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魔物資源活用機構  作者: Ichen
出会い
25/2945

24. ドルドレン 涙の夜

 

 自室の扉を閉めて鍵をかけると、ドルドレンはイーアンを振り返った。


 イーアンは盆の置かれた机の脇に立ち、微笑んで『私はでしゃばって余計なことを』と謝った。ドルドレンは息を大きく吸い込むと大股でイーアンに歩み寄り、イーアンの両腕に手を添えた。そして苦しげな表情のまま何も言わずに、自分を見上げる鳶色の瞳を見つめた。



「黙っていられませんでした」



 真面目な顔で呟くイーアン。


 もう一度大きく息を吸い込むドルドレンは、目を閉じ天を仰ぐ。ごくっと唾を飲み込んでイーアンに視線を戻して思い切ったように口を開く。


「イーアン。抱きしめたい」



 はい?とイーアンが呆気に取られる間に、ドルドレンがイーアンを勢い良く引き寄せて目一杯の力で抱き締めた。

『ぬ・・・・ぐ・・・・・』締め上げられたイーアンの表情が苦しみに歪み、肺が苦しいことに焦っている声が漏れるが、ドルドレンは全く気がつかない。


 黒髪長身の美丈夫は悩ましげに眉を寄せ目をきつく閉じ、背を屈めてイーアンの髪に顔を埋めながらフン・・フン・・言いつつ、イーアンの体を掻き抱く手で背中全体を擦るように動かす。もう完全に自分の世界で感極まっているドルドレンの羽交い絞め抱擁に、イーアンは必死に呼吸手段を探した。



「俺を。 君は俺を守ってくれた。俺の悪夢の痛みから、俺を」



 呼吸用の隙間を確保したイーアンの耳にドルドレンの苦しげな思いが届き、イーアンのもがきが止まる。ドルドレンはイーアンの髪に埋めたまま、腕の力を緩めた。



「ありがとう・・・・・ 」



 イーアンはもそもそと畳まれていた(曲げていたまま押しつぶされていた)腕を脇に出して、ドルドレンの背中に回した。ゆっくりとしっかりと両腕で大きな背中を抱き締める。とんとん、と背中を優しく叩いたり、なでなでしたりしながら、大きな子供を慰めるようにしばらくそれを続けた。



「あなたも私を助けてくれてます。お礼は要りませんよ」



 イーアンが静かに声をかけると、ドルドレンは少しだけ体を離し、イーアンの顔を見つめた。ドルドレンの灰色の宝石が潤んでいるように見える。苦しそうに眉を寄せていた顔に、イーアンは両手を添えた。

 ドルドレンが回した腕に背中を預けて少しのけぞるようにして、泣き出しそうな頬を両手で包み込んで微笑む。



「大丈夫。ね、大丈夫です。ドルドレンが一生懸命だと、私には分かりますから」


 白髪交じりの黒髪を目深に垂れた整った顔が一瞬、くしゃっと泣き顔に崩れた。『う・・・・・ 』


「大丈夫ですよ、大丈夫。 きっとずっと、一人で全部背負ってきたんですね。重かったですね」



 もらい泣きしそうになりながら、イーアンは涙が溢れるドルドレンの頬を撫でた。


 落ち着かせようと少しずつベッドに移動させて、ベッドに腰を掛けさせる。抱きついたまま泣くドルドレンとの身長差があり過ぎて、どうにかこうにか、イーアンは彼の頭を抱えて撫でる状態まで運んだ。



 うっ、うっ、と泣き続けるドルドレンの頭を片手で抱き締め、もう片手でそっとそっと撫で続ける。あんまりずっと泣いている姿に、何かを考えていたイーアンは、静かに歌を口ずさみ始めた。


 イーアンが歌ったのは所々覚えている『hallelujah』。レナード・コーエンの名曲。



 イーアンの歌に気がついたドルドレンは、泣きじゃくっていたのが段々大人しくなる。赤くなった鼻をすすり上げて、濡れた灰色の瞳でイーアンの瞳を上目遣いに覗き込み、不思議そうに見つめた。

 イーアンは微笑み歌いながら、ドルドレンを撫でる手を止めない。イーアンの腰に張り付いたドルドレンは、そのままイーアンの膝に頭をゆっくり落とした。ドルドレンの涙は止まっていた。



