2497. コルステインとダルナの捜索・魔法陣の煙・センダラ不満の朝
日付が変わり、さらに時間が経過し、濃藍引き始めの空を見上げた、夜空色のサブパメントゥ。
コルステインは今、地上の、ある遺跡近く。
ここはティヤーではない国で、遺跡はティヤーにも繋がる。『にも』とは、他の国も通路があるから。
アイエラダハッド決戦の時、ひそかに地下を回って潰し続けた、移動用遺跡―― 地上への出入口。
潰していなかったこの場所。今日、自分がこんな場所を通るなんてと、コルステインは不愉快を感じる。ここは、反逆のサブパメントゥが使い続けた道。
コルステインは、遺跡の折れた柱側に立ち、足元へ視線を移す。
焦げた跡が、一つ。『追った相手を逃がした』と思うには、物足りなかった。
追い詰めてすらない。コルステインは自分が、強力な存在であることを隠せないのが、こうした時に裏目に出る。要は、コルステインが追跡していると知られ、相手に逃げられた。
―――スヴァウティヤッシュが、押さえていたのに。
コルステインが協力を仰いだダルナは、自分と同じくらいの能力の高さ。以前に手を組んだ時から、付き合いは続いていた(※2377話参照)。
二手に分かれて探し、スヴァウティヤッシュが先に相手を見つけ押さえたが、後から来たコルステインに引き渡す段取りで、その引き渡しの一瞬を突かれた。
スヴァウティヤッシュは謝ったが、コルステインは彼のせいではないと思うので、礼を言って帰した。
この遺跡を壊すか、残すか。
焼け焦げた跡をじっと見て考える。残したとしても、コルステインが来た以上は、使われなくなるだろう。
すうっと口を開きかけ、振り返った遺跡を消そうとする、地下の最強。だが、半開きの口は止まり、コルステインの大きな青い瞳は一つ箇所に視線を定め、過ったあの顔を考えた。
『イーアン。見る。する?』
見せてやったら、どうだろう?と思いつく。龍だから、これを見てもっと分かるかもしれない。
探していた相手を、イーアンは特定したのだから、もしかしたら。
コルステインの口は再び閉じ、そうしようと決めて体を霧に変える。夜明けが来る前に、霧は森林の曖昧な暗さに馴染んで消えた。
サブパメントゥの壊れかけた遺跡の天辺。明け始めた空を背景に、二つ首を象徴する石像の、暗い影が和らいでいた。
*****
一方、魔導士の部屋では―――
テイワグナ・ショショウィの山に行って戻ったバニザット。
日課の魔力補給だが、コルステインがこの辺りにいるのだろうと、テイワグナを離れながら思い、引き受けた仕事は済んだので、幾分、肩の荷も軽く部屋へ戻ったのだが。
ティヤーの小屋は、バニザットが留守の時、いつもリリューがいる。昨日の夜から今日も、リリューはラファルを見守り、バニザットが帰ってきて交代した。
『コルステイン。いた?』
魔導士が―― そして今夜はコルステインも ――テイワグナへ出かけたのを、知っているリリューは尋ね、バニザットは首を横に振る。
『同じ目的地じゃないんだ。俺とコルステインは別』
『バニザットは探すしない?でも、ずっとここで、探すしたでしょ?見つけるしたから、コルステインは行ったの』
『そうだ。コルステインは探しに行ったな。だが、俺は動いてまで探さない。コルステインと、そういう話で済ませている』
ふーんと小首傾げ、リリューは、バニザットも探しに行ったら、早く問題が終わる・・・と思うのか、魔導士から『コルステインが、相手を捕まえるだろう』と聞いても、腑に落ちなさそうだった。
手伝えばいいのにといった具合の、ちょっと拗ねた表情を向ける。
コルステインもリリューも、時折子供みたいな表情を作るので、可愛いと思う魔導士(※老人目線)は、『そんな顔してないで戻れ』と笑って送り出した。
