2503. 半月間 ~⑥クフムの変化・ある船の転覆回避・人魚付き添い・サンキーの工房へ
甲板の温もりある陽射しと潮風に比べ、船内は密閉率が高いのか、少し室温が低い。
涼しいが、微妙に熱がこもる食堂で、ドルドレン、フォラヴ、ルオロフ、そしてクフムが食卓の椅子に掛け、こちらもこちらで話の真っ最中。
いつもなら、ここにクフムはいない。だがこの昼から、クフムも皆と同席。
フォラヴはクフムが嫌いだが、『クフムを一人にするのは危険』と決まったので、同席も仕方なし。
ただ、彼の視線が時々自分に固定されるのを感じ、それはイヤで(※視線が気持ち悪い)総長の真横に寄りかかるように(※影必須)座る。
幾つも空席があるのに、『腕に寄り添う近距離フォラヴ』はなぜなのかと、ドルドレンも疑問だが、これは懐いた相手にはくっつくところがある(※これ=フォラヴ)し、そろそろ別れる時期だからかと、大らかに、この不自然な近距離を許容。
ルオロフはこの不自然な騎士二人は気になるものの、フォラヴの顔が苦々しさを浮かべているし、フォラヴが角度的にクフムを避けている様子から、妖精の騎士は総長を盾にしているのではと察する(※正)。
にしても、男同士で密着に近い着席を気にしないのは、ハイザンジェル人の付き合いが、そういうものなのかも知れないと解釈した(※誤)。
こんな、少々おどけた雰囲気も漂う、午後の食堂。だが、クフムはこれまでと全く意識が変わって、気持ちが引き締まっていた。
食堂で話し込んでいる題目は甲板と同じだが、話を持ち込んだクフムがいる分、ただの意見交換では終わらない。ドルドレンは、クフムの危なっかしさを丁寧に誘導する必要があり、ルオロフも、クフムの極端な変化に面食らいながら、考慮するよう指摘していた。
クフムは、今日。初めて、自分の責任と自信を認めたのだ。
大袈裟に聞こえそうだけれど。山奥の僧院で引きこもり歴15年以上の彼が、ある日を境にアイエラダハッドから逃亡状態に入り、『犯罪者』『罪の自覚が足りない』と何かにつけて責められ、得体のしれない暗殺者に狙われる一ヶ月足らず、身を蝕む精神的負荷しかなかったものが、ここへ来て―――
「(ク)私が、贖罪の機会を与えられたことを、実感しています」
「(ド)うむ。そうだろう。だがさっきから言っているように、そこまで張り切らなくても良い」
「(ク)総長が、調べに行くようにと私に伝えた時は、生きた心地がしませんでした。でも、シャンガマックさんに励まされ(※励ましてはいない)勇気をもって出かけたのは、人生を変える一歩だったと思うんです」
「(ド)瀕死の顔で出かけたとは思ったが、戻ってきて興奮冷めやらぬ様子。手応えが良い日は、昂るものである。それは理解するが、毎回『行った先で神殿・修道院を来訪』は、わざとらしい。『積極的に情報に触れる提案』も慎重さが必要だ」
「(ル)たまにの行動だぞ?話では、クフムは『招かれた状態』になったが、かと言って、地下室まで入り込めるわけでもないし、製造状況や神殿の実行する計画自体に、都合良く食い込めるかどうか、保障がない」
「(ク)簡単ではないとしても、イーアンを連れて行けるだけで信頼は上がるでしょう。神殿がイーアンに直に話せないことは、私に言うはずです。他言しない約束で、内情も入る確率は高いですよ。今日だって、いきなり訪問した私に、服を渡して『イーアンとトゥを誘うように』と言ったのだし」
そうだけどねと、頷いてはあげる。ドルドレンは『積極的では目立つから』とやる気になったクフムを落ち着かせる。それで落ち着かないので、例えで危険性を少し教える。一度は怯むが、やはり落ち着かずに『それなら』と話を変えるので、ずーっとこれを繰り返す。
彼は、単純だ――― 経験値が少ないために、こうなりがちなのは分かるが。危険の想像も幅が狭い、奥行きがない。
