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魔物資源活用機構  作者: Ichen
神殿『デネアティン・サーラ』
2512/2961

2512. 半月間 ~⑮ラィービー島手合わせ・獅子の追跡・荷箱取戻しの続き

 

 二人の距離は5mほど。ゆらっと男の腕が動き、杖が持ち上がった瞬間、ルオロフは跳躍で一階の屋根へ飛び移った。その速さ、人の技ではないように。


「ほぅ・・・ 」


 見上げた男は驚いたのか、しかし面白げに表情が歪み、ルオロフは大きく息を吐いて『お前だな』と犯罪を決定した。


「とりあえず。私はお前を押さえることにしよう。容赦しないから暴れるな」


 ルオロフの警告と予告。男は、フッと笑って『何を根拠に』と答えかけ、次の言葉の前に飛びのいた。赤毛が目を掠め、杖を奪われた。


 ジャッと音を立てた男の足元に、魔物の死骸。前に、杖を奪った赤毛の若者。自分を狙う相手から視線を外さず、男はすとんと魔物に腰を下ろして、後ろ手に何か動かした。


『待たないんだ、私は』赤毛の姿が掻き消えたと同時、男の右耳に聞こえた声。急いで身を翻した男から、ルオロフが素早く離れ、舌打ちする。男の右手に魔物の脚一本・・・ 男は半腰の前傾姿勢で若者を見据えた。


「すさまじい。その動き、人間か?」


 呆れて笑った男は、魔物の鋭利な脚をもぎ取り、これをルオロフに当てた、はず。だがルオロフは避け、無傷。しかし赤毛の貴族は、生意気な相手に不満げな目つきを向けて答えた。


「残念ながら、私は()()()だ」


「そうか。ではあなたの仲間は、さぞ」


「私など、足下に及ばない。お前の動きも、ただの信徒に似合わないな」


 ルオロフの手に握られた杖は、その言葉と共に投げられ、杖は二階の窓と窓の間の壁にガツッと刺さった。視線を動かした男は、次の瞬間、赤毛の若者がその杖に飛び乗った姿を見て目を丸くする。


 ルオロフが杖の上に乗った数秒、落ちる杖と一緒にルオロフは下に着地し、着地と同時に掻き消え、男の右腕が捻られた。うっ、と呻いた声に『二階に死体が。彼らを殺したな?』抑揚のない質問が重なり、男の腕はがっちり固定される。


「見えた部屋は血の海だ」


「服に、血の一滴もついていない私が、殺したと」


「魔物を倒すその動きなら、可能だ。()()


『僧兵』とルオロフに言われた途端、腕を押さえられていた男が身体を捻り、真横のルオロフに膝を打ち込む。素早いが、膝は相手の服にも当たらず、その膝をルオロフは踏んで押し下げ、男の身体を地面に組伏せた。



『この野郎』悪態が漏れ、男がルオロフの固定を力ずくで抜き、鷲掴みの手を伸ばす。しかし、掴みかけ、すり抜けられ、その間にルオロフはもう片腕を取り、肩の関節を外した。同時に男は、もう片腕を下から突き上げるが、これもルオロフに捻られて肩を抜かれる。

 だらっと両腕が揺れるその腹を、ルオロフは蹴った。男の体が館の壁に当たり、膝をつく。ルオロフの片足がひゅっとまた伸び、垂れた手から魔物の脚を蹴り払った。男の目に怒りが浮かぶ。


「くそ。ガキが」


「信徒の割には、口が悪い」


 まさかの『やられる状態』に焦る男を、向かいに立ったルオロフが不思議そうに眺める。


「信徒、か。僧兵も確かに、信徒だ。お前の動きは、戦い慣れを隠せない。・・・私は容赦しない。もう一度言おう」


 赤毛で、体の細い白い肌の若者は、宣告して―― 睨みながら口を閉じかけた男に、杖頭を突っ込んだ。ガゴッと鈍い音と共に喉を突いた杖。

 ぐぅ、の漏れる声の続き、男は白目をむき、壁に頭を滑らせながら倒れた。



「悪くない動きだったが、ロゼールの方がずっと良い動きだな」


 男が気を失ったのを確認し、ルオロフは杖を抜く。歯が何本か一緒に落ち、血が垂れ、口が切れているのを見下ろし、『()()()()治りそうだ』静かに呟いて杖を放る。


 それから近くの(つた)を引っ張ってきて、男の腕と足をまとめ、魔物の甲羅を一枚、剣ではがしてその上に男を乗せ、ルオロフはこれを引きずりながら、まずは船に戻ることにした。中も調べたいが、人が殺されていると知らされて、うかうか立ち入る気はない。


