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魔物資源活用機構  作者: Ichen
神殿『デネアティン・サーラ』
2511/2960

2511. 半月間 ~⑭ルオロフの早朝・あの『僧兵』・ラィービー島で一幕

 

 夜明けより早く、ルオロフが動いた理由は、さして大きな意味を持たない。


 埠頭へは7時に行けば良いが、それでは皆も起きているし、誰かしらに止められる。家出少年のように、早めに出るだけだった。


 ただ、ルオロフが家出少年と異なるのは、『周囲の視線から、自分を目立たなくする』要領が身についていることや、『動きに準備万端』を整える、貴族社会の経験があること。


 魔法や特殊な力がなくても、相手が人間であれば、貴族も充分『別の種族並』の生き物だと、ルオロフは苦笑しながら、宿もあっさり抜け、従業員に口止めもせず違和感なく動き・・・・・


 海賊相手に剣を一本買取って、今は埠頭の側の小屋で、乗船時間を待つ。



 海賊は―― 昨日の局員が『協力の許可』として、外国人の安全保障一環(※言い方ではそう)を願ったため、ルオロフも最低条件には従い・・・『もしもの時には、局員の誰かが、海賊としてその場を押さえに行く』のを了承した。


 これを彼らは『協力』『安全保障』と呼ぶが、意味には()()も含まれる。時と場合によって、強奪も。法に問われることのない、協力と保障――



 ルオロフはそれを聞いてすんなり了解し、『騒ぎにならないよう心掛けるが、ティヤーはあなた方の国。何かが生じた際、私は従う』と答えて、剣を一本願い、簡素な剣帯と剣を受け取った。


 朝陽は早く海を照らす。出発までの時間、自分がいないと気づいた仲間の誰かが、探しに来そうだなと・・・そこだけ心配していたけれど。



「ウィンダルさん。()()()()


『朝7時発の船』へ行こうと、迎えの局員が小屋の扉を開けた。現時刻は、5時。はい、と微笑んだルオロフは、余計を喋らず気の利く彼らに、心から礼を言って小屋を後にする。

 金色の朝陽に、燃えるような赤い髪を輝かせ、若い貴族の足は、小さな商船の舷梯を渡った。



 *****



 木箱は、ティヤー製ではない。その上に座った男は、ポンと角に手を置いて『しっかりしてる』と箱を少し見つめる。たかが荷物用の箱に、丁寧な仕事。特製の金具。開けようと思えば開けられるが、中身には興味がない。


 中身の重大さを理解するからこそ、目立たない外側が頑強で堅固でなければ。それは()()()()だと、男は頷く。



「ハイザンジェル・・・か。小さい国だが、作るものは良く出来ている」


 ハイザンジェル製の荷物用木箱に感心し、欠伸を一つ。うん、と欠伸で伸びをした天井に突き上げた腕、目端を掠めた袖の内側。赤い染みに気づいて、反対の手指でそれを揉み、生地に馴染ませた。


「血が。飛ばないように気を付けたのに」


 他にもあるかと、足や靴をきょろきょろと見て、最後に背を振り返って確認を終える。


 男の片方の(くるぶし)は布で固定してあり、下ろした視線が踝に止まる。ふん、と鼻で笑い、暗い室内に光を差し込ませる、日の出の海に顔を向けた。



「いい天気になりそうだ。ここの魔物も倒したし、()()()()も殺したし。後は、あの若いのと仲間が来るのを・・・文字通り、歓迎するくらい」


 そんなことを呟いて、男は布巻く踝から先の足を両手で掴み、ぐいぐいと左右上下に荒く回した。昨日、脱臼させた足は戻した。脱臼させてから歩き続け、大げさに腫らしてみたものだから、腫れが一晩で引くかは疑問だったが。


「大丈夫そうだな」


 足元に倒れた血まみれの死体複数、それらに目が行くことはなく、自分の足の状態を観察して、男は立ち上がる。


 貴族の館、別荘なんて。ティヤーにはいくらもある。管理は普段、ティヤー人の召使いくらいだが、ここは貴族もいた。

 どこの国のやつだか・・・顔つきはハイザンジェル人に()()()が、どうでもいい。既に砕けた顔は、誰かも見分けが付かない。神殿に頼んだ時点で間違いだなと、男は死体を一瞥した。



