2491. 火山の報告・ お祝いの約束・魔導士からイーアンへの相談
朝食――― イーアンの報告の順番は、一つ置いて。
まずは、戻ったフォラヴへの労いから始まる。そこに続いた、『お別れが近い』事情の後、しんみりしたところで、イーアンはドルドレンに『昨日の出先の詳細』を求められ、話を変えた。
ロデュフォルデンの足かけを思わせる環境と変化は、外すことのできない、重要な要素。
イーアンが対処した火山の内側、センダラの持つ精霊の面『エジャナギュとフィガン』の役割から推測したこと、受け取った物質の使い道想定、オーリンの模型船のことも併せて、皆に聞かせた。
フォラヴはこの話を聞いている間、センダラが徐々に間合いを詰めている事態に嫌でも囚われる。
センダラ自身も分かっているだろうし、彼女は仲間と親しめないから、距離を開けておきたいはずだが。
・・・時は、それを許さない。
否が応でも、私たちは交代の時を迎えているのかと、顔に出さずに目を伏せた妖精の騎士は沈黙した。
不思議な火山帯の一話。物事の動きが思いもよらない機会は、これからも度々あるだろうから気を付けようと、ドルドレンが話をまとめ、朝食の報告は終わる。
「もう、私たち一年くらいじゃないの?」
大きな食卓に料理皿を回しながら、ミレイオが誰相手ともなく聞く。昨日もそれを思い出したという言葉に、ドルドレンも少し考え『そのくらいかも』と答えた。騎士たちは感慨深そうに微笑む。
「皆さんがハイザンジェルを・・・出発した日から、ですか?」
ルオロフは同席なので、曖昧な対象を確認。一年と言えば、遡って彼らが母国を出た頃かと、貴族間に回ってきた報告書内容を思い出す。朝食の皿を受け取った親方が『北西支部をな。馬車で出発だ』と添え、奥の席のルオロフに先に料理を渡す。
「全員、一緒に出たのですか」
「そうよ。北西支部の裏で、今使ってる馬車を作ってさ・・・普通の馬車と違うでしょ?寝られるように改造して」
「改造も何も、中抜きで買ったからな。床板があった程度の馬車だ(※655話参照)」
ルオロフへのミレイオの説明に口を挟み、タンクラッドが最初の馬車の状態を笑う。
ドルドレンも少し笑って『安く買った馬車だったから』と前置きし、『でも皆が、立派に作ってくれた』職人のおかげ、と褒めた。
そんな経緯からあるのかと、知らない世界に笑顔を向けるルオロフは感心。
「へぇ・・・馬車も手作りなんですね。馬車の民が使う馬車は、外からしか見たことがなかったので、私は同行して初めて、内部を知ったのですが」
―――余談。実のところ、コートカンの馬車転落事件で、彼は馬車を見てはいるが(※1847話参照)、記憶に過ってもここでは伏せた。
「今の食糧馬車は、アイエラダハッドで購入したものだ。二頭引きのあれは、アイエラダハッド馬車の民の」
北方コートカンで馬車を購入したと教えながら、ドルドレンはちょっと言葉が途絶える(※嫌な記憶あり)が、気付いたイーアンが『それで、馬車の大きさが違う』と話を逸らした。
「そうだな。それに馬も違うだろ?ハイザンジェルの馬はデカい。強いし、一頭でも凄い力だ。連れてきた出発から今まで、ずっと馬車を引いていても、ビクともしない」
続けたオーリンが自慢する、母国の馬。オーリンは山の生活で、彼の馬が何本もの丸太を引く話も聞かせる。いつも、ハイザンジェルの馬自慢をするのはオーリン、と皆は笑う。
滅多に聞けない話に、ルオロフも楽しく、笑顔で頷きながら―――
「ティヤーでは、船の移動。旅も時間が経てば様変わりしますね。『陸地で馬車』ではないですが、せっかくだから、船上でお祝いはどうですか?」
そう、発案した。笑っていた皆が、笑顔のまま止まり、顔を見合わせ、全員がルオロフを見た。ちょっと驚いた若い貴族は『悪くないと思って』貴族の暢気さと思われたかもと、慌てて言い訳。
「魔物が出て、問題も山積みで、深刻ではありますが。でもそれと、大切な記念はまた別、と・・・私は思うので・・・その」
