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魔物資源活用機構  作者: Ichen
ティヤー開戦
2496/2962

2496. 祝 ~②キマイラ、黒蛇、黒い犬、堕天使まそらの『聖水盤』

 

 ブラフスもスヴァウティヤッシュも見えず、まそらはまた離れてしまい、友達の彼らが側に居ないイーアンは、彼らの顔を見ながら、一緒に祝いたかったと少し思う。


 後から来るかもしれないが、それも分からない。周囲を見回すと、まそらは反対側の一画にいた。他の仲間より、少し高い位置で、灌木の樹上。

 真っ青な翼は、メタリックな輝きがある。青い蝶々を思わせる色で、どんなに暗い場所でも目を吸いつけ引き寄せる輝き。


 こっちに来ればいいのに・・・ 距離を置く理由や都合もあるだろうが、見えるところにいながら、離れているのは寂しかった。



「何か気になっている?」


 レイカルシが気付いて、イーアンを覗き込む。イーアンは『来るつもりで、まだ来ていないダルナや精霊はいるか』を訊き、レイカルシは長い首を上げて『いるね』と答えた。


「伝えたから、()()()()()来るよ」


 来たければ、の意味を、人間的に捉えるのは違うなと、イーアンは頷く。彼らは性質も習性も、特徴的。こちらが思いつかない事情もあるのだ。スヴァウティヤッシュは・・・人間的な感覚も持ち合わせている気がするが。


 ここで、また別に思い出す。人間的といえば。


「リョーセ」


「呼んだか」


 数秒、考えごとに意識が向いていたイーアンは、ぽろっと思い当たった名を口にし、と同時に返事が返る。顔を上げると、沢山いる精霊の中から、黄色と白と黒の模様を持つダルナが近寄ってきた。


「いたのですね。見えなかったから」


「最初からいたよ。でも・・・イーアンについたダルナが全頭、ここに乗らないだろ?ダルナはでかいし」


「あ。そういう配慮でしたか。どうりでダルナが少なめというか、そう思っていたけれど」


 イングは人の姿で後ろに立ち、レイカルシはダルナ姿で浮かんでいる。他のダルナも、大岩に点々といるが、浮かんでいる方が多かった。リョーセは姿も消していた様子。リョーセによると、『色や匂いがついた空気』が、姿を出さないダルナらしい。


「巨人なんか、あの大きさで一人いたら、ここ無理だしな」


 リョーセの目が右端を見て、イーアンもそちらを見る。小柄なおじさん(←巨人の仮の姿)が手を振ったので、イーアンも手を振り返した。


 わらわらと皆さん揃っていて、数が多いのもあり、ピンとこなかったけれど。見えないからと言って、居ないわけではないんだなと、ようやく理解した。彼らは・・・特有の五感に訴える主張があるにせよ、これだけ密集すると、誰が誰だか。



「俺の力は説明したな(※2428話参照)。イーアンが次の戦闘の時、一緒に行って()()するか」


 解除後の力を見せること。これを祝いにしようと決めたが、リョーセは『俺の力はここでは変』と不向きを教え、イーアンも了解する。イングも『そういう力は結構ある』と他を見渡した。



 *****



「能力を見せられる者、最初は誰だ」


 それでは開始とばかり、イングが声をかけると、キメラが十数頭現れる。キマイラと呼ぶ方が良いのか。イーアンと『原初の悪』の泉へ共に出かけた日は、最悪の結果だったので(※2100話参照)、少し苦手意識もあるが、キマイラはもう忘れているようだった。


 彼らは複数の動物を合わせた条件の見た目、でも同じではない。

 ファンタジー世界のキマイラは、背中に山羊の首が出ている獅子もあったが、ここにそれはいなかった。ただ、幾つかの頭が並ぶとか、背中と腹部、足が異なるなどはあり、何となく・・・同じ種類なんだとは感じる。


