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魔物資源活用機構  作者: Ichen
神殿『デネアティン・サーラ』
2500/2962

2500. 半月間 ~③『デネアティン・サーラ』ハーマク司祭の質問

※明日14日(火)の投稿をお休みします。PCの不具合を直すため、半日かそれ以上かかると思います。

無事に直ったら、15日の投稿があります。どうぞよろしくお願い致します。

 

 デネアティン・サーラ、という。



 ティヤーの宗教名である。デネアティンは『デネアティネス』に、サーラの部分は『ターラ』に聞こえる発音も地域によってある。

 不思議なことに、この言葉はティヤー語と合わない。理由は神話にあるものの、その他に説もなく、出自は明確ではなかった。



 信徒及び、()()()()()()()()()が口にするため、ティヤーに生活する神殿関係者以外は、この宗教名を呼ばない。勿論、海賊も。


 名を言うことが、信じている声明と同義に見做される。文書などに記載される場合も、読み上げる時は『神殿』『修道院』が普通。クフムは信者の一人だが、誤解と間違いを呼びこまないため、イーアンたちに宗教名を伝えたことはなかった。


 他所の国の者が、うっかり名を呼んだところで、一度二度は軽く注意されて終わるし、その後、気をつければ問題はないが。

 ただ、イーアンたちの場合は、既に海賊と関わりを持ち、神殿側が手を出せない状態にいるので、もしも宗教名を口にして聞かれた場合、引き抜きも掛かりそうな。



「クフム。聖人名は『クフムリャーヤー』で良いかね。アイエラダハッド南東部『ヴョ―ゲル僧院』の」


「はい。そうです」


 久しぶりに来た神殿の門戸で、名を帳面に書かれるクフム。僧は聖人名を付けられて、以後、その名で通すので、クフムも名乗りはこれで終わる。帳面に筆記する修道僧は、ティヤー語では書かず、神殿の言葉で書いていた。


 馬を降りたのはクフムだけで、警備隊の二人は馬上。

 門戸から奥に入る手続きで、来訪者の用件と名前、住所など、一般的なことを訊かれる。神殿への来訪者は主に関係者か信徒であるため、所属も質問に加わる。

 他は、呼ばれて来る業者、行政関係くらい。『関係者』とは言え、この時期に外国から訪問したクフムは、疑わし気にじろじろと見られた。



「・・・前に、こちらへ来たのかね?どれくらい前?・・・2年くらい経っているなら、一つ前の芳名帳かもね。アイエラダハッドからは、たまに来るし、君も。で?今日の用事は、本来、ここではないのだよね?」


 芳名帳をパラパラとめくりながら、名前がないクフムの前回訪問時期を了解し、修道僧は、先に訊いた用事『預け物』の行く先を確認する。


「はい。申し訳ないですが、アイエラダハッドの僧院でお預かりしていたものを返却するに、お借りした神殿まで辿り着くのが困難な状況で」


「分かりました。では、面会希望を伝えるから、ここにいて下さい。そちらの()()()と一緒に」



 馬たち、とは警備隊も含む。対立はないはずでも、棘ある言葉で好き嫌いが分かりやすい。背後で舌打ちが聞こえた。


 前に来てから、かなり経過しているクフムは、緊張を悟られないように、努めて冷静に振舞う。宜しくお願いしますと短く返すと、胡乱な目つきで警備隊を見た修道僧は、すぐに神殿へ行った。

 門戸から見える神殿は、前に見た様子と変わっておらず、質素で広い前庭と、その奥に古き豪華さの名残ある神殿が佇む。



 最初の門―― この、今クフムが立っている場所 ――も、古い彫刻を施した、雨風で摩耗している柱が並び、柱と柱の間に植樹、中心の柱には扉が挟まる。門戸は右奥の柱の合間にあり、そこだけやや現代的な小さい扉に換えられていた。


 森というべきか、山というべきか。小高い丘に群生する木々を抜けた先、すなわち丘の上に神殿はある。『山』とするにも低い、中途半端な場所ではある。

 それでも神殿までの道は傾斜が続くため、馬を急がせるに適さない。階段を左右に置いた、馬車と馬用の石畳は、轍跡こそ浅いけれど滑りやすく見えた。


 道を振り返ると、ここを駆け下りては転びそうな想像が過る。

 駆け下りる・・・私が『逃げなければいけない、()()()』かと、甲板での話を少し思い出し、持って来た資料の鞄に視線を動かした。これがどう運ぶか・・・・・



「戻ってきたぞ、あの坊主」


 警備隊が口悪く教え、クフムが奥を見ると、先ほどの修道僧の姿が見えた。彼は足早に、そしてやや険しさを顔に出しており、何かあったかと怯むクフムの前まで来て、『中で司祭と話して下さい』と伝えた。