 ―――自作自演は、『合間』だけ。


 とっかかりは神殿伝いで、魔物製品をダシに、世界の旅人と話をしようとした、貴族。


 サブパメントゥの移動遺跡で、北へ呆気なく着いたのが昨日。本当はもっと日が掛かる予定だったから、早い到着を神殿に知らせた。その序、出向いた神殿で()()を回された。


『カーンソウリー島に、黒い船が入港する。価値のありそうな荷物を一つ盗み、ラィービー島の貴族へ届けろ』――



「俺に頼むから」


 こうなるんだと男は欠伸をした。俺には俺の都合がある。つまらん仕事も、良いように使わせてもらう。


 神殿の仕事は、貴族の頼みを聞き入れた『盗みと配達』だけだったが。

 この貴族に荷物を運んだ際、『この島に荷物があることを、派遣騎士に教えてこい』と新たな命令を受けた。これは、神殿が知らない続き。


 雇い主でもない相手の命令、聞かなくても良かっただろう。ただ、ここで思いついた。ウィハニの女に接触する、()()()()()を。



 ―――貴族らを殺しておき、呼びつけたウィハニの女の仲間と、()()で話をする。

 盗難品もあるし、それに俺は手を付けていないし、『貴族と館の人間は、全員魔物にやられた後』とすれば、怪しいながらも、鉢合わせた俺の話を聞こうとはする。


 聞こうとしなかった場合に備えて、『分解した銃』を死体の脇に置いておく。


 これが、貴族の物か、誰の物か。居合わせた俺の私物と思うか。ウィハニの女が『神殿の計画破壊』を実行しているなら、恐らく、銃に関心を示す。自然と、俺に問い質す流れが生まれる。


 知らなければ、これが武器とも思わないが、意味深には映るはず。『得体のしれない金属の何か』と、『荷物を盗んだ貴族の関係』を考えるかもしれない。何であれ、俺を無視はできない。館に呼び込んで、ここを見せて・・・ひとまず、俺とウィハニの女は、()()()()になるわけだ。



 神殿には・・・貴族(こいつら)は、魔物に殺されたと、伝える。


 命令どおりに、『盗んだ物を貴族に配達』。

 貴族から『世界の旅人に、ラィービー島(ここ)へ来るよう伝える』命令。

 カーンソウリー島へ行き、世界の旅人とやらに接触。島の名を教えた。

 伝言完了報告のため、ラィービー島に戻った。・・・そしたら?


「こいつら全員、魔物に殺されていた。その魔物は、俺が殺して一件落着。世界の旅人が、島へ来る前の出来事。で、やってきた世界の旅人の誰かと、鉢合わせて顔見知りになった・・・こんなところで神殿への報告は済む。

 海賊(港の連中)には見られていない。島へ来た手段を問われるなら、神殿への答えは『俺の知り合い』で、ウィハニの女への答えは『手漕ぎ舟で』」



 窓を開け、涼しい風を受けながら、ラィービー島の桟橋がある方へ顔を向ける。朝陽が、濃い影と眩しい光を同時に作り、海岸から少し出た桟橋と管理小屋は、絵画のように見える。


 桟橋にある管理小屋は、海賊の見張り場所。

 面倒を起こすのは、自分の静かな仕事に合わないので、()()()()のサブパメントゥに頼んだ。直にこちらへ移動した姿は、海賊に見られていない。


 貴族の私有地に、手漕ぎ舟は何艘かある。魔物が出る前は、貴族が小舟を出して、海を面白がる趣味はどこでも見られた。

 あれで行き来したことにするが・・・ウィハニの女相手への説明では、『荷箱を盗んで運び込んだ者』と『俺』は、当然、別人の設定でなければ。



()()()()()()()()が、他人の荷物が心配で、小舟を出して様子を見に来た・・・そんなこともあるだろう。

 島に着いたら、表は魔物の死体だらけ、屋内は惨殺死体だらけ。死体の部屋に、荷物があった。そこまで確認しましたよ、と」


 血塗れた部屋を明るく照らす太陽。眩しいほど白い。一日が楽しくなる予感がする。



「どこの貴族か知らないが。話をするのは、お前じゃない。俺だ」


 窓辺に立てかけていた銃に手を伸ばし、僧兵はこれを分解する。ガチャ、ガコン、ガチッ。何度かの金属がすれ合う音の後、銃は小さな背負い袋に挿入され、これを・・・僧兵は、頭が砕けた貴族の男の横に落とす。

