2487. アンディン島滞在七日間 ~⑮火山・事情・イーアン火山突入の材料探し
イーアンはセンダラが、『今回はそう強制的でもない』と感じたが、思わぬところで、仲間が強制待機を強いられているまで、考えなかった。
思い出しても良かったはずだが、そんな間もなく、到着先で意識は一つに絞られる。
「これは。どうして?」
浮上した空から見下ろし、イーアンは目をかっぴらいた。隣に浮かぶ妖精が『私の受け取った、火山と氷河の面』と呟く。
え?と振り向くイーアンに、『何日か考えたけど、私じゃ無意味の結論よ。でも私が呼ばれたから、あなたに教えることにした』と言った。センダラは、自分が関わる必要を疑問に感じている。
火山帯。アイエラダハッドとティヤーの間に渡るそこで、この前、開戦があった。
グィードによって押さえられた場所だが、どう言うわけか、一箇所は活火山状態で溶岩を流している。一箇所と言っても、『山一つ』の意味ではなく、火山で環が出来ているその場所。
イーアンの頭に過ったのは、イメージしていた『ロデュフォルデン』の民話・・・ 場所もイメージどおり。
眼下の光景に目を奪われ、意識を囚われ、これは何をすべきなのかとイーアンは急いで考える。そこへ、トゥが現れて、彼の二つの首にそれぞれ跨る職人たちも、『もしや』『もろに火山かよ』と驚いた。
『もしや』と言ったのは、タンクラッド。さっと女龍を見て、その目から同じことを思い出していると伝わり、『ここか?』と確認の質問を続ける。
それに対し、ん?と顔を向けたセンダラが、『ここか、って知ってるの?』と質問を挟んだ。
タンクラッドが答えるのを躊躇ったので、イーアンが代わりに話す。センダラはちょっと話を聞いてから、『違うんじゃないかしら』と疑わしそうに首を下方の火山へ傾けた。
「でも」
「イーアン、ちょっと話がこんがらがっているわ。急いでいるけれど、既に数日経過はしている、少し話をまとめましょう。どっちみち、あなたが中に飛び込むんだし、目的がある程度わかっている方が良いでしょ」
「それ、非常に不穏ですよ」
「何言ってるの。龍だから平気なのに」
えー、と人間感覚で嫌そうなイーアンの後ろ、『大丈夫だろう』とは分かっていても、男二人はセンダラの無情な(※火山入れ命令)態度に、思いっ切り軽蔑の眼差しを向ける。
センダラはそんな、なまっチョロい輩を無視(※女龍含む)。ぱっぱと事態を進めたいので、イーアンも呼んできたし、ここへの内容が互いに異なる様子から、『それをまず話そう』と促した。
・・・センダラとしては、開戦時から今日まで、ミルトバンの側を何度も離れて、ここへ来ているのが、もう嫌。
「じゃ、イーアン。先に話してくれる?私が呼ぶのも、察しがついていたみたいだけど、『伝説の場所かも』というのは、見てから思ったんでしょ?その前に、予想していたのは何?」
*****
センダラに問われ、直下に火山を見ながら、イーアンは二つの話をした。
一つは『オーリンが持つ、予知する模型船』から、『この場所』と、目下のところ重視すべき変化―― 今回の場合は、『ある物質の入手』が告げられ、それが、自分たちの直面する問題を解決へ導くこと。
二つめは『空と地を繋ぐ民話の場所』で、龍族にとっても探し当てたい所の目安。ここは条件的に近く、度々、この話が行く先で持ち上がったので、今もそうではないかと感じたこと。
「模型船の示唆を読み解いたのは、ダルナです。そこにいるダルナは、いくつもの能力を持ち、過去や状況の把握に長けます。センダラが来ることを予告したのも、彼です」
言われてセンダラは、オーリンの抱える模型船に顔を少し傾け『おもちゃの船みたいなのにね』と、認めているんだか貶しているんだか、分かりにくい一言を落とす。
大の男がおもちゃの船を抱えてきたように言われ、オーリンは心底・・・この女が嫌になる。
