2478. アンディン島滞在七日間 ~⑥崖内部・儀式剣使い方予想・獅子の『在庫』
剣を横に置いた形で、窪む溝。その長辺の内側を、なぞり進むイーアンの指が止まり、タンクラッドはこれに目を留める。
続いてシャンガマック、黙って見降ろすホーミットだが、ホーミットは一言『どうだ』と女龍に訊ねた。
この言葉に、騎士と親方は振り返って、イーアンは溝を触りながら『彫り物ですよ』と答えた。
「私の角の明かりでも、この内側は掘り返しですから、影になって照らせません。触れると分かりますが・・・文字ではない。でも、記号のような」
「下がれ。俺が代わる」
女龍の呟きの続き、無駄な時間は不要とばかり、彼女に離れるよう命令したホーミットが交代。シャンガマックは抱えられていた腕を下り、ホーミットが溝の内側に指を滑らせた後、自分でも触ってみる。
「本当だ。なんだろう、これは。点描の突起に似ている」
「合っているな。点描は『道しるべ』だ、バニザット」
「道しるべ?」
碧の瞳が、星明りに僅かに閃き、金茶色の長い髪が海風になびいた。
金属質な焦げ茶色の筋肉を輝かせる大男は、その堂々とした見た目から想像できないほど、繊細な感覚と細かな記憶を併せて、これが何かを瞬時に判断する。
「文字ではないが、意味は同じだ。一ヶ所にまとまった点の数と置かれ方、並びに続く点のまとまりの違い。
この島の重要な場所は、ここじゃない。だが、この位置も二番手くらいに、重要だったかもな・・・そうすると、この部分の点描が、これだ」
これだ、と断定し、碧の瞳は宙を探るように見つめる。見えているものが全く別の何かのように、指先の感覚で地図を仮定し、案内図を読み取り、こちらの求めを示す『道しるべ』を瞬く間に探り出す。
「これか?あ・・・もしかして」
ホーミットの手がある場所を触らせてもらい、シャンガマックも学習。父の言葉をなぞって理解を深め、ハッと顔を上げる。小さく頷くヨーマイテスに励まされ、褐色の騎士はもう少し自分で情報を得ようと、溝の内にある突起の列を辿る。
こんな場面、イーアンとタンクラッドは、まずお目に掛からない。へぇ~・・・と見守るのみ。
「ヨ・・・じゃなかった(※しょっちゅう)。ホーミット、これはええと。そこ、か?そこら辺に、もう一つ、儀式用の大切な何かがあった、と」
シャンガマックが時々口にする、『ヨ』は疑問だが。
『そこら辺』と彼が顔を向けた方へ、イーアンとタンクラッドも振り返る。
そっちに何かあるかとシャンガマックに言われ、二人は端にある石台から、5mほど戻った内側の地面にしゃがみ、手で砂を払ってみた。
どこに何があるわけでもない・・・が、ここでイーアンは『タンクラッド』と、手を置いた地面に呟く。
「イーアン。こっちもだ」
タンクラッドと目を見合わせ、二人はニヤッと笑い、すぐさま砂をバサバサ払い出す。
それを見ているシャンガマックも胸が高鳴る。イーアンたちが見つけた、細い細い線。それは地面に引っかき傷を残した具合の線で、全体を表した時『お前、これは』とタンクラッドが気付いた。
「お前が探し出した、地下室と同じ」
「そう、私もそうかなと思います」
パッカルハン神殿の床にあった、あの入り口・・・うん、と頷き合う二人の笑みに、シャンガマックが側に来て、父に笑顔で振り向く。無表情の父は『そんな嬉しいか』と少し冷めた感じで、近くへ来ると『どけ。開ける』と引き受けた。
親方も女龍も騎士もワクワクしながら、そそくさ後ずさり、焦げ茶イケメンに後を任せる。
焦げ茶イケメンは、前置きもなく・・・口をカッと開けて、一帯の砂も小石も土くれも消し去り、石の蓋を埋めていた、海底時代の堆積物も掻き消した。そして、現れたのは。
