2493. 祝一周年の夜 ~①ご馳走・町外れの魔導士とイーアン犬・レイカルシのお願い
料理を作って、お祝いに少し出席して、一旦抜けて魔導士に会って。早めに教えないと―――
複雑な気持ちを抱えながら、昇降口を降り船内へ入ったイーアンは、台所へ向かう。
船に積んだ食料は、火を通さずに食べられるものが中心で、馬車の時より融通は利かない。何を作ろうかしらと通路を歩く間に、段々、美味しそうな匂いが漂ってきて・・・ 配慮細かいミレイオが、もう作ったかと台所を覗いた。
「あ、すごい」
「あら?イーアン、おかえり」
「もうこんなに、ミレイオは作って」
「違うのよ、これ私じゃないの」
アハハと笑ったミレイオは、奥に立つ親方とシャンガマックの可笑しそうな顔を振り向く。イーアンも彼らと目が合い、二人が作ったのかと・・・細長い調理台に並んだご馳走を目で示した。
「まさか」
笑い出した褐色の騎士に、親方も笑って頷き『忘れてるだろう、トゥだ』と種明かしする。
「ああ!トゥ!なるほど、彼が用意して下さったのですか?」
「あいつは、人間の食べ物をよく知っている。行く道で、祝いのことを話してな。『夜の守り』を頼んだ。帰りに、食材と酒の調達をしたいことも。そうしたら」
「『必要ないな』と言われたんだ。俺はどうしてだろうと思ったが、タンクラッドさんはすぐ『お前が?』って」
説明するタンクラッドの続きを引き取ったシャンガマックは、その場面を思い出して、また笑う。頭を振って、『甲板に降りるなり、目の前に料理も出た』これがと、笑いながら調理台の料理を指差した。
「今朝のオーリンではないが、俺もうっかり忘れてしまう。アズタータルでも、トゥは食事を提供して、俺たちはそれを毎回食べていたのに。つい」
シャンガマックの、少しすまなそうな言葉に、ミレイオも笑いながら『無理ないわよ』とご馳走の皿を眺めた。
「ダルナって不思議よね。私たち、しょっちゅう世話になっているけど・・・私たちの知る魔法とも違う感じだし、って魔導士も同じようなことするけどさ」
こんな感じで、『トゥがご馳走を用意してくれた』楽しい話から始まり、イーアンもニコニコしながら、そうかそうかと頷いていたが。
心の中、有難い気持ちとはまた別に・・・これで、バニザットに会いに行くのが早まったのを感じていた。料理を作る手間は消えた。お祝いは日暮れと話し合っているし、伴侶とフォラヴは部屋で今後の話をしているそうだし、クフムはルオロフとオーリンと一緒とかで、要は、日暮れまですることがないと。
ミレイオなんか、もう飲んでる(※瓶空いてる)。気付けばタンクラッドも酒片手。こんな明るい内から飲む人たちではないのに・・・もしや、とシャンガマックを見ると、彼も普段より微笑みが多いと思ったら、前に酒が置いてあった(※中年に付き合う)。
「あー。えーと。私、ちょっと用事がまだ残っているから、出かけてきますね」
「うん?イーアン、また出るの?あと2時間くらいでお祝い始めるのよ」
「はい、それまでには戻りますから」
「明日では、ダメなのか?俺もいつ、呼び戻されるか分からない。今日くらい一緒に」
断りにくいシャンガマックの『行かないで』が挟まる。寂しいよ、と大きなツヤツヤの黒目が訴える。
・・・えー、あんた飲んでるから、そんなこと言うけどー いつも、そんな仔犬視線、私に向けないでしょー・・・ 疑い深そうな女龍の眼差しに、ほろ酔いシャンガマックは『フォラヴも』と友の名も出す(※利用)。
「イーアン、早く戻れよ」
