2481. アンディン島滞在七日間 ~⑨『死霊の許可』・レイカルシの告白・ロゼール到着
☆前回までの流れ
ティヤー東にあるパッカルハン遺跡へ行った、4人。遺跡玄人のヨーマイテスが導く形で、イーアン、タンクラッド、シャンガマックは大きな岩の内側にある空間から、別の次元を発見。しかしそこは、行き止まりの世界でもあり。不思議な物質は入手したものの後味悪い場所でした。次の日は、各々の用事で・・・
今回は、龍気補充に空へ行こうとしたイーアンと、彼女を待っていたレイカルシの場面から。
移動したのは、ティヤーのある島の、あるお墓。
墓が続くなぁと・・・思うイーアンだが。ここは太陽の下で海風に晒され、大きな島の近くにある島だからか、墓は整然と区画ごとに並び、明るい印象。
墓のある海岸の反対側、島の向こうを見ると、『内陸』と呼んで良い大きさの(※これも島)が視界を埋める。レイカルシとイーアンは下に降りず、空中から墓を見下ろして話す。
「人の多そうな島です。今は静かですが、何かを試すなら、別の場所の方が」
「試すことなんかないよ。試された後だ」
『なんですって』サッとダルナを見た女龍に、レイカルシの水色と赤の瞳がするッと動き、視線を合わせる。その目は少し寂し気で、彼はゆっくり瞬きすると『被害後なんだ』と言った。
「それで静かと、言えなくもない」
「つまり、殺されたと」
「まぁ。魔物だからね。死霊が憑いたとしたって、死霊のせいというより、元が魔物じゃ」
そうよねと頷くイーアンに、レイカルシの大きな手がそっと添えられ『気持ちに辛い話ばかりだけど、大丈夫そう?』と気遣われる。
レイカルシには、何か感じ取れているのだろうか・・・昨晩の続き、朝一でまた重い内容だが、魔物が出たらこういうものと理解している。気持ちの疲れはあるが、イーアンは微笑んで『問題ないです』と、彼が嗅ぎ付けた話を聞かせてもらえるよう頼んだ。
――レイカルシは、出会った時もそうだったが、いきなり核心から入る。
今回も同じで、『イーアンがアイエラダハッドで会っているか、分からないが』から始まり、続く言葉に『黒い精霊がいてね』と来た。
ハッと目を見開いた女龍の、恐れたような表情に、レイカルシは彼女が相手を知っていると受け取った。
『アイエラダハッドにいた精霊だが、ティヤーに居着いたようだ。その精霊が、死霊を解放に傾けた』と教え、聴き取った残留思念の内容・及び、レイカルシが解釈した全貌を説明した。
レイカルシも見当をつけたのかと、イーアンは知った。
『原初の悪』と呼ばれる黒い精霊が、アイエラダハッドの土地の邪を支配しており、魔物退治に混乱の渦を引き起こしたこと。
彼は、スヴァウティヤッシュたちとも交流が出来ているから、『黒い精霊』が何を司ったか、聞いているかも知れない。
そして、その精霊がイーアンと似ていることも。
やんわりと、遠回しに。赤いダルナはイーアンと並んだ空で、その精霊の『見た目』を話した。死霊伝いで手に入れた情報を、レイカルシは視覚的にも捉える。
彼は話している間、イーアンを見なかったが、彼の赤い艶やかな翼の片翼は、黙って耳を傾けるイーアンをくるりと包んでいた。
表情に陰りが出ても、イーアンは悲しそうではない。どこか、ひそかな怒りを燃やしているような、そうした目つきだった。
レイカルシは、ティヤーの魔物に死霊が加わったのを、『全土でそうだと思った方が良い』と言い、呼び出しているのは、魔物だけではなく、人間もかも知れないと教えた。
それが神殿や修道院の連中とは限らず、悪意がなくても『事の真相』を知るために呼び出す、祈祷や降霊術で、呼ばれた側から魔物に掻っ攫われる場合もある。そう思う、自分の考えも添えた。
「イーアン。俺は、龍が怖い」
「何を急に」
話を結んだ直後、いきなりレイカルシはおかしなことを口走り、え?と眉根を寄せた女龍を見つめ『怒らせたくないよ』と懇願のように呟く。
