2501. 半月間 ~④司祭の情報と依頼・狙われたクフム・貴族使い途
☆前回までの流れ
祝いの翌日。クフムは絶不調の体調でした。シャンガマックが薬を用意し、クフムの心配に助言。そのあと、オーリンに魔物製の強化服を着せられて、クフムは総長命令『神殿探ってくる』業務に出発しました。来訪の事情は『動力の資料を返却したい』こと。数年前に会った司祭がおり、クフムと司祭は面会します。
今回は、司祭の質問の続きから始まります。
―――『君が『度々、世界の旅人の姿を見かけた』時に、二つの首を持つ龍のような怪獣を見ているかどうか。いるらしいのだけどね・・・ 』
トゥのことだとすぐ分かったが、さすがに名前を口走る愚行はない。
愚行はないが、クフムは顔に出やすい。何万という悩める信者の相談を聞き続けて、今日に至る司祭は、若い僧侶の顔つきに『肯定』を見抜く。
「君は素直ですね。見ただけではなく、きっとその怪獣のことも、知っているのでしょう」
「そんな、いえ。知っていると、いうほどは」
「あれは、『何』ですか?クフムが聞けた話だけでも、私に教えてくれますか」
ここでクフムは、焦りが一度静まる。・・・司祭は、ダルナを知らないのか?それなら、トゥ自体についての答えじゃなくて良いと、思い直した。
「アイエラダハッドにはいたんですけれど、あれはダルナという種類で。ご存じないですか」
「ダルナ?」
「ダルナ・・・です。生物名がそれ、というか」
「龍とは、また違うのですか?クフムは、他にもダルナを見ていますか?」
追いかけるような、司祭の質問。矢継ぎ早でうっかりしそうなので、ちょっと考える。
『他にも見たか』=しょっちゅういますよ、と言いたくなる(※日々、その辺に出てくる)し、『龍とは違うか』の質問も、全然違うとさえ言い切れるが、そんなの普通は詳しくないはず。
一呼吸置いて。アイエラダハッドでは何度か見ていますと、無難に返答し、ティヤーの空にも最近出ている、と教える。そして、『龍とは違うものとして、アイエラダハッドでは区別していた』とも付け加えた。だがどちらも強いに変わりないから、自分は怖れていると(※イーアン&他ダルナ参考)。
どう違うか聞かれるだろうな~と構えたが、司祭はダルナに興味があるのではないらしく。
「そうなのですか。アイエラダハッドで普通だったとは。でも、二つの首は珍しいものですか?」
司祭の質問は、トゥに戻る・・・ 何故と不思議に感じたが、これには『初めて見た』と本音で答えておく。
大きく、ゆっくりと頭を縦に振ったハーマク司祭。前屈みの姿勢で両手を軽く合わせる仕草。何かあるとクフムが察したのと同時、彼は微笑んだ。
「クフム。あなたはこの後、どこかへ行く予定はありますか?」
「あの、その意味は」
「話が早いですね。私が『資料』を預かったら、もう、クフムが行く先はないでしょう?これをティヤーに返すためだけに、来たのであれば。アイエラダハッドにも、気の毒だけど、戻る場所がないと思いますし」
「は・・・い」
「緊張しなくて良いですよ、簡単な頼まれ事をしてもらえたらと、思ったのです」
構えるクフムに、司祭は微笑みを崩さない。簡単な頼まれ事は、多くの場合、簡単ではないのを、幾ら鈍くて世間知らずであっても、クフムは気付いている。この状況で、前向きに簡単なわけがないのだ。
だが、『捉えようによっては』と思う話が出た。
「彼らを・・・世界の旅人と話をしたいと、神殿は願っています。私たちは是非、ウィハニの女と話をしたいです。
クフムも知っているように、ここ数年、魔物が出る神託以降・・・ウィハニに信仰を伝え、お守り頂くため、ウィハニの女に纏わる小さな物から大きな物まで、国民から献上して頂いています。本物のウィハニが現れたなら、どうかご尊顔とお声をと、思うのは私だけではありません。
それに、彼らが連れている銀色の二つの首のダルナも、非常に関心があります。非常に」
強調された『非常に』の部分、クフムは頷くに留める。トゥに何か、用事があるのだろうか。司祭は微笑を深めて、指を顎にかけ『ですから』と頼みに入った。
「もしもクフムに、予定がないのであれば。彼らと接触してくれませんか?
あなたもここへ来るまで、国境警備隊に見張られて来たようだけれど、ウィハニの女と彼女の仲間は、海賊側の世話になっている様子で、私たちは、いつお話する機会が訪れるか、気になっていました」
「ああ・・・そうですよね(※他人事)。船を使って移動する以上は、先に接触するのが海賊だから」
「ティヤーで二派に分かれていると、旅人が知っているかどうか。どこかで既に聞いたか知れませんが、海賊絡みで碌な話をされていないでしょう。真実が歪められている可能性はある」
ウィハニの女=イーアンを連れて来てほしい=簡単なお願い?