引き留めに回る騎士にちょっと笑った親方が、イーアンを送り出してやる。
大人な親方に感謝して、切なそうな褐色の騎士に『万が一呼び戻されたら、ファニバスクワンに私が待ってほしいと頼んだことを言ってくれ』そうアドバイスし(※女龍の肩書で)、イーアンは台所を出た。
こうして、イーアンは甲板へ急ぎ、トゥに料理のお礼を言い、慌ただしく空へ上がった。
「バニザット!答えを」
「待っていたぞ。こっちだ」
緑色の風はどこからともなく現れる。女龍の前を掠め、イーアンは風の尾について飛んだ。
*****
情報はあったのかと、人の姿に戻ったバニザットが尋ねたのは、小さな町の中。イーアンはワンちゃんに変えられた。
「何で・・・私が犬」
「目立たないからだ。目立ちたいか?」
「じゃないけど、何で」
「ラファルが、ここにいる。今日はこの町で最後だ」
ちらっと見上げた鳶色の瞳を、魔導士は見下ろす。
ラファルは一日に幾つかの人里を移動する。それが彼に課せられた仕事で、運命でもある。朝から出て、いつサプパメントゥに連れていかれるか、接触されるか、緊迫する時間を数々の場所で過ごすのが日課・・・魔導士は、その彼を最低限の手出ししか出来ないにせよ、守り続ける。
バニザットも、いつもの緋色の僧服ではなく、ここでは灰色と白の上下。黒髪は無造作に一つ括り、後ろで束ねてあり、体付きと厳しい面持ちはそのままだが、南国を歩く旅人の出で立ちで、背中に編んだ筒袋を背負う。
前もそうだったが、イーアン犬は首輪がない(※1922話参照)。首に綱がついている姿なんて、万が一、男龍に見られた日には、バニザットが無事ではない・・・と、あの日の言葉は、今回も有効。
なので、白黒ぶちワンコは、『俺から離れないよう気を付けて、大人しく歩け』と命じられた。
「アイエラダハッドより、『野犬』に寛容な国だ。まぁ、問題ないだろうが」
「野犬じゃねえよ」
「龍だな。だが、今んところ、お前は俺の犬」
嫌な感じ~ ちっ、と舌打ちした犬は、それでもラファルのために我慢かなと・・・彼の悲しい運命を荒立てないよう、これに従った。
「で?情報を得たな?」
歩きながら話せ、と魔導士は犬を見ずに言う。ワンコのイーアンは喋ると怪しまれるから、頭の中を読ませる状態。
魔導士も頭の中で会話すればいいのに、なぜか声に出して『そうか』『どういう意味だ』と聞き返し、他の人から見たら変だろうなとイーアンは思った。すると、魔導士に睨まれる。
「お前は耳で聞く方が良い、と思って気を遣ってやってるんだ」
「う~(※唸る)」
返答が声であるのは変な人だからではなく、イーアン犬のためと・・・妙な部分で気遣われ、イーアンやりにくい。
潮風温い夕方の時間。人通りも少ない鄙びた町を、厳めしい顔の男は犬相手にぼそぼそと話し、犬は分かりやすいほど面倒そうに、その横を歩いていた(※脳内説明させられてる)。
そうして、『どこで調べたか』は伏せたまま、始祖の龍の記録として、イーアンが不審に感じた古代サブパメントゥの情報が伝えられた後。
魔導士は、一旦会話を止めて黙る。何やら考えており、見上げる犬の視線に目も合わせずに、何分か経過。てくてく歩くイーアン犬は、ちょいちょい彼を見ては、何か手がかりになっただろうかと気にした。
険しい表情で、だんまりを決め込んだように歩き続けるバニザット。イーアンは、もう用が済んだなら、帰ってもいいかなと思うが、喋りかけると邪魔しそうなので、彼の次の言葉を待つのだが。
夕陽のオレンジ色に染まる家々を眺め、彩色の派手な建物が、皆同じ光に染まった風景を、ぼんやり目で追っていた、緩い徒歩の続き・・・・・
