251. 龍飛行~職人タンクラッド
「タンクラッド。面白いぞ」
親父さんはイーアンが引っ張り出した物を、見ながらニヤニヤして茶を飲む。机の上に置くには大きさが邪魔かなとイーアンが考えていると、タンクラッドはイーアンの横に屈みこんで、床に膝を着き、その場で手を出し始めた。
「これは何だ」
魔物の角を一つ持ち上げて、タンクラッドが目を細める。それは魔物の角です、とイーアンは教えて、角で作った2本の剣を出した。タンクラッドはそれを受け取り、一つはちょっと見て下に置いた。もう一つは金属が入っている方で、それを暫く眺めていた。
「こんなに安い金属で使えるか?」
「この加工をしてくれた人が今日は一緒ではありません。でも説明を書いてもらった紙があります。後で読んでもらえますか。
安い金属を背に使っているのは理由があって」
「その魔物自体が、既にその角を剣の代わりに使っていたのだ」
ドルドレンがイーアンの説明を補足する。だから彼女は角のほうを剣として使わせようとしている、と話すと、タンクラッドは少し考えたようだった。
「俺は金属を加工して剣を作る。金属ではない剣を作れ、と言われても返事が出来ない」
それは最も。イーアンも納得する。親父さんがそこで加勢してくれた。自分がこの前、彼らに聞いた話をそのまま伝え、イーアンや騎士修道会が魔物を使った武器や防具で何をしようとしているのかを話す。
タンクラッドはそれでも、『力になってやりたいと思うが』と金属主体の剣ではないことにこだわっていた。
彼の言いたいことはとてもよく分かるので、イーアンはこの人に無理にお願いするのはよそう、と思った。工房それぞれに方針があり、それは主の精神そのものだから。
ドルドレンにそれをちょっと伝えると、ドルドレンは心配そうな顔をした。『そうか』と短く答えて、ドルドレンがイーアンの気持ちを引き継いだ。
親父さんとタンクラッドに、自分たちがどうしたいのかを的確に話し、無理は言えないからと引き下がる。
「朝早くにすまなかった。時間を取ってくれたことに感謝する」
ドルドレンは礼を言って、親父さんとタンクラッドに軽く頭を下げた。イーアンも立ち上がって会釈して『お時間を有難うございました。また何かの機会に会えますように』と微笑んで、荷造りを始めた。
親父さんはその流れに、ちょっとばかり面食らったようだったが、最初の自分にも同じような『引き受けないなら他を当たるだけ』と言っていた総長の言葉を思い出し、そこは何も言わずに頷いた。
「まだちょっと早いから。せっかくこんな遠くまで来たんだし、うちで休んでいけ」
親父さんは笑顔で二人を誘い、タンクラッドの向き直って『話を聞いてくれてありがとうな』と笑顔で礼を言った。
「待て。なぜ俺が何も言っていないのにそれをしまう」
タンクラッドは、来客3人の話し終わるのを全部聞いてから質問する。それを言われた3人の方が少し驚いた。
「いや。だからお前は金属じゃないと駄目だろう」
親父さんが頭に手をやって、お前がそういうからと指摘する。タンクラッドは不思議そうな顔をして、『駄目とは言っていない』と答える。
「金属ではない剣を作れと言われても、俺の範囲を超えると言ったのだ。俺の範囲に入ってくれば良い。この魔物の角だか何だか、それを組み込むんだろう?それを考えるのは俺ではない。イーアンだ」
だからイーアンに話を振ったのに・・・とタンクラッドは説明した。
断っていたんじゃなかったのかと気が付いて、でもちょっと分かりにくいことにも困ったイーアン。とりあえず確認できることをしようと思った。
「私は、断られていると思って。あなたの仰ることが一々尤もでしたから、それは方針があると」
「なぜそう捉えたんだ。相談に来たのだろう?俺は断る気だったら呼ばない」
はーい??って感じのイーアンとドルドレン。分かりにくさが断トツ。前向きらしいけれど、後ろ向きに思える言い方と態度は、あまり遭遇しないタイプで戸惑う。長い付き合いだけど、親父さんも渋い顔。
「相談に来たのだろって。金属主体の剣にすれば良いだけで、でもそれをすると魔物の特性が生きないというなら、それを一緒に考えるのがイーアンの仕事だ。違うのか」
「ええっと。その通りです。そう思います」
「だろ?だからどうしてここで、もう帰ると言うんだ。俺は力になってやりたいと言った。俺が力を発揮できる方法は金属主体の剣だ。条件はたったそれだけで、後は受け入れている。分かるか」
