2490. 旅の三百六十五日目――― シャンガマックの頼み・フォラヴ帰還・減る人数
☆前回までの流れ
センダラに呼ばれ、イーアンはタンクラッドとオーリンを連れ、北の火山帯へ。センダラも精霊の面に命じられての一仕事。得られるものがある、意味不明なその言葉を頼りに火山に飛び込んだイーアンはあの物質を手にしました。そして船へ戻ったら、午後はすっかり夜になり。戻った足で魔物退治を終えて一日完了。
今回は、翌朝の船から始まります。
ティヤーの朝の海は煌めく。トゥはただただ、船に寄り添い、主タンクラッドが教えた航路に沿って、船を動かしていた。
次の島まで、要二日。
サネーティの順路、海運局が整えてくれた先の国境警備隊の港は、入り組んだ場所。順調に進めていても、今日は着かない。
急がせ、当日着も出来なくはないが・・・トゥは四六時中『船を瞬間移動』は、やりたがらない。単に、これは魔力の都合。
「消されたはずの知恵。火薬。武器。対抗案。人殺しの集団。魔物。死霊。創世記からの因縁サブパメントゥ。全く、休ませる暇なし、だな」
銀色の首を二本、畳まれた帆の上、帆桁に乗せたトゥは呟く。声で呟くのはあまりないが、聞こえるようにしたい時は、そうする。
「トゥ。おはよう」
船内に通じる扉が開き、分かっていたダルナはそちらにゆっくり頭を向け、甲板に長い首を一本下ろした。
「早起きか。用を言え、シャンガマック」
どう話そうかと遠慮がちな褐色の騎士に、銀のダルナは促す。騎士は視線を一度下げ、それからまた見上げて『こんなことを頼むのも、変かもしれない』と話し出した。
「その。昨日も一昨日も、タンクラッドさんがいなかっただろう?大事な用事を待っていたと、聞いたけれど。それは分かっているから、悪く取らないでほしいのだが」
言い難そうな騎士の、口ごもる様子。トゥは、目が合って頷いてやる(※待つ)。
「あの、それで。ええっと。トゥの独り言を、さっき聞いたけれど(※聞こえるように言ってたから)、トゥも思っているみたいに、対抗用の武器を早く手に入れた方が良いと、俺は思っていて・・・ 」
ここでまた、ちらっと漆黒の瞳が見る。我儘と思われたら困るなと顔に書いてある(※脳内もそう言ってる)。ダルナはまた、ゆっくり頷いて先を続けるよう無言で示す。
「うん。だから、今日は・・・もし、まだタンクラッドさんに予定がないなら、出来ればサンキーの工房に行って、彼の進捗を聞くとか、作業で詰まったところを相談するとか、出来ればと思う。
『俺が行きたいだけ』に思うかもしれないけれど、そうではない。どうだろう、トゥがタンクラッドさんに意見を伝えると、タンクラッドさんもあなたを認めているから、了承する回数が多いし」
つまり、『トゥから言ってほしい』ことを、頑張って悪く思われないように、シャンガマックは一生懸命伝える。
ゆったりした遅い瞬きで、相手を焦らせないように気遣いながら、ダルナは頷く。
話す前から彼の思考は知れていたが、こうして上手く伝わるように頑張る正直な態度は、見ていて好ましい(※シャンガマックは好かれやすい)。
「トゥには、本当に感謝しているんだ。一瞬で連れて行ってくれるし、俺の事情を・・・話していなかったので、今伝えておく。俺と父は『期限付き』だ。アイエラダハッド決戦に参加してから、一ヶ月は経っていないけれど、こんなに長期間、皆と行動を許可されているのは珍しい。
もしかすると、もうじき戻されるかもしれない。剣の話は俺が持ちかけたことで、責任もあるし」
何の期限付きか・・・は、言わない褐色の騎士に、トゥはそれも読み取っているので(※拘留バレてる)そうかそうかと流してやる。
「あのう。どうだろうか?」
話を聞き続けた銀色のダルナを、上目遣いで漆黒の瞳が見つめる。トゥは思う。黒目がこんなに大きい人間は初めて見る、と(※誰でもそう思う)。
じーっと見ている困った顔に、主でもない男の頼みだが、『俺から言ってやろう』と了承した(※仔犬ビームが効いた)。
ここで、フォラヴが戻る。
察知したダルナの二本の首が、同時にゆらりと大きく揺れ、通りすがりの無人小島の林に向く。
話が終わったすぐの動き。シャンガマックも、あちらに何があるのかと同じ方を見るが、何もない。『どうした?』と訊ねると、トゥの首が一本振り返り、『お前の仲間だ』と答えた。
「うん?俺の仲間?あそこに誰」
言いかけて、ハッとする。『フォラヴか』木々のある場所と言えば。トゥはふわっと船を離れ、小さな小さな無人島へ静かに飛んだ。