「おう、バニザット」
町並みを見ていたイーアンは、前方から聞こえた声にパッと顔を戻す。
「あ、れ?犬?」
「ワン(※お返事)」
イーアン犬を見たラファルが意外そうで、ワンコのイーアンは笑顔(※のつもり)で頷いた。と、同時に上から大きな手がくるくる毛の頭を押さえ、バニザットが『お前の良く知っている犬だ』とラファルに答える。睨むワンコ。近づいたラファルは、犬の前で止まり、腰を屈めてその顔を見た。
「俺の知っている犬?変わった犬だな・・・大きいし、巻き毛でボルゾイみたいだが、こいつは尾が長過ぎる。ん?」
犬がぶんぶん振る尻尾の、犬らしからぬ異様な長さに驚くラファルだが、目が合ってその色に気付く。鳶色。この、琥珀に似た鳶色は―――
「おい。待てよ、こいつは。もしかして。俺の知っている目だ」
「ワン(※当たり!)」
「そんなところだ」
ハッハッ、と舌を出して笑顔の犬に、ラファルが素で驚いて魔導士を見上げ、魔導士は笑わないように顔を歪め頷く。
イーアンは人の言葉を喋らず、犬で通している。ラファルを気遣っているのかと伝わる彼女の態度は、魔導士にも好ましい。
「こいつも、喜んでいるな」
「ということは。俺が、触れない?」
撫でようと思ったラファルは腕を浮かせて止め、魔導士と犬は、その一言に同情の眼差しを向ける。ラファルは犬に少し微笑み、でもまぁ、と額を掻いた。
「撫でたいが、犬を久しぶりに見られただけでも十分だ・・・しかし、なんでまた」
バニザットは『帰るぞ』と、ラファルの質問を流し、ワンコもラファルの横につく。ラファルは、やけに嬉しそうなイーアン(※らしい)犬に苦笑し、並んで一緒に歩いた。
オレンジ色の夕方に吹く穏やかな潮風を受けて、町外れへ進むまでの話題は、他愛もない普通の内容。
ラファルの祖国は犬が多かったとか、犬を飼いたかったとか。バニザットも、僧院時代に犬も家畜も飼育したとか。イーアンは犬状態だが、ラファルが和んでいるのは嬉しい。
触れなくても、ワンちゃん効果(※犬に癒される心理)あり。これはこれで良かった。
*****
さて、魔導士とラファル、イーアン犬は町外れを出て、隣の島に続く低い磯場に入ると、向かい合う海しかない風景を見渡し、それから後ろと左右を眺めた。
「ティヤーって国は、海ばっかりなんだな。島一つが町や村というか」
メーウィック姿のラファルは、何度か巡っている感想を呟き、イーアン犬も『そう思う』と同意の仕草(※頷く)。犬が頭を揺らすので、ラファルはちょっと笑い『撫でたくなる』と笑顔で見上げる犬を可愛がった。
「イーアンだと分かれば、言葉が通じるのは当然だが。犬の見た目だと、賢く感じるな。失礼と分かっていても」
「ワン(※大丈夫の意味)」
「ずっと犬でいさせるか」
魔導士の横槍に、ラファルが可笑しそうに振り向き、犬は唸った。魔導士も和んでいて、パンと両手を軽く打つと『じゃ、帰宅だ』と合図。イーアンは犬状態が解け、人の姿に変わる。
「ラファル、また・・・」
挨拶しようと彼を見た途端。あっという間に、緑の風がラファルを包んで飛び去ってしまった。
ええ、なんで?と眉間にシワを作ったイーアンだが、自分も帰らねばならない時間。
追いかけてウダウダ言うのも違うし、と・・・別れ際を無理やり切られた感じに、嫌な気持ちで飛び立った。
のだが――― 『どこ?ここ』現在地、不明。行きは考えごとをしていて、下方の風景など見ていなかった。止む無し、こういう時は。
