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魔物資源活用機構  作者: Ichen
神殿『デネアティン・サーラ』
2507/2961

2507. 半月間 ~⑩通行手形とカーンソウリーの漁具工房

 

「仕事、頼まれてくれないか?」―――


 オーリンは、相手を慮る気持ちがないわけではないが、ここから先は、配慮が足りない状況に変わる。

 単に、相性が合わない、普段の態度が通じない相手と、それだけかも知れないが。



 海沿いの道にある漁具の工房で、オーリンの一言は・・・『どこかの外国人の軽い調子』に響き、職人の老人は顔を顰めた。


 あっけらかんとした態度の外国人は、魔物が出る前に来た観光客かと決めつけ、胡乱な目でじっと見てから『趣味のものは作らない』と返答。急に入ってきた客が、自分の趣味を押し付けていると決定。


 それから老人は、嫌味を含む溜息を遠慮なく吐くと、『最初に、()()()()()と言った』背中を向けて立ち去ろうとした。



「待ってくれ。あんたは武器を作るだろ?」


 オーリンは、単刀直入。老人の足が止まり、肩越しに振り返る目の厳しさ。睨むだけで済まない眼光に、オーリンが首を傾げる。


「変なことは言ってないぞ」


「武器じゃない。漁具だ」


「俺は、武器の一部を作りたいんだ。ここだけの話だけど」


「ここだけの、何だ。会ったばかりの相手に」


「あ~・・・っとさ。爺さん、()()()だよな?」


「口に気をつけろ」


 凄んだ老人に、オーリンの眉が片方上がる。馬鹿にしている気はないが、相手はそう思わない。向き直った老人は、無礼な外国人に近づくと、真下から見上げて脅した。


『どこの外人か知らないが。この国で、海賊相手に武器の話をするなんて正気の沙汰じゃない、ってことは教えてやろう』


 が。この脅し文句。ティヤー語で、オーリンにはちんぷんかんぶん。

 なんて言ったの?とまた首を傾げ、苛ついた老人はオーリンを突き飛ばす。どん、と胸を突かれてよろめくオーリンだが、一歩引いた足で止まり『怒るなよ』と少し笑った。


「帰れ」


「その方が良さそうだけどさ。でも、仕事あった方がいいだろ?この制作数じゃ」


 余計なこと過ぎるオーリンの返事は、喧嘩を売っているのかと思うほどに老人を怒らせる。ギイッと音を立てて奥歯を食いしばった老人の顔に、さすがにちょっと笑いも固まったオーリン。


「ちょっとでいい。話を聞いてくれないか。俺は」


『帰れ、と言ったんだ。お前の話なんか聞く理由がない』


 怒ったからか。それとも、そのつもりでなのか。老人はティヤー語で、オーリンは困る。『共通語で』と言いかけて、今度は腹に手を当てられ、乱暴に体を押されて外へ出されかけ、扉の開いた戸口でオーリンも足を踏ん張った。


「ちょっと、ちょっ、待ってくれよ。海賊なら信用できるから、俺は話を持ちかけ」


『どこのどいつか知らないが、切り刻まれて海の底に沈む前に出ていけ』


「爺さん!こんなの後味悪いだろ(※自分のせいだけど)。信用できる相手に仕事を頼み」


『失せろ。頭の軽い野郎』


 ぐいぐい押されるのを、どうにか耐えるオーリンだが、ルオロフを連れてくるべきだったと(※その前に話し方)さっと後ろを向く。『先に行ってくれ』と離れた今、視界に知り合いの姿はない。


 通りを振り返った隙に、思いっきり、ドン、と突き飛ばされ、これには戸口から出された。慌てて体を立て直し、勢いよく扉を閉めかける老人の腕を掴む。


「謝る。悪かった」


「知るか。失せろ」


「なあ、その。本当に悪かったけど、からかったわけじゃないってことだけでも、分かってくれないか」


『失せろ、と言ったんだ』


「ティヤー語じゃ・・・あ、そうだ。ティヤー語!」


 ようやく、扉閉まりかけのやり取りで思い出した、一通の手紙の存在。あれを先に見せれば良かったと、オーリンは腰袋に片手をやり、警戒した老人が離れようとした腕もグイッと掴み、その睨む眼に目を合わせた。


「読んでくれ。これ」


 片手で老人の腕、片手にルオロフの書いた紹介状。

 腰袋から、ざっと引っ張り抜いた勢いで、頼んだ瞬間。ひらりと足元に影が落ちる。


 この男を相手にしたくもない老人の、目が背けられた方向も足元で―― 『?』 老人の太い眉がぎゅうっと寄り、オーリンは『これを』と封筒を押し付けかけたが、老人はいきなり顔を上げた。