()()で話しては、どうか」


 こう尋ねたのはクフムではなく、警備隊。警備隊は海賊側なので、彼らを一瞥した中年の修道僧は、首を一振りして無言で断る。だが、警備隊もすぐには下がらない。


クフム()に馬を貸している。私たちも離れるわけには」


「それじゃ、待っていてくれたら良いですよ。そんなに時間は掛かりません」


 警備隊の意見を、ぞんざいなあしらいで遮る修道僧。

 馬を借りたクフムの胸中も、警備隊の不審気な目も無視し、『司祭様は忙しいので、今のお時間だけしかお会いできません』と来客を急かした。

 クフムは従い、警備隊に振り向いて、すまないけれど待っていて下さいと頼み、既に歩き出した修道僧の後について行った。


 門戸は開け放されたままだったが、馬が通過できる幅も高さもない。馬に乗ったままであれば、正門を開いてもらうしかないのか、と気づいたクフムは、急に孤立の怖さを感じた。



「ギナーヤリ司祭は」


 不意に、前を歩く修道僧に話しかけられ、さっと顔を上げる。彼は前を見たまま、『亡くなられましたか』と続けた。ギナーヤリとは、クフムと同じ僧院に所属していた司祭の名前。

 自分を助けてくれたドルドレン(総長)と印象を重ねたのは、この司祭である(※2449話参照)。


 はいと小さく答えたクフムは、彼を慕っていたので、それ以上は話せなかった。彼の最期は知らないのだ。

 責任感の強い人物だったから、彼が自分を置いて逃げたとは思い難いので、その部分に関しては深刻に捉えていないが、しかし()()()()()であったし、そして―― 彼は戻ることなく。


 黙って俯くクフムに、少し目を向けた修道僧は『お気の毒でした』と呟いた。


「生き残ったのは、クフムだけですか?」


「多分、としか言いようが・・・私はその日、留守番でした。でも魔物が」


 ここでいきなり。修道僧の言葉が、神殿の言葉に変わる。


「続く話は、中で聞きます。()()を持て余しているんですね?そう解釈していいかな」


 あ、と気づいたクフムも、合わせられる範囲で言葉を変えて答えた。


「はい。アイエラダハッドは、貴族も復興で忙しいので、私たちの守りが」


「しー・・・・・ 外で話す内容ではない。司祭様が『資料』の意味に()()()()からいいものの」


 修道僧は来客に口止めし、弱々しい表情の男が持ってきた『資料』が何を意味しているかも、しっかり把握している。

 クフムは門のやり取りで『お預かりしていたもの』としか言っていない。だが修道僧は、司祭が『資料』と察したことで、彼も警戒している。



 話しを止められたクフムは、神殿の脇に伸びる、石造りの渡り廊下に足を乗せた。

 低い二段ほどの階段を上がり、きちんと組まれた装飾敷石の渡り廊下を進む。廊下は神殿の右横に沿い、神殿脇の木製扉から中へ入った。



 *****



 珍客を迎えたのは、ハーマク司祭という人だった。ハーマク司祭は、クフムを覚えており、アイエラダハッド僧服の彼を上から下まで見て『それ一枚?』と、開口一番、なぜか着替えの無しを確認。


 挨拶を飛ばした着替えの枚数に面食らうも、戸惑いがちに頷いたクフムが返事をするより早く、司祭は横の修道僧に『彼に着替えを』と命じた。


 え、要らない・・・とは言えず(※貰ったら着ないといけない)。

 瞬きが増えて不安を丸出しにした顔のクフムは、ハーマク司祭に『こっちに座りなさい』と荘厳な御堂の一画に案内されて、長椅子に腰を下ろす。


「怖かっただろうに。よく来てくれました。聞き難いが、ヴョ―ゲル僧院はどんな状況になりましたか」


「もう、跡形もないです。私はどうにか逃げて間に合いました」


 肩を落として、視線定まらずにビクビクするクフム(※自然体でこれ)のか細い声に、司祭は同情する。向かい合った椅子から手を伸ばし、肩を優しく叩いて『神があなたを生かしたのだから、ギナーヤリ司祭たちの分まで生きないと』と励ました。はい、と頷いて、クフムは足音に廊下を見た。