「分かりにくかったが、何となく分かってきた。なるほど。タンクラッドの言いたいことは、そういうことか」
ドルドレンが先に納得した。イーアンも大体は掴めた。確認しようと思ったけれど、何をイーアンがするべきかを教えてくれたので彼の態度を理解できた。
「イーアン。ちょっとその角を一つ持って、こっちへ来い」
貴重なんだろうから、あまり良いやつじゃない角、と指示されて、少し亀裂が見えるものを選んだイーアンは、工房の炉のほうへ歩くタンクラッドの後をついて行った。
二人が工房へ行ったので、親父さんは『総長を家に連れて帰って待っている』と立ち上がった。ドルドレンが驚いて『俺はここで待つ』と言ったが、親父さんは首を振った。
「前と同じだ、総長。タンクラッドが工房へ連れて行ったということは、教えて分かる、とイーアンに思ったからだ。ちょっと放っておけ。どうせ総長が見てても分からん」
タンクラッドは振り向かないで片手を上げて了解した様子だった。イーアンは不安そうに、ドルドレンを見つめている。
「イーアン。終わったら迎えに来る」
大きめの声で伝えてから、『行くのヤだけど』と呟くドルドレン。
親父さんが笑う。待ってる間、うちの仕事でも見ておけ、と背中を押して総長を連れて行った。親父さんはドルドレンの剣を仕上げていたので、それを見せてやりたかった。
タンクラッドはイーアンの角を受け取って、炎が上がる炉にかざした。
『熱が』イーアンが角が燃えることを教えようとすると、タンクラッドも少し笑って『そうだ』と答えた。少しずつ角を炙り、変化の様子を見る。彼が金属と角を合わせることの、最初の環境を伝えていると思ったイーアンは、それをじっと見つめた。
角はちょっとずつだが変化する。タンクラッドは眉根を寄せて、炉の炎から角を出してヤットコで掴んでみた。『ん?』声を漏らすタンクラッド。イーアンはその理由を聞きたかったが、黙っていた。
もう一度炉にかざし、もう少し熱を上げてから暫く角を見つめる二人。鍛冶職人の仕事に関わらなかったイーアンは、とても面白かった。
タンクラッドがイーアンを見て『熱くないか』と訊ねた。首を振って答えるイーアン。『初めて見るのでとても楽しい』正直に感じたことを伝えると、タンクラッドがじっと見つめて、微笑んだ。
「イーアン。歳は」 「あまり言うのも。中年ですから」
「俺より若いだろう」 「(そりゃそうだ、と言いたいのを飲み込む)はい。44です」
「何年、物を作ってる」 「14~5年でしょうか」
そうか、タンクラッドは頷いた。自分はそろそろ25年だと言う。22の時に鍛冶屋になったと話してくれた。
「いきなり。こんな妙なことをお願いしてすみません。生粋の剣職人にお願いする内容でもなかったかも」
タンクラッドは少し目を開いて、謝るイーアンを見て首を傾げる。
「なぜそんなことを思う。さっきもだが、俺が怒っているように見えるのか」
そうじゃないです、とイーアンはタンクラッドの目を見て言い訳する。ちょっと顔つきが精悍すぎて、怒っているようにも見えるけれど。
「そういうつもりではなく。ずっとされてきたお仕事に、違うことをお願いするわけですから」
「だからね。イーアンがそれを考えることで済む話だ。俺の範囲に入ってくればいい」
タンクラッドは角を取り出して、ヤットコで叩く。キーンと甲高い音がして、タンクラッドは目を丸くした。イーアンもその音に反応して、角を見つめる。二人は目を見合わせて、もう一度角を見た。
「イーアン。もしかしたらとんでもないことが起こっているかもしれない」
「叩いてくれます?」
タンクラッドはもう一度、角をヤットコで叩いた。やはり甲高い澄んだ音が鳴った。イーアンは職人を見つめてから、急いで荷物のある机に走って、別の角を取り出して戻ってきた。
タンクラッドも同じことを思ったようで、何も言わずにイーアンから角を受け取り、角の脆そうな場所をヤットコで叩く。ゴツッと低い音がして、その部分に凹みが出来た。
「すまない」 「いえ。良いのです。さっきの焼いた方をもう一度」
ちょっと待て、とタンクラッドが考える。『水に挿します?』恐る恐る口を出すイーアン。鋭い目つきで職人がイーアンを睨む。慌てて謝ると、タンクラッドは驚いた顔をしてイーアンの肩を掴んだ。
「謝るな。お前の意見が俺と同じだから、なぜだろうと思っただけだ」