()()で手に入れた」


「え?」


 言葉は共通語で、老人はオーリンに掴まれた片腕そのまま、把手を握っていた手を離してしゃがみ、一片の影を拾い上げた。オーリン、やっと気づく。


「あ。それか。サネーティの」


「サネーティだと。お前に?やつから受け取ったのか」


「そうだ。俺と俺の仲間が」


「・・・入れ」


 ちっ、と舌打ちした老人は、仕方なさそうに、そしてとても嫌そうではあったが、工房に顎をしゃくる。キョトンとするオーリンはこの時、初めて・・・『サネーティの通行手形』の威力を知った。

 ポカンとしている男に、老人が掴まれた腕を睨んで命じる。 


「いい加減に離せ、痛い」


「おお、すまない。それを・・・信じてくれるのか」


「信じるか?当たり前だ、この野郎。どこまで馬鹿にする気だ。誰でも手に入れられると思うな」


 呪術師の血で描かれた、革の一片。老人は言うことを聞かなければいけない()()のように、嫌々オーリンを再び工房に入れ、扉を静かに閉めてから、手に持った通行手形を返すと、こう言った。



「お前が何を作りたいか、知らんが。俺は引退した。俺が引き受けるわけにはいかん」


 それで、お前の仲間ってのはと・・・老人が『通行手形を持つ他の者』について聞こうとした時、奥から人が出てきた。

 ハッとした老人が止める間もなく、若い男が一人現れる。父親の怒る声が聞こえ、何かあったかと出てきた若者は、工房兼売場に立つ外国人に、怪訝な視線を向けた。


 オーリンも彼を見たが、その視線は若者の腕に固定される。『怪我しているのか』首から包帯で吊った右腕は、わずかに患部を示す黄色い染みがあった。老人がオーリンに振り向いて『ついこの前だ』と言った。


「息子が作り始めたばかりだ。だがこの腕じゃ、お前の頼みごとは聞けない」


「あ・・・そういうことか。そりゃ、無理だよな。悪い」


 額に手をやり、オーリンは謝る。親父が引退、息子に教え始めたところで怪我した腕が使えない、そんなところかと察した。


 このやり取りに、息子はオーリンを少しねめつけたものの、父親に『どうしたんだ』と声を潜めてティヤー語で尋ね、頭を小さく振った老人は、オーリンが手に持ったままの端革一片に視線を移す。父の視線を追った若者の目も見開き、手から顔へ、視線は外国人の容姿を辿る。


「何で、彼が持ってい」


「ンウィーサネーティがくれたそうだ。今から話を聞く」


「ンウィーサネーティ?え?じゃ」


 何かに気づいた若者の目が、もっと大きく開いた。瞬きするオーリンに、不審そうな目の老人。


「ウィハニの」


 次に若者の口から飛び出した一言は上ずっていて、その顔は確信のように嬉しげな色を浮かべた。もちろん、オーリンは頷く。この若いのが、どこかでイーアンを知ったと理解。


「イーアンと会ったのか。白い角がある女?」


「ああ!やっぱりそうか!ウィハニの女の仲間か?」


「俺は、彼女の兄弟だ(※嘘でもない)」


 外国人がそう答えた瞬間、若者は自分の前に立つ親を押しのけて、オーリンに駆け寄り、片腕で抱き着いた。


「船を()()()()()()()を!」



 *****



 オーリンが、引き下がらなかった理由。

 ここまで怒らせたら、次に行った先へ警戒連絡が回りそうに思ったから。


『魔物製品制作を頼む工房』は、これまでに幾つか、各地で教えてもらっていたが、今日見つけた工房は、一覧表の地図になかった。


 偽の弾(神殿対抗)の依頼だけに、少しでも人目につかない工房が良いし、引き受けてくれるなら、どこからでも通う気でいたオーリンは、()()()()()()()()この工房の風景から、内容をきちんと話せば協力してくれるのではと思った。


 言い方がまずかったか(※今更)、本題前で怒らせて、追い出されかけたが――


 断られるにしても、理由が『追い払われた』となれば、海賊の連絡網は侮れない速さなので、呆気なく『不審な外国人警戒の連絡』が全土に行き渡りそう。

 それが過って慌て、引き受けてもらえないにせよ、誤解だけは解きたいと粘った結果、逆転に恵まれた。


 とはいえ、運良く好転しなかった時を想像すると、イーアンたちにも迷惑がかかる・・・ 思う割に、行動と口の利き方が行き過ぎてしまうオーリンは、今回ばかりは自分の軽さを反省した(※若干)。




