2505. 半月間 ~⑧パッカルハン遺跡少々・ルオロフと剣・憩いの夜
パッカルハン遺跡へは、甲板の雷撃実験後、すぐに出かけた。
ドルドレンたちに外出と目的を伝え、ホーミットを呼び出し、事情を説明。トゥで出発し・・・前回の顔ぶれで再びパッカルハンの崖の上に出ると、獅子は人の姿に変わり、同じようにあの石の蓋を開けた。
ここからも同じ流れで、違うと言えば、今度は―――
「?入らないのか」
暗い壁に浮かび上がる、異時空の風景を前に。 いざ、と足を出した騎士の前、獅子がのそりと遮った。
戸惑う褐色の騎士に、獅子はじっと見ることを返事とする。
はた、と我に返るシャンガマックが『あ!』と思い出した声を上げ、映像の通路が無事に開いた場所で、イーアンと親方が振り返り、こちらも察した。
自分も行くものと思い込んでいたシャンガマックは、はぁ、と残念そうに溜息を吐き『そうだった』と頷いた。
異時空移動で罪に問われた身だった・・・ イーアンはタンクラッドと顔を見合わせ、壁に映し出された別の場所の風景を見て、二人同時にシャンガマックに顔を向けて『証明はできたから』今回は帰ろうと(※同情)決めた。
褐色の騎士は、それに対して謝ったが、獅子は『行ったところでこの前と変わらない』とそれを軽く薙いだ。
確かにそう、とイーアンも思う。タンクラッドは少し後ろ髪引かれるようだが、また来る機会もあるだろう。
四人は外へ出て、夕焼けの始まりで船へ帰宅する。トゥには、一瞬の行き来。
『若干、船停まりますけれど』と言われていたミレイオやドルドレン他は、『午後は動かないな』と進みを諦めていたが、あっさり戻った彼らの姿にホッとした。
「どうだったのだ。試験をする、と」
「ええ。今日は早く終わりました。問題なく使用できます」
詳しくは知らないが、話の上では『異時空行きのきっかけを作る剣』で、特殊な材料でしか出来ないという。ドルドレンも剣は好きなので、戻った彼らを労い、中で詳しく聞かせてほしいと食堂へ促した。獅子はここで退場。
トゥが戻り、船はまたゆっくり動く―――
一本の不思議な剣を食卓に置いて、皆が囲んでここで初めて、最初から今に至るまでを、タンクラッドは全員に伝えた。
この場にいない、ロゼールやザッカリアにも聞かせたかったと、ドルドレンは思う。彼らも騎士である。世界には、思わぬ材料を使う剣があることを、騎士の部下に教えてやれたらと、宝剣を眺めた。
話をしながら、タンクラッドは最後まで言わなかった部分を残し、シャンガマックはそれに途中で気が付いて、親方をちらちらと見ていたが、話し終えた親方と目が合って微笑まれ、自分に残しておいてくれたと分かった。
ニコッと、褐色の騎士は親方に笑い、皆が剣への感想を口々に話し出すのを遮る。
「これは、ルオロフへ」
『私?』剣に屈めた背を起こし、赤毛の貴族が驚いて聞き返す。皆も、え?とルオロフを見てから、シャンガマックに視線を戻し、シャンガマックから『剣を作りたかった理由』を伝えられた。唖然とするルオロフ。
「鞘は、これからだが。ルオロフ、お前に」
「でも」
即答。意外な反応。目を瞬かせるシャンガマックに、ルオロフは顔を俯かせ戸惑う。『剣は、自分のを持たないでも』と断り傾向。断るとは予想外で、彼の反応に何かあるのかと皆も気になる一言。
剣を与えてくれる味方に失礼・・・それはルオロフが一番思う。すぐに真意を述べることはせず、妥当な理由を話す。
「前も少し、話したかもしれません。アイエラダハッドの騎士団は、ティヤーでよく思われていないです。
ティヤーにも貴族は来ます。皆さんもアイエラダハッドで感じたと思いますが、アイエラダハッド貴族は居丈高が多く、教育のない相手を差別します。騎士はもっと、その態度が顕著です。観光や用事でティヤーを訪れる騎士は腰に剣を下げ、自己主張する話を聞きましたし」
「でも、俺たちといれば・・・大丈夫だろう?」