 広い御堂は六角形で、廊下から来ると行き止まり。御堂に来る用事でなければ、ここへは来ない。先ほどの修道僧が着替え一式を運び、司祭の側に置くと、頭を下げて無言で立ち去る。


 ハーマク司祭に『上からでも着て』と言われ、クフムは少し安堵した。

 従う意向を見せつつ、でも服は脱ぎたくない焦り(※下に魔物製品着用)でヒヤヒヤしたので、そそくさと頂いた服を着重ねる。

 着用を見守ってから、司祭は軽く咳払いした。そして問いかけは、神殿独特の言語に変わる。



「それで。私も時間がなくて。ゆっくり話を聞きたいのだけど、今日から町の信徒の元へ、祈りの出張に出なければなりません。

 クフムが持ってきた『資料』について、早速だが聞かせてくれますか」


 単刀直入。ハーマク司祭は、常識ある良い人物と思うが、年月を越えて変わったかも分からない。

 周りに不審者がいないのに言葉を変えるとは、とクフムも緊張した。


 資料については、この神殿でも内容を話したことがあるので、問題ないが・・・クフムは鞄を開けて、『こちらで、返却をお願いしたい』と話し出した。

 原本で、写しを取っていないため、紛失も怖いと理由を添えると、穏やかな司祭は数秒、クフムの真意を窺うように見つめた。


 ドキドキと心臓が壊れそうになる。何か見破ろうとしているのか。何か言い間違えたか。クフムの緊張が強くなる。司祭は目を逸らして『よほど、()()が君を追い詰めたようだね』と言った。


「え?」


「いや、君の怖がり方がすごいので。そんなに怯えて・・・ では、私がとりあえず、これをお預かりしましょう。

 それで。クフムは、こちらに来る際、()()()()()と一緒ではなかったかね?そう、()()()()()んだが・・・もしや、その怯え方は、この『資料』について、見つかったり言及されたりしたなど、で?」



 核心――― 来たーっ!クフムの息が止まりかける。


 絶対言われると思っていたが、答えを用意していても、昂った気持ちが邪魔で咄嗟に思い出せない。唇が震えそうになったのをグッと引き、少しずつ言い訳(?)をする。


「一緒の船には乗りました。ティヤー行きで、一番早く航路が再開した船が、彼らと同じでした」


「ふむ。最初の船()()


「私が移動する先でも彼らを見ましたが、魔物で塞いだ航路が多く、使える航路と港が重なるからか」


「ああ、そういうこともあるね。運航便が、極端に減った」


「同船の際に、自己紹介がてら、会話はありましたが」


「見せて、()()()んだね?」


 司祭の問い。穏やかだけれど、確認が怖い。見せるものではないのでと返事も掠れたが、クフムは何度か頷いた。


 クフムのこの態度、『嘘を言っている』とも『必死で守って怯えた』とも取れる司祭は、少し間を置いて『聞きたいんだが』と話を変える。



「これは私見で、今日、君に会うとは思っていなかったので、今、思いついた質問だ」


「なんでしょうか」


「いや・・・私見ではあるのだが、私がこう思うに()()()()()()()かな」


 不穏。 不穏だ、と鼓動が早くなるクフムの背に、冷たい汗が伝う。情報って何だ。事前予告なしに現れた私が、疑問に思われるほどの前情報って、一体それは。


 ハーマク司祭は、視線を御堂の擦りガラスに向け、差し込む淡い光に目を細めた。



「君が『度々、世界の旅人(彼ら)の姿を見かけた』時に、二つの首を持つ()()()()()()()を見ているかどうか。いるらしいのだけどね・・・ 」

お読み頂き有難うございます。

明日14日の投稿をお休みします。PCフリーズがひどいので、修復作業です。

私が行うので危なっかしいことと(PCや携帯に大変弱い)、作業中もPCが止まる可能性で、時間がどれほどかかるか、実のところ読めません(-_-;)。半日は掛かるだろうと踏んでいますが、それ以上かもしれず。

うまく行きましたら、15日は投稿があります。長引くようでしたら、この場で追記のご連絡をします。

ご迷惑をおかけして申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願い致します。

いつもいらして下さる皆さんに、本当に心から感謝します。有難うございます。

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