 一箇所がどさっと色抜けした白髪。艶やかな黒い髪。頬には治った傷の痕。涙に濡れた長い睫。

 大きな体で大人しく膝枕に身を預けるドルドレンの頭を撫でる手をちょっと止め、イーアンは「もう大丈夫かな」と囁き声をかけた。


 ドルドレンはすぐには答えなかったが、ちょっと間を置いてから『うん』と頷いた。そして名残惜しそうにのろのろとベッドに体を起こして座り直し、髪の毛を両手でかき上げ、最後にもう一度鼻をぐすっとすすると溜息をついた。



「イーアン・・・・・ 」


「食事は。食べられそうですか。先にお酒の方がいいかな」



 ドルドレンは顔をぎゅっと拭ってから、まだ泣きそうな顔をして『お酒』の言葉に頷く。イーアンはフフフと笑って、木製の容器にお酒を注いでドルドレンに渡した。




 その後も恥ずかしそうにするドルドレンは、静かに食事を食べた。イーアンも特に喋りかけることなく、『美味しい』とか『これも好きです』とか独り言のように言いながら食事を終えた。


 壁に開いた『穴』については、二人ともちらっと見ただけで会話に出さなかった。寝る前には会話になることだ。お互い、この話しをしたらディドンのことを蒸し返すような気がして、『穴通路』を作ってもらったことに感謝はするものの黙っていた。



 食後。酒を飲み終わってから、風呂のことをイーアンが呟いたので、ドルドレンは気持ちを切り替えて風呂の支度を始めた。

 イーアンの着替え用のチュニックとズボンを渡し、ちょっと何か気になったように動きを止めた。


「その、俺が聞くのもおかしいと思うだろうが」


 何を?と促したイーアンに、『下着はどうしているのか』とドルドレンは顔を赤くしながら目を逸らして質問した。イーアンは若干驚いたものの、良い機会とばかりに布と糸を所望した。

 その希望は即叶えられ、布と糸を受け取ったイーアンは夜間に縫い物をするとドルドレンに伝えた。ドルドレンもそれ以上は聞かなかった。



 そして昨夜と同じように風呂へ向かい、イーアンの説得に応じたドルドレンは渋々脱衣所の外で待機することになった。取り巻きは昨夜同様だったが、部屋と風呂場の往復でドルドレンが一喝するのも同様で、万事事なきを得た。


 もう一つ。 イーアンの説得によりドルドレンも続いて風呂を済ませることになり、その間のイーアンの安全については些か問答があったとはいえ、結局、風呂場近い室内鍛錬所にいた一人の騎士に任せることになった。

 その騎士はドルドレンの剣の師で、イーアンの親くらいの年だった。


 ――オシーン・クワール。年齢上、戦力外対象なので騎士の任務はほとんど降りており、剣の稽古と馬の調教を担当して支部で生活している。無口だが人は好く信頼でき、機転も利くので、ドルドレンはイーアンの無事を彼に念を押して頼み、急いで風呂に行った。


「イーアンというのか。名か姓か」


「姓です。名前を言う暇がなくて、これだけが通っています」


 オシーンは笑った。「誰も気にしないなら『イーアン』でいいか」


 イーアンは笑って頷いた。室内鍛錬所は風呂から近いから、たまたま居合わせたオシーンがいたのは幸運だった。警戒意識の高いドルドレンが、ハエ除けを任せられる唯一の相手であった。


 オシーンは模擬刀の手入れをしていて、イーアンはそれを横で眺めていた。何をしゃべることもなかったが、お互い特別居心地は悪くなかった。イーアンはものづくりの観点で道具を観察していたし、オシーンは大きな娘が急に出来たみたいに嬉しそうだった。


 ふと気がつくと取り巻きは減っていた。後から、剣王オシーンに用なくわざわざ近づく者はいないとドルドレンが説明してくれたが、イーアンはオシーンがそんなに怖がられる存在には思えなかった。


「お。お前の王子が来たぞ」


 オシーンの一言で吹き出したイーアンが老人の指差した方向を見ると、風呂場から近いのに走って戻ってくるドルドレンがいた。さっき預けてもう来たのか、とオシーンが呆れ気味に笑った。


 イーアンとドルドレンはお礼を言って部屋に戻った。オシーンは何も言わずに顔だけ笑っていた。



「あの人、いい人ですね」


 イーアンの言葉に、ドルドレンは目を丸くして『そう思うのか』と聞き返し、その後ボソッと呟いた。


「イーアンは貴重だ」






お読み頂きありがとうございます。

文中の Leonard Cohen の Hallelujahという曲。たくさんの方がカバーしています。とても良い曲です。

今回、壁に開けた穴。イメージだけでもと思って絵にしました。

ドルドレンの部屋の壁に開けた穴は、隣の部屋・イーアンの部屋への通路です。



   挿絵(By みてみん)

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