そして、リリューが帰ってから、ラファルもまだ眠る真夜中・・・魔導士は奥の部屋へ入り、空間を呼び出して、どこぞの国にある資料部屋(※部屋たくさんある)と繋げると、古めかしい黒茶の一人掛けに腰かけて、煙草を一服。
いつもなら酒も飲むが、今日は、頭から離れない考え事に耽る。
「やはり、見ておこう」
呟いて、煙草の火を爪の先で弾き、飛んだ火種が瞬く間に円陣を描くのを眺め、炎の円陣に呪文を唱えた。火種を落として消えた煙草の先を、メラメラと燃える円に近づけて火を点け、また煙草を吸い・・・ふぅっと、窄めた口から灰紫の煙を吹くと、それは外炎を伝って円を成し、煙は魔法陣に変わる。
炎の円陣は、地上以外の場所を見る。煙は、見たい目的の注文。するすると細く流れて文字と円を作りながら、煙の魔法陣は、炎の先に乗る形で完成した。
ふむ、と片手の指に煙草を挟み、片手を腰にあてがった魔導士は、二重の魔法陣に背を屈め、コルステインと一緒に見つけた、『逃亡者』の現在地を探し出す。いる。いる、ということは。
コルステインに取っ捕まっていたら、魔法陣には現れなかっただろう・・・・・
「逃がしたか」
煙の中で、『逃亡者』はまだ動いていた。本当にこいつかどうか。それも確認しないといけないので、コルステインは手掛かりを得たと同時、止める間もなく探しに出かけた。
煙の魔法陣に蠢く、燃え尽きることのない火種が、『逃亡者』の駒代わり。
地上を移動しているようだが、その内、魔法陣の中で消えた。魔法陣の枠外へ出たのだろう。今調べた範囲はテイワグナだった。
イーアンが、調べてきた情報。
どこで調べたのか、『始祖の龍の記録』から選り抜いたサブパメントゥは、魔導士も正解に感じ、早く確かめたくなってラファルを連れ、さっさと帰ってきた(※2493話参照)。
細かな情報を頼りに、幾つも組み直した魔法陣で、やっとこさ尻尾を捕まえたのだが、空しくもそれは、尻尾の先もいいところ。でも、コルステインはそれで十分だった様子。
「お前があんなに、形相を変えるとは」
情報だけしかない相手の幻像は、出しようもなかったが、イーアンが教えた特徴や推察できる範囲をコルステインにも伝えた時、コルステインの顔が憎しみを浮かべた。
憎しみなんて、そんな顔もするのか? そのくらい、恐ろしい力を滲ませた一瞬。
「・・・サブパメントゥの過去、なんだろうな。過去の過ちを、コルステインは代変わりして止めようとしている」
吸い終わった煙草を消し、揺らめく炎と煙の魔法陣を前に、バニザットは考える。
「この事態だから『逃亡者』と、話中の呼び方にしていたが。イーアンの調べ出した名は、奇妙にも意味が近い。イーアンは発音だけ覚えて、意味など知らなかった。
発音されたそれを、俺がコルステインに伝えた時、コルステインは、その名の意味を俺に教えた。サブパメントゥは・・・名乗らないのにな」
魔導士が、力になるからか。それとも。許されるべきではない相手だからの暴露か。
「名を口にするなと、コルステインは言ったな。そいつの名を呼ぶことは俺にないが、意味は『煙幕』・・・ 」
煙に消えるという意味を、名に持つサブパメントゥ。遥か昔の、伝説の時代。空の龍を激怒させ、同族に呪いを食らう結果を齎した、そいつ。
恐らく、そいつの創り出した子供だろうと、バニザットも思った。
イーアンは、『煙幕』の容姿と態度を、記録から分かった限りで教えてくれたが、それもまた奇妙な風体というか意味深というか。
「人の姿で。男か女かはっきりせず、と―― よそう。俺はあまりにも首を突っ込んでる」
気になったのはそこだったが、もっと気にしなければいけない予測もある。コルステインが動き、目当てのサブパメントゥを捕まえた後、何かで手伝うことになりそうに思う。
良くも悪くも・・・純粋なコルステインは、魔導士を頼る。バニザットは、小さく息を吐いて、顔を手で軽く拭い、古びた記憶に目を瞑った。