「怒っていません。なんですか、私が怖いの?」
「怖いよ。君に嫌われたくない」
瞬きしたイーアンに、レイカルシの長い首が揺れて、顔が近くに寄る。
「龍は、愛したものを守るためなら、奪うものを全て潰す」
「私がそうだと、なぜ、龍が怖いのですか。私があなたを嫌う、と思うのはなぜ」
「俺が。君にこうした話を届けると・・・君は、多くの命や尊厳を守るために怒り、戦う。君の恐ろしい一面を常に煽る俺を、いつか嫌いになるかもしれない。怖いと伝えたのは、畏怖だ。
俺たちダルナを閉ざした、龍と。俺は今、一緒に行動し、怒らせている」
畏怖から来る、気持ち。仲良くなったから、嫌われたくないだけではない、根深い怖れから成る言葉。
始祖の龍の行動を、ダルナは恨んでいないが・・・同じような力を持つイーアンに、レイカルシは複雑で、刻まれた怖れの意識も正直に伝えた。
イーアンは彼の大きな顔に手を添え、つるつるした鱗をゆっくり撫でる。真剣に考え、ちゃんと言葉を選び、一呼吸置く。
じっと見ているレイカルシが、今これを話したのは、この先を懸念しているからと感じた。
接点こそ多くなくても、彼にとって、女龍は常に怖い相手なのだろう。それが、『原初の悪』とよく似ていることも、言い知れない謎の恐れを抱かせている。
「怖がらないで下さい。私はあなたの能力によって、煽られているわけではなく、自分の知りたいことを与えて頂いています」
「そうかもね」
「それを私が、悪く取る日が来ると思いますか?私が答えましょう。来ないのです。絶対に」
「でもイーアン」
「大丈夫ですよ。私は嘘を言わないから。それにね、『黒い精霊』が私に似ているからって、私とは違う存在。実のところ、私もそれくらいしか分かっていません。あの存在は非常に難解です。この世界の始まりからいるようだけど・・・ほとんど知らないの」
「・・・俺に話していいの?」
「何か問題あります?あなたに迷惑が行くなら言わないけれど、そんなことはないし」
「俺に迷惑が掛かる、って意味じゃない。仮に掛かったって」
「私が守ります。愛するものを守るために戦うのが、龍の愛です」
矢継ぎ早の会話が、ピタリと止まる。レイカルシの瞬きは、視線を落とし、イーアンは小さな溜息を吐いて、レイカルシの赤い鱗のある鼻先に額をつけた。
ひんやり。温い風の中で、赤いダルナの鱗はすべすべして、ひんやりして・・・彼は穏やかで。
イーアンの心が締め付けられる。怖いのか、私は。道連れで人身御供を強要する権力者のように? 昨晩見た、おぞましい古墳の印象と、自分の計り知れない龍の力が重なる。絞り出すような溜息が漏れた。
「レイカルシ。お友達ですよ」
「そう、だね」
「違いますか」
「いや。友達だと思う」
少し沈黙が挟まる。私に合わせて答えているのだろうかと、哀しいイーアンは額をつけたまま、両手で大きなダルナの鼻先を包む。
「俺は。イーアンが好きだけど。でも、いつ世界を水に沈める龍を見るか、それが怖い。俺たちが束になっても敵わない存在だ」
「ないから。ない、の。レイカルシ。私が怒りに満ちて行動しても、あなたたちの想いを裏切りません」
遮ったイーアンに、赤いダルナは『うん』と呻くよう。それがまた辛い。
「嫌いになんて、一生ならないです。怖がらないで下さい」
「ごめん。俺は」
「何してんだ」
不意に、黒土の匂いが香った瞬間。真横に現れた黒いダルナが、呆れた顔で邪魔を入れた。邪魔者を睨んだレイカルシ。驚いて額を放し『あら』とそっちを向いたイーアン。
「気を遣え」
レイカルシの注意に、スヴァウティヤッシュは両腕を軽く広げ『俺には俺の時間がある』と断り、イーアンに『何話してたか知らないけどさ』とややぶっきら棒に向き直った。
「変な遺跡、見つけたぞ。サブパメントゥの。行くか?」
「サブパメントゥの遺跡・・・移動用の?」