「どうした?」
「一人で帰れません。すみません、道を知らなくて」
帰るために呼んでしまったのですがと、すまなそうな女龍に、いいよ、と付き添いを引き受けたダルナは、イーアンをアネィヨーハンへ連れて行く。
今回のダルナは、レイカルシ。ついこの前、怖がられていた経緯を聞いたばかりなので、会える機会を少し増やし、彼の心から恐怖を減らせたらと、イーアンは思う。
スヴァウティヤッシュは忙しいし、イングはしょっちゅう呼ぶから、レイカルシが丁度良いと言うのもある。
ダルナたちは地理関係なく移動するため、誰を呼んでも目的地に辿り着けるのは有難かった。ただ、レイカルシは・・・・・
「瞬間移動はしないよ」
「む。はい、大丈夫です」
瞬間移動お断りを先に告げ、イーアンは『それはそれで』と頷いたが、先にそう言った意味があるのかな、と彼の顔を見た。赤い艶やかな鱗に夕陽を絡ませ、燃えるようなレイカルシは、スヴァドと似ている。
ここで、スヴァドには最近会っていないことを思い出したが、彼は一人が好きそうなイメージもあり、呼ぶまで行かない。レイカルシとはご縁が繋がった、そういうことなのか。
赤いダルナはゆったりと飛びながら、前を見たまま『何でもいいから、話をしたい』と言った。
「話、ですか」
「そう。もっと知りたい。もっと知れば、俺はイーアンを怖がらなくなる。例え、一人で世界を滅ぼす強大な存在だと知っていても」
「レイカルシ」
またそんな言い方を、と止めたイーアンに、レイカルシは振り向かない。口を閉じただけで、気にしている様子。彼は繊細なんだ、とイーアンも思う。小さな溜息を吐いて、イーアンはちょっと考えた。
「じゃ・・・レイカルシ。今は、私も用事があって急ぎです。だけど、そうね。終わったら」
「何が終わったら?」
「お祝いがあるのです。今日ね、私たちが旅に出た一年目」
一年目くらいの目安でしかないが、無事にここまで来た旅を、仲間内で祝うことに決まったと伝える。レイカルシはじっとイーアンを見つめ、『祝いが終わったら、俺に会うのか』と訊ね、イーアンは頷いた。
「その後で良かったら、話をゆっくり」
「イーアン。話しじゃなくても。俺たちも祝おう」
「はい?」
「出会ったから」
キョトンとした女龍に、いいことを思いついたと言った具合で赤いダルナは提案を推す。出会ったから祝おうって・・・ダルナにそんな感覚あるのかと、意外で驚いたイーアンだが、それはそれで素敵なこととすぐ思った。
「では、他のダルナも」
「そうしよう。イーアンと挨拶したダルナを集める。異界の精霊は?」
ダルナ以外の解放された皆も呼ぼう、と言い出すレイカルシ。少し前までの、沈んでいた雰囲気がない。いいですね、と笑顔で賛成したイーアンに、大きなレイカルシもはにかむ。
そうして、『こうしよう、ああしよう』と話し合っている内に、黒い船へ到着―――
「終わったら!」
レイカルシが喜んでいる。なぜこんなに積極的で嬉しそうなんだろうと、少し不思議も思うけれど、これは良いことなのでイーアンも笑顔で頷く。
「はい。魔物退治が入ってしまうとしても」
「さっき話したとおりだ。一緒に行く」
じゃあね~と手を振って、船へ降りて行く女龍に、赤いダルナも手を一振りし、満足げに・・・彼も花びらの旋風に消えた。
茜と金の空は、夕陽も沈む間際。静かな海に浮かぶ黒い船と銀のダルナは、降りてきた女龍を迎え、甲板に出ていた他の仲間も、彼女を迎える―― 甲板には、料理と酒の乗った樽が並べられていた。
お読み頂き有難うございます。