話を聞くだけ聞いて、褐色の騎士は、赤毛の彼の俯きを覗き込む。微笑む表情には心配もあり、ルオロフは申し訳ない。
私の見た目は、アイエラダハッド人の特徴があるから、と続けたが、『俺たちはともかく、魔物退治でついてきて、丸腰の方が変』とタンクラッドが畳みかけた。これは正論(※親方はいつもそう)。
答えに詰まる、赤毛の貴族。だが、受け入れたくなさそうな、戸惑いの態度は変わらない。
「何かあるのか?お前がこの前、剣を使った時、素晴らしい腕だった(※2486話参照)。剣が嫌いには」
「違います。嫌いなどではなく」
皆の代表で総長がルオロフに尋ねると、赤毛の貴族は言い難そうに・・・そして、シャンガマックの心を抉ることを言った。
「私は、慎重でありたいのです。必要時以外は、剣を持たないつもりで。私は普通の人間よりは、狼男の名残がある分―― ともすれば、一瞬で間違いを引き起こしかねません」
この一言は、シャンガマックにぐっさり刺さる。う、と思わず息が漏れた褐色の騎士が一瞬で蒼褪める。ドルドレンが気付いて、ルオロフにこれ以上話さなくて良いよう、『わかった』と話を終えた。
それから、視線の泳ぐシャンガマックの助け舟に、フォラヴがすぐ横に来て『雷の話を聞かせて頂きたい』と甲板へ連れ出す。
この動きに、ルオロフが今度は戸惑う。
自分の返答にそんなに失礼なことが含まれていたかと、片手が思わず口元を隠し、これにはミレイオが作り笑顔で『ちょっといい?』と誘い、ルオロフを続きの台所へ連れて行った。
残ったドルドレン、オーリン、タンクラッド、クフム、イーアンは、なんとなく・・・居心地悪く、クフムは事情を知らないにしても、やはり何かしらは思うようで『そろそろ自室に』と言い出す。
彼を一人にさせない配慮で、オーリンとタンクラッドは、部屋に呼び鈴でもつけようと一緒に行き、イーアンとドルドレンが食堂に残った。
「シュンディーンは?」 「彼は、赤ん坊状態で昼寝である」
ミレイオの部屋で寝ているそうで、イーアン了解。数秒の沈黙、目を見合わせ『シャンガマックが』と同時に口にし、また黙る。気まずいね、気まずいですね、ボソボソと交わしてから、二人もとりあえず。
「剣は、イーアンが持っていくのか」
「鞘が要りますでしょう。私が作ります」
ああそう、と頷くドルドレン。イーアンは古代剣を片手に、伴侶と一緒に食堂を出た。船倉の馬車へ行き、道具と工具を出して、夕食までの時間、寸法や必要な材料を調べることにする。
剣を持って行ったのは、食堂が小窓から見える台所で、ミレイオが確認済み。
ルオロフに話しつつ、目端でイーアンの後姿を見送ったミレイオの横顔に、ルオロフもそちらを見て理解する。ミレイオは単刀直入に問題点から話し始めたので、この時はもうルオロフも『シャンガマックがなぜ困惑したか』その意味を聞かされていた。
「ミレイオ。私は謝らなければ」
「うん?シャンガマックに謝るの?」
「はい。知らなかったとはいえ」
「およし。いいのよ、別のことじゃない。あんたは、あんた。あの子はあの子。『当事者』は私だし、私も、『別にもういい』とずっと言い続けていることよ。ただ、シャンガマックと獅子はまだ、刑期っていうかさ。それってだけで」
赤毛の髪を撫で、ミレイオは仕方なさそうに微笑む。ルオロフは、思いがけず傷つけた騎士の心に、反省と後悔。その顔を覗き込み、明るい金色の瞳で、薄い緑色の瞳を見つめるミレイオは諭す。
「ルオロフ。あんただって、『頭かち割られて、ビーファライの時に死んだ(※1888話参照)』のが、断った理由の初っ端、って話してくれたでしょう?」
「はい」
「狼男の力を残した体で、万が一でも、『誰かを殺しかねない恐れ』を自覚しているのは、大切なことではあれ、誰かに謝ることじゃないわ」
「・・・そうですが」
「そうよ、あんたの動きと力で剣を持って、相手の頭に振り下ろしたら。一発であの世行きでしょうね。それを想像しているから、あんたは丸腰。剣で称号をとっても、騎士であっても、自分を知っているから」