「剣は・・・やっぱり使わなかったな」


 魔物の甲羅を剥がしただけでと呟く、帰り道。

 直に触ったら危ないこともあると、イーアンが話していたからな、とか。今の私は人間だから、魔物でかぶれるかもしれない、とか。ルオロフの独り言は、事件と関係ない内容が続く。


 ただ、頭の中には『盗まれた荷がどこにあるか』それが消えなかったけれど。



 勝者ルオロフ――― 





「大丈夫そうか?」


「大丈夫だろう」



 心配で見に来たタンクラッドにトゥが答え、振り向いたダルナの目に、タンクラッドは苦笑した。


「あれで()()と、彼は言い切る」


「間違っていないが、いくつか訂正がいるな」


 トゥの返事が可笑しくて、タンクラッドは少し声に出して笑う。桟橋に向かって、重い男を引きずりながら進む、若い貴族を見下ろしながら。



 *****



 朝入った、『ホーミットの情報』は、これと繋がっているだろう。

 倒した相手を引きずるルオロフの様子を、空から眺めて考える親方。



 ―――朝、ルオロフの在室を確認しに行ったタンクラッドが、(もぬけ)(から)の部屋と彼の一筆を見て、仲間にすぐ知らせた。


 これを知り、シャンガマックが『直接関係しているか分からないが』と前置きし、『父が昨晩』と新たに受け取った情報を話した。


 それは、ホーミットが結局、相手を押さえるに至らなかった結果。


 逃した相手は、サブパメントゥの道具を持っていたことと、残党サブパメントゥが直に守っていたこと。

 最初は『道具』で逃げられ、追跡して再度捕まえかけた時は、残党に邪魔されて終わった話だった。馬車に近づいた者は()()で、特別な能力や変化は持ち合わせていないようだった―――



「タンクラッド。ここの面倒は、()()()()だけだ。ルオロフは問題ない」


 考え事に浸っていたが、ダルナに遮られ、タンクラッドも頷く。

 この島から聞こえる思考を拾い上げたトゥが『面倒はあれだけ(※倒した僧兵)』と言っている以上、後はルオロフに任せておいて、事は運ぶだろうと分かる。


『放っておいても戻ってくる』と、ルオロフ放置を促すトゥに、親方も了解して、カーンソウリーへ戻った。



 *****



  ルオロフは片道20分の平地を、男を乗せた板を引きずって歩き、桟橋の近くまで来ると、船員を呼んだ。


 その場から離れず、見張りながら呼び続ける若者に気づいた船員は、すぐに来てくれて、ルオロフの話に眉根を寄せる。


 貴族の家に入っていないので中の状態を知らないが、この男が恐らく殺したと思われること、魔物も倒されていたと、最初に現場状況を教える。


 それから、自分がここに一人で来た理由を、彼らに打ち明ける。

『警備隊に卸すはずの魔物製品が、ここにあると聞いて、一人で確認に来た』。


 だが、調べる前に、この男の妨害を受け、先にこの不審者を倒して連れてきたので、魔物製品があるか、館をまだ調べていない、と。


 ()()()()()を凝視しながら、船員4名は話し合い、二人がルオロフと残り、二人が貴族の敷地を調べに出た。



 ・・・気を失っていた男は呻き、少しずつ意識を戻しているため、船員は危険を避けるよう、船に積んである拘束具を男につけ、船に乗せた。


 ルオロフはこの間、ずっと思っていたが、()()()の質問をされる。それは『館の住人全員を殺害し、魔物を倒したこの男を、あなたは倒したのか?』。


 そうですと答え、ルオロフは『私は誓って、貴族の館の人を殺していません』と続けると、彼らは複雑そうな眼差しを向けた。疑われているとして、ルオロフはこれも当然と少し覚悟したが、船員二人は間を置いて『さすがだ』と褒めた。


