2479. アンディン島滞在七日間 ~⑦剣と映像・その、物質
――『剣がある』
獅子と並んだシャンガマックは、それを伝えた。
「タンクラッドさんとイーアンの話は、聞こえていたので・・・父も同じような見解を教えてくれました。ちょっと違いますが、でも古代剣を使う場所は、あの石台が最初ではなく、ここが先だったのではと」
ホーミットと同じ意見のタンクラッドは、自信がつく。それで?と促したイーアンは、『ある』の説明を求める。
「父は、似たような宝剣を持っている。だが父には、大して興味もないし、所持しているだけで」
「・・・同じものでしょうか」
「恐らく同じだろうから、試しにここで使うかという話だ。どうする?」
この問いに、女龍と親方は、同時に大きく頷いた。
シャンガマックもフフッと笑って、隣に立つ大男を見上げ『頼んでいいだろうか』とお願いし、息子に頼まれた父は、あっさり影に溶けていなくなった。
待つこと、二分。まだかまだか、と待つ三人の前に獅子が現れ(※人の姿やめた)、その口に一本の宝剣を見る。ワッと興奮する一瞬を、急いで抑えて・・・シャンガマックは丁寧にお礼を言い、剣を受け取った。
「まさにこれだ」
「分からんぞ。見た目が似てるだけとかな」
上ずった声の息子に、獅子は『慎重さを』と遮ったが、遮られても嬉しそうな息子は、釘付けの視線に振り向き『剣です!』と満面の笑みで、親方に差し出した。
受け取った親方は・・・重さ、長さ、感触を、瞬時に記憶する。一生を剣に捧げる男の、職人魂の賜物。
「感動するのは勝手だが。その剣と、お前の読みの場所は、形状が合うか?」
ちょっと嫌味を利かせた質問を、獅子は親方に投げる。両手で支える抜身の剣を、見つめたまま頷くタンクラッド。
「柄の幅、長さは、溝に余裕があった。個別に異なる宝飾があっても、この形の、この剣なら良いんだろう。長さも曲線も問題ない」
タンクラッドが溝を直に見たのは、ここが初だが、博物館で再現模型も見ている。一般人が触れてはいけない、展示の剣も真ん前で見た。タンクラッドの採寸は、触れていなくても、ほぼ正しい。
重さだけは実物を手にして、たった今、理解した。
サンキーの復元の剣より、やや軽い。そして、剣身の・・・妙な表現だが『体温』と言いたくなる、冷たさのない素材の違い。
宝飾の柄は、鷲頭を司った黄金の輝きだが、どういうわけか、これも金属には思えなかった。
タンクラッドは、持ち主の獅子に『壊す気はないが、壊れることもあるかも知れない』と、個人的予想を前以て教えた。
「俺は使わん。それが、ルオロフに渡したい剣の実物なら、バニザットが困る。バニザット、どうだ」
「困る、と言えばそうだけど。でも、本物だとして、これがもしも壊れる結果になったとしても。ルオロフに渡したい候補だし、剣の意味を知るのは無駄ではない」
復元の職人もいる、と・・・材料が違いそうな話を思い出して懸念しつつ、シャンガマックは『調べるのが先』と使用を賛成した。獅子は、まぁ息子が良いなら、と珍しく静か。
「じゃ。早くしろ」
獅子は顎で軽く示した。タンクラッドとイーアンの立つ、段差の上。そこに、人の目には何も映らなくても。
*****
濡れた床を、揺れる青白い火の玉が照らす。
イーアンは、サブパメントゥの力の邪魔にならないよう、少し下がって見守る。獅子とシャンガマックは、タンクラッドの立つ段差のすぐ側。
三者の前には、黒い岩壁・・・これといった、変哲なものは見当たらないが、獅子が示した足元に秘密はあった。
「ホーミットには、何かが見えているのか?俺には、ここが動いたのではないか、とそれくらいだが」
「それくらい、と言い切ってるなら、分かってるんだろ。何度も動いたから、石の繋ぎの埋まりが浅いんだ」
「何・・・?」
「いいから、さっさとやれ。その辺で、見当つけていたんじゃないのか」
まるで剣を使う場所がある、と知っているような口ぶりの獅子に、タンクラッドの気持ちも逸る。ホーミットは何百年も前から生きて『知恵の宝庫』と異名あり・・・ 少し口端を上げ、『そうだな』と背中を押された気持ちで、タンクラッドは―――
「イーアン、水を乾かしてくれ」
「え?はい」
なんで?と思いながらも、イーアンは前に出る。不思議そうなシャンガマックと獅子は顔を見合わせ、イーアンの龍気使用のため、数歩下がる。
親方の示す、濡れた床を全体的に、イーアン龍気が乾かす。『消す』のではなく『乾燥』・・・地味な技だが、以前、親方の服を乾かしてあげたので、覚えていたのか(※2308話参照)。消すなら、私もホーミットもすぐなのに、乾燥?