「あの男も、ツラだけは、そこそこだったんだよな。男でも女でも通じる、面構え。目つきも口元も、表情から男女の境を失くす、知ってか知らずか。使いこなしていたのは、天然だからか。アホな男だったが」
男の見た目で、女のような態度と顔つきを見せた。ぱっと見は男だが、喋っていると自然体で、女みたいな口の利き方をすることがあった。だが女装やオカマでもない。ここで、『ミレイオとは違う』とバニザットは視線を床に落とす。
ミレイオは、そんな芯のない態度を取らないのだ。自分の全てを受け入れて、自分らしくいようと貫いている強いミレイオの心は、相手を翻弄するためになど、微塵も使わないと魔導士は理解している。
「コルステインの怒りの表情は、複雑さもあるやもしれん」
椅子に掛けて、また煙草を吸い、魔導士の唇からゆったりと煙が漏れる。『煙幕』と呟いて、揺蕩う白い帯越しに、遥か昔・・・会えば四六時中、ムカついた男―― 勇者を記憶に重ね、朝を迎えた。
*****
翌日の、祝い明け・アネィヨーハンの朝の様子は、また後で―――
遠く離れた無人島の森で、センダラは通信を終え、ミルトバンを見た。
結界に守られた蛇の子は、岩の影で眠り、まだ起こす気になれない。センダラの胸中、決まっていることは実行するだけであり、問題があるなら、さっさと解決するだけなのだが、今回は他人が大きく関わる。他人どころか、世界が関わるとも言える。
結界の中で、妖精の火を焚き、短い下草に腰を下ろして考える。
センダラに有無を言わさない『交代の時』が迫る今、ミルトバンを連れて、どう動こうかと少し悩んだ。悩むこと自体、この強力な妖精・センダラに似合わないのだが。
先ほど、フォラヴが連絡を寄こした。フォラヴは妖精の国へ戻っていた数日で、女王に交代を告げられたと言った。
まだ、妖精の国に呼び戻される事件が起きてはいない。それでも、世界の動きが早い懸念から、センダラとフォラヴが、同じ位置で重なる期間が長引くのは、双方の安全のために避けるべき、と。
女王が忠告する回数も、徐々に間合いが狭くなっているとは感じていた。
「フォラヴの後釜か。私の付き合い方は変わらないわ。馬車は乗らないし、ミルトバンとも離れない。だとしても、彼らに関わる頻度は、これまでよりもずっと増える。そうなれば、命令もされるでしょうね。聞かないけど・・・ もし聞かなければ、また私が責められるのかと思うと、本当に気分悪い」
瞼を閉じた童顔が、悔しそうに歪む。センダラは、自分の性格を不利だとは感じていないのに、精霊側はこれを注意し、整え、時に強制的に正す。
焚火に照らされる、深い影の森で。妖精は乱雑に金髪を掻き、『もう!』と呻いた。
「ウジウジしていたって、強ければまだ良いわよ!イーアンみたいに(※ウジウジ設定)。動けば、一瞬で方が付く。強くもないくせに、ああだこうだと回りくどい言い訳で動かない連中(※仲間を示す)に、やれ相談だとか、これをやれとか言われたくないわ!時間の無駄ばっかり」
「おはよう」
「おはよう、ミルトバン」
何怒ってるのと、起き上がった蛇の子の挨拶に、センダラは怒りを隠す。愚痴を声に出し過ぎた、と少し顔を背け『これから出かけるんだけど』といつもの始まりを呟く。頷いたミルトバンに腕を伸ばし、焚火側まで来た彼を抱えて、寒くないか尋ねた。
「寒いわけないだろ?ティヤーは暖かい。焚火はなくても」
「生意気ね。あんたが動きを鈍らせてはいけないと思って、用意したのに」
「機嫌が悪いでしょ。どうかしたの?」
気難しい妖精に慣れたミルトバンは、さっくり流して、イライラセンダラに親切に聞き、目一杯の溜息を吐いた妖精は、交代が迫っていること・そして自分は全く望んでいない、この不満を話した。
でも・・・ その不満は、解消されるわけでもなく。現実は近づいてくる。センダラもフォラヴも、望まない交代に、押し流されてゆくしか出来ず。




