2515. 半月間 ~⑱中立『教会』情報・手負い僧兵1と2とサブパメントゥ
オーリンは、前日に約束した漁具工房へ飛び、彼らと話した。
船は南へ向かうと伝えると、親子は『場所は』と尋ね、ピインダン地区と答えると、二人は顔を見合わせた。息子は地図を取りに行き、老人は『そっちに頼める工房がある』と言う。
地図を持ってきた息子が、工房の作業台に広げ、老人は地図に近寄せた顔を傾け、『神殿対抗が目的だったな』そうだな?とオーリンに確認する。頷く彼に、地図に置いた指をトンと動かす。
「ピインダン地区に沿う川がある。川って言ってもな、淡水じゃない。これは海だ。この川から左へ進むと、でかい修道院がある」
「それは・・・神殿ではなく?」
船が向かう用事が神殿なので尋ね返すと、息子は首を横に振って『修道院だ』大きいがと、言い違いではない様子。話を続ける老人は、修道院の前を通過した先にある教会で相談しろと言った。
「教会?工房は」
「お前がこの先、関わるかもしれないから教えてやろう。『教会』は、海賊相手に布教する、中立みたいな場所だ。ここに『ニダ』という、宣教師従者がいる」
「ちょ、っと・・・待ってくれ。やばいだろう。俺の持ち込む内容は」
話がなんだか、マズくなっている気がしたオーリンは止める。この親子が噓を言うとは思わないにせよ。
普通の工房で良いじゃないかとオーリンが意見すると、老人の手の甲が地図をパンと打った。
「最後まで聞け。教会の存在は、神殿連中からも敬遠される。そもそも神殿は昔っから、海賊と相容れる仲良しを望みゃしない。『教会』をティヤーで見かけることの方が少ない」
不審そうなオーリンに、癖の強い共通語で話してやる老人は、『教会は、神殿の異端』と掻い摘む。
「異端?」
「そうだ。一応、神殿の系列にはなっているが、神殿も修道院も関与しない。言って分かるかどうか。どこにでもいるだろう、生真面目で爪弾きにあう奴が。教会はそういう人間が起こした居場所で、神殿には『教えを歪めている』と思われている。
教会にいる奴らは、海賊側にわざわざ関わる。相手が海賊であれ、その家族であれ、困っていれば教会は助けるし、援助もする」
「でも、海賊側には、ならないんだろ?」
「中立だ。海賊側にもならないが、教会と所属した人間には、神殿からの寄付金も皆無で、接触もほぼない」
「それって、神殿系列って言えんのか?」
「言えるんだ。そこが中立だろ。教会は異端で、教え自体はティヤーの宗教の内容だ。要は、教科書は同じ宗教で、教師が二派に分かれている感じだ。教会は教会、独立に近い。彼らは、民間人と働く」
何とも。奇妙な立場の話―――
ピインダン地区は、大きな神殿と修道院があるが、教会の建つ土地は『ピインダン』の名を外されており、名乗ることも許されない。これ見よがしに段差のある土地の凹んだ方に建っているそうで、見れば分かるらしい。
区別化されていても、修道院が近いため、そこの僧侶と話すこともあるようだが、よく思われていないことから、必要以外の接触を増やさないよう注意されているとか。
神殿側からすると、教会は異端よりも海賊側の認識で、海賊側からすれば教会は異端・・・
異端としてでも海賊側に受け入れられているのは、教会は『海神の女』の海の伝説を重視しているところ。神殿側の解釈と異なり、古くから伝わる海の伝説が解釈の基礎なので、認められている。
老人の説明で知った『教会』。その宣教師従者の『ニダ』。
彼は、神殿の排他的な感覚を、真っ向から否定する。ニダは海賊の生まれで、神殿に処刑された身内の仇を取るために、教会に入った。これは、カーンソウリー島の海賊なら知っていること、と老人は教えた。