「おお・・・まさしく!」
思わず声に出たシャンガマック。タンクラッドもイーアンも、不要物が消えた『入り口』に、感嘆の吐息を漏らす。
ホーミットの大きな手が、古代の石の蓋に触れ、中央に刻まれた彫刻跡から、何かを読み、少し考えてから、両端にある引き輪跡に触れる。
崩壊して失われている引き輪の跡、その箇所にぐっと指を押し込んで崩し、呆気なく、石の蓋を真上に持ち上げた。
「入るぞ」
現れた、遥か昔の階段を覗き込む。ゾクゾク、ワクワクする三人の興奮は、胸の内で騒がしいが、皆、大人なので冷静な面持ちで頷いた(※ヨーマイテスには丸聞こえ)。
まさかは、連続する。大きな彫刻へ上がって調べたそこに、仕掛けと道があるとは。仕掛けを解いた岩の窪みは、下へ続く階段を見せ、探索は内部へ引き込まれて続く。
*****
ホーミットが、入り口脇に投げ捨てた蓋は、彼の肩幅くらいあったのを思い出す。それも『大きい』と感じたのだが。
下へ伸びる石の階段はそれより幅広く、二人並んでもゆとりがあった。
階段の片側は壁に沿うが、反対側に手摺はないので、真っ暗闇の向こう側へ落ちる危険があり、壁際は飛べない物、壁ではない側は落ちても大丈夫な者(※イーアンとホーミット)。
この壁側も、数十段置き、妙な角度の柱の基部跡がある。大人の胴体ほどある基部で、そこにあったと想像できる柱自体は、折れて残っていない。だがこの妙な突き出方は、階段を歩くものの邪魔になりそうで、何のためにあったのだろうと、イーアンとタンクラッドは眺めた。
「手摺がないのは不安だな。突き落とされたら、死にそうだ」
冗談めかすタンクラッドに、イーアンも横の吹き抜けを『どこまで深さがあるのでしょうね』と考える。角の光、明かりはこれだけで進む四人。そこそこ明るいが反射は少なく、吹き抜けを挟んだ向かいの壁は、全く見えなかった。見えているのは、ホーミットだけ。
反対側に壁はあるんだよね、と後ろでシャンガマックがホーミットに訊ね、大男は『離れている』と教える。
崖山の内部は、がらんどうとまで言えなくとも、かなり大きな空間を抱えていた。
こもって湿った臭いは独特で、腐敗臭とも異なる。ただ・・・この臭いを、イーアンもタンクラッドも、少し遅れてシャンガマックも知っていることに気付いた。
階段を100以上降り、広い踊り場に立つ。湿気が壁を伝い、床を濡らすため、足元は滑りやすい。イーアンは横幅3mほどの、平らな足場を見渡す。
ここまでの壁も、踊り場も、特に何か描かれていることもなく、彫刻もない。あるのは階段・・・踊り場の先も下へ続く段に、不審。
「私たち。普通に下がっていますけれど。本来なら、傾斜していますね?」
「俺も何故かとは思った」
「島が水平の状態になったら、この階段って」
タンクラッドとイーアンは、目を合わせて角度を想像。暗闇の吹き抜けへ、滑り落ちる傾きと想像し、眉根を寄せる。奇妙過ぎる。出入り口があったということは、通路に使っただろうが―――
「何を今頃、気にしているんだか」
息子を片腕に抱え、二人の横を素通りしたホーミットは、さっさと下へ足を向ける。戸惑いながらも、イーアンと親方も彼の後につき、前後交代でまた進み始めた。
「誰が、これを『階段』と決めた」
「え」
何かに気付いているらしいホーミットは、違うことを口にしたが、それ以上は言わなかった。彼の腕から、後ろの二人を見るシャンガマックも、少し首を傾げて『自分も分からない』と無言で示す。
中途半端なホーミットの否定にモヤモヤする三人は、広い吹き抜けを横手に、階段の角度に悩まされることなく下まで降りた。
そこは、一層――― 不思議だった。床と思しき足元は急角度で、これはそういうものだろうが。