 何がさすが?とルオロフの面食らった様子に、『貴族の家の殺害なんて、疑っていない』『そんな男(※僧兵)を呆気なく倒したからさすがと思った』と船員は胸中を教えた。



 拘束具をつけ、金属の人型入れ物(※物騒)に入れられ、鍵を掛けられた男は、床放置。


 現場調査に出た仲間が戻るまで、船員二人はルオロフに『警備隊で書くことになるから』と起った出来事を先に書いてしまうよう促し、ルオロフは予想外の下書きをすることになった。


 魔物製品はあるだろうか・・・ルオロフの頭の中は、ぐるぐるとそのことが巡っていた。これで、ここになかったとして。その時は、自分の無駄足と思うだけか、とも考える。総長やイーアンたちを煩わせずに済んだことを、喜べるだろう。


 でも。出来れば魔物製品があってほしい―― 報告書なのか供述調書なのか、近い内容を書きながら、ルオロフは発見を願った。



 そして、館へ見に行った船員が戻ってきた時、彼らは魔物製品の入っていると思しき木箱を持ち帰り、ルオロフは頭を垂れて感謝する。中の確認はしていないようで、開錠されていない・釘が抜かれていない見た目と、持ち上げた重さで『未開梱』と判断した船員は、船で開けるかを尋ね、ルオロフは断った。


 警備隊に運ぶものだから、ここでは調べない。まして自分は、そこまでの権利もない。箱の中身が違うとなったら、それも問題だが。



 これと、もう一つ。船員も、持ち出しに慎重になった品があり、相談して持ち帰ることに決めた袋があった。

 船員が、私物の粗布に包んだ物を見せる。それは血濡れた袋で、開いた袋口から金属の筒数本と、同じ金属で出来た怪しげな塊が見えた。


「これは」


 袋を覗き込んだルオロフが、船員を見上げる。船員も怪訝に首を少し傾け、武器かもしれないから押収したと話した。


「誰の持ち物か知らないが、私たちが島から離れた後に、これが残っているのは危険、と判断して」


「私もそう思います・・・」


 船員とルオロフは顔を見合せて頷き、とにかく用事は済んだため、商船はラィービー島を出た。


 帰りの海で、カーンソウリー島7時発の船と会い、少し止めて事件が起きたことを伝えると、7時発の船も、乗客に事情を話した後は、今日の運航を止める話になった。



 *****



 9時過ぎ、カーンソウリー島の埠頭に着いたルオロフと船員四人は、拘束の男を下ろして見張りをつけ、箱を持って港湾事務局に行き、事件を伝えてから馬車を借り、沿岸警備隊施設へ向かった。


 男の意識は戻っていたが、彼は大人しかった。猿ぐつわと他拘束具で絡められ、人型の入れ物―― ルオロフはこれを、『体に沿う棺桶』と思った ――に入れられては、どうにもならないのもあっただろう。


 ルオロフたちが警備隊施設へ入って間もなく、兵曹長と上等兵曹が来て、彼と木箱を案内した。拘束具の人物は留置所へ置かれ、これも事情聴取と教えられた。



 船で下書きを作った紙を出し、ルオロフは状況を事細かに説明。

 昨日の出来事から現在まで、この時初めて全部を口にした。仲間には黙っていて、自分一人で取り戻す気であった気持ちも話し、横に置かれた魔物製品の荷箱を見ると『開梱して確認をお願いします』と頼み、自分の話を終える。


 質問を受けながら開梱作業が始まり、蓋を開けた内側にしっかりと強い、鎧・鎖帷子を見た警備隊は、『わっ』と驚きの声を漏らし、これはすごいと喜び、無事の戻りを感謝した。