「それで?」


 歩きながら、揚げ物の袋に手を突っ込み、一つくれてやるミレイオが先を促す。


「息子は知っていたんだけどな。爺さんの方は、『サネーティと海神の女の仲間』その情報を耳に入れてなかったんだ。年が年で、何でも息子に覚えさせてるところらしくてさ。

 この前、イーアンが助けた船に乗っていた息子は、サネーティの作った『印』を持った俺が来て、すごい喜んでいたよ。仕事を引き受けるには、怪我が心配だと話していたが」


「あんたの依頼って。何頼んだの、結局。そこ話していないわ。神殿対抗?」


 オーリンは、まだ温かい揚げ物を頬張って『それは船で教える』と、重要な依頼部分を伏せ、若者とその父親が協力してくれるまで漕ぎ着けた、と話を終えた。


「一緒に行けば良かったですね。オーリンが話したいことを、ティヤー語で先に伝えていれば、悶着を避けられたかもしれない」


 ルオロフは、通訳なのに一緒にいなかったことをすまなく思う。ミレイオがすぐに顔の前で片手を振り、赤毛の貴族にも揚げ物を渡す。


「やめなさい。巻き込まれて、嫌な目に遭う人数が増えるだけだわよ。どうせ、こいつが口挟んだ時点で、ルオロフの懇切丁寧な前置きなんか、あっさり吹っ飛ぶんだから」


「ひでぇ言いようだな」


 辛口のミレイオに苦笑するオーリンだが、今回は言い返せない。


「私たちは、すっかり慣れてしまったけれど。そういえば、オーリンはイーアンのおし(※尻)」


 可笑しそうに続けたフォラヴの口元を、振り返ったオーリンの手が塞ぐ。目だけ出ている騎士の顔が笑って、オーリンは『根に持ってるのか』と睨んだ。フォラヴは、オーリンの手首をちょっと掴んで外し、『まさか』と笑う。


「あなたは、素朴な言い方と行動が魅力な人です。龍の民。だからパヴェルもあなたが好きです」


「褒められてる気がしない」


 あははと笑うフォラヴに、ミレイオも笑って頭を振り、『まぁでも。良かったんじゃないの』と工房取り付け話を認めた。面白くなさそうでも、それはそれとするオーリン。ミレイオの持つ紙袋に手を突っ込んで、揚げ物の魚介を数個摘み出す。海の豊かな匂いがする、香ばしい揚げ物は美味しく、一つ二つで止まらない。


「また買ったのか、これ」


 一つ口に運んで、旨そうにモグモグするオーリンが話を変えるが、答えるミレイオはあっさり戻す。


「あんたが行方不明で()()()()()()している間に、あの人たちが奢ってくれたのよ」


 道の先で揚げ物を買ってから、さすがにオーリンが()()()()()()と、進んだ道を引き返して先の工房にいるのを見つけ、海賊系の男らが漁具工房の親子に話を聞き、ここで一旦、会話終了。


 親子は、オーリンの依頼を口にするのは選ばず、町の男たちには『後で話す』と言い、オーリンもそうしてくれと頼んだ。

 そして、現地解散。町の男たちに礼を言ってお別れ。『来れたら明日も来る』と伝えて――



「あなたは、私たちに『保護』されたわけですね」


「フォラヴはさ。顔が綺麗な割に、言うことがキツイよな」


 涼しい微笑みに、悪態をつくオーリン。オーリンの手にある揚げ物を一つ、ニコッと笑ったフォラヴが摘まみ上げて頂戴する。


「帰るわよ。オーリン、フォラヴを乗せてやりなさい。あんまり妖精の力を使わせるの、良くないし」


 空袋をきちんと畳んだミレイオが、『龍を呼んでも』と上を指差し、オーリンもそうする。

 人気のない海沿いの道。ガルホブラフを呼んで、オーリンはフォラヴと騎龍。ミレイオは背負っていたお皿ちゃんで、ルオロフと浮上。


 四人は一度だけ、道を振り返って魔物がいないのを最後に確認し、黒い船へ飛んだ。


お読み頂き有難うございます。

近い日に、またPCの復旧作業を行う予定が入ります。日程はこれからなので、決まり次第、最新話で連絡します。どうぞよろしくお願い致します。

いつもいらして下さる皆さんに、心から感謝して。

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