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魔物資源活用機構  作者: Ichen
ティヤー開戦
2492/2965

2492. 書庫『イーアンの城』再び・始祖の龍、憎しみの記憶

 

 アイエラダハッド―――



 今日は違うことを予定していたイーアンだが、アイエラダハッドまで来た。ダルナのイングを呼び、龍の翼より速い彼に連れて来てもらった。


「すみません。何時間かかるか」


「気にするな。早く行け」


 すみませんと謝ったイーアンは、アイエラダハッドの森にポツンとある湖へ入る。イングは、湖に入らず待機。急用でここを求めたと聞いたが、多くは尋ねなかったイングに、女龍の気遣いも必要ない。


「お前のためであれば。俺は何百年でも待つ」


 極端すぎるほどの忠誠心と言えば、そうだが、ダルナとしては普通。

 彼らにとって、『待つ』のは何にも問題ない。阻害があるとするなら、それは『早く会いたい』だけの、自然な思い。


 従うと決めた相手に対し、自分がどれほど真っ直ぐなのか。ダルナの習性にとって、真っ直ぐな態度は誇りと自慢以外の何物でもない。

 フェルルフィヨバルもアジャンヴァルティヤも、スヴァウティヤッシュもあれもこれも、ダルナは全員、こういうもの・・・とはいえ、イーアンは慣れない。



「待たせています。急がなければ」


 わたわた、水中の門を見つけて入り、わたわたと、出た山岳地を走って移動。小さな御堂に駆けこんで階段を進み、書庫へ到着(※2131話参照)。



「今回は、サブパメントゥです。私たちの時代より、二代目のバニザットたちの時代は、夥しいサブパメントゥの猛攻がありました」


 魔物と同じくらい、どこでも面倒だった、と言う。

 それで、魔導士の質問への答えを探すには、書庫で調べるのが早い。他の種族の長寿に聞いても、個別体験を聞くだけ。それなら、その時代に生きた人々の記録を、調べる方が情報量は多いと思った。



 こうしたことで、イーアンは書庫に入り、『500年前くらい・サブパメントゥ・古代の水』知りたい目的を声に出し、光と風に包まれながら、()()()()()の記憶を調べ始めたのだが。



 見るだけ見て、イーアンは手にしていた本も、棚に戻した。これはズィーリーの棚・・・・・


 ない。他の人の棚も見たが、異世界から来た人間の数が少ないのと、絞った検索内容が特殊で、目的と異なる話の方が多かった。

 バニザットとコルステインが追うのは、箸にも棒にも掛からぬ相手。


 長い溜息を落とし、棚に本を入れた姿勢そのまま、他に探しようがないか考える。厄介で面倒で、尻尾も捕まえにくい相手なら、歴史に残っているのではと思ったが、名を遺す人間じゃあるまいし。


「甘かった、私ったら。相手はサブパメントゥ。名前だって、普通は知れない相手なのに」


 名乗ることを遠ざける種族に、書庫で人様の記憶を辿って調べていた、自分の甘さに舌打ち。気付けって、と無駄な時間を費やした自分を詰る。でも、『何か引っかかれば』と思った・・・何にもなかったけれど。


 うーんと唸り、イーアンは俯かせた首を傾ける。


「なんか・・・ないか?誰も知らない相手にせよ。いや、違う。コルステインは知っているんだ。

 あの方が知っていて・・・古代の海の水・・・メーウィックさんも飲んだと、ちらっと聞いたような。ロゼールが古代の水を取りに行かされたのは、かつて、メーウィックさんが関わったのが理由、でしょ?」


 ブツブツと、イーアンは目を閉じて独り言。ヒントがありそうで、これと言ったヒントに踏み込めない。その時、不意に始祖の龍の棚に目が行った。彼女の棚は、とても難しい文字で書かれた背表紙が並ぶ。



「始祖の龍の、本名って何だったのかな」


 徐に、ぼんやりと呟いた。探すサブパメントゥの名前も情報も分からない流れ、何となし、目の止まった本の列・始祖の龍。彼女の本名も分からないまんまだな、とそう思ったからだが。


「ゼーデアータ龍、とテイワグナでは・・・ん。あれ?ちょっと待て」


 立ち止まった、古い古い女龍の書が並ぶ棚の前。イーアンの脳裏に『テイワグナ馬車歌で聞いた、始祖の龍の名』が蘇る。彼女の名前はサブパメントゥの名と、ミレイオに確認を取ったことがある。

 当時の勇者も、馬車歌に名が遺っており、彼はヒョーギハーダといい、サブパメントゥの親を持つ謂れもあって、その名前とゼーデアータの名の意味は、対の印象だった(※1030話参照)。