「ニダ」
その名を呟いたオーリンに、息子と老人が頷いて『ニダに、相談するんだ』と念を押した。
「ニダなら、神殿を潰す武器に協力的だ。南へ行けば工房が多い。その中で一番、オーリンの希望に沿う工房を教えるだろう」
「宣教師の従者なのに、工房に詳しいとはね」
「言っただろう。民間人と働いて、教会の維持をしている連中なんだ。ニダもそうだ」
*****
オーリンが貴重な情報を貰い、『海賊の呪符があれば』の太鼓判を押されて、漁具工房に別れを告げ、船に戻った夜。
ピインダン地区神殿―――
拘束具を外され、傷の治療を受けた僧兵は、あてがわれた部屋の扉に、痛む指で硬い鍵を差し込んだ。
船で四日の距離を、サブパメントゥによって、移してもらった午前。
移動したのは彼だけで、手筈を整えた神殿関係者は来ていない。サブパメントゥによる『直に移動』が可能なのは、この僧兵だけ・・・その理由から。
午前中に到着したは良いものの、負傷のため、神殿の医務室で午後を過ごした。
口内に刺さった杖の木片、欠けた歯の破片、体を地面に打った際にめり込んだ、砂利や砂を取り除き、消毒して薬を使い、血と滲出液が乾くまで放置。
口内は、薬用油で数十分ごとに口を濯いだ。両肩の脱臼も戻したが、拘束具による固定で片方は腫れが続いた。
移送先への紹介状他、本件状況説明の走り書きやら何やら。紙束を持たされた僧兵は、『面会までそこで待て』の命令と共に、ピインダン地区神殿で待機が決定。
今回の件に関する事情は、要所だけ報告してある。詳細は『喋れるようになってから』と、明日以降に、面会・聞き取り予定を組まれた。聞き取りは、移送先のこの神殿の司祭が行う。
半地下の部屋は・・・錆がついた硬い鍵に力を入れて開けねばならず、指の痛みにうんざりしながら戸を開けた僧兵は部屋に入る。
暗く湿気臭い半地下の壁際、燭台が二つと溶けかけのままの蝋燭5本を見つけ、火打石でまた一苦労した。明かりが灯り、寝台に腰かけた数分後。ゆっくりする間もなく扉が叩かれ、食事を運ばれた。
舌がやられて、碌すっぽ喋れない。食事を運んだ修道僧も、気の毒そうに見て『熱くはないですから』と緩い汁物じみた料理の皿と、茶を載せた盆を机に置く。頷いた僧兵に会釈して、修道僧が退室し、僧兵は扉に鍵を下ろしてようやく、一息。一人になれた。
歯は4本折れ、口の中はボロボロ。唇は切れて舌も傷つき、顎も腫れ上がった顔は、飲み物に映ると別人のようだった。
舌打ちしようにも、舌も切れている。地味な痛みに、薬が早く利くのを待つしかない。腹は空いているが、傷を刺激して治りを遅くしたくないので、僧兵は口をつけなかった。
―――銃を・・・置いてきたのが、こんな無様になるとは。
負ける予想のなかった計画が。
相手側に取り入って、ウィハニの女と話す予定が。
思いもしない、若い男の反撃に、計画は丸潰れになった挙句、足を引っ張る裏目に出た。
押収の銃がある以上、神殿は俺の犯罪を回避する難しさに、事を荒立てず、日を置き緩和を図る話だった。
どうせ責任を負わせる程度の考えだ。俺に身の振り方を解く気だろう。今回のハシリは、『引退した老貴族』が原因で、金を受け取っている神殿が『ウィハニと接触』のために、乗っかった話だというのに。
銃で引っかからなければ、いくらでも白を切り通したものを―――
分解した銃は、ウィハニの女と話す際、適当に使い方を話してやって、関心を引くだけの目的だった。