センダラに、そんなのどうでも良い。それから銀色のダルナに向き直り、微動のように頷いた。
「・・・ふぅん。ダルナって、能力の幅が広いわけ。私を予告」
自分が予告対象に入ったことは面白くなさそうだったが(※動き読まれてるのが微妙)、それは流して、イーアンたちの理由と自分のここまでをセンダラは擦り合わせ考える。
自分の話を待つ彼らに、センダラも少し間を置いて『私は』と口を開く。
開戦の時も気になっていた、『面に呼ばれる感覚』に合わせてこの場所へ来て、火山と氷河の精霊エジャナギュの声を聞いた。
「ちゃんとは覚えていないけれど、エジャナギュと、もう一人の精霊も入った面なの」
司る立場や名前を、ちゃんと覚えてもらっていない精霊・・・この部分でイーアン他二人は、この不遜な妖精に眉を顰めるが、センダラは話し続ける。
どうやら、センダラを呼んだ火山の精霊は、精霊らしい解り難い言葉を残し、彼女の質問には答えず、しかしセンダラが来ざるを得ない状況を作っていた。
「すぐに言わないのよ。何をすればいいか。通うだけ時間が無駄だと思うけれど、精霊は『この火山に変化が起きたら、中へ入り、見るものを見、得るものを得、それを使え』・・・ってね」
何だか解らないでしょ、と同意を求める盲目の妖精に、イーアンは無表情で頷く(※精霊はそんな感じ)。多分だけれど、精霊はこちらの時機も見ていたんだろうなと、予想。
模型船は、もっと前から示唆していたようだが、現実に銃や火薬、残存の知恵への対策が進み出すまでは、手探りと警戒ばかり、『何が必要、何が不要』の理解が出来た頃合いを、精霊は見計らったのかもしれない。
精霊が力を貸すのは・・・こうしたことでは、少し珍しい気もするが、『知恵の排除』が舞台なのだから、火山の精霊が動いたのも、その一環と思える。
そして、もう一つ。イーアンの予感だが、これは絶対にロデュフォルデン。
たまに、何のきっかけか、意表を突く導きがある。今、眼下でマグマを噴き上げて流す火山の環は、ロデュフォルデンを意識させて当然の光景。無視する方が難しい。
――『魂の橋渡しフィガン、氷河と火山のエジャナギュ』そう言っていたかな、とイーアンは精霊の祭殿を思い出す(※2212話参照)。
センダラが受け取った融合の面は、魂の橋渡しの精霊も入っている・・・・・
伝説の地ロデュフォルデンを探す私たちに、魂の繋がりを見せてくれるのかも知れない。
少し黙ったイーアンの横顔を、暫く見つめていたオーリンが『イーアン。どうするんだ』と聞いた。
「行きます」
ゆっくりと、何度か頷くイーアンは真っ赤な溶岩を見下ろしてから、黒い髪をかき上げた。
「焼けそうだな(素)」
呟いた低い声。細めた目の嫌そうな感じ。タンクラッドとオーリンは、何を言うことも出来ない(※自分たち絶対行けないから)。センダラは腕組みしたまま、『龍気全開で行けば平気よ』と流していた。
*****
溶岩系の攻撃を使うダルナでも、イーアンに傷一つ付けられなかったのだから。
センダラの他人事的意見も、別に間違いではないけれど・・・イーアンはセンダラを見て『万が一、私がヤバかったら』と眉根を寄せる。
「気弱だわ。女龍なのに、心配性で動きが鈍いのよね」
ざくっと切り込む一言で断たれ、イーアンは目を閉じる(※苦悶)。そうじゃなくて、『私に万が一があったら、一応助けて下さいね』・・・と言いたかったが、やめた。
タンクラッドもオーリンも、イライラする。この女~とセンダラを睨むが、イーアンが行くべきなのも示唆されているわけで、憎きセンダラ(?)は無視し、イーアンに『マズかったらすぐ出ろ』『難しければ無理するな』と優しい言葉(※普通)をかけた。
ふーっと深呼吸。イーアンはセンダラに『龍気補充しますので少し離れて』とお願いし、天を見上げてルガルバンダ(※補充)。