「卵泥棒―― よね。ヒョーギハーダは」


 独り言ちる。記憶を手繰る。卵泥棒で、始祖の龍の怒りを買った男。奪われた卵が、あの哀れな双頭の奇獣、ザハージャングとなった。


 ザハージャングは確か・・・古代の海の水を潜った卵で・・・ ここまで考えて、イーアンの移ろう視線が、始祖の龍の棚に定まる。



 ―――グィードがまだ、小さい龍だった時。始祖の龍は、愛する男グンギュルズをすでに失っており、生まれ変わっても『時の剣を持つ男』と女龍が繋がるように、グィードを呼び出す順序を決めた。


 タンクラッドが持つ香炉の煙は、それを見せてくれた。だから恐らく、歴史の順番としては合っている。

 ザハージャングを倒した『時の剣』は、その鍔に双頭の龍を模る。

 そして、グンギュルズは、始祖の龍と相思相愛になったものの、人間の寿命で彼女よりも先に逝った。

 この後、彼を偲ぶ始祖の龍が、幼いグィードを見て思いついたのが、未来のこと―――



「始祖の龍なら。もしかして」


 グィードを、サブパメントゥに配属したのも彼女だろうと思う。それを調べたことはなかったが。

 古代の海の水を守る龍・グィード。あの仔が置かれる前に、海の水を使った輩を、始祖の龍は覚えているのではないか?


「調べるなら、ズィーリーたちの時代ではない。始祖の龍の時代だ!」


 そうよそうよ、とイーアンは手掛かりに縋る。始祖の龍の書は、大きな本棚の下層を占め、床に跪いた女龍は『空を襲ったサブパメントゥの、容姿・名前・情報』と早口で捲し立てた。


 同時に、びゅっと吹き抜ける風を伴って、注文を含む書が輝き、暗い書庫を照らす。


 これと、あれと、これと。イーアンは片っ端から本を引っ張り出し、夢中になって探した。始祖の龍の記憶に、それらの印象は強く刻まれており、中には自ら名乗った(※名の真偽はさておき)相手のことも事細かに連なる。



 どれだろう、こいつだろうか。こいつかも知れない。でもこっちも。そらそうか、こいつら皆が()()()()狙ってたんだから。


 情報重視。余計な推測はせず、目を皿にし、イーアンは文を指で辿り続ける。そして―――



「この・・・サブパメントゥかも」


 見つけたのは5冊目の、ある(ぎょう)。始祖の龍が怒鳴って吼えて、イヌァエル・テレンで激怒したきっかけを作った者。ではなくて、その隣で(けしか)けていた者がいる。


「始祖の龍の逆鱗に、直に触れた一言を発した()()()()()。ずっと横で、唆し続けていたこいつ・・・こっちでは」


 じっと見つめた、文章。始祖の龍が『この者を永遠に呪っても、私は許さないだろう』と憎しみを抱いた相手。


 飄々と、空の龍に手を組むよう言い続けた、サブパメントゥの男。いや、女か?雌雄の別がない場合あるから、判別しづらいけれど。始祖の龍の印象では、その者の言葉遣いは()()()である。


「暴言を吐いたのは単純な思考の持ち主・・・こいつを、隣にいた『妙なサブパメントゥ』が煽っていたわけか」


 始祖の龍が、憎さを前面に出す場面。強烈な記憶で、かなり細かく書いてある。内容は、イーアンが読んでも腹立たしいどころではない。これは、サブパメントゥ追放と呪いもかけるだろうと思う。



 ・・・ザハージャングは、空が封鎖された後か前か、諸説聞いてきたが分かりにくい。だが、始祖の龍の怒りの場面で、既にザハージャングらしき奇獣に触れている箇所があった。


 始祖の龍の回想は、この続きにも書かれていると思うが、今は読む時間がない。知りたい気持ちを一旦引っ込め、開いた本を膝に乗せたまま、しゃがみ込んだ床の上でイーアンはまとめに入る。



「・・・奇妙。空の龍に取り入ろうとするなら、まだ。でもこいつの動きは、裏がちらつき過ぎていた。

 この(そそのか)した狙いが、他にあったとも思えてくる・・・うーん、想像は後ね。今は情報を得たんだから、早く帰らなければ。こいつの名前・・・と、見た目と・・・・・ 」


 イーアンに発音はよく分からないが、文字で読む発音を一先ず繰り返す。不可思議な名を何度か頭の中で反芻し頑張って覚えて、それから、始祖の龍が記憶している、相手の容姿や雰囲気もイメージした。


