249. ドルドレン新居決心
帰って来たイーアンを窓から入れたドルドレン。
とにかく風呂に入ると急ぐ愛妻(※未婚)に、そうだなと思って、着替えを持たせて風呂場へ向かう。向かう道すがらで聞いた話に驚いた。
「私、昨日もお風呂入っていないので、ちょっと念入りに洗います。少々時間がかかります。ごめんなさい。話は夕食の時に」
イーアンは急いで風呂に入る。昨日は風呂に入っていないことを、ドルドレンは忘れていた。とりあえず時間も6時前で、数人、風呂には入った後だが、イーアンはそんなことより早く洗いたいようだった。
――風呂より、小さな話題とされた『王様呼び出し』。風呂に負けるのか。王よ。
恐らく本人(※王)は分かっていないだろう。まさか自分が風呂の次だとは。それだけでも少し小気味良いが、しかし困ったものだな・・・・・
イーアンを自由に呼び出せるということか。あんなワガママ育ちの金に物言わせる男が。権力もだな(※最高級権力)。うっかり呼び出したような話だったが、そんなにちょくちょく迂闊に呼ばれてたまるか。
親父の次は甘えん坊キング(※自分のことは棚に上げる)とは、まぁイーアンも災難だ。俺も災難。
二人の時間がこんなに削られるとは、毎日何かあり過ぎだ。いっそ、田舎暮らしとかしたくなる(←北西支部も充分田舎)。
明日はディアンタの僧院だから、さすがに人間がいない場所では邪魔も何もないだろうと、そこは少し安堵するドルドレン。昼飯も持っていって、一日向こうって手もある。そうするか――
ぼんやりと風呂の前で座っていると、脱衣所から音が聞こえ、しばらくすると扉が開いた。ドキドキしながらこの瞬間を楽しみにするドルドレンは、ちらっと隙間を見る。
「これ。やめたほうが良かったかも」
ああ、いや、うん、どうしようかとドルドレンも赤くなりつつ悩む。着てみないと分からない服もあるものだと目が離せない。
美しい青の強い碧色の、すとんとした踝まであるワンピースドレス。ただ、尻から下辺りで広がるようで、そこまではほとんど体に貼り付くような形をしていた。
胸の大きな黒い絵が出るように、襟がなく首元が楔形に開いている。光沢を持つ、てろんとした柔らかい生地が、全身の骨格を丁寧に光で表すので、腰骨やあばら骨の僅かな角度も光る。ほんの少しの胸の膨らみや腰の丸みも、一つの流れのように見せる服・・・・・
本人は胸がなさ過ぎてこれは嫌だ、と困っている。試着の時、素肌に着てなくて、こうなるとは分からなかったらしいが。
「イーアン。実に綺麗だ。でもちょっと悩殺過ぎて、これで食事は危険かもしれない」
見られないように両腕に抱き締めながら、ドルドレンは悩む。胸がないとか言うけれど、無いなりに(?)美しいシルエットというものが存在する。それがイーアンだとドルドレンは官能の溜め息を吐く。
「俺が風呂に入るにしても、オシーンもまだいない。今日は部屋で食べようか」
夜、お菓子作ると頼むのはどうしよう、とイーアンが言うので、ドルドレンが話しておくことにした。食べてから着替えてお菓子作りをする。
歩かせるのも危険なので、脱いだ服一式をイーアンに抱えさせ、そのイーアンをドルドレンは抱き上げて急いで部屋に戻る。
ドレスの切り上がった裾から生足が出ているので、それも隠したい。歩かせればチラ見くらいで済むが、抱き上げているので全開だ。
すれ違うクローハルやブラスケッドはやらしさ丸出しの顔で嬉しそうに見ていた。後で叩き潰さねば。階段ですれ違ったフォラヴは、赤面して俯いたので正しい判断とする。他の騎士も見て見ぬ振りをしたが、中には二度見するヤツもいた。ぬううっ。早く家建てなきゃ。
運ぶ方も大変。腿とわき腹の手触りが柔らかくて、気持ち良過ぎて、ドルドレンの理性が消えそうになる。心頭滅却してどうにか耐えつつ、部屋までたどり着いた。
「すみません、重くて」
ぜーはーぜーはー荒い息をつくドルドレンに降ろしてもらって、イーアンは部屋の鍵をかける。ドルドレンはとりあえずイーアンをそのままベッドに倒してから、とにかく本能へのご褒美にちゅーちゅーしておいた。
『これで今日、君を抱けないとは。地獄の苦しみようだ』体の線がはっきり光る美しい布の上から、指を滑らせて悩ましい表情をしたドルドレンが口づけする。でもイーアンに『体が痛い』とすげなく断られた。
イーアンに食事を要求されて、名残惜しくも渋々立ち上がって風呂と食事を済ませることにする。そそくさ風呂へ入り、さっさと上がって、夕食を受け取りついでに『後で菓子を作る』と伝え、部屋に向かって早足で進む。
階段を上がって廊下へ出ると、なぜか部屋の扉が開いている。嫌な予感がして急いだら。何だか知らないがブラスケッドとクローハルがいた。