1、2・・・3秒目を数える前に、体の芯から漲る龍気が、隅々まで行き渡る。真っ白な龍気を内側から発する一瞬、カッと光った金の龍気は、イーアンの白い角を透かし、黒い螺旋を銀色に輝かせ、紫がかる白い肌に現れた龍の淡い影が、顔も腕も見える肌全てに駆け抜ける。
凝視するタンクラッドとオーリン、トゥ。センダラの閉じた瞼の下でも、それは見える。『龍気の入れ方が変わったのね』と、感心している様子。
イーアン本人は、体に龍の影が走るなど知らないので、『満タンだ』くらいしか思わない。ルガルバンダに送ってもらうと、いつもこう。
漲った後、しっとり落ち着く感じ。落ち着くと、他人の目にも通常時イーアンに戻る。
「そんななるのか。すごいカッコいいぞ」
上ずる声で、笑みが浮かぶ龍の民の褒め言葉。タンクラッドも可笑しそうに頷いて『初めて見たな』と満足そう。
・・・トゥはトゥで、何も言わないが、女龍の底なしの強さを理解する。彼女は、制限を持たない龍なのかと。
「大丈夫そう?怖がらないで行けそう?」
余計な一言をつける妖精に、イーアン、無表情で頷く(※怖がらない)。妖精は下に顔を向け『結構広いから』と並ぶ火山を指差した。
「緩いところを通ると良いわ。水のように緩く、抵抗が少ないところを」
『水だと?それを言うなら熱湯だろ』『熔けた金属だ』と後ろで煩いが、センダラなりの助言と理解するイーアンは『分かりました』の微笑みと同時、真っ逆さまに降下した。
「イーアン・・・!」
ハッとしてオーリンが名を呼んだ時には、白い光の玉は、滾る溶岩の火口に消えていた。
「お前の船」
心配そうな龍の民の横顔に、タンクラッドが呟く。ん?と顔を向けたオーリンの横を指差し、親方は『船も下を見ているようだ』と教えた。
模型船の舳先は、火口を覗き込むように下を向いており、女龍の行動を裏付けする。
*****
この、環を組む火山の上も。そして、火山の中も。
センダラは分かっているが、トゥと待つ二人の男は気付いていなかった。時間が狂うことを。
だからセンダラは、毎日嫌だったのだ。ここへ来て出る頃、『外界』では朝が夕になり、昼が夜になっているから。たとえそれが、数十分足らずであれ、時間は狂う。
「早く用を終えてね」
センダラは、じっと下を見ているような姿勢。イーアンに任せ、自分の役目は済んだとなれば帰るが、そうはならない。
女龍が降下と同時、センダラも動けない。
イーアンにも他の者にも話さなかったが、センダラは龍が出てくるまで、『出口』を開けておく役目がある。
これはエジャナギュの条件で、面を持つセンダラが側に居れば、火山は沸騰し流動するが、離れれば冷えて固まるのだと言う。
これまでの日々、センダラは毎日来ては、火山を動かし、中を見据え、気配を調べて、自らが入ることはなくとも『変化する時』を気にした。昨日あたりから、火山の奥で何か違うものが生まれた気がして、センダラを悩ませた。
―――『この火山に変化が起きたら、中へ入り、見るものを見、得るものを得、それを使え』
精霊の言葉通りであれば、誰かが中に入る。それは自分なのかと訝しんだが、センダラは自分ではないと理解した。魔法で結界を作って中へ行こうとした時、センダラは反発する力に押し戻されたから。
これは自分ではない、と察した妖精は、そうすると仲間の誰かに頼むよりなく、イーアンに話を持って行った次第―――
高熱を潜るイーアンはガンガン進んで深部へ向かう。
白い翼6枚は窄め、向きを飛ぶ時と逆にし、船の帆を使うように溶岩の勢いを利用。
押し出されるはずの流れに逆らうが、翼の向きを変えて龍気を乗せるだけで・・・『と言ったら、言い過ぎだけど』イーアンは熱さを感じながらも、龍気の膜に守られて呟く。
「こういう時、忘れがちです。物質置換が使えるのに」
ただ、龍気を結構使うから、あまり長時間はやりたくない。物質置換ですり抜ける状態・溶岩が流れる力の利用・そして龍気の保護、この1セットで溶岩流を突き抜けて行く。