「ん?いや、分からないけど。奴らの『出入りが多い遺跡』としか」
ギョッとしたイーアンに、黒いダルナは『その前に、龍気の補充をした方が良いと思うよ』と、高い空に視線を向けた。
「見つけたら、潰すんだろ?」
*****
ティヤーは死霊が魔物に加わった、その経緯は『原初の悪』絡み―――
新たな情報に感謝し、赤いダルナと別れてイーアンは、空へ行かず、ルガルバンダに龍気を送ってもらい、充電(←龍気)して、今度はスヴァウティヤッシュの案内する『出入りの多い遺跡』へ。
タンクラッドとシャンガマック(※当然獅子付き)は、今日のピンレイミ・モアミュー島で劇的な場面を見ることになり・・・・・
海運局でドルドレンが『馬車の民の噂』を詳しく教えてもらっている間。
町へ手伝いに出たミレイオたちが、偶然のために『軽く僧兵とやり合い』一悶着する、その少し前―――
荷物をまとめて運んだ、赤毛の騎士ロゼールは、南風止まぬ、ティヤーの島の一つに出て『どこも似てる』と360度見回して笑った。
「どこもかしこも、海なんだね。植物も似ているし・・・民家が多い、船が多い、そんな目安くらいしかなさそうだな。家の色も同じに見えるや」
どこ見ても一緒に見える。参ったな、と頭を掻き。ロゼールは、地下に待たせた大荷物の元に戻る。
「ごめんな。もうちょっと、ええっとね。総長たちの匂いが分かれば良いんだけどね。参ったなぁ、コルステインもいないし。リリューもいないし。メドロッドも来ない。ゴールスメィとマースもいないし。珍しい事態だ」
何度か呼んだが、家族が来ないのは初めてかも知れない。全員来ないなんて、まず、ない話。
でもロゼールは大荷物―― テイワグナ、ハイザンジェルから集めてきた、出荷後の魔物製品他 ――を、自分の足であるスフレトゥリ・クラトリ狼版で運び、ここまで来た。
とは言え、ティヤーは島だらけで・・・覚えているのは、最初に到着する島の名前だけ。
そこは行ったのだが、総長たちの気配もなく、向こうがこちらに気付くこともない感じで、『もう移動してしまったのかな』とロゼールは近いところから探し回っているのが、現時点だった。
「俺が来た、と誰かは気付いてくれると思うんだ。イーアンは鈍いけど(※ここでも)フォラヴとか(※いない)ミレイオあたりは・・・シャンガマックはお父さんと一緒だから、もう留守かも知れない。
フォラヴやミレイオなら、気付いてくれる気がするんだよなぁ」
俺なんかより、ずっと気配に敏感だもの、とブツブツ言いながら、大きなスフレトゥリ・クラトリに飛び乗って、『今度はこっちへ行ってみようか』と骨むき出しの、三ツ頭狼に頼む。狼も、とっとっと、と軽快に地下の国を走り出す。
もともと、恐れ知らずのロゼール。
単独行動でも、一時期は怖がったり不安が前面に出たこともあったが、今は大丈夫。彼の背中には、弓と矢筒が背負われている。
アイエラダハッド製の、風変わりな弓・・・ ドゥージの弓矢を引けるようになったロゼールは、彼の代わりにこの武器を使うと決めた。
「支部のエビヤン・チェオにも、ティヤーの話は聞けた(※189話参照)。チェオは弓引きだから、丁度教わることも出来たし、今回は情報もお土産も山盛りだ!早く皆に教えたいなぁ!」
俺が負ける気はしない。もう魔物は出たと、メドロッドにこの前聞いたけれど、俺は別に――
「ドゥージさん。俺と一緒に戦ってやって下さい」
覚えは早いんですよと、そばかすの笑顔で地下の暗い闇を、骨の狼に跨った赤毛の騎士は駆けてゆく。
次に上がった島で、まさか初っ端は、人間相手に逃げるとは思わず。
ボゥッと、青白い炎の先が地下から出た一瞬、ひょいと地上に跳んだロゼールは、建物の影に出た。のだが。
「うおっ」
『なんだお前は』どこかの言葉で叫ばれ、分かるわけもなく。びゅと鋭い槍を向けられ、ロゼールは出た一秒後、後方転回で穂先を逃げた。
お読み頂き有難うございます。