 拾い上げて、また落とし、万遍なく血がべっちょりと袋についたあたりで、つまみ上げて貴族の手の近くに放った。



「貴族が持っていた、謎の代物。盗んだ荷物と妙な代物が、呼びつけた理由と推測。まぁまぁ、()()()()な話」


 ぶつぶつ独り言を楽しむ。珍しく、よく喋る自分に面白く思う。




 真相――― 『ラィービー島の貴族に、黒い船の荷を一つ運ぶ』仕事を頼まれ、サブパメントゥの道具(骨片)で思考遮断を使った男は、人が離れた隙に、警備隊の馬車から荷箱を引き抜いた。


 運ぶ姿を見られることなく、警備隊の一人と同じ服を着た男は、用意していた荷車に、これを乗せて移動。

 現場を離れた暗い影で、知り合いのサブパメントゥを呼び出し、ラィービー島へ行き、貴族に渡した。

 そして次の用事『派遣騎士に、荷の場所を伝えろ』を言いつけられ、即出発。


 カーンソウリー島で、警備隊施設へ向かう二人(※ドルドレンとルオロフ)をつけ、一人(赤毛の男)に島名を教えた(※2510話参照)。


 再びラィービー島へ戻り、思いついた計画に移る。

 サブパメントゥに魔物を誘導するよう頼み、その間に貴族へ報告・・・がてら、貴族と館にいた人間全員を殺し、続けて、庭に出た魔物を倒し、人間の血を塗った。

 倒した内の一頭を、壁に打ち付けて完了。これは()()()()()()()用。


 世界の旅人が来たら、壁に打った一頭を落とし、会話を開始―――



 誰が来るやら。赤い毛の男が、仲間の誰を連れてくるか。

 一筋縄でいかないにせよ、近づく用事が思いがけず出来たのは、これも導き。疑われながら、つかず離れず、知り合いになった(よしみ)、信用を徐々に作っていけばいい。



「ようこそ。朝一番で来たか」


 桟橋の向こうに船が見え、僧兵は軽く額に手を置いてから、その手を水平に傾けてかざし、笑顔で挨拶を送った。



 *****



『足元に気を付けて』船を寄せた船員に注意を促され、揺れる波を下に見ながら、ルオロフはひょいと桟橋に飛び移る。


「有難うございます。もし私が、昼の往復便に戻らなかったら」


「その時は、こっちの判断で行動しますんで」


 はい、と大きく頷き、赤毛の貴族は朝のラィービー島に入った。船は、桟橋で昼まで待つ。


 この間に通常便の朝7時の船が来るが、それとは別で、乗ってきた商船は、昼までを目安に待機してくれる。ルオロフが『海賊の守り札』を持っていたのが理由だが、これにちゃんとルオロフはお金を支払っていた(※特別便と解釈して)。



 ラィービー島は、カーンソウリー島から一時間も掛からなかった。


 小さい島で、半分以上が貴族の私有地らしいが・・・島の人間は、貴族の別荘地として使われるようになってから、私有地には入らず、反対側で生活しているらしい。

 地元民が島からほぼ出ないことを船で聞いたルオロフは、その人たちが『怪しい荷箱』を受け取っている可能性は低いと思った。


 貴族の私有地は、ティヤー人召使いが数人と、引退貴族がいるそうだが、この引退貴族は『神殿と()()()()ますね』の情報付き。神殿は融資を受けており、それは有名な話とか。



 歩きながら、考える。無関係の地元民に、怪しい荷箱を受け取る理由はない。

 普通に考えたら、ルオロフに接触したのは、自称『信徒』で、ラィービー島には神殿と()()の引退貴族が住むわけだから、荷箱はこちらにある可能性が大きい。



「普通に、考えていいんだよな?」


 そう。()()絡んだかは、判っていないのだ。


 自信がない。この旅は、いくつもの伏線がつく印象。今回もそうかもしれないと神経質になる。だが自問自答で、とりあえず『普通に考えた結果』を優先し、貴族の私有地へ続く道へ進んだ。