「人間だったら死んでますよ。溶岩触っただけで死ぬんだから。センダラったら、本当に他人事です。優しいフォラヴじゃ、センダラ扱い切れません」
ふと、妖精の国に帰ったままのフォラヴを思い出す。彼がもうじき、いなくなってしまいそうな気がしている。センダラと交代するのだろうか。センダラ・・・か~(※悩む)。
自分を包む、赤と黒と金と白の怒涛の流れを急ぐイーアンは、センダラが馬車に乗らずとも、旅の仲間として常に関わるようになるなら、もう少しでいいから、円くなってほしいと・・・・・
「あ」
少し気が散漫になっていた矢先、突然目の前から溶岩が消える。チーズの孔の空洞のように、ぽかっと。岩しかない場所に出て、後ろを振り返ると、自分が来たところは煌々と赤い流れが見えた。
溶岩の出所はどこなのか。翼を広げてすぐ浮き、思い直す。そうか、ここは精霊の次元――
「溶岩自体は本物だとしても。いや、どうかしら。でも、本物として・・・だけど、精霊エジャナギュが用意した一画であれば、この空間も不思議ではないか」
ゴツゴツとした岩の空間は広く、足元は段差の多いすり鉢で、天井は三角錐状に上へ行くほど狭い。幅は直径1㎞ほどあり、ここでイーアンは考えた。
これ、民話で言うところの、もしかして火山の隙間を抜けた小舟が、渦に引き込まれたあのシーンみたい。
でも、渦どころか水分はなく、海も火山の外側。また違うのかもと気にしつつ、空っぽの空洞の天井を見上げ・・・それから下を見て、『探し物』を始めた。
結果から言うと、イーアンが調べまくっても、意味深な物質など見つからなかった。
広いが、隈なく見て回り、壁も見て、どれくらい時間が経ったか。
壁の横穴はマグマ。どこからともなく溢れている様子で、こちらには来ない。他に横穴はなく、天井も行き止まり。ここ?と疑い始めるイーアンは、段だらけの底に降りた。
部屋は熱したサウナみたいな温度だが、龍の自分は耐えられているだけかもと思う。靴は焼けていないので、そこまで強烈な熱を帯びていないのだ。
「真横が、溶岩でもね」
溜息を吐いて、熱い大きな空洞を見渡す。すり鉢の床部分を足を着けた状態で下り、跳ねるように進んで気付いた。踏むと壊れる?爪先が、トン、と着いただけで、カラリと剥離する岩。
トントン、カラリ。岩の質の違いを知ったイーアンは『随分脆い』と不思議に思いつつ、一番下までトントンカラリを繰り返して下り、真ん中の凹面に、最後の一歩を乗せた途端、慌てて飛び退る。
「うおっ、水?」
カラ・・・と壊れた剥片の隙間から、一気に水が噴き上がった。シューッと出たと思ったら、あっという間に、周囲の弱い岩を割り、噴水の如く水は立つ。目を真ん丸にして焦るイーアン。
「な、なんだこれ!どうしよう。海水ってこと?」
ちょ、ちょい待ち!と素で慌てて、どうしようどうしようと、頭を抱えながら空間を飛ぶ。いざとなったら、放置で逃げるしかないが、そうこうしている内に猛烈な速度で床は水浸しになり、横穴の溶岩に流れ込んだ水は蒸気を立て始めた。
「やばい。本当にサウナですよっ。どうしよう、タンクラッド?オーリンに連絡する?センダラは」
シューシューと湯気が満ちるその速さに、イーアンは焦る。が、はた、と目が止まる。
「あ・・・あれ。え?あれ?あれのこと?」
溶岩、水、接触、結果、溶岩は―― 『固まる』真っ白な蒸気の中、目を瞠る。あの色と臭いが、水と接触した溶岩に生じ、イーアンはもしやこれが『得る』対象では、と気づいた。
お読み頂き有難うございます。
今日は本当に遅れてしまいました。今日と言うか昨日(28日分なので)と言いますか。
PCの調子と私の脳の調子で、時間が大幅にかかってしまい、申し訳ないです。
また5月初めに、ストックと調整のためのお休みが入ると思います。どうぞよろしくお願い致します。
いつもいらして下さる皆さんに、心から感謝して。有難うございます。