タンクラッドと女龍は、すぐそこにある遺跡・・・ 神殿の地下の、斜め具合を思い出した。下がった方に物が寄り、溜まっていた宝物庫。ここは宝物の欠片も感じない殺風景だが、女龍の角の白さと、ホーミットの出した青白い火の玉で、ぼんやり映し出された風景は。
「何かの装置か?」
最初に言葉にしたのは、シャンガマックだった。
*****
装置ではなくて、仕組みかもと、下がった片方を埋める物の形に、イーアンは思った。
この場所は、とても広かった。階段として降りてきた段から離れ、反対へ行くまでに、歩いて一分は使う。これじゃ、遠くて照らせないわけだと納得した。
傾きで転がって集まった物は、数こそ多くなかったが、一つ一つ大きく、それらは歯車や軸に見える。砕けているけれど、軸穴と想定し、歯車の径も観察すると、イーアンは『壁の柱の基部』が何のためか理解した。
薄っすらと明かりを吸い込む闇の中、僅かに見える壁の凹凸は、昔、滑車を滑らせるための支えだったのではないか。
階段と思っていたのは、一番下に埋もれている、金属の塊・・・これが乗り物だったとすると、乗り物を昇降させる歯車が噛み合う、ギザギザ部分に見えてくる。
乗り物とすれば、だが。見た目はひどく崩れた、この金属の塊は、多分そうした目的で使われた気がした。
イーアンが斜めの床にしゃがみ込み、湿気の水滴が落ちる壁に手をついて、金属のそれを観察している間、タンクラッドやシャンガマックたちも・・・彼らの目的『古代剣にまつわる何か』を探す。
・・・タンクラッドが来たかった、この場所。
古代剣が、別の世界への鍵だったのではないかと想像し、その別の世界が龍境船で行くロデュフォルデンの可能性もある、と考えた。
これはイーアンに話したことで、シャンガマックには『ロデュフォルデン』の名まで出して説明していない。
理由は、単に彼の父・ホーミットに遠慮したため。ホーミットは、息子が他人に関心を示すのを嫌がる(※これをやきもちと呼ぶ)から、細かいところは省いた。それでもシャンガマックは、ついてきたのだが。
―――とにかく、タンクラッドとしては。
『パッカルハン遺跡の壁絵に龍境船』『イーアンが持ち帰った銀細工も龍境船(※現在はバサンダ所有)』『アイエラダハッド火山帯に、直線上、繋がる島』などの気になる点から、この海で発見された『儀式用古代剣』の跡地を調べておきたい―――
近くで、褐色の騎士と大男が、小声で会話している内容も聞きたいが、今は自分の用事のため、イーアンの側で白い光の中、目が届くところを次々に調べ続けた。
あっと言う間に数十分、一時間と経過するが、別のことにも気を取られた。それは、臭い。
崖山の内側は大きな空洞で、湿ってはいるものの、海水が滲み込んだものではなく、気温差による空気中の水分。とは言え、黴臭いのではない。
長く閉ざされた環境で、8年前までは海の中。日光も入らず、生き物が生まれる要素もないので・・・ この臭いは、微生物の分解とかそうした方向ではない、とイーアンに過った。
あの魔物と、似ている。アンディン島到着前に倒した、魚のような魔物の群れ。
親玉を倒した時、変な弾力とマットな色が、なんとなく・・・以前の世界にあった、物質を思い出させた。でもそれは一瞬で、『水中でも臭うのか』と顔を顰めて終わったのだが。
青潮ではない。青潮も異臭がするけれど、ああした臭いではなくて。もっとこう、ゴムが焼けたりする時の臭いというか。あの魔物と同じ臭いが、ここでもするのは、なぜか。
だが、魔物の気配もしないから、この場所は魔物原因でもないだろう。とすると。
ついて回る臭いに、気を取られがち。不意に肩に手が伸び、振り向くとタンクラッドが『イーアン、こっちを』と頼んだ。