 小さい島だから、桟橋から見える館へ向かうのは、難なく。20分程度で館の門へ到着し、乾いた道と海岸の植物風景の中に立ち、ルオロフは門を見上げた。


「門番もいないのか」


 門は閉まっている。だが、門の脇は壁がない。開放的なのだろう。金属の両開き門は、奥へ続く道の遮りだが、脇から通れる。脇はただの植物群。

 いいのかなぁと思いつつ、咎められたら説明することにして、ルオロフは門の横を通り、ゆったり曲線を描く前庭の道で、また足を止めた。



 魔物が何体も――― いつ倒されたのか、べろっと平べったく長い体は蛇のようだが、頭も雰囲気も虫っぽい。甲羅に似た皮膚は幾つかの関節で連結し、堅そうな甲羅に奇妙な穴があいていた。


 足はないが、ひっくり返った一体の裏側には、無数の細い棘状の脚が並んでいる。そして、前庭で動かない魔物の死骸は、全て血がついていた。

 魔物は血が出ないから、これは誰か犠牲者の血かと考える。館の前に転がる魔物、犠牲者の血とくれば、この館の貴族の無事は。


 ルオロフの薄い緑色の瞳が、ゆっくりと館の玄関に向く。


 扉は一見、閉まっているかと思ったが、少し開いている。近づくと、扉の奥の床に人の手が見え、上を向いて動かない状態。殺されたと理解し、ルオロフは後ろを振り向く。

 この状況、船員に話した方が良いかもしれない。


 ここで私が下手に関わると、問題がこじれてしまう。そう思ったルオロフは、一先ず船へ戻ろうと踵を返した。その時、背後で大きな葉擦れの音がし、振り向いたと同時、魔物が館奥の壁からドサッと落ちた。


「何?」


 パッと剣の柄に手を伸ばすも、続いた出来事でルオロフは呆気にとられた。


「大丈夫でしたか」


 壁から落ちた魔物は、昨日の『信徒』が仕留めていた。建物の横から出てきた男は、答えない来訪者を見て『あなたが来たんですか』と尋ね、『()()()()()?』と繰り返して、魔物に刺さった棒を引き抜く。それは棒ではなく、昨日の杖だった。



「・・・杖一本で、魔物の急所を?」


 怪しさ抜群の登場に、ルオロフの笑みが引き攣る。こいつがいるだろうとは思ったが・・・まさか、貴族の家に、倒された魔物と一緒とは。


 男は首を横に一度振り『そこにいるのを全部倒したから、どこが急所か知った』と、さも尤もそうに言うと、近づいてきた。相手の足をちらっと見るルオロフ。布を巻いた足首と、歩行速度が合わない。今は杖もついていない。あんなに腫れていたのが、たった一晩で。


「来るな。お前は何者だ」


 側に来た男に、ルオロフは尋ね、一歩下がる。

 男は低い木の枝を透かす木漏れ日に目を細め、『心配で』と返事。とんとん、と杖先を土に打ち付け『足は薬草と()()で直して、どうにか来ました』怪しまれている前提の言葉を、さらりと吐く。



「この魔物、全部を倒したのか。昨日まで痛くて引きずった足を治して、わざわざ・・・どうやって、ここへ来たんだ」


「裏の砂浜に、小舟をつけました。ここの貴族は顔を見たことがあるから、尋ねてみようと」


「貴族は?魔物を倒している最中、ぼーっと上から見ていたわけじゃないだろう。彼らはもう」


「殺されてしまいました」



 沈黙―― ルオロフの目に疑いしかない。男は杖を片手に館を見上げ『中も見ましたが』と悲しそうに首を横に振る。


「間に合いませんでした。私が来た時は、魔物が」


()()()()()()んじゃなくて、か」


 明け透けにルオロフは疑いを告げ、男は心外とばかり睨んだ。

お読み頂き有難うございます。

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