 似ている姿のサブパメントゥは、イーアンの記憶に―――



 パタンと本を閉じる。棚に戻し、イーアンは始祖の龍の書が並ぶそこに『私も許せないです』と同意を呟き、書庫を後にした。



 *****



 湖に通じる白い通路を歩き、水の中へ、そして浮かび上がって、ザバッと外へ出た。イーアンは龍気があっても水に濡れる。物質置換を使わない場合は、そうなる。


 空中に上がったすぐ、青紫色のダルナが横に来て、腕を伸ばした。


「戻れ。水は水の元へ」


「あらっ。すごーい」


 元に戻す魔法の使い方、応用編。イーアンを濡らしていた水分は、風に吹かれる前に消えた。湖に戻ったらしく、イーアンは少し笑ってお礼を言った。ダルナはそのまま女龍の胴体を掴み(※鷲掴み)『もう帰るのか』と行き先を尋ねる。


「はい。私がいない時間、どれくらい」


「大して経過していない。同日、まだ()()()だ」


 ・・・イーアン、微妙にショック。今日はこれで終わってしまったのか、と。昨日も昨日で、火山帯は時間早送り。今日も時間早送り。あっさりと日々が過ぎる、光陰矢の如し(※まさに)。


 来たの、午前中だったのに~ げんなりするイーアンに何となく頷いてやってから、イングは『戻るぞ』と瞬間移動でティヤー直行。魔導士の家がどこだか知らないので、アネィヨーハンを見下ろす空に出た。


「あ。待って下さい。下ろさないで」


「どこか行きたいのか」


「そうではなく、イングに伺いたいことがあります」


 青紫色のダルナは瞬き一回、話してみろと促す。胴を掴まれたままのイーアンは、書庫で読んだ―― 始祖の龍について訊いた。


「あなたは、始祖の龍と会ったことがありますね」


「勿論。俺が最初のダルナだから」


「彼女の姿は」


「龍だ。今のお前のような、人の姿ではなく」


「そう・・・なのですか。あの、一回も人の姿になってはいないのですか?」


「なっていない。大きな龍だ。龍のお前と似ているな」


 なぜだ?とやんわり聞き返され、イーアンは『ちょっと好奇心です』と目を逸らした。特に理由はない、それは本当。ただ・・・始祖の龍の部屋でその顔を見たイーアンは、彼女が猛烈に怒る表情を想像できなかった。大らかで、どっしりと構え、何にも動じない印象。


 イングたちダルナは、『世界を沈める雨の前』の彼女に会っているわけで、その時、彼女はサブパメントゥに怒りを抱えていたのではないか、と思った。その顔は、どんな雰囲気だったのか。


 黙ったイーアンを、水色と赤の揺れる瞳でダルナは見つめる。数秒見つめてから、イングは話を変えた。


「さっきの場所。()()な」


「はい?」


「湖だ。お前を待っている間、魔力が大気のように俺を満たした」


 ああ~・・・それか、とイーアンも頷く。書庫は、魔力供給の通路。

 それを言うべきか分からないが、イングは気付いていそうだし、『また行く時は、俺を呼んでくれ』と〆たので、イーアンも『そうする』と答えた。


 話を変えられて、少し気持ちが軽くなる。そう、あのアイエラダハッドから入る『イーアンの城(書庫)』を、移動させられないかも考えるのだ。それも方法探したいなと思いながら、イーアンはイングにお礼を言って、船に戻った。


 高貴な花の香りが残り、ダルナが消えて、黒い船の甲板に女龍は降り立つ。甲板には誰もおらず・・・トゥは近くに浮いている具合。



「見ていました?」


()()()


 その答えに、ふふっと笑ってイーアンも頷く。イングと出かけた話をし、興味なさそうなトゥはそれを流して、『俺もタンクラッドとシャンガマックを連れて出かけていた』と自分の話に変えた。


「あ、そうか。あの物質の」


「徐々に成果が見えてくる。今日の用事は、進行具合確認だけだ。さっき戻ってきたばかり」


 タンクラッドたちは戻ってきてすぐ、船内へ行ったらしく、トゥは女龍に『お前も入れ』と促した。イーアンは夕方前もあるし、何かお祝いの料理を作るかと考えながら、甲板を後にする。



 一年の旅、お祝いの夜――― 


 魔導士に結果報告をしなくちゃ、と思いつつも。彼に会う前に、お祝いの料理を先に作ることにした。会えば、必ず長くなる話だから。

お読み頂き有難うございます。

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