「いいと思うわ!私も同感よ。そうよ、大変のど真ん中でも、お祝いしていいのよ」
戸惑うルオロフの助け舟の如く、ミレイオがパッと笑顔を向ける。
ミレイオらしい、と皆は思う。いつでもどんな時でも、平静を大切にする、ミレイオ。何でも一緒くたにしてはダメ、と教えてくれたこと(※509話参照)を覚えているイーアンも、ニコーっと笑って『私もお祝いした方が良いと思います』と賛成。
女龍のニコニコ見上げる顔に、ドルドレンも笑顔で頷く。
「ふむ。そういうものだな。テイワグナでも、俺が総長になったことを祝ってくれたのだ(※1004話参照)。思えば、遠征で戻れば慰労会もあった。今は、祝いや慰労会などすっかり遠のいて」
「一年ですものね・・・無事に一緒にいることを、喜びたいです」
総長に続けたフォラヴの呟きしんみり。隣に座るシャンガマックも微笑んで『慰労会も祝いも、仲間が互いの無事を祝う機会だ』と賛成に一票。
「いいじゃないか。じゃ、今夜でも祝うか?次の港までもう一日ある。魔物退治が間に挟まっても、酔いつぶれてなければ戦えるだろ」
フフッと笑った親方も、玉子料理を口に運びながら賛成。フォラヴとシャンガマックは、彼がテイワグナで指揮を執ってくれたある日を思い出し、親方に笑顔を捧げる(※843話後半参照)。
「それなら、コルステインに先に頼んでおいた方が良くないか?夜の守りだけ」
今夜祝う、と予定に入ったことで、オーリンは『夜=コルステイン』を推奨。だがここで、タンクラッドは真顔になり『あ』と眉根を寄せた。
「コルステインは、昨日も来なかったんだ。忙しいのかも知れん。ロゼールの荷物の際もいなかったと、言っていたしな」
「でも、トゥはいますから(※夜間任せ)」
イーアンが、すかさず頼もしい味方の名を出し、親方もうっかり忘れたトゥ(※随時お世話になってるのに)の存在、『それもそうだな』と切り替える。『言われてみれば』とオーリンも皆も笑った。
「ダルナに守ってもらってばかりだが、ふとした時、忘れるな」
「『仲間内でどうにかしよう』の意識があるのは、良いことよ」
恩知らずみたいな言い方のオーリンに、苦笑したミレイオが『それでいい』と、感覚は間違えていないことを認める。
こうして、思いがけず『一年のお祝い』は、朝食の席で約束され、簡素な食事後、それぞれの一日が始まった。
・・・クフムも、後からこれを聞いた。運んでもらった朝食を食べたところで、食器を引き取りに来たオーリンが教えた。
他人事だから、『ああそうなのか』程度だったが、『お前も一緒に席に座れば?』とオーリンは誘い、面食らう。
でもオーリンの独断ではと、気にしたのも束の間、半開きの扉向こうから総長が現れ、『クフムが気にしないのであれば、滅多にない祝いである。同席も良いと思う』と笑顔を向け、クフムは嬉しかった(※この二人好き)。
*****
でも祝いの席に参加して、イーアンが怒るかもと心配するクフムに、ドルドレンとオーリンが『大丈夫だから』と落ち着かせている時。
その『恐怖の女龍(※クフムにとって)』は、アネィヨーハンを後にして、緑の風と共にティヤーの空を翔ける。
「もう着く。目を瞑れ」
風に命じられ、はいはいと目を閉じるイーアン。もう慣れた。秘密なんね、と・・・大人しく従う。最初こそ疑っていたが、慣れると気にもならない。それは、『目を瞑る=魔導士の部屋』なら、ラファルがいる、のも慣れの要素。
ラファルが元気か、確認できると分かってからは。
「目を開けろ。入れ」
イーアンの足元に暖かい砂。朝なので、表面からすぐ下は砂も少し冷えていて、背の高いヤシのような影が落ちる小屋までの距離、爽やかな温度の砂を踏んで歩いた。
靴だけど、この世界に来てからは、薄い革の靴を履き続けるイーアン。素足の感触と大差ない靴で、砂の温度を感じるゆとりは、何となく幸せだった。
ラファルのいたところは海があっただろうか。あっさり小屋の前に来て、扉を開けた魔導士に、顎で中へ入れと示される。
「ラファルのこと?」
