・わかりました。私も共通語は上手くないので、通訳さんに間を頼みますね」
オーリンはすぐ『ニダという従者を訪ねてきた』と伝える。この相手はニダではなかったようで、そうですかと頷きながら、ちょっと考え『中で待ってもらう時間はあるか』を客に聞いた。
「ニダは、一時間もしないうちに戻ると思います。私は宣教師のチャンゼです。伺いますがあなた方は、ニダに面識があるのですか?」
「ないんだ。あるのはこれでね」
当然の質問に、オーリンは端革を見せる。チャンゼの目が少し強張り、シャンガマックは彼に『いきさつを話しても?』と滑り込むように尋ねた。チャンゼは視線だけ周囲に向けると、『それをしまって、中へどうぞ』と扉に鍵を差し込んだ。
二人は中へ通され、扉を閉めたチャンゼは『実は戸に鍵はかけていません』と笑い、不思議そうに振り向いた二人へ椅子を勧める。
「真似事です。鍵はかけないんです。とりあえず、こうしておかないと・・・僧侶たちに見られた時、咎められるので」
「咎められる?僧侶に」
「はい。私は教会の人間ですから、悩み困る人々がいつ来ても良いよう、鍵をかけない方針ですが。神殿は、そうした意向は理解しないので」
質素な室内に置かれた、古い机を囲む四脚の椅子。二つに客人が腰かけたのを見て、チャンゼも椅子を引いてかけた。チャンゼが急に話した『鍵と扉』は、客が海賊側と分かって話しているようだった。
「ニダにだけ、その印を見せるつもりではなかったのですね」
「チャンゼさん。俺は教会の話を、この島の北側にある漁具工房で聞いた。教会がどんなところか、そこへ行けと」
オーリンが、相手にさん付けで話しかけるのも珍しい。褐色の騎士は黙ってやり取りを見守る。チャンゼは頷いて『トィーキンの工房かな』と知っている様子で、来客を見つめた。
「何の目的か、私が聞くのも相手違いですから聞きませんが。ニダを紹介されたと、その解釈で良いですか?」
「そうだ。教会にいるニダに会うよう・・・その、俺の頼みというのが、彼に」
「ニダは。男であり、女でもあります。『彼』と呼ぶと、気にするので、話す時は常に名前で呼んであげて下さい」
「え?」
オーリンを遮った宣教師の、微妙な発言。シャンガマックとオーリンは聞き返し、宣教師は息を吸い込んでから、『ニダがここにいる理由も教えてもらったのですよね』と確認した。
*****
話をしながら待つこと30分ほど――― 窓から見える水辺に、人が立つ。背が低く、衣服のゆとりのせいか体つきは細く感じる。こちらへ歩いてくる人物を、オーリンとシャンガマック、チャンゼは眺めた。
「ニダです。名前で」
「分かってる。気を付けるよ」
静かな気遣いにオーリンが了解し、その後すぐ、扉が開く。ただいま戻りましたと声をかけながら入ったニダは、見知らぬ二人を見て、動きが止まった。
玄関から仕切りの壁もない居間。自分を見ている外国人の男二人に戸惑ったが、チャンゼが『お前を訪ねてきたのだよ』と言うと、ニダは怪訝そうに『私を』と呟いた。
「ンウィーサネーティの後ろ盾付きだ」
「えっ、ンウィーサネーティ?!本当に!」
チャンゼの一言で、ニダは目を見開く。オーリンたちは、サネーティはいかほどの人物かと、ここでも驚く(※効果が覿面)。警戒心丸出しだった青年・・・いや、男女どちらでもないニダが、サネーティの名であっという間に敷居が下がった。
ちなみに、これはティヤー語の会話で、シャンガマックは直接理解できるが、オーリンは『サネーティ』の部分しか分からない。そのため、あの妄信的な男の名前が、やたら強く焼き付いた。
「誰なんですか。私に用とは」
側に来たニダに、二人は軽く会釈し、チャンゼはニダに座るよう促す。ニダが座ってから『共通語で話してあげて』と頼むと、ニダはすぐに訛りのある共通語に切り替えた。
近くで見ると、雰囲気がザッカリアを思い出す。細身で男女どちらにも見える、若い顔。年は二十代だからザッカリアより全然年上だが、髭も生える様子がない滑らかな肌は、もっと若い少年のようだった。
真っすぐな黒い髪を、一本の棒でまとめており、大きい目は明るい茶色で、そして、狭い額に傷痕―――
「用は・・・オーリンさん、どうぞ」
チャンゼに話を振られ、オーリンは単刀直入に話し出す。余計なことは言わない。机の上に、海賊の呪符を置き、わぁ!と静かに高揚するニダに少し微笑んでから、もう片手に握った、小さな黒い金属を置いた。
「この島の北で。海賊の爺さんが、ニダに相談しろと俺に言った。俺はこの『神殿対抗の武器』を作りたい」
ニダの大きな目が、向かい合う黄色い瞳の中年男性をしっかりと見る。その横に座るシャンガマックが『分からないところがあれば訳すが』と気を利かせると、ニダはさっとシャンガマックを見て『神殿の何て?』と聞いた。武器、は分かったようだが、途中が理解できない。シャンガマックは『神殿対抗、と』と直訳する。
「神殿と戦うの」
「正確には、神殿の危険な行動を止めるために、動いている」
いきなり現れた珍客の言葉に、一日の仕事で疲れた頭も息を吹き返す、ニダ。信用するとかそんなのは知れたこと。ンウィーサネーティが保証し、この島の海賊が私を紹介したなら、それが全て。
「何?この小さいのが、武器なのか」
尋ねるニダの細い指が、オーリンの前に置かれた金属に触れる。触れてすぐ、ニダの眉間にしわが寄った。
これを知っている・・・睨むような目つきで見上げた相手は、ゆっくり頷いて『ニダも、これを見たんだな』と言った。
「これは、偽物だ。本物の殺傷力を、俺はパァにしたいんだ。この偽物でな」