間男2人はドルドレンの怒りように、どうにか笑顔をつくろって退散する。大急ぎで扉に鍵をかけて、食事の盆を机に置いてイーアンの無事を確認。イーアンが謝る。
「何で開けたんだ」
「イオライセオダの剣工房の手紙と」
これ、と封筒を見せるイーアン。渡しそびれたと言われたから開けた、としょげている。封筒を受け取って中を見ると、確かに剣工房からの手紙だった。読む前にイーアンを抱き寄せて溜め息をつく。
「何もされてないか」
「何も。開けてすぐ、ドルドレンが帰ってきてくれました」
イーアンはね、とくどくど説教をする。とにかく食事を始めて、食べながら説教するドルドレン。イーアンも黙って聞きながら食事をする。
「自分がどれだけ魅力的か。あまりにも自覚が無い」
「そう言われましても。そんなふうに自分を思ったことが無いから、難しいですよ」
おかしな発言や態度はしないように気をつけているから、後は服でしょうかと。うーんと唸るドルドレン。
「確かにね。自分のことをそう・・・思えない人生だったと、この前知ったから。分からないでもないけど。少なくとも、この世界に来てからは随分違うんじゃないのかな。その、女性として誘われることが。俺はこんなことを言うのは嫌だけど、イーアン多いだろう?」
中年のおばさんなのにね、とイーアンは困りながら笑う。
――本人が、これ以上気をつけようがないと言うのも分かる。だからといってチュニック姿で、今更どれくらい害虫が離れるだろう。
これは中身の魅力もかなり大きい、ドルドレンは思う。外見の魅力は、本人にはどうやっても理解できないらしい(←俺が言っても『贔屓目』と言う)から、衣服くらいしか打つ手は無いかもしれないが。
でもそのために、今着ている服や、いつもの着替えを使わないなんて。そんな可哀相なことはさせたくない。よく似合っているし(※似合いすぎてムラムラする)、彼女の魅力を実に美しく引き出している衣服だ。中年のおばさん・・・・・ おばさんによるだろ、と思うけれど。
「うむ。これはイーアン一人でどうにかなる問題ではないな。やっぱり家を建てよう」
「家」
「そう。家だ。ちょっと考えていた。結婚するだろう?だから新居がないといけない。
だけどイーアンの仕事は国も絡めてる事業だから、イーアンは結婚後も、この支部で工房をやりくりすることになる。
そうすると。ここに、この部屋に住むというよりは、結婚するのだから近くに家を持って、その家から通うほうが良い。そう思ったのだが、早めに建てた方が何かと安心できる気がする」
イーアンはぽかんとした顔で見ている。ちょっと勝手だったかなとドルドレンが思った時、イーアンの顔がふっと笑顔に変わって、立ち上がってドルドレンに飛びついた。椅子が倒れそうで急いで支える。
「ドルドレン素敵!ありがとう。ありがとう、大好き」
大喜びするイーアンがドルドレンに夢中でキスする。ドルドレンも嬉しくて、イーアンを抱きしめて、ここぞとばかりにキスをする。もう、こりゃ絶対新居だ。新居、すぐ建てねば。建った日にはどうなるやら。今から妄想でメキメキするドルドレン。
「そんなふうに考えてくれているなんて。家を建てるのは大変だと思うけれど、でも結婚してくれるだけでも幸せなの」
「俺だって幸せだ。結婚は今すぐしたい。でも二人が住める家を建てたい。家があって、結婚して、安心して二人で暮らしたい」
二人は見つめ合って、結婚と新居の話しで感動を盛り上げる。しばらくそうしてお互いメロメロしていたが、そろそろお菓子を作る時間になり、イーアンはチュニックに着替えてお菓子作りの紙を持ち、ドルドレンは食器を持って厨房へ向かった。
厨房は食器の片づけをしている最中で、受け取った食器を洗ってくれた。
「もう火を使っていないし、調理台も拭いてあるのでどうぞ。使うもの教えてくれたら出しますよ」
赤毛のリァム・ブロスナがイーアンに材料を聞く。材料と量を伝えると、リァムとその横にいたシュネアッタ・ブローガンがイーアンを見る。
「それだけですか?」
分量を書いた紙を見直して、確かにそうですとイーアンが答える。少なくないかと聞かれて、厨房の入り口に立つドルドレンが『ああ』と理解した。
「それはあれだ。明日出かけるから、手土産用の菓子だ」
そうなんだ、とシュネアッタが頷いて、リァムが残念そうに了解する。他の料理担当の騎士もぼそぼそっと『じゃ次回だね』とか惜しそうに呟いている。
何となく。期待しててくれたことが分かって、申し訳なくなったイーアンは相談する。
今回のお菓子は初めて作るから、量を増やして上手に出来るか分からない、と言うと、シュネアッタが手伝ってくれると言う。文字の違うイーアンのメモを見せるわけに行かないので、イーアンは口頭で説明した。