トゥが船を離れたので、船は速度を落とし始める。シャンガマックも、船縁に両手をかけて身を乗り出し、視界を少しずつ過ぎ去る島を見つめた。
迎えに行った銀のダルナはとても大きいから、遮る物さえなければ、離れてもはっきり見える・・・彼の長い首が、林の奥へ斜めに降り、そこにいるのかと分かった。
待つこと数分。停止した船が、大人しい波に揺れるだけになったそのくらいで、銀のダルナは戻ってくる。首の一つに、妖精の騎士。
「フォラヴ!」
「シャンガマック!おはようございます」
名を呼ばれ、柔らかい笑顔で朝の挨拶を贈るフォラヴに、シャンガマックはちょっと笑い、『お前らしいよ』と友を迎える片手を伸ばした。
トゥが船体の横につくと、フォラヴはお礼を言ってひょいと飛び降り、伸ばされた手に手を重ねる。
ぎゅっと握って『おかえり』と労うシャンガマックに、フォラヴもニッコリ笑って『少しゆっくりでした』と答える。
「もう、大丈夫か」
「ええ。でも。私はそろそろ」
そろそろ・・・の続きを言わない微笑み。シャンガマックの笑顔が引き、『そうか』とその意味を察した。
「いつ?」
「どうしよう、と思って。まだ決めかねていまして。それで一度戻ってきました」
躊躇いがちに目を伏せたフォラヴの、朝一番の挨拶は、間近に迫った別れを思わせる響きを含む。シャンガマックは握ったままの手を放せず、手をそのままに『お前まで』正直な気持ちを吐露した。ザッカリアがいなくなったばかりで―― 話してはもらっていたが、フォラヴまでいなくなるとは。
寂しそうな眼差しを向けられて、フォラヴはクスっと笑う。ん?と眉根を寄せたシャンガマックに、『あなたはしょっちゅう、馬車を離れていたのに』と囁いた。嫌味ではないけれど、フォラヴも寂しかった気持ち。
あ、と片手で額を押さえる、褐色の騎士。困ったように静かに笑う友達に、苦笑で返す。
「そうだな。俺は・・・ずっと」
「責めていませんよ。そうではなくて、私もあなたが側に居ない時間が長かったので・・・でも、慣れませんでした。『そういうもの』と思っても。『彼はお父さんと一緒』とお二人の成長を願っていても。私の気持ちは、あなたがいない毎日に心細いこともあったし、恋しかったこともあったし。支部では一緒に過ごし続けた時間が、旅に出て」
「すまない。お前の気持ちも考えず、自分のことばかり」
打ち明ければ打ち明けるほど、彼を責めているようになってしまうと気づいて、フォラヴはそこで言葉を止めた。
申し訳なさそうに謝った友達と、繋いだ手。握手状態の手を引っぱり、自分の胸に当て、じっと見つめる漆黒の瞳に微笑む。
「また、一緒に旅をしましょう。次に私が戻ったら」
「旅が終わる前に戻るのか?ヨライデは一緒か」
「分からないです。だけど私は、ヨライデ最後の時間であっても戻りたいし、間に合いたい。この目で、総長が魔物の王を倒す瞬間を見届けたいのです」
一緒にそうしよう、と。頷いて呟く褐色の騎士は、フォラヴを抱き寄せ、フォラヴも彼を抱きしめる。もう、このまま別れてしまうような気持ちを、二人は同時に感じていた。
これはそう、間違いでもなく―― フォラヴは近々、旅を抜けることになる。今日ではないにしろ・・・妖精の女王にも、ピュディリタにも、『交代の時』と言われていたから。
*****
別れを惜しみ、朝陽浴びて抱き合う二人を、空から戻ってきたイーアンは見た。
その場で急停止。朝からイイもの見たと(※事情知らないから)イケメン同士の抱擁に、はーっと幸せな息を吐いて、深呼吸。
甲板横にいる大型銀色の声が頭に流れ込み、姿勢動かさずのトゥに『何を見ている』と注意された。
「あらやだ。分かってらっしゃる」
『イーアン。戻ったなら降りろ』
言われなくても降りますよ・・・邪魔したくないだけじゃないの(←抱擁シーン)とぼやきながら、女龍はひょろろ~と翼二枚で船のマストに到着。影が落ち、気配が伝わり、フォラヴが見上げ、シャンガマックもつられて顔を上げる。
「イーアン、もう大丈夫なのか」
抱き締めていた腕を解き、片手を振ってシャンガマックが挨拶。大丈夫とは?とフォラヴが振り返ったが、イーアンが甲板に来て『龍気の補充を』昨晩は空でね、と上を指差す。
「おかえりなさい、フォラヴ。おはようございます」
ニコッと笑った女龍に、妖精の騎士もにっこり笑顔を返すが。その笑顔が愁いを帯びているのに、イーアンは気付く。はた、と笑顔が固まったイーアンの見抜き、シャンガマックが小さな溜息を吐いた。