それくらいの自覚がないと。ミレイオは静かにそう言って、赤毛の頭に置いていた手を離し、甲板へ首を捻る。
「謝りに行かなくても、きっとシャンガマックから言いに来るわ。その心を敬う言葉を伝えに」
心配そうなルオロフに、ミレイオはちょっと笑って『そういう子なの』と、今は行かなくていいよう、台所に引き留めた。
*****
フォラヴに甲板へ連れ出されたシャンガマックが、事情を知っていて、聞かず言わずの友達の横、何も喋らないまま二人で舳先に立って、進む海を見つめながら溜息一つ落としたすぐ。
「私ではない方が、良いです?」
陶器のような白い肌を、夕日に輝かせる妖精の騎士が尋ね、シャンガマックは彼に『そんなことは』と微笑んだ。その力のない笑みに、フォラヴは少し笑ってシャンガマックの腕に手を置く。
「どうぞ。私はもう少し、ここで美しい海の夕方を眺めますので」
「・・・すまない。有難う」
ポンポンと白い手がシャンガマックの腕を叩き、ふふっと笑うフォラヴに送り出され、シャンガマックは昇降口へ戻る。
フォラヴはいつも、ああして。思い遣り深く、多くを聞かなくても、心の内を知っていてくれる、友達に感謝する。
旅する時間の空白を作ってしまった、小さな後悔を感じながら、褐色の騎士は船内へ入り、通路を進んで食堂へ向かう。
「あら」 「あ」
食堂へ曲がる通路で、ミレイオと鉢合わせ、ミレイオがちょっと笑った。あの、と瞬きするシャンガマックに後ろを指差して、ルオロフが厨房にいると無言で伝えた。
「すみません」
「なんで謝るのさ。私、イーアンに夕食何作るか聞いて・・・あ、そうだ。剣はイーアンが持って行ったわ。鞘じゃない?」
「あ、はい。分かりました」
苦笑しながら通り過ぎるミレイオに、軽く会釈して、シャンガマックも厨房へ入る。赤毛の貴族が小さな瓶を片手、振り返った。
「ルオロフ。さっきはすまなかった」
「いえ。謝らないで下さい。私こそ、失礼でした。せっかくのお気持ちを無下にするような」
「違うんだ。その、ミレイオに聞いたかもしれないが」
ここで会話が止まる。じっと互いに見つめ、ルオロフは目を逸らし『何か飲みますか』と小瓶を傾ける。その仕草は貴族の間合い・・・言い難いこと、言い淀む内容、話し出すにきっかけが掴めない時間に、潤滑油を垂らすような動き。
「ミレイオが、これを飲んでいてと渡してくれました。イーアンと夕食の相談をする間、私が暇だろうからって。丁度良かったです、シャンガマックさんも良かったら」
「さん、は要らない。シャンガマックと」
緊張しているのか、微笑みと自然体なのに、ルオロフは『さん』付けで呼び、シャンガマックは少し笑って『もらう』と飲み物を分けてもらった。軽い酒で、祝いの残りの分は、二人でまぁまぁの量。
「俺は、今。父と拘束中で・・・とは、話してあったよな」
「はい。理由は、ミレイオが教えてくれました」
「うん。お前の・・・剣を持たない理由に、俺は自分を振り返った」
「シャンガマック。私は、あなたの10は下の年齢でしょう。でもあなたと同じくらいの人生の時間で、二度存在を失って、三度目を生きています。私は最初で理解しなかったことを、三度目に繰り返すわけにいかないと思うから」
短い会話で、互いの胸の内を教える。シャンガマックは、改めてルオロフの立場と人生、そして『武器を持たない選択肢』を感じ、ルオロフはシャンガマックに『自分に厳しい真っ直ぐな人』と感じた。
「剣は、無理させたくない。すまない、聞いてからにすれば良かったのに」
若干の沈黙を挟み、シャンガマックが酒を一口飲んで謝り、ルオロフは頭を振って『いいえ』と返す。ちらっと見た漆黒の目に、若い貴族は間を開けて『頂きます』と答えた。
「剣、一振り。私が役に立てる機会を、自覚という遠ざけを理由に断っては、何の意味あって、皆さんについてきたかと思いました」