「俺、一緒に出来ますよ。俺の母さんがそっちの地域の出だから、昔食べたお菓子に似てるかも」
有難い助っ人のおかげで、結局イーアンは80人分くらいの菓子を作る。天板2枚分を焼く。
粉を3kgとしたら、獣脂はそれの半分。砂糖は粉の3分の1。ここに卵10個。獣脂を練ってから砂糖を少しずつ入れてよく混ぜて、ふわっと膨らんだところで一つずつ加えては混ぜる。
別の大きなボウルに粉をふるって、その真ん中に練った脂と砂糖を置いて、周りから粉を畳むように混ぜて一まとまりになったところで、廊下の冷たい石の上で寝かせた。
次に甘酸っぱい木の実のジャムを200gほど用意して、その10分の1くらいの量で無色の蒸留酒と柑橘果実の皮をすりおろして50gほど用意し、よく混ぜておく。
天板に脂を塗っておき、焼き釜の温度を下げて180℃手前くらいの状態にする。寝かせておいた生地を粉を振った台に広げてめん棒で叩いて伸ばす。これをナイフで切って重ね、めん棒で伸ばし、切って重ねる。それをまた伸ばす。
生地を少し休ませている間に、2kgの砂糖を粉になるまで擦って潰し、皮を取った柑橘果実を絞って100ccほどの果汁を作って砂糖に混ぜる。
この後、休ませた生地を均等に半分に分け、天板と同じくらいに広げて1cmほどの厚さに伸ばして焼いた。20分もする頃にはシュネアッタが釜を見てくれたおかげで、縁がほんの少し焦げる程度で焼くことが出来た。
後は焼いた生地が冷めるまでお茶を飲んで待つ。
そこら中に甘く柔らかい香りが漂う。料理担当はもう仕事が終わってる時間だけれど、誰も戻らない。皆と一緒にイーアンとドルドレンはお茶を飲む。
「もう良いかな」
シュネアッタが冷ました生地を再び調理台に乗せて、イーアンはそこにジャムを広げる。丁寧に広げて、上にもう一枚の生地を重ねる。これが大変なので、割れないようにシュネアッタに手伝ってもらってどうにか乗せた。この上に砂糖と果汁のアイシングを塗り広げて一晩休ませる。
「今は食べれないのか」
待ってたのにとばかりに、ドルドレンがイーアンに質問。『端を落として食べましょうか』味見がね、と微笑むと、ドルドレン他数名が喜ぶ。ひびを入れないように、きちんとナイフを当てて一番端のちょっと焼き目が付き過ぎたところを落とす。あまり焦げ茶色ではない部分を切り出して、皆に配った。
シュネアッタもリァムも嬉しそうに食べる。他の6名の騎士も『美味しい』『懐かしい味』と誉めながら食べている。ドルドレンはイーアンに食べさせてもらって、『いつも美味しい』と笑顔で次をおねだりした。
明日の朝に菓子を切り分けることにして、邪魔にならない安全な場所に天板ごと移動して、この夜は解散した。
部屋に戻って、ドルドレンはイーアンにもう一度さっきの服を着てと頼む。
「何も出来ませんよ」 「分かってる。でも見たい」
そういわれて嫌な気分はしない。イーアンもささっと着替えて、ちょっと恥ずかしそうにドルドレンの前に立つ。ドルドレンはイーアンを抱き寄せて膝に座らせ、その光沢のある生地に映される体の膨らみや線を手でなぞる。
「その。そうしたことをされますとね」
「イーアンは素直に感じて宜しい」
駄目ですよと笑うイーアンに、ドルドレンも笑いながらあちこち触る。じゃれ合ってベッドに倒れこんで、ドルドレンは愛する人にキスをする。
「家が。二人の家が建ったら。さっきみたいに菓子を焼いたりしてもらえるか」
「もちろんです。ドルドレンが好きなお菓子を見つけて、いつもそれを用意します」
ドルドレンはとても幸せだった。大好きな奥さんが、自分のために料理をしたり好きな菓子を焼いて待っていてくれること。仕事も一緒で、眠るのも一緒。いつも一緒。
「決めた。半年以内に家を建てる」
「そんなにすぐ建つの」
「俺はこれまで、受け取った給金をほとんど使っていない。使う対象がない。使いたいことがなかった。使う暇もなかった。だから、多分すぐ家が建つだろう」
こんなにダイナミックなことをケロッと言ってくれるドルドレンに、イーアンはほろっと来る。ちょっと感動して涙ぐみ、ドルドレンを抱き寄せてお礼を言う。
「ありがとう。大事に思ってくれて、本当にありがとう」
「当たり前だ。大事過ぎて死にそうになる時がある」
答えが可笑しくて、イーアンが笑うと、ドルドレンも笑顔でイーアンにキスをした。ドルドレンはもう、すぐに土地の準備と家を建てる手配に入ることに決めた。
部屋の明かりを消して、ちょっとだけ交渉して、イーアンが少しだけならと言ってくれたので、ドルドレンは1時間だけ満足を手に入れた。とても素敵な夜だった。
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