そうなの??心臓に悪い・・・イーアンは心の中でびくびくする。非常に分かりにくい職人が相手で、イーアンは先日の、パパ&キングで使った脳をフル回転する。
タンクラッドは少し笑って、イーアンの肩から手を離した。『イーアンは勘が良い。焼き入れではないが、それを試みてみるか』少し温度の下がったであろう角を、職人は水を張った船に入れた。湯気を立ち上げた角は、引き上げると妙な光を放っていた。
「こんなことが」
「俺も初めて見た。イーアン。これは金属だ」
二人は角を見つめながら、不思議な変化に驚いていた。職人の頭の中ではこれをもう少し試したい気持ちと、イーアンの頭の中では何がこうした変化を起こす理由なのか突き止めたい気持ちが渦巻く。
タンクラッドはイーアンに角も持たせ、『もう一度、茶でも飲もう』と休憩を告げた。タンクラッドがお茶を淹れに行こうとしたので『私がしましょうか』とイーアンが手伝おうとすると、タンクラッドは少し微笑んでから頷いた。
「来てくれ。話しながらが良い」
先ほど座った椅子のある壁の向こうへ行くと、男の一人暮らしとは思えないくらい、整頓されている簡素な台所があった。
タンクラッドが茶のあるところと、茶器、湯を見せて、一度自分で淹れてみせる。それからイーアンに渡して『やってくれるか』と訊ねた。同じように真似をするイーアンを、微笑みながら見つめるタンクラッド。
イーアンはお茶を二人分持って、角を前に椅子に座った。
「あまり。人が来ないから。何だか弟子でも出来たみたいだ」
少し笑ってタンクラッドが呟く。イーアンは、この人は誰かと一緒が本当は良かったのかなとちょっと思った。話だと、離婚暦ありで独り者の、剣が家族みたいな変わり者と聞いたけれど。全然、そんなふうには見えない。
あ、そうだ、と思ったイーアンは、タンクラッドに甘いものを食べれるか訊ねた。
「私。たまたま持っているのです。お菓子」
「菓子はそれほど食べないが、一つ貰うか」
イーアンはフェイドリッド用の箱を出して、無理じゃない程度にと勧めた。白い綺麗な菓子を見たタンクラッドは嬉しそうに笑い、大きな手で一つ摘んで口に入れた。
「美味しいな。どこで買った」
昨日作りましたと話すと、焦げ茶色の瞳を向けるタンクラッドはイーアンを見つめた。『イーアンが作ったのか』不思議そうに見ているので、お菓子を作るようには見えないのかなと自分のことを思うイーアン。
「じゃ。また来てくれる時に頼めるな」
タンクラッドはもう一つ菓子を摘んで食べた。理解しにくい反応だけど、お菓子が気に入ったということは通じた。気に入ったかと訊くと、タンクラッドは少し目を丸くして『そう言ってる』と驚いている。
「イーアンには俺はどう映ってるんだ」
「お会いしたばかりですから。私の確認癖もあるかもしれませんけれど」
「あまり怖がるな。こんな見た目だし、言葉も上手くないから。女には怖いかもしれないけど」
「タンクラッドは顔つきがその。良いお顔立ちなので、判りにくい場合もありますが、慣れれば大丈夫だと思います」
「俺の顔か。へらへら笑ってても怖いだろう」
言い方が可笑しいので笑ってしまうイーアン。笑うイーアンを見て、一緒にちょっと笑うタンクラッド。ふと、タンクラッドの袖を捲っているシャツの手を見つめるイーアン。
「剣の職人だからなのか。大きくてしっかりした腕ですね」
タンクラッドは自分の腕を見て頷いた。サージも同じだ、と親父さんの腕の太さもそうと言う。イーアンの手を見てから、タンクラッドはニコッと笑う。
「イーアンの腕もしっかりしている。女だが力が強いし、良い腕だ」
微笑むイーアンに、タンクラッドの切れ長の目もすっと細くなる。『お前の工房はどんな感じだろうな。見てみたいが遠そうだ』目を伏せて茶をすする職人。机の上に置いた、黒い角を手に持って質感を確かめている。
「これは面白いな。俺の工房始まって以来の未聞の出来事だ。一日で何とかしようと思わないが、今日はこれからどうするつもりだ」
「あなたに挨拶をしてから、ツィーレインへ行く予定でした。知り合いの方がいて」
「あんなに遠くまでこれから行くのか?着かないだろう。この時間じゃ」
えーーーっと。普通の反応にいつまで合わせられるか分からないイーアンは、龍のことを話して良いか、少し考えて。うん、話そうと決めた。今後もこの人にお世話になるし、いずれどこでも、龍で飛ぶのだと思えば。
「驚かないかもしれませんけれど。驚くかもしれないので、何となく聞いて下さい」
「何を言ってるんだ?よく分からないことを」