「ルオロフ・・・ 無理しなくていいんだぞ」
「無理ではないです。抜かなければいけない場面に・・・鞘から引き抜くと、肝に銘じて使います」
シャンガマックにそう言った微笑みは、あどけなさの裏側に、壮絶な輪廻の過去を凝縮した重さが透けて見える。シャンガマックの瞳に映る、向かい合って見下ろす少し背の低い若者は、自分より多くの痛みと苦しみと絶望ともがきを、一人で越えてきた。その男の視点を、俺は気にしてもいなかったのか―――
『すまない』思わず、謝った騎士に、ルオロフは驚いて、どうしたのかと心配し、シャンガマックは、俺はまだまだだ!と恥ずかしくなって俯く。
どうしたんですか、顔を上げて、もう一杯飲みますか、と慌てる若者に気遣われながら、褐色の騎士は『俺は恥ずかしい』と(※大真面目な人)自分の浅慮を後悔して・・・・・
こんな二人の厨房に、夕焼けの濃いオレンジが差し込むのを、イーアンとミレイオは覗き見つつ(※戸口)そーっと離れて食堂に入った。
「後悔してますよ」 「超、真面目なのよね」 「シャンガマックらしい男らしさというか」 「なんていうの?シャンガマックって今時珍しい感じ」 「支部の時からですよ。えらい初心なのです」 「ルオロフが困ってたわね」
ふふふ、くくく、と声を殺して笑い合う、女龍とオカマ(※可愛がってる)。お酒飲んでいましたね、私が置いてったのよと、潜める声で女子は(※一人♂)厨房に聞こえないよう、横の食堂でああだこうだと好きに話して、そんなこと気づきもしない厨房の二人は、謝ったりなだめて励ましたり。
あんまり長いものだから、しびれを切らしたミレイオが『喉乾いた』と(※喋りすぎ)厨房へ行って、男二人の場面にお邪魔し、それから余り酒とつまみを持って、なぜか四人で夕暮れ前の食堂、剣と覚悟の酒の席―――
『鞘はこれから作る』『柄はタンクラッドが削り出しを』と、早めの制作も予定に入る。職人がいるからこその、段取り。
話していれば、それなりに。鞘は何々で作るだとか、古代剣の素材はなんだとか、話は開放的に変わり、気づけばタンクラッド(※腹減った)も椅子を引いて一緒に座り、酒をもらい、つまみに手を出し、イーアンが分析する剣の質や、異時空への仕組みやらに話が飛んで。
「夕食はどうするのだ」
待ちくたびれたドルドレンが、ランタンをつけてくれた食堂で(※暗かった)、『面白い話が』と腕を伸ばしたタンクラッドの隣に吸い寄せられるように行って、椅子に座り、大まかな流れをフムフム聞き、そうかそうかと・・・席を立ち、ドルドレンがこの日は料理してくれた(※塩漬け肉たっぷりで)。
知らない間にフォラヴもいて、オーリンがクフムを連れてきて、料理をするドルドレンをちらちら気にしたイーアンが手伝い、剣と不思議な関係の話題は尽きることなく、ドルドレンの用意した料理を前に続けられた。
こんな夜もある。和やかな夕食の時間は、円い窓の向こうに月が出て、黒い海に白金の水平線がしとやかに揺れる。窓を開ければ、温い風が滑り込んで、残っていた酒と肉の料理で、今日も魔物退治なしの夜を穏やかに過ごす。
シャンガマックも笑顔が戻り、『父に持っていくから』と少し肉を包ませてもらい、隣の椅子に座るルオロフに『お前と会えて、俺は学ぶ』と心からの感謝を伝えていた。ルオロフは何度も感謝されて、はにかんでは首を横に振り、真っ直ぐな騎士に『これも食べて』と料理を皿に取りつつ、褒めるのをなだめていた(※周囲は見守って和む)。
この翌日も穏やかに終わり、シャンガマックとタンクラッドは『サンキーに会いに行くのは一日置き』のペースに自然と落ち着いて、イーアンは鞘を作るために『材料取りに行きます』と空へ上がった、そのくらい。トゥは岩礁も潮流もお構いなしに、船を淡々と進め、皆が安心しきって任せている通りに―――
三日目の午前。カーンソウリーの島に着く。
お読み頂き有難うございます。




