2480. アンディン島滞在七日間 ~⑧パッカルハン違和感の後味・四日目の朝と予定
※明日の投稿は、お休みします。書くのが遅れており、ご迷惑をおかけします。もしかすると月曜日までかかるかも知れないので、その場合、早めに追記を出します。いつも来て下さる皆さんに、本当に感謝して。有難うございます。
飛べば早いもので、獅子たちが出た背中に追いつき、イーアンとタンクラッドも崖の上へ着地。獅子は、剣職人の手に剣と・・・奇妙な石があるのを確認してから、人の姿に変わって、地面に放った石の蓋をまた戻した。
「『帰る』と言いたいところだが。イーアン、何を見たか話せ」
タンクラッドに手を伸ばしたホーミットは、折れた剣を受け取って、イーアンに命令。イーアンの角以外に、明かりのない夜。温い潮風は強めに吹き、気乗りしなそうな女龍は、少し間を置いて大男に顔を向けた。
「あなたは、何となく察していたのですか」
話の切り口は、遥か昔から遺跡を知るサブパメントゥへの問い。それは、少し彼を責めているような口調だった。
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結果から言うと、龍境船は関係なかった。つまり、ロデュフォルデンも関係ない。これに関しては、振出しに戻る。
龍信仰も、どうだったのかと疑う。自分たちの立つ巨大な彫刻は、大昔に沈んだ国―― この島の民にどんな意味があったのだろうと・・・彼らが龍を慕ったと思い込んだ前提、見てきた事実はそれを薄れさせた。
ホーミットは、島の探索に入る前、『人間は、沈んで死んだわけでもないかも』と言った。それを先に聞いていたから、イーアンは目にした光景を当てはめた。確かめようがなくても、そんな気がして。
ただ、そう決めてしまうと・・・神殿のレリーフや、龍境船の銀細工があったことも、ぼやけて曖昧になる。
だから、決めつけることは出来ないが、イーアンの心はこの時、言葉にできない虚しさが覆っていて、不可解に挑む気力もなく、勘考は後回しになった。
人も虫も動物もいない、穏やかで明るい丘の向こうは――― 墓だった。
ゆったりした丘をぐるーっと回ると、一箇所に石を積んで囲われた入り口があり、それを見て気付いたのだ。前の世界でも似ている形、マウンドドルメンがあった。そっくりなので、ここもそうだと思った。
墓に入るのは気が進まなかったが、調べに来たことだしと、戸のない入り口を通過。すぐ後悔して、イーアンは目を瞑った。
天上の低い空間は、奥行きがとても広く、中央と思しき先には、大きな石段の影、そして足元全体に夥しい量の人骨が重なっていた。
入って数歩の距離を引き返したイーアンは、戸がない場所に、かつて扉があった痕跡、崩れた石の塊を見て、人骨は権力者の供で閉じ込められた人々かもと思った。日本の、古墳もそうだから・・・異世界でもそうした感覚があって変ではない。
丘を下った先は海があった。海面は金色に輝いていたが、青味はなく、少し現実離れした印象だった。丘の傾斜の続きで、砂浜に変わるのだが、広い海に面しているのに小舟一艘、その欠片もないと気づいた。
舟を作る、海へ出る、そうした動きはなかったのかなと、沈鬱な気持ちを払うように、舟を探しに浜を移動したが、無い方の理由に気付いた。
丘から出られない世界なのかも。
流木一つ、小枝一つ、落ちていないのだ。葉っぱも落ちない。砂浜に寄せる波は、音がしても潮の匂いがない。リズムを持って動く波が引く時、砂浜は濡れていなかった。
ここを見つけた人は、『死後の世界』と思ったのだろうか―――
イーアンは砂に足を乗せることなく、浮いたまま丘へ引き返し、草むらを歩いた。長居する場所ではないと思ったが、下った丘を登る間で、ふと目にしたものに興味が向く。
薄黒い影で、真っ直ぐ生える雑草の隙間に見える、ボーリング玉大の何か・・・・・
影の側へ行ってみると、表面の質感は石である。手袋越し、石に触れたイーアンの手はピタリと止まる。
これが目的で? 石に触れた瞬間、イーアンに聞こえた声。
―――『死のない世界へ、渡る橋。遥かな世界へ、繋ぐ橋。幾つの世界を跨いだか。剣一振りで探す路』
石に似たこの物質は、あの剣の材料だろうと、繋がった。これを持ち帰った人が・・・剣を作った。
似たような、他にもある空虚な異時空に入り込み、『死のない世界』桃源郷探しを続けたのではないだろうか。
こんな勘、裏付けもない。もし『では、最初の取っ掛かりは誰?』『この材料を用いずに、こうした世界へ入り込んだのか』と聞かれたら、答えはすぐ思いつかない。
ただ、マカウェのような場所(※1043話~参照)もあるし、こうした小さな異時空の世界は散らばっていそうにも思う。
何かの拍子に入り込んだ人が、これを手に再び元の世界に戻った・・・とも、考えられる。
イーアンは不思議な物質が他にもあるのか、少し見回った後、これ以外をすぐ見つけることが出来ず、この一個を持ち帰ることにした。
物質は見た目のわりに軽く、そして妙な印象だが、温もりがある。声が聴こえたのは、それ一度きりだった。
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「ホーミット。あなた、気付いていたのではありませんか?」