「何か考えていたか?」
何回か呼びかけた親方に、イーアンは首を横に振って『臭いから』と短く答え、親方も『そうだな』で終わる。気にはなるが、タンクラッドはそれより目的。探っていたところに何もなく、離れた床の段差を調べたいと言い、イーアンは一緒にそちらへ移動。
シャンガマック親子から十数mほど離れた床。正円ではないが、床を円に例えると、四分割した斜向かいで、中心から少し壁際。階段は、この床の段差から近い。
明かりを求められ、段違いの床に背を屈めたイーアンも、床の不思議を思った。濡れた石の継ぎ目が、やけに凹んでいる。先ほどまで見ていたところは、砕けた箇所以外、並べられた石の合間も埋まっていた。
傾斜する床で、さっきまで前倒しだった体勢の取り方が逆になり、今度は前のめり。滑るには滑るが、床石の状態はざらついており、迂闊なことをしなければ足は止まる。
変な姿勢で調べるのは疲れるものだが、タンクラッドは気にしない。段差の理由を何か嗅ぎ付けたらしく、15㎝ほどの段が弧を描いている様子に、両端と中心、そして段の上を隈なく見ると『剣がいるな』と言った。
「剣?古代剣ですか?」
「なんとなくな。神聖な舞台かも知れない。見えてきたぞ、使い方が」
白い角にやんわり照らされたタンクラッドの横顔が、面白そうな笑みを浮かべる。イーアンは、親方は絵になるなぁと(※極上イケメン健在)感心しつつ、その話を聞かせてもらった。
*****
意表を突かれるとは、なかなか。タンクラッドらしい発想だと思った。
そもそも、古代剣について『聞いた話』でしか知らないイーアンは、幾つか疑問も持つが、タンクラッドの着眼点は悪くない。
『この種類の剣は、壊すためにあった』と彼は言う。貢物の一種として。
急に聞くと『はぁ、なにそれ』状態だが、古代剣の特徴にそう思える理由がある。金属としては脆く弱い設定で、金属かどうかもはっきりしていない。
アイエラダハッドの博物館展示では、損傷のない10本の剣があり、それらは出土の際も保存状態良好のものとして紹介されており、展示実物を見た限りでは『違和感のない剣』だった様子。
しかし、剣として認めるまで至らなかった、似たような品も、ティヤーで幾つか出土しており、その情報を南の復元職人に教わって・・・タンクラッドの発想に繋がった。『剣として認めるに至らない』この意味は『剣身がない場合』らしい。
へー、と思うものの。納得していなさそうな表情だったか。
タンクラッドは話してやってから『お前がさっき、気にしていたのは?』と情報集めさながら、裏付けを求めるようにイーアンからも情報収集する。
「臭いじゃないぞ」
「ええ、分かっています。うーん、そうですね。私も想像の範囲ですけれど」
臭いじゃないと先に遮られ、イーアンは仕組みの想像を話したのだが。実は『臭い』も関わっている要素とは、この時、知らなかった―――
イーアンが、『あれは滑車で、物を上まで運ぶ道具だった気がする』の推測から始めて、運ばれた物は、三人ほどの乗り物ではないかと、そう思った点を挙げると、タンクラッドは自分の解釈に基づいて言い直した。
それは、ここで一発目の儀式を行った結果、頂上へ行って、剣を返すとか戻すとか、そうしたことも考えられる・・・ だそうで、イーアンは『いくら何でも決めつけては』と思った。
疑い深そうな眼差しを向けたイーアンだが、後ろから『タンクラッド』と名を呼ばれて振り返った二人、こちらへ来た大男とシャンガマックに意外な申し出を受けた。
「ある?あるのか?」
驚いて二度も聞き返した親方に、ホーミットは顔を背け、シャンガマックが代わりに頷いた。