簡単かも知れないけれど、私の命が掛かっていると、喉元まで出かけたクフムは、余計な心配を呑み込む。この場で、確約出来ない内容。それに先ほどの流れだと、トゥも連れて来てほしいと言い出すような。
「それで、出来れば。銀色のあの荘厳なダルナも、側で是非、見たいと思います」
司祭は笑顔で頷き、クフムは笑顔が引き攣って出なかった。トゥは、タンクラッドさんの言うことしか聞かないのに。無理言わないでくれと、心で訴えるクフムの胸中は、司祭に届かない。
返事が思わしくない態度のクフムに、司祭はまたも姿勢を前に屈め、そっと相談するように声を潜めた。
「クフム。各地で混乱と悲しみが続きます。私たちは、出来るだけ早く、聖なる大陸へ辿り着かねばなりません。
『聖なる大陸』への道を開ける、具体的且つ現実を伴う手段を、実行に移しつつあります・・・あなたの返却した『資料』。これもその一部として、有用に使われているのです。
聖なる存在、ウィハニの女と『双頭の龍』。神話では、相対する二つの存在が、このティヤーに於いて同時に現れたのも、私たちの想像を超える、『聖なる大陸』への道が開きかけている証拠、としか思えません。
ウィハニの女とは、挨拶が出来るだけでも光栄です。私たちの紹介も兼ねて。
『双頭の龍』は、一体何者なのか。ダルナと教えて頂けたけれど、クフムも初めて見た、二つ首のダルナと言うし・・・本当の姿と降臨した理由が、別にある存在かも知れませんよ」
*****
ハーマク司祭との話は、濃い内容ではあれ、30分程度で終わった。司祭は町の人々に、祈祷を捧げる約束をしており、これから出かけるため、支度に入った。
クフムは『資料』を渡したことで、引き換えのように生じた『頼まれ事』を持ち帰る。ただ、これは話を進めた結果、クフムにとっても有利に感じた。
―――ハーマク司祭は、『他の神殿や修道院にも話を回しておくから、ウィハニの女と接触した後、接触した地域の神殿・修道院へ、取り付けた話を報告してくれたら良い』と言った―――
一度二度ではなく、接触後は、状況が許せば細かく報告を届けてくれると、尚良い・・・ 経費は出す、とも添えられた。
可能であれば、ウィハニの女の旅に、同道する形を取り、彼女にも神殿の忠誠を伝え続けてほしいと説いた(※忠誠=布教)。
『海賊から足を洗え』とでも言っていそうな遠回しな要求だが、ハーマク司祭の話は、考えようによっては、クフムにもイーアンたちにも好都合だと思い、『結果は期待しないで欲しい』と断ってから、引き受けた。
クフムの心はもう。ティヤーの宗教側になかった。こちらへ来てから毎日聞く、恐ろしい事実の報告で、自分の行ってきたことに疑心暗鬼を通り越した嫌悪を持った。
今は、イーアンに言われたことが分かる。私は、贖罪の機会を得る運命だった、と。
お礼を言い、神殿を出るクフムは渡り廊下を一人で歩き、門戸手前にいる修道僧に会釈。扉を開けてもらい、外へ出ると警備隊が待っていて、馬に乗る。
馬に乗って慎重に坂道を下りたところで、警備隊の二人は『波止場に馬を繋いでおいて』とクフムに言い、『自分たちは、先ほどの警報が出た地区へ魔物退治の援護に行く』と、海の反対を指差した。
了解して、彼らと別れたクフムは、思いがけず一人になった途端―――
馬が止まった。神殿の坂下で、丁字に道が敷かれている、ここ。警備隊は左へ行き、クフムは右へ行くつもりが、馬は動かない。森はまだ続いており、森を出るまでが神殿の敷地のため、周囲に人もいない。
どうしたんだと、馬の首を軽く叩いて手綱を揺らすが、その場で少し足を動かすのに進まない。
『独りぼっちか』
不意に、脳に誰かが話しかけ、クフムはピタリと動きが止まった。誰の声?ゆっくり左右を見渡し、木の重なる影、何かがいると感じた。
「誰だ」
嫌な予感で、馬を出そうとするが、馬はやはり動かない。濃い影に沿う黒茶の樹皮に、ゆるっと空気が揺れ、僧侶の見開いた目に、異様な相手が映る。
「だ。誰だ」
『少し話そうぜ。お前の命と交換で』
ゾク―ッと肌が粟立つ一言が、脳に放り込まれる。クフムは呆気なく震えるが、はたと気付いた。震えた一瞬、体が跳ね上がりかけ、オーリンがくれた服を着ていると思い出す。思い出したと同時、影の誰かが消える。
『動力の知恵は返したか。でも死んでも良いんだ。知ってる人間は少ない方が』
消えたと思った側から、恐ろしい宣告を受けた。ハッとした一瞬、クフムの馬の影から、ひゅっと腕が伸び、クフムは驚いて足を振り上げる。その動作、クフムに人生初の動きを齎す。