下手にイーアンに認められたのがマズかった。『いい仕事をした』と褒められたのは、貶され続けた上司に認められた部下の、イイトコロ見せたい敗者復活戦心理である。
実際、貶されるどころか、事あるごとに『殺す』と刃物(※龍の爪)を当てられて、身が縮む日々の連続。彼にとって、この差は天地以上。
うちの奥さんは、『殺すぞこの野郎。あ、役に立ったの?やるじゃん』くらい、普通の流れなんだろうけれど(※普通ではない)。
クフムのような臆病な性質で、世間知らずの引きこもり、得意なことだけ、水を得た魚のように喋りまくるのが地の男。褒め言葉は選ばないと・・・ もう、ものすごくその気になっているのが、痛々しい。認められたとしても、クフムはクフム。変化したわけではない(※心身ともに弱いのは同じ)―――
堂々巡りの、終わらない午後は、ゆっくり過ぎ行く。
いつしか陽射しは斜めに変わり、橙色の輝きが波にちりばめられる。次の港は、要三日。ティヤー内陸に近づく島。
・・・内陸と言っても『大きな島』だが、ティヤー最大の連なる島で、そちらへ続く航路に向かう道すがらに通過するのが、次の目的地。
『ミャクギー島と同じように入り組んでいる』と聞かされているけれど、ミャクギーの入り組んだ具合は、正直、船に乗っている誰も実感していない。
全てトゥに任せてあるため、トゥが船を操り、難なく到着した(※だから早かった)。
これが、人の手で船を操るのであれば、船の操縦も無論だが、天候・風向き・夜間・潮の満ち引き、様々な都合併せ、島に近くなるにつれ、岩礁なども気遣って避けるなどもあるため、時間が掛かるのだろう。
トゥ、サマサマ。皆さんは乗っているだけで、次へ着く。
『往く道三日予定』だが、これも早くに着きそうなと、甲板では夕陽に差し掛かる太陽を見上げて、談話が続く。魔物は気配もないので、ただただ穏やかな時間。
食堂では、説得に飽きてきたルオロフが気の毒で、黙っていたフォラヴがルオロフを誘い、軽く総長に挨拶すると、ルオロフを連れて出て行った。
残された総長は、残念そうなクフムの視線が追う部下の背中を眺め、これは俺もお開きで良いのではないかと思う。
しかし、クフムを一人にするわけにはいかないので、総長は責任もあり(※二人だし)、皆が食堂に戻るまで、ひたすら根気よく『やる気のクフム』を宥め続けた。何でこんなに変わるやらと思うほどに、やる気に満ちたクフムは、勢いで飛び出しかねない気がして。
――クフムが、魔物製の上下服を、着用しているのも理由・・・
そこまでは、ドルドレンに分かるわけもない。サブパメントゥの追手と思われる『謎の影』を振り切った事実。怖さがなくなるわけではないが、この現実は格別の自信となって、貧弱な僧侶を鼓舞させ続けていた。
黒い船アネィヨーハンが、黄金色の海を進む夕方。イーアンの翼が広がるところは、別の船の上―――
*****
『大丈夫ですか』白い龍が消え、同じ場所に人の姿の女が浮かぶ、夕焼けの空。
助けた船は大きく、アネィヨーハンくらいある。倒れたらさすがにアウトだったと、イーアンもヒヤッとした。
転覆手前の船を持ち直した船員は、口々に『ウィハニ』と叫んで両手を振った。何名か転落したようで、救出ボートの用意で左舷に集まる人たちと、そちらを指差している船員がいて、イーアン了解。
びゅっと飛んで、船の左に回ったイーアンは、海面に浮上した男数人を見つけて腕を伸ばす。
飛んできた何者かに『わ!』と驚きの声が渡るものの、誰かと分かれば判断は早い、船乗り=海賊。伸ばされた腕に、自分たちも片腕を上げる。
女龍の手は滑空と共に一人の腕を掴んで、海から出し、甲板へ下ろす。下ろしてまた、海へ飛び、これを繰り返した。
全員上げたかな、と最後の一人を運んで海を見る。聞くより早く、甲板に降りるや否や、船員が集って慄く女龍を抱きしめた。