「でしょうね。でもそういうことなんです。私、今日ここへ龍で来ました。ドルドレンと一緒に」
こめかみに垂れた亜麻色の髪をちょっと耳に流して、職人はじっとイーアンを見る。かなり不審げ。信じられないだろうなと思いつつ、本当にそうだから、移動に時間はかからないと伝えた。
「今。見えるところにいるのか?その龍は。しかしどうしてお前は龍と一緒にいるんだ」
話せば長い話。いつもは呼ぶまで上にいることをまず話す。『一緒にいる理由については、また時間のある時に』イーアンがそう言うと、タンクラッドは小さく何度か頷いた。
「今日はじゃあ、ツィーレインへ行くのだな。明日は」
「特別な遠征でもないなら、工房で過ごすと思います」
「俺は明日もいる。明日も来い」
気が早いのも即決なのも、非常に職人らしい感じ。こういう部分、自分は職人ではないな、とイーアンはしみじみ思う。
タンクラッドは、黒い角を2本、自分に預けるようにと言った。作った剣も預かるから、明日までにいろいろと試したいと言う。
イーアンはちょっと思い出して、荷物の下に入れてあった、白い皮とそれで作った細い剣を見せた。
「これは完全に皮なのですが。だから金属の要素はないので見せるのも恐縮です。ただ、これをどうこうして、とまでは思っていません。これは私の範囲でしょうから、私が今後も作るつもりです。
しかしこの皮には手を焼いています。非常に使い勝手は良いですけれど・・・あまりにも硬くて、削るのに苦戦するため、強い砥石を教えてもらえないでしょうか」
皮と剣を渡してイーアンが机を挟んだ向かいの椅子に座ると、タンクラッドは自分の横に座るように指示する。何で?と思いつつも言うことを聞いて、とりあえず横に移動する。
「説明をしてくれ」
タンクラッドはイーアンの目を覗き込む。『俺は片耳がやられてて、聞き漏らしがある』自分の右の耳を指差して耳の悪いことを教えた。左側の椅子に掛けたイーアンは、それを聞いて、はっとして頷いた。
だから最初に荷袋を開けた時も、すぐに床に屈みこんだんだと気が付いた。火の側にいる時も彼の左側だった。お茶を用意する、と言ったときも、離れてると聞こえないからだと理解する。
イーアンはこれからは、タンクラッドの左側に入るように気をつけよう、と心がける。それで少しゆっくりと、白い皮の使い道と作った剣の試行の様子を話して聞かせた。職人は頷いて、幾つかの質問をし、イーアンに答えをもらうと、これらも預かると言った。
そしてじっと奇妙な魔物の皮と、目の前の黒い角を見てからイーアンに訊ねる。
「これらは騎士が集めてくるのか」
「いいえ。お願いすることもありますが、大体は私が集めています」
「どうやって集めるか聞いて良いか」
「見たままです。倒したら皮を剥いで、角は根元から落とすのです。歯が使えると思えば顎を切ります。内臓が使えれば」
「腹も割るのか」
「奇行に見えているようですけれど、自分が言い出していますから自分で行います」
ここにアティクがいたら、『頭も割る』とか『ケツも切る』と言いそうだなとイーアンは思い出す。横に座る職人は、少しイーアンの寂しそうな表情を見てから、背中を撫でた。驚くイーアンに微笑む。
「魔物相手に、お前はたいした女だ。一人で頑張っている。どこまで出来るか知らないが、俺も手伝おう」
優しい笑顔でタンクラッドは、イーアンの背中を撫でた。大きな手が温かく、頼もしい味方が出来たことが分かった。タンクラッドはその後、荷造りをさせたイーアンをつれて親父さんの工房へ行き、明日も来るようにと総長に伝えた。
「明日も?」
驚くドルドレンに、タンクラッドは少し柔らかい笑顔でイーアンの背中に手を添えて、イーアンに言う。
「面白いもの、見つけたんだよな」
「はい」
あっという間に仲良しになった二人にドルドレンの血の気が引く。後ろで親父さんが笑っていた。タンクラッドは、サージと話があるから自分はここに残る、と二人を送り出した。
「また明日な。早くても昼でも構わないが、明日はもっといろんなことが分かるだろう」
イーアンに手を振って、タンクラッドは親父さんの工房に入った。
ドルドレンはイーアンをぎゅ―っと抱き寄せて、『白髪が増える』とぼやいた。イーアンは笑ってドルドレンと一緒に、町の壁の向こうに向かって歩いた。
「次はおばさんのところです。お菓子でも食べながら行きましょう」
お読み頂きありがとうございます。