「わっ」
動いた本人が一番驚く。足を掴まれまいと上げたつもりが、反動で馬から跳び上がってしまい、影に掴まれるより早く、馬から数m先にくるっと体を捻って着地した。目を丸くする僧侶。これが、服の力かと思わず驚くも、側の木の根元からまた腕が伸び、クフムは走り出した。
『人間が逃げられるわけないだろう』
頭にまた聞こえる、怖い相手の余裕―― 馬にはすまない、と思いつつ。クフムは必死に走った。信じられないくらいの速度で、足は軽く、体の筋肉は使いこなしているように連動する。
途中途中で腕が伸びてきたり、声が脅しをかけるが、とにかくクフムは『影のない場所』へ走り続けた。森を飛び出す形で、乾いた黄土色の地面を踏み、砂煙が上がる。民家の地域はすぐ目の前に広がり、群生の樹木は背後。ここまで来て、突如、空がゴロゴロッと・・・見上げると、晴天に冷たい風がびゅっと吹き、あっという間に集まった黒灰色の雲が、森を包むように垂れこめた。
ザーッと音立てて唐突な土砂降り。落雷の弾けるは、嵐の如く。振り返って凝視するクフムは、自分が抜けたと同時に起きた恐ろしい嵐は、あの声の主の仕業かと怯える。
「馬が・・・ どうしよう。あ、でも。もしかするとハーマク司祭が、見つけてくれるかもしれない」
司祭は後から出発したはずなので、とりあえずクフムは馬に申し訳なく思うも、土砂降りの雨と旋風止まない局地的な嵐から離れ、馬の無事を祈りながら、船へ戻った。
この間、やはり走り続けたが、味わったことのない軽やかな疾走に、クフムはいろんな不安を一時的に忘れられた。
*****
クフムが、『あの影』の仕業かと思った、嵐を起こした本人は―――
「ふむ。もういいか」
あれ、サブパメントゥでしたね、と独り言。小脇に馬。ブルル、と鼻を鳴らす馬を見て、片腕だけ龍の腕に変えて抱えたイーアンは、ニコッと笑う。
「怪我をしていませんか」
馬はブルルと答えるだけ。無事そう。良かった良かった・・・怪我してたら、あいつ殺しますからね(※あいつ=サブパメントゥ)と、笑顔の女龍は馬の無事を喜び、追い払ったであろう相手の、最後の影の位置を、もう一度見下ろし・・・ 嵐を止める。
ぐぉっと龍気を膨張させ、雲を薙ぎ、風を散らし、女龍はルガルバンダに『もういいよ~』の合図を送る。急遽、龍気チャージしたので、足りるかしら?と気になったが、効果は充分。
「野郎(※サブパメントゥ)。クフムに何を吹き込んだか・・・しかし、クフムを操らなかったのは、なぜだろう。馬は止めたくせに」
いやぁねーと、また馬に笑顔を向け、馬がブルルとまた答える。
とりあえず、馬は届けてあげることにして。
クフムは船まで逃げたようだし、彼の鞄はペタンコだったので、資料は渡したのだろうしと、イーアンはお馬小脇に、ドルドレンたちがいる国境警備隊施設へ飛んだ。
*****
もう一つ、確認しておけば良かったか。
土砂降りと落雷の嵐に、神の御業を感じるハーマク司祭は、出かけようとした寸止めで、神殿の中から雨が止むのを待ちながら、そう思っていた。
嵐は、急に起こり、急に終わる。やはり、御業に違いない―――
神の御業、すなわち龍の所業を私に伝えるためだった(※思い込み)。クフムが訪れ、彼に問いかけた答えは、こうして真意をもたらされたと、ハーマク司祭は考える。
「クフムを帰してから思い出したが・・・貴族も、仲間内にいたような。報告一度では物足りないが、アイエラダハッド大貴族の名前だったと思う。『ウィンダル』といえば、屈指どころか頂点だ。
ウィンダル家がティヤーに来ているとすれば。その方も、龍と一緒にお会いしたいところだな」
会えば、繋がる。他国の移住貴族のように、神殿への出資協力を。
ハーマク司祭は歪んではいないが、ティヤーの古き宗教に傅く人間。神話の支えになると知れば、どんな気づきでも神に通じる献上と信じて疑わず―――
お読み頂きありがとうございます。
昨日一日使って、PCのフリーズだけは解消しました!これだけでも随分と効率が違います。
でもその代わりに、デジタルの絵が描けなくなってしまいました。
お古のPCはwin8で、win10を入れないとデジタルのソフトが使えません。win10がなぜか入れられず、ここで止まっています。
なので、しばらくはデジタルの色鮮やかな絵は添えられないですが、手描きの絵でたまに挿絵をつけようと思います。
いつもいらして下さる皆さんに、心から感謝しています。いつも有難うございます。