「フォラヴは。もうすぐ旅を抜けるらしい」
うっかり・・・『イケメン同士が朝から抱き合っている』と喜んだ自分を恥じ、イーアンも消沈。
トゥに挨拶し、二人の騎士と一緒に船内へ入ったイーアンは、食料を荷から出して朝食を作る間、彼らに話を聞いた。
コンパクトな台所で調理しながら、すぐ隣に立って、手を貸してくれる騎士二人の寂し気な微笑み浮かべる顔を・・・何とも悲しく感じる。
「そうでしたか。フォラヴが一週間戻らないのも珍しい、と思っていたけれど。女王が」
「はい」
「シャンガマックも他人事ではありませんね?あなたもお父さんも、決戦からずっと一緒だから、このまま一緒のような気がしてしまいます。でも」
「そうだ。俺も父も、ファニバスクワンに何も言われていない。いつ迎えに来るか」
朝食準備を手伝う二人は、今、こんなに近くにいるのに。ザッカリアもいなくなってしまい、彼ら二人も・・・お父さんも(※ついで)そろそろ抜けるのだろうかと、イーアンは溜息が落ちた。
溜息の意味が伝わる二人の騎士は、少し目を見合わせて、イーアンの様子も尋ねる。自分たちが抜けてしまったら、人数はうんと減る。イーアンの留守がちな忙しさは、今に始まったことではない。
「イーアンは?龍気が減って空へ戻るなんて、しばらくなかったような気がするが」
言い難いことだが、シャンガマックがおずおず訊ね、気付かれてるよねと思いつつ、イーアンは見上げた視線で肯定する。
「私の個人的な事情ですが、アイエラダハッドでは龍気の減りに悩まされずに済んだのです。だけど、アイエラダハッド決戦時、ちょっとそれが」
小石のことは、タンクラッドやドルドレン以外に言うのも気が引ける。イーアンは尻切れトンボで黙り、二人もそれ以上、事情を聞かなかった。
「朝食にしましょう。皆さんを起こして・・・クフムに運ぶ分は、私が届けます。フォラヴ、シャンガマック。一緒に居られる残り時間を、大切に過ごしましょうね」
今は一先ず、それしか言えない。微笑みも遠慮がちに頷く二人は、台所を出て仲間を起こしに行った。
戸口を潜った背中を見送るイーアンが思うこと、幾つか。
「頭数が減ります。ティヤーは人数が、私たちを悩ませるのか。問題が解決する前に、彼らが抜けたら・・・変な話ですよ。旅の仲間なのに、シャンガマックとホーミット、ザッカリア、そしてフォラヴまで抜けたら、騎士はドルドレンだけ。残るは、私。女龍と、時の剣を持つ男・タンクラッドのみ。
・・・私だって、ルガルバンダがいつ『卵孵せ』って言ってくるやら。
頼もしいけれど、コルステインは元々暗い時間だけだし、最近は顔を見ていません。センダラは馬車に近寄らないし、ヤロペウクなんてもっと遠い存在。これでは・・・二度目の旅路と」
「そう変わらんな」
お皿に料理を盛りつけていた、イーアンの手が止まる。独り言も止まり、声のした方へ顔を向けた。
緋色の布が、小さな天火(※オーブン)の前にいて、ふっと筒に丸まったすぐ、黒髪の魔導士に変わる。
彼はじっと見ている女龍から目を逸らし、横にある、人の胴体ほどの小さな天火をちょいと指差す。その仕草で一瞬、僅かな火が黄緑色に輝き、天火の庫内の料理は焼き上がった。
「半端な熱で生焼けだと、腹壊すぞ」
「船だもの。火があるだけ良いよ。仕方ないじゃん」
ちっちゃい火の熱でもと、主食に塩漬け肉を乗せた、人数分の食事。
チリチリッと焼けていたら大丈夫かなと思ったイーアンだが、『腹壊す』嫌な指摘にぶすくれる。でも、加熱してもらえて有難いので、文句は言わない。
「久しぶりだな」
「ザッカリアのお別れの時(※2457話参照)だよ」
そんな前じゃ、と言いかけて、似合わない優しそうな笑顔で遮られる。
「お前に、逢いたかった」
さらっと言い放つ、魔導士。口端が若干上がっている(※企み)。
すごい信じられない一言に、ぶすくれイーアンはガン見。この人、また私に何かさせる気だ!と女の勘が告げる。こんなこと言う奴じゃねえ、こいつ絶対、裏あるから―――
分かりやすい疑う顔に、魔導士は失笑し『朝食は食わせてやろう。終わったら、俺と来い』と命じた。
頭数、足りないって・・・思ってたばかりなのに。それに私、昨日の『火山帯』の話もあるのに。
台所の向こうでは、フォラヴたちが呼びに行った皆の、隣室へ来る声が聞こえていた。
お読み頂き有難うございます。
お休みが増えて申し訳ありません。
いつも本当に有難うございます。いつも来て下さる皆さんに心から感謝しています。