どうせ誰も『銃』なんて知らないし、分からない。この世界には、これまでなかった。銃と呼ぶのも俺だけで、火薬準備の一端に製造を生み出した、いわば序の武器なのだから。
偶然、火薬に近いものや、利用した産物はちらほら、各地にあるようだが。それ以上の規模にならなかった、この世界。革新的な武器だから、関心を引き付けて、切れない縁を作る程度には問題ない。
そう思って、あの場所に『エサ』で置いたのが、このザマ。
神殿は、押収されたことで、馬鹿みたいに神経質になっている。誰かに取り返しに行かせればいい、とは思わないのか。
『銃』が俺の物かどうか、何も証明していないのに。『銃』が神殿の関与する不審物かどうか、それも誰も分からないだろうに。
半地下にあいた横長の窓から、薄っすらと夜風が滑り込む。無駄に警戒して、余計な手間を作る神殿の行動に呆れる僧兵は、押収された銃の奪取を考え始めた。あれさえ、警備隊の施設から紛失されれば、その時点で阿呆な不利は、一つ減る。
知り合いのサブパメントゥに頼むか・・・扱いにくい相手で、物を取ってくる用事は嫌がりそうに思う。
あれこれと考える間は、痛みから気が逸れる。寝台に横になった僧兵の夜は、静かに続く。
この時点で僧兵は、知らされていないことが一つある。
ピインダン地区神殿に、個人的に取り入ろうと計画していた『ウィハニの女』が呼び出され、自分の処罰を決定する席に並ぶ、などとは・・・・・
*****
もう一人、実は手負いの僧兵がいる。
ピインダン地区神殿に関係なく、そっちはカーンソウリー島東に潜む。
この男が、シャンガマックに通りで話しかけ(※2509話参照)、ヨーマイテスに捕まり、サブパメントゥの道具『身代わり襤褸布』で逃げ、追跡したヨーマイテスに再び捕まりかけたところを―――
『お前はもう数日ここにいろ』
「わかった」
『まったく。お前も動きが悪い』
返せ、と襤褸布を引ったくるサブパメントゥに悪態を吐かれ、僧兵は顔を背ける。
ヨーマイテスに引っ掛けられたとはいえ、すんでの所でかわし、ささやかな傷で済んだが、初・サブパメントゥ同士のやりあいを見て怖気づいた僧兵。島の東で人のいない、遺跡並みに古い僧院址で『一人、身を隠す数日間』を受け入れた。
この男の仕事はこれで終わり。彼と話したサブパメントゥは消える。
サブパメントゥの次の行き先は、身内。アイエラダハッドで若干、付き合いに溝が出来た紺と白の巨漢が寝そべる地下へ行く。
『どうした』
『一人はまぁ、獅子から逃がしてやって終わったが。もう一人は』
もう一人はと言いながら、持っていた用済みの襤褸布を放り投げ、『龍相手に本気でくっつく気らしいな』それを思い出して少し笑った。
紺と白の巨漢は、倒れた柱の上に仰向けに寝たまま『執念深いのは悪くない』だろ?と呟いてから、一呼吸置いて尋ねる。
『燻りは。どこ行った』
この質問への返事は適当。『燻り?さぁ。だが、コルステインには捕まってない』と聞き、了解する。重要なのは、コルステインに捕まっていないことだから。
なぜか・・・『燻り』の存在が、コルステインにバレた。偶然ではなく、追われ始めた様子、狙われたとなれば、捕まった時点で消される。『燻り』はまだ、消されては困る。
だがあいつも、そう簡単にはくたばる気がない・・・親から受け継いだ、逆転の望みがある以上。
『燻り・・・フン、あれも執着が強い』
『お前もだ、呼び声』
早く体を戻せよと声をかけて、仲間は立ち去る。『呼び声』はしばらく考えていたが、少しずつ低い音で歌い出す。それは、彼が戦意を高める時に歌う、天の龍を引きずり下ろす戦歌。
読み頂き有難うございます。