 キマイラってどんな能力だったかしら、とイーアンが考えた矢先、月明かりが消えた。


 あれ?視線が光遮る影に沿い、すぐさま『妙な雲』発見。この高さに、雲(※頭上5mくらい)・・・黒雲は広がり、月光を閉ざす。


 重く黒く垂れこめる感じ、ふと嫌な予感がしたイーアンの目に、雲を渡る紫電が見えるも、間髪入れずに落雷発生。

 びっくりして後ずさった女龍をイングが支えた側から、落雷に続いて雨が降り出す。強烈な豪雨に風が加わり、何なのこれはと、目をかっぴらくイーアン。


 土砂降りの豪雨を、強風が横殴りに変え、滝のような雨は引っ切りなしの落雷にギラギラ輝く。


 すごい綺麗だけど、ものすごく強烈(※音、濡れ、他)。集ったキマイラの視線が泳ぎ、揺れる首が風の向きを変え、動かす足が雨量を増やす。

 一頭が劈くような咆哮を上げたのを合図に、雲は千切れて雨も風も消え、茫然とするイーアンの瞬きの後、急に辺りの風景が透けた。半透明に、別の風景が重なっている。


「これは?違う世界が()()()いますか」


「おお、そうだ。イーアンには効かないな」


 見上げる女龍を見下ろしたイングは、この現象を『本来は、夢を見ている』と教えた。キマイラに片手を振ったイングが『充分だ』と伝えると、キマイラは霞のように消え、半透明の風景もなくなった。でも、嵐も消えたとはいえ、地面は濡れていた。無論、イーアンや他肉体に近い精霊も、雨を浴びている。


 濡れた衣服や周囲を見てから、イーアンは首を傾げて質問。


「今のは何ですか。嵐の続きに見えた風景は」


「嵐は実際に起こしているが、彼らの使()()()は催眠と似ている。イーアンは、龍だから効かない」


 咆哮も、『人間が耳にしたら気が変になるか、戦意を削がれる』と説明されて、そうなんだと納得。普通の人間なら効いてしまうのだろう。でも。

 飛ぶ・戦う以外で、解除され加わった元の力、『嵐の発生・催眠・戦意喪失』は、ダルナたちだと普通に使えそうに思えた。


 イーアンがそう感じたのは正しく、祝いによって、改める意識―――



 びしょ濡れの地面と自分たちが、急に乾く。スオッと、軽い音立てて空気が擦れ、なぜか乾いた理由をイーアンは探す。『どなたですか』キマイラに続く、誰かの力と判断。

 ()()()()()()()なと尋ねたところ、音もなく圧縮する大気。変化に目だけ動かして緊張する女龍、その前にぬうっと、大きな鎌首を立ち上げたのは蛇。


 凍えるような冷え切った、金色の目。全体は深く沈む黒、鱗の隙間に細かな泡が動く小さな光を湛え、月夜の下で大蛇が首を揺らす。月に照らされているのに、どこも照らされていない。光を呑み込む黒色素材を思い出す。


 もしかして、『ヴリトラ』では・・・干上がる水、旱魃と蛇と言えば。

 この前の挨拶でいたっけ?と記憶を急いで手繰る。顔合わせでこんなに印象的なら覚えているはずが、と考えたが、答えは後ろにいるイングから聞けた。



「これまで、会わなかったかもな。動けば水を閉じ込める。解除後は、どこへ移動しても、水は彼について行く」


「え。では、海とか」


「だから。側に、()()()()()がいる」


 そんなこともあるのと驚くイーアンは、『誰が常に側についているのか』は教えられることなく、とりあえず、黒い大蛇の存在と能力を知る。


 自分で自在に操れない能力を、解除で戻された、ということか。

 存在がそう、と聞けば、神話のヴリトラそのものに思うが、何かまた違うかも知れない。こうした『知っていたファンタジー情報との相違』は追求しないで、在りのままを受け入れるのが一番。彼は名を『ヤム』と言った。違う神話の、似ている存在を思い出す。


 大きな大蛇は顔を見せた後、すぐに大地の影に消えた。影に消えると言っても、サブパメントゥたちが消えるのとは異なり、ほぐれて砂に変わりいなくなった。



「次は」


 夜風にイングの声が乗る。ふ、と現れた大きな犬たち。真っ黒で、耳も大きい。狼に見えなくもないが、垂れた耳の持ち主もいるし、体付きが違う。特に何、という感じはなし、大きな黒い犬の群れは、女龍の側に来ると、頭一つ分下の位置から見上げた。


「大きい」


 彼らの頭が、イーアンの胸辺りの高さ。肩高が1m以上ある。太く長めの首、緩く波打つ毛、しっかりした四肢、そして印象的な口元。フーフーと呼吸している口から、何か出てる・・・ひゅるっと出たり入ったりする、淡い赤は炎だろうか。

 そして、目がない。眼球の代わりに、奥で光る熱が揺れる。でも目より口の、ひゅるひゅるの方が気になるイーアン。


「炎でしょうか」


「彼らは、恐怖を宿す」


「え」


 イーアンは怖がる理由もないので、黒い大きな犬たちの見上げる顔にちょっと手を伸ばして撫でていたが、イングの『彼らは恐怖を宿す』意味深な解説に、手が止まった。ちらっと見た炎は、イング曰く『怖れ』の具象化で、生命を持つ相手はこの怖れに巻かれて死ぬという。