少し時間をかけたが、滲み込んでいた水分も飛び、真っ黒だった床は灰色に変わる。
石の合わせ目、一部に目立つ凹み。水が張っていた時は見られなかった、長さ1mほどの凹みは、壁に垂直に伸びていた。
「何で消さずに、乾かしたんですか」
ここで、後ろのシャンガマックがちょろっと質問。おい、と獅子が止めたが、親方は『この素材のために』と謎めいた返答を与え、少し微笑んだ。
見ていれば分かる、ということか。ちょっと剣に触っただけのイーアンも、それを聞いて・・・もしや、と浮かぶ答え。
「タンクラッド。もしかして」
「お前は、楽勝かな。だがここは、お前に頼らん。『乾燥させた』だけで、充分だと思うぞ」
気付いたらしい女龍に、肩越しで見えた親方の顔が『正解』を告げる。
この臭いもそうか、と―― 臭いの関連も、イーアンの中で当て嵌まった瞬間、タンクラッドの剣を持つ手が、風を切って唸りを上げ、床の摩耗部分に切っ先を走らせた。
パチン、と何かが音を立て、同時に剣をバッと紫電が駆け抜け、四人の前の黒い壁に―――
「出た!」
思わず叫んだイーアン。目を丸くして一歩前に出たシャンガマック。当たり以上の結果に、顔がにやけるタンクラッド。獅子は一人、知っていたように、壁に広がった明るい風景を見つめた。
「映像?」
親方の横に並んだイーアンは、壁に大きく映し出された風景に呟く。タンクラッドの右手にある剣は、先が折れており、切っ先が走った床の凹みには、先ほどまで無かった、小さな凸状の影があった。
この凸状の小さいものに、気付くのは難しくない。なぜなら、そこから円錐形の光が出ているから・・・言ってみれば。
映写機のそれ・・・だ、とイーアンの視線が床に向く。
この床が、ライトボックスだとして。摩耗跡の溝は、スイッチ。
スイッチが剣の摩擦速度で入って、『パチン』と凸状パーツが上がると、レンズを通して・・・ライトボックスの床の中に、電球役があるのか知らないが、例えるなら、この状態は『映写機』だった。
乾燥させたのは、タンクラッドの感覚で『乾いている=導電しやすい』だろうか。水が消えても同じに思うが、この世界の人の捉え方かもと思った。
『剣の素材のため』そうした、と言ったのは・・・ちら、とタンクラッドの手に握られている、反身の剣を見る。折れ口を見ないと断面が分からない。でも、金属とまた異なる素材は、摩擦で電気を作ったのではないか。
この場所の仕掛けは、この剣の材質と速度で反応を起こすよう、作られている。
「いつまでボケっとしてるつもりだ」
壁を照らす大きな風景、その明るいどこかを前に、イーアンが床と剣に気を取られているのを、獅子は鬱陶しそうに注意。
ゆっくり顔を上げた女龍は、『この風景が何かを、あなたは知っているようだ』と、思っていたことを返した。イーアンは、彼が宝剣を持ってくる前から、そんな気がしている。
この一言で、親方と騎士の顔が獅子に向き、獅子は気怠い表情で『知らない』と往なすが、その返事までの間合いは、逆を意味しているように感じた。
「・・・入れるとでも言いたそうですよ。ホーミット」
「入れるのか?」
親方も半信半疑で尋ねるが、彼の足は前へ進む。
縦横7~8mほど映された風景は、日の光がどこから射しているのか、全体的に明るい丘。左右と奥に、丸い樹形の木々があり、こんもりした丘は野花が咲く。違和感があるとすれば、虫も鳥も誰も、居ないこと。
投影された壁の、ごつごつとした岩の質感は見えない。はっきりとした風景は、現実離れした薄っぺらさを持ちながらも、そこに在る。
目を合わせず、答えない獅子に、ふーっと息を吐いて、イーアンはスタスタと親方の横へ行くと『私が行きます』と彼の腕に触れた。
「タンクラッドに、何かあっても困ります。私なら大丈夫でしょう」
「保証なんかないぞ。女龍だとは言え」
「そうです。でも、女龍が閉じ込められたとか、帰ってこれないとなれば、男龍は必ず動きます」
だから大丈夫・・・何があっても、男龍が黙っているわけないと信じるイーアン。どうにもならないこともあるが、散々、不思議系をこなしてきて、これがそれほど大変な発見とは思えない。
「ちょっと待ってて下さいね」
親方にそう言うと、イーアンは少しだけ獅子を見た。シャンガマックも、若干、不安そうだが、獅子は全く我関せずの無視を決め込む。あの獅子が、見て見ぬふりをする。これもイーアンにとっては、一つの『安心材料』である。
「私が中に入ったら、きっと誰かが『大袈裟だ』と言うでしょう』