報告し終えた女龍は、再び彼を咎めるように、ちらっと見る。ホーミットは、蔑む目つきで舌打ち。
「知らん、と言っただろ。何が気に障ってるんだか、俺のせいにするな。そこの蓋には、『永遠を望む』と書いてあった。推測だ」
「『永遠を望む』・・・そう」
繰り返した言葉に、イーアンは寂しそうに顔を伏せた。持ち帰った物質を貸してもらっていたシャンガマックは、『俺には何も聞こえてこないな』と首を傾げ、獅子にも渡す。
獅子の前に置き、大きな前足が乗った時。ホーミットの瞬き、一回。
シャンガマックの頭の中に『聴こえた』と、父の呟きが流れ込む。息子の反応を見ないようにし、獅子は前足を引っ込め、背を屈めたタンクラッドが、物質を引き取った。
「これを加工する気か?イーアン」
「はい。そのつもりで持ってきました」
元気が失せた声の調子に、何となく女龍の心境を察する。タンクラッドはイーアンの角を撫で『俺が持っていよう』と静かに伝え、イーアンは了解した。
「イーアンに聞こえただけで、俺にもバニザットにも、ホーミットにも聞こえない声。最初に触った相手に聞こえるものかもな。他に、推測はないか」
「今は、思いつきません。繰り返し、これを取りに行って、剣を作って、『死なない世界』を探そうとしたのかなと思いますが・・・何度試しても、あの場所にしか出られなかったなら、このパッカルハンにいた人たちは、国が終わる時に」
「封じた、とかな。そういう想像も出来るな」
親方はイーアンの話を結び、イーアンは口を閉じる。獅子は、俯く女龍の心を読んだが、それは『道連れの死(※古墳)』に対する否定や嫌悪感が根底にあると知り、読むのはそこで止めた。
三日目の夜の行動は、終わる。
ドルドレンたちに報告するにも、当てが外れた探し物の結果は、忘却の墓だけが見つけた事実。徒労に終わったと言えなくもないが、一先ず『剣の材料』と思しきものは手に入れたので、手ぶらではない。
あの鼻を突く臭いは、この物質の臭いであることも分かった。摩擦で臭いが強くなるのも体験した。
船で皮を取った魔物の臭いが似ているのは、もしかすると異時空繋がりで、似た要素を持つのでは、と・・・少し脱線した話も出たが、『帰るぞ』と獅子に話を切られ、四人は宿へ戻る。
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宿に戻った夜中。それぞれ、話す相手に少し報告したものの、眠りに就く。
イーアンはドルドレンに。タンクラッドは、コルステイン。シャンガマックたちは互いに、思うことをぽつぽつ伝えて終わった。
翌、四日目の朝。
宿の朝食時、『パッカルハンへ出かけた理由』と『結果』の報告は、呆気なく済む。
詳しく話しても、どのみち後半は想像の域を出ない。持ち戻った品は、宝ではなく、見たこともない物質一つ。
折れた剣は、帰る前に獅子に返却したので、タンクラッドたちは剣については大雑把にはぐらかした。
「タンクラッドでも見当違い、というのはあるのだな」
百発百中の印象がある親方なので、ドルドレンがそう言うと、親方は嫌そうに苦笑し『褒められているんだか、どうだかと』食事を口に入れた。ドルドレンも少し笑ったが、イーアンから昨晩、彼女が気分を害した話を聞いているので、これ以上、続けなかった。
ミレイオも、『獅子が行った』と知り、根掘り葉掘り聞きたいと思わず、『ふぅん』で終わり。宝もないし、謎と言えば謎でも微妙・・・特に大切そうな印象なし。それはオーリンも同じ。
ルオロフは、不思議そうに耳を傾けていたが、『異時空』の部分で、自分が狼男なら行けたかなとか、そのくらいだった。クフムはこの席にいないため、話題不参加。
シャンガマックは、口数少なく・・・父に細かく口止めされたのもあり、黙々と食事を終え、ちらりと親方に目を向け、今日はどうするのかなと思った。
アンディン島滞在予定は、総長の話では、あと数日―――
サンキーの工房に、入手した物質を運ぶなら、一緒に行きたい。
とりあえず『異時空行きの剣』はあの物質で作れるようだし、是非とも作ってもらえたら。
あの剣を選んだ理由、重要な点である『残存の知恵対抗素材』は、今後、自分たちに有利と勘が告げる。
昨日、目の前で見て理解した。剣を擦った時に発生した、雷のような現象に、剣は持ち主に損傷を与えず、燃えもしなかったのだ。
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オーリンの用事は昨日で終わったので、今日は総長にルオロフがついた。
シャンガマックは、朝食後にすぐ、親方に話しかけ『サンキーさんの所へ行くなら、一緒に』と言い、親方はそのつもりだったので、今日も彼らは別行動。
ミレイオとオーリン、クフムは相変わらず、地域の手伝いに出て・・・彼らは彼らで、『神殿』『僧兵』の噂を、毎日集めている。
イーアンは空へ行って、龍気補充しようかと考えていたので、『今日も空へ行きます』と伝えてドルドレンを送り出し、では自分も出発と空へ上がった。そして、青空に出現した赤いダルナの見下ろす顔と向かい合う。
「レイカルシ」
「待たせた。時間はあるか」
「ええ。大丈夫。分かりました?」
ちょっと頷いたレイカルシ・リフセンスが、小さな木片を鋭い爪の先に引っ掛けて見せ、イーアンはすぐ、彼の案内について行った。