 味方なのに・・・(※複雑) ワンちゃんたちは、相手に怖れを与え、相手を殺すらしい。噛んだりしないとか、そういう話ではない。まだ嚙まれる方が普通に思えた(※でもデカいから噛まれて死ぬ可能性もある)。


 そうなのですかと、女龍はワンちゃんたちをよしよしする。イング解説によると、彼らの走る速度は風と同じ、水も谷も関係なく、どこまでも追いかけてくるため、狙われて逃げられる者はいないと、ドラマチックな説明で、能力の凄さを理解した。


 これだけだと、ファンタジー本の説明と大差ないので、イーアンはワンちゃんの顎を撫でながら、『質問です』と直に問う。ワンちゃんはひゅるひゅる、恐れの炎を出し入れしながら頷く。


「誰でも、追いかけることが出来ますか?例えば、消えてしまう相手や、凄まじい力の持ち主が相手でも」


()()()()()()()()追うだろう」 


 即答は、横に立つイング。イーアンが分かっていなさそうなので、『龍を追えと言われて、追いかけても閉ざされては。この世界に於いては多々あるだろう』と言った。意地悪な質問をした状態になったイーアンは居心地悪く、咳払いして了解。



 この後も、味方となってくれた異界の精霊、その様々な能力をみせてもらい、小さい精霊たちが終わった後―― 力の順位なのか。堕天使が続き、まそらとブラフス以外の堕天使の力も拝見。


 ブラフスはいなかったが、数名の堕天使(※想像するに、まそらたちと同じ境遇)に披露してもらった力は、やはり異質だった。他に類を見ない。

 まそらの戻った力もここで見せてもらえたが、まそらは断トツのインパクト。


 イーアンはいろんな場面で、未知への畏怖を持つが、まそらの性格が良くて本当に良かったと心底怯えた。


 青い翼は普段一対である。これが何枚にも増え、扇のように広がり、まそらの体を中央に青い円が出来る。そうすると、巨大な目が青い円に浮かび、瞬きし、瞬きと一緒に無数の目が背後に現れる。空を埋めるように左から右まで、ずらーっと目しかない光景。


 夜中でも雲は曙色を映し、風は暖かく淡く香り、空に散らされた無数の目の視線が、突然、一箇所に集中した途端。


 翼は真っ青に明るい閃光を放ち、まそらの片腕が上がった。

 全ての目は、ぐじょっと溶けて落ち、燦たる青い円に一回だけ・・・何が起きたのか、その光景が映し出された。

 大きな青い円形は、まそらに見えている光景だったのか。どこかで、大量の魔物が倒された場面。


 見せてもらったことのある以前より、範囲が広いとイーアンは気づいた。

 ルーレット盤のように分かれた数々の場所の様子、同時に倒される魔物。水も空も土も地下も、どこでも・・・まそらは魔物を壊し、元の無害な自然の産物へ戻して終わらせる。


 いっぺんに、何ヶ所かが青い円に映った数秒間。翼の輝きが引いて風景も薄れ、夜空も不思議さを手放し、穏やかに変わった。


 まそらは自分で『聖水盤』と能力の名を教え、恐ろしいその力を、指先を清める小さな聖水盤と見做す、微笑みのまそらに、イーアンは『天使』を実感した。


「イーアン。死者の霊が彷徨う。私たちが還す」


 ティヤーの魔物に死霊が憑いたと知っているまそらは、自分たちが手伝うに適していると微笑む。目のない堕天使の優しい声。すごい意味だ、と感じながらイーアンは頷く。


「どれ。じゃ、退()()()()()か」


 呆然としていた女龍に、リョーセが会話を切って退治を勧め、振り向いたイーアンが何かを聞く前に、大岩にいた精霊たちが動き始めた。姿を消したり、逆に現したり、飛び立つ者も、留まってこちらを窺う者も。



「魔物が出ている」


 近くだよ、と・・・リョーセは横を指差し、『魔物!』イーアンは慌てて翼を出すと『行きましょう』と浮上した。並んだ赤い鱗に、女龍はふっと顔を向ける。目の合ったレイカルシが少し首を傾げた。


「俺も一緒に戦う約束だ」


 楽しんでくれ、と―― 『繊細なレイカルシ』が()()()に伝えた、彼の能力が・・・ 怖れを感じたまそらの能力、それ以上だと知るなんて、イーアンは想像もしなかった。



 そして、ブラフスもスヴァウティヤッシュも来ないままだった。

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