この人たちはフレンドリー過ぎるっ! ちょっと離してと、頑張って抵抗するも意味なく、代わる代わるに抱きしめられ続けること人数分。ようやく最後の抱擁が済み、イーアンは一歩後ずさる(※距離必要)。
「皆さん、無事ですか?」
「・・・無事です」
イーアンの言葉が共通語だからか、間を置いて一人が答え、続いて他の者たちも無事と返事。
怪我をしている人が数人いるが、イーアンが心配そうな目を向けると、彼らは手と首を横に振り『問題ない』と安心させようとした。でもイーアンは『治せる』と伝え、驚く彼らの間を通り、負傷者の傷を龍気で回復させた。
なのだが。一人だけ・・・右腕を押さえた若者は『このままでいい』と断り、彼らがウィハニの女に手伝われることを、あまり好まないのを思い出したイーアンはしつこくせず、無事を祈って下がった。
彼も、嫌がっているわけではなさそうで、すまなげに見えた。誇りが強くあるのだ、と思う。
クラーケン的な魔物に船底を掴まれ、ひっくり返されかけた船。さすがにあの大きさの魔物では、人間が太刀打ちできない。
―――お空でルガルバンダにお礼を言い、子供部屋で子供たちと遊ぶ午後を過ごし、ビルガメスに引き留められ、『卵をそろそろ』と言いかけた男龍を振り切って戻った、直後。
沖で転覆しかける船を見て、慌てて助けに入った。あと数秒で船の腹が海面につく、そのギリギリ。龍に変わって魔物を消し、龍の大きさで船の角度を戻した―――
「ウィハニの女、有難う」
皆さんの視線が熱い。これはもう一回くらい抱き締められそうだと、イーアンは翼を出す。私帰りますと態度で示し、ハッとした皆さんが『礼をしたい』と言い出したので、ぴゅ~っと上へ飛んだ。
「助けるのが私の仕事です。皆さんご無事で」
「次に会ったら、覚えておいて下さい!」
その言葉、『次に会ったら覚えてろよ』のポジティブ版。はい、と頷いた女龍に、船縁に掴まる船員は手を振りながら、『次は必ず礼をする』と叫び・・・ なんか複雑だなぁと思いつつ(※言葉イメージ)、笑顔のイーアンは手を振った。
「あなたと、お仲間にも礼をします!印を」
「? あ。印・・・はい!では仲間がお会いする時、『印』で!」
離れて行く船に手を振りながら、大きい声で返したイーアンに、甲板の男たちの、ワーッと叫ぶ声が届く。またね~ どこかでね~ ご無事でね~ イーアンは両手を振り振り、夕陽の空に飛んだ。
サネーティの呪符。海賊のお守り印。そうか、こちらにも伝わっているのねと、ちょっと嬉しくなる。海賊の連絡網がどうなっているか分からないけれど、あの印が私たちを見守ってくれるんだと思うと、イーアンの心は温かくなった。
ほんの一コマ。無事で良かった、間に合って何より。
誰かが危険なら助けるイーアンにとって、それだけだったが―― この『一コマ』が、もう少し先で物を言う。
*****
クフムの初仕事、魔物製品提供、ミャクギー島半日未満で出発、イーアンの船助け。この日は他に何があるでもなく終わり、翌日―――
次の目的地の島カーンソウリーは、地元民が『内陸』と呼ぶ大きな島の北東に位置し、黒い船は予定三日の距離を、特に阻まれるものなく順調に進む。のだが。
パッカルハンで手にした物質を届けた後、『驚愕の変化』を起こした話。これが一回目・・・これについて、タンクラッドもシャンガマックも、勿論ホーミットも、皆に話しそびれていた。
驚きの結果を皆に話すことなく、流れてそのまま。
二回目の材料を得たのが、火山の中からイーアンが取り出したもので、これも翌日届けに行った。サンキーに進捗状況を聞き、船に戻って夕方から『一周年の祝い』。それから昨日を挟んで、今日。
今日もシャンガマックがねだる形になり(※『俺はいつ水中に帰されるか』)、タンクラッドも聞き入れ、親方・シャンガマック・獅子の三名は、本日ピンレイミ・モアミュー島行き。