前を通る時に見上げて尋ねると、魔導士は小さく首を一振りし『中で話す』とだけ。何の用事だか分からぬまま・・・イーアンは朝の魔導士小屋(※家)に入った。
煙草の臭いが染みついている家。フフッと笑って、通された居間を見るとやはり、メーウィックの―― ラファルがいた。今日は知っていたらしく、待っていた感じで笑顔を向けた彼は『おはよう』と先に挨拶。イーアンも挨拶し、無事を喜ぶ。
「朝一番でイーアンに会うと、俺も元気が出るよ。死んでるのと変わらなくても」
その一言は要らないんじゃと思いつつ、笑うに笑えないイーアンは頷き、お礼を言った。何度見ても、リアル・メーウィックさん・・・なんだけれど、瞳の薄い茶色がラファル。話し方も微笑み方も、表情の間合いも、全部ラファル。
「ラファルの国は、海がありましたか」
何となく、さっき思ったことを訊ねてみる。瞬きしたラファルは『ある』と答えてすぐ、『でも俺の暮らしていた町からは遠かった』と教えてくれた。
「おい」
後ろから声がかかり、振り向いた女龍に『話をするために呼んだんだ』と魔導士が背側に親指を向ける。
ささやかな会話を切られて文句をこぼす女龍に『こっちの部屋へ』と顎をしゃくり、魔導士は続く部屋に移動。ラファルが『また』と微笑み、イーアンも笑顔で頷いて、奥の部屋へ行った。
「無駄話はよせ、イーアン」
「少し話してただけなのに」
「・・・ラファルは、ティヤーでもう動き始めている。毎日、外に野放しにしなけりゃならん」
はた、とイーアンは止まる。無言で椅子を勧められて、大きな一人掛けに腰かけたが、ラファルはここでもまた、と知って気持ちが沈んだ。分かっていても、直に聞くと辛いのは変わらない。
女龍が少し俯きがちになり、バニザットは向かい合う椅子に座ると、宙を引っ掻いて、切れ目から飲み物を出してやった。
「ほら」
「有難う」
マグカップ・・・温めのお茶は、なんとなくチャイみたいな香辛料入り。なんとなく牛乳みたいな色。両手でカップを持って、ちゅーっと飲む女龍を眺め、『お前ならどうする』と魔導士は急に聞いた。目が合って、鳶色の瞳が先を促す。
「サブパメントゥのことだ。コルステインに頼まれて、毎日探している奴がいる。だが一向に、足も掴めん。コルステインたちも血眼で探してる具合だ」
そんなに大変な相手・・・何が起きたのかと、カップから口を話して『何者』とイーアンは前のめりになる。
「誰だか、俺は知らないに等しい。コルステインも、姿かたちを知らない。だがそいつの存在は知っている。イーアン、フォラヴを倒した鏃」
「え。もしかして」
「そう。もしかして、だ。調べようがないが、確かにそいつはいるんだ。だから『お前なら?』と聞いておきたかった。龍の頂点にいるお前だ。調べる術は、俺に隠している何かしらあるだろう」
バニザットの低い嗄れ声は淡々と語るが、イーアンは騒めいてドキドキする。あれだ、とすぐ分かった。タンクラッドがコルステインに探してもらった結果『古代の海の水』―――
サブパメントゥで、あれを手に入れた奴が神殿に渡したのか、と皆まで聞かずともイーアンは理解した。
眉を寄せ、目を見開いた女龍の顔を見つめ、魔導士は一旦視線を外し『どうだ』と訊ねた。
どうだと言われても・・・イーアンの視線が泳ぐ。同族のコルステインが探しても見つけられず、史上最高の魔法使いと思うバニザットが毎日探っても分からない相手なんて・・・・・
ここで、イーアンは気付く。待てよ―― 古代の海の水は、地下と空にしかないのに。そのどちらも龍が守る。サブパメントゥでは、グィードが守っているのに?グィードがいない時に何者かが入ったのか。
更にイーアンは、疑問が浮上。その存在と意味を知っているサブパメントゥ?それって、どれくらいの率でいるのだろうか。
何かに気付いたらしき女龍の表情は、敏感なバニザットに分かりやすい。じっと彼女の一声を待つバニザットに、イーアンは目を上げた。
「そいつは、いつからいるか、それは分かる?」