 この後。ルオロフの身元確認及び、魔物製品発見の報告の必要から、警備隊は総長を探すことになり、ルオロフは改めて報告書を書いた。のだが・・・・・




「はい?もう一度いいですか?」


 素っ頓狂な声を出しかけて押さえたルオロフは、驚きながらも冷静に兵曹長に尋ねる。

 報告書は書き上がり、総長を待つだけの時間に入ったその数分後に、兵曹長が持ってきた話は信じられなかった。


「約束は取り付けました」


「約束って・・・そんな、信用したのですか?あの者は」


『ウィンダルさん、ちょっと』兵曹長が、顔を真っ赤にして(いき)り立ちそうな若者を宥め、周囲の視線を集めているからと声を潜める。ルオロフも本来なら冷静を欠くような声を上げないが、これは訳が違う。


「殺人犯だと言ったでしょう!」


 声を潜めながらも、ルオロフは遠慮ない。しーっ、と兵曹長が困って人差し指を口に当てる。『廊下へ』と促し、やりきれない若者を宥めて部屋から出した。扉を閉めるなり、廊下に出たルオロフは『なぜ』と詳細を問う。



「どうすると、拘留してわずか2()()()で釈放されるんですか」


「釈放ではなく、一時引渡しです。ウィンダルさんに、判って頂けるか分かりませんが・・・神殿側の申し出は」


「申し出とは『彼が殺害した証拠も証人もない』ですか?だけど武器と見られる物が」


「あの男の武器、と断定が下せないんですよ」


「現場にあったのに?男は私に『皆が殺された』って言ったのです!あの男は館に入っているし」


「落ち着いて。殺害現場を見たかもしれませんが、それだけだと、犯行決定には直結が足りないです」


「容疑者に違いないでしょう?私もかもだけど」


「いや、ウィンダルさんは船員の供述もあるし、船員が確認した、被害者の死後経過状態と来島時刻に差が開きすぎなので、容疑がかかりませんが。でもあの男も、幾つかの状況では犯行決定に足りないんです。神殿は、男の身柄引取を要求しましたが、神殿で管理するということで、逃がしてはいないです」


 ルオロフは返答に詰まる。どうやったって、あいつだろう!としか思えないのに・・・確実な証拠だ証人だとなれば、ルオロフは『自分が騒いだだけ』になりかねないのも理解しているが、その手前、いろいろ怪しすぎるし無理がありすぎる相手を、尋問もすっ飛ばし、神殿側が迎えに来たと言って()()()()引渡しなんて信じられなかった。


「盗みは?あの男は、『箱がラィービー島にある』と知っていました。私はそれを言われて」


「そのようですが、彼が盗んだと決定でもないことで」


「どうして?可能性がある人物ですよ?!こんなことは」


「ウィンダルさん」 「ルオロフ」


 怒り出した若者に、困った兵曹長の宥めと被る声が廊下に響き、名を呼ばれたルオロフは振り向く。背の高い黒髪の騎士が廊下の曲がり角から出てきて『どうしたのだ』と眉根を寄せた。



「総長!聞いて下さい」


「聞くけれど。その前に、朝っぱらから、お前は手紙一つで」


「それどころじゃないんですよ!総長、私は荷箱を取り返してきて」


「うむ。有難う(※ゆったり)」


「総長!!」


 総長の両腕を掴んで訴える、赤毛の若者の狼狽えぶり。ドルドレンは、彼がこんなに取り乱すのも珍しい、と頷く。ちらと見れば隊の人も非常に困った顔を向けて、助けてとばかりの視線を貰う。


 話してみなさい、何があったのだ、と廊下で諭す総長に、ルオロフが溜息を吐いて大きく頭を振り『それが』と言いかけたのを、兵曹長が『こっちで』とまた移動を頼んだ。


 睨むルオロフに『他の者も聞いていますので』とお願いし、兵曹長は赤毛の若者と総長を船艇事務室へ通した。

お読み頂き有難うございます。

ルオロフが杖を取り上げ、僧兵を蹴り倒した絵を描きました。



挿絵(By みてみん)


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