それはいいのだが、トゥが留守だと船が動かない。順調が、あっさり止まる(※彼らは出かけた)。
『また足止めよ』ミレイオの焦じれったそうな呟きに、イーアンがちょっと考えて『お友達に頼んでみます』と出かけた。
しばらくして、アネィヨーハンは動き出した。これはイーアンが別のダルナを連れてきたかと、甲板に出たミレイオが見たのは、ダルナよりもっと素敵な光景だった(※ダルナに失礼)。
「すごーい!きれいっ!」
空に、ニコッと笑う女龍が頷く。海には、人魚と大亀二頭。大亀は、姿を変えた『以前、自我を持つ魔物だった彼ら』で、アネィヨーハンの左右を支える。
船体と変わらない大きさの亀の甲羅が、薄っすらと水を透かして見え、その甲羅には不思議な地図絵が描かれていた。人魚はオウラが来てくれて、オウラの他にも、煌びやかな女性の人魚が亀を誘導する。
ダルナより素敵だわと、失礼な喜び方をするミレイオを、『シー』と止めつつ、イーアンもオウラたち人魚の美しさと、彼女たちに導かれる二頭の大亀の雄大さに、心を掴まれる。これは確かにロマンチックで美しいものと思う。
ということで、ミレイオは『ずっと見ていられる』らしく、甲板に卓代わりの樽と椅子を運び、人魚と亀を幸せそうに眺めて過ごし、イーアンも甲板で付き合う。
頼もしい異界の精霊について話をしながら、大きな黒い船は、この日も順調に波間を行く―――
*****
タンクラッドとシャンガマックは出先で、涼しい朝の海岸を歩く。『トゥで一瞬』は本当に便利で、距離感がない分、行きも帰りも時間を考えなくて済む。
獅子はトゥに乗る気がない。それに本当は息子と移動したいが、息子が瞬間移動寄り(※便利だから)。文句タラタラで、工房集合を承諾。ということで、親方と二人で向かう道、シャンガマックはワクワクしっぱなしで、喋りが止まらない。
「お前がそんなに、剣に入れ込むのもな」
ふっと笑った親方に、シャンガマックは『普通ではない剣が出来るから』と少し恥ずかしそうに目を伏せた。親方は分かる。彼が、剣を手放しても、やはり騎士であり、剣が好きなのを。
「俺が言うのも何だが・・・お前の剣も、用意したらどうだ?ルオロフのだけではなく」
「いえ。それは考えていません」
そうか、と親方はすぐに下がる。シャンガマックにやんわり促したことで、彼は黙ってしまい、悪いことをしたかなと親方も黙った。サンキーの工房は近いため、少しの沈黙で済む。到着し、扉を叩こうとしたところで、家の横から職人が顔を出した。
「おはようございます!足音が聞こえたので」
「おお、おはよう。サンキー。追い立てるように来て悪いが、どうだ」
こっちへ、と裏庭へ招く職人に挨拶しがてら、タンクラッドは剣の制作状況を尋ねる。
家の脇を通り抜けて裏庭へ出る途中、彼の小さな畑の端に黒い物体が転がるのを見て、タンクラッドとシャンガマックは瞬き。
サンキーは歩きながら『割と~・・・』と細かく説明してくれているが、それより畑のアレが気になる。
「すまんな、サンキー。話の途中だが、あれは」
喋り続ける職人を止め、親方は畑を通り過ぎる前に『なぜ黒い物体があそこに』と指差した。サンキーは振り向いて『あ、言ってませんね』そうそう、と踵を返すと、畑の手前に進み、黒い物体を拾い上げる。
「何で畑に」
「使い終わったと判断して。あの変化の後」
拾い上げた物体が職人の両手に乗り、割れ口を見せる。ここまでは知っている、タンクラッドとシャンガマック。使い終わったとは。判断とは。目で続きを訴える二人に、サンキーは順序を少し考えて、顔を裏庭に向けた。
「見せますね。見た方が説明より分かると思うので」
とりあえず行きましょう・・・ニコッと笑った人の好い笑顔に、来客二人は続きを早く聞きたくて、足早に付いて行った。
お読み頂き有難うございます。