ちょっと嫌味を捨て台詞、そう言ってもこちらを見ない獅子の横で、シャンガマックの眉が寄るのを目端に映し、イーアンは―― 投影された風景に手を伸ばして ――するりと中へ消えた。
「イーアン」
「大袈裟だ」
消えた女龍に、タンクラッドが名を呼んだ後ろ。お約束を守った獅子の一言に、シャンガマックは苦笑して『全くもう!』と父の鬣を撫でた(※可愛がる)。
「俺たちは?入らない方が良いのか?」
「入りたけりゃ、行けるだろうな。だが、続きはない」
「ヨー・・・(※いつもの)。知っているのか、この中を」
「知らん、と言った。俺の推測だ。続きがあるなら、神殿まで建てて国を持った人間共が、こっちとそっちを行き来するか?」
「あ・・・それか。人の欲望が動くほどではないと」
「そんなところだ。向こうにそれほど、値打ちがなかったんだろ。使えるとしても、だ。何が使えたかは、これから女龍が」
「帰って来たよ(※早い)」
獅子の推論と息子の合いの手を、振り向いた姿勢で聞いていたタンクラッドだが、あっさり『帰った』一言に、パッと前を向く。
すると本当に、イーアンが丘の向こうから歩いてくる。すぐに壁の側へ駆けた親方は『イーアン』とつい、腕を伸ばし・・・・・
「タンクラッドさん!」 「放っとけ。すぐ出る」
淡い黄緑の丘に、剣職人もよろめいて入り込んだ背中。驚いたシャンガマックは、自分も行きたいと思ったが、筒抜けの獅子は『待ってりゃ来る』と息子は行かせなかった。
「あのな。この手の系統、時の流れも曖昧だ。お前は、行かない方が良いだろ」
自分たちは、異時空移動で絞られた身(※実はまだ拘束中)。そう言うと、シャンガマックは思い出して『そうだった』と後ろ頭を掻いた。
*****
中に入ったタンクラッドは、きょろきょろと左右を見て、空を見上げ、膝をつきかけた野原の草花を見渡し、『タンクラッドったら』と困った声の注意を受ける。
「待っていて、と言いました」
サワサワと風になびく草を分けて、女龍が小走りに来る。ハハ、と笑ったタンクラッドは背を起こして片腕を伸ばし、イーアンを迎えた。
「入るつもりじゃなかった。お前の姿が見えたから、ついな。腕を伸ばしたら入っちまった」
「触ると引っ張り込まれる、そんな感じですね」
「・・・何か持ってきたのか?それは」
女龍の背を撫でながら、彼女が片腕に抱えた物に気付いたタンクラッドが尋ねる。イーアンも持ち帰った代物を、見やすいように両手で支え、彼に見せた。
「多分ですけれど。剣の材料です」
刮目した親方を見上げ、それから左側―― 薄っすらと暗く見える、シャンガマック親子の顔に視線を向け、イーアンは『とりあえず戻りましょうか』と親方を促した。
*****
出ては来たが、タンクラッドは後ろ髪引かれているのが、分かりやすい。自分の目でも確かめたいと女龍に言ったのに、相手にされずに押し出された具合。
頼んで取り合わないイーアンなんて、滅多にない態度。変だなと感じたタンクラッドは、女龍の表情が複雑そうな色を浮かべているのもあり、渋々、不承不承、『今度だな』と次の予約をして一緒に出た。
「どうだ、イーアン」
「はい。一先ず、ここを出ましょうか」
「え」
シャンガマックもすぐに食いついたけれど、これも肩透かし。女龍は微笑みもないし、ちらとしか視線を合わせない。でも、手に何か持っていて、シャンガマックはとても気になる。が、これはこれで獅子が止めた。
「行くぞ。外が夜だから暗いだけで、入り口は開けっ放しだ。イーアン、飛べよ」
「はい」
何を察したか、獅子はすんなり了解。ええ?と躊躇うシャンガマックを背に乗せて、先に上へ向かう。彼らが走る音が響く底で、イーアンはタンクラッドに剣を持っているように言い、それから摩耗跡の凸状スイッチ(※ということにして)に触れ、龍気変換。軽く電圧をかけた。
再びパチンと聞こえたすぐ、映像は消え、イーアンの白い角だけが光る。戸惑うタンクラッドの、背中を抱えたイーアンは浮上。
まるで、イーアンは早くここから出たいように・・・タンクラッドは、話しかけるにも躊躇った。
お読み頂き有難うございます。
21日(日)の投稿をお休みします。
PCのフリーズが頻繁で直らず、書くのも確認も進まなくて、一日使って調整します。
ご迷惑をおかけしますが、どうぞよろしくお願い致します。
いつも来て下さる皆さんに、心から感謝しています。本当に有難うございます。




