2477. アンディン島滞在七日間 ~⑤パッカルハンの夜
毎度、登場の仕方が気になる彼らだが、獅子の背中に乗るシャンガマックは、『あ!』と嬉しそうに手を振り、この挨拶が一番違和感あるな、と二人は思う(※常に普通のシャンガマック)。
「すみません!待ちましたか」
「待たせてるわけないだろ」
シャンガマックの挨拶を横から薙ぎる獅子に、イーアンもタンクラッドも『やりにくい』と思いつつ、ちっとも待っていない、と答える。
「ここがパッカルハン・・・!イーアンが二回来たんだよな。一度目は総長と、二度目はタンクラッドさんとミレイオと」
獅子の背を降りながら、傾く遺跡に目が釘付けの褐色の騎士は、首を振り振り『素晴らしい。島全体が傾斜しているのに、こんなにしっかり残って』と遺跡の大きさに感嘆する。
「あれ。お前の」
獅子が目を眇め、黒に塗られたような岩陰を見上げる。イーアンは後ろを振り向き、獅子の言葉が『グィードと女龍』を示すと察し、そうですと答える。シャンガマックもつられて見るが、彼は夜目が利かない。
「崖山に何かあるのか?彫刻・・・かな」
「そうだ。ズィーリーじゃなさそうだ」
「ええ。最初の龍、彼女です」
シャンガマックが瞬きしてイーアンを見る。以前、イーアンは日中に来て見たので、あれが始祖の龍だと知っている。女龍の返事に、獅子は数秒黙ったが、『で。どこへ行く気なんだ』と話を変えた。
サブパメントゥの彼に、始祖の龍は残酷な印象なのかな、とイーアンは思ったが、それを話題することはなく・・・・・
「俺も調べながらだ。見当つけているのは、この場所だけでな」
タンクラッドがさらっと答え、イーアンに『まずは浜辺の、埋もれた石から』と言った。ピンときたイーアン。そして、思い出した褐色の騎士。
シャンガマックはゆっくりと頷き、胡散臭そうな顔の獅子に『ここ、知ってる?』と訊ねた。獅子は答えたくなさそうだったが『来た事はある』と言う。
「地下から?」
「そうだ。俺に探れと」
「違うよ。この真下、何があるか知っているか」
「バカでかい柱だ」
獅子は、ぶっきら棒に―― 期待籠る眼差しの女龍と親方相手 ――『この神殿の、半分くらいある柱だ』と教えてやった。
*****
パッカルハンに来たことがある、ホーミット。だが地下から見たのか、崖山の彫刻は、初めてのようだった。
彼が訪れたのは、古い時代かもしれない。獅子の言葉に、三人はそれを思う。
となると、海底に全体が沈んでいた状態で、ホーミットは中に入り、調べたのだろうか。ミレイオも、海中から調べたと話していたことがあるから、水の呼吸に影響されないサブパメントゥなら可能なのだろう。
「探るな」
あれこれ思って黙る三人に、獅子がそれを止め(※読んでる)、『調べるんだろ』とスタスタ歩き出す。
「タンクラッド。お前はなぜ、これを最初に調べるんだ」
振り向かずに訊ねた獅子に、後を追いかけて横に並んだタンクラッドは『目的の場所は、この次だ』と言い、自分の予想を教える。それは、見向きもしない大きな獅子を振り向かせた。
「無駄足でもいい、と聞こえる」
「そうじゃない。だが、元から存在しないなら、別を探すだけだ。ここに在るなら、ここを探す。俺が前に来た時、そこの神殿と水中に沈んだ住居くらいしかなかったが」
「島、だからな。もともと。あたりは、それで付けたか」
ふん、と鼻を鳴らした獅子は、砂に埋もれている目的地で止まる。彼の足元を包む砂の中、小さなあの石がある・・・・・ 実はタンクラッドも、話だけしか聞いていない、その石。訪れた時、その石は砂に埋もれていた(※622話参照)。
「神殿、聖職者の住居。そして、何者かの墓と見当つけて。で、この巨大な墓がここに在るなら、『墓の持ち主が統一した町が、側にある』と考えるのは、別に間違っていない。
一つ言えるのは、かつて存在したにしても、今も丁寧に沈んでくれている、とは限らないぞ。ぶっ壊れて、瓦礫も砂に還ったかもな」
野太い声で釘をさす獅子に、親方は小さく頷いて『それなら別を探す、と言った』とかわした。
「ホーミットが全体を知っているかどうか、聞いた方が早いのかもしれないが」
「知らん。俺は求め以外はどうでもいい」
「そうか。俺は、剣が海底から引き揚げられた話で、剣があるなら近くに祀った場もあると思ったし、剣についた不思議な曰く、その系統も示すと考えた。とっくに、町が失くても構わんが・・・・・ 」
ここまで言い、タンクラッドは黙る。獅子の目が少し細くなり『なんだ?』と、急に黙った親方に首を傾げた。シャンガマックも獅子の側で、目を瞬かせ・・・イーアンは、夕方に聞いた時に思ったが、黙っていた。
親方は、イーアンに顔を向け『今、思ったんだが』と言いかけて止まり、見上げる女龍は知っていた顔で『うん』と頷く。
「イングに『再現』を頼めば」 「それはしないのだな、と思いました」
言えよ、と眉根寄せた親方に、イーアンは『何か理由ありそうだから』黙っていたと答える。理由なんてなく、忘れていただけと知ったが。
「でも。再現はしない方が、良いかもしれません」
「なぜ」
「思うにパッカルハンは、再現したら相当な規模で町なり何なり、姿を現します。ティヤーの魔物が出たばかりで、神殿関係の動きも無差別殺戮状態で、ここが再現されたら」
「すぐ消せばいいだろう?調べ終わったら」
「すぐ消せますか?遥か昔に沈んだと思しき、謎の町が現れて」
即、問い返した女龍の目に、親方は固まる(※無理)。ちらっと視線を動かすと、シャンガマックも困惑中(※消せない方に一票)。獅子は、そっぽを向いているが『ま、そうなるな』とイーアンの質問を認めた。
「余計な手を、出し過ぎるな。手に入れられるものが目に入れば、人間は言い訳つけて、どこまでも潜り込む。それが、何を踏んでいるかも知らずにな」
「・・・むぅ。そうだな」
唸って受け入れる親方の向かい、シャンガマックもささやかに傷ついて『俺は駄目だな』と呟き、獅子は『お前じゃない』とすぐ否定した。
ということで――― 再現はならず。経験を頼りに、目的を探す。
まず、地中にある巨大な柱は、墓かどうか。
これはホーミットがすぐに『墓ではないだろうな』と答え、その場で足元の砂を一発で掻き消す。三人が驚くも一瞬、漏斗型に消えた砂の中心に、あの四角錐の石が現れる。
初めて見る、タンクラッドとシャンガマックは砂に膝をついて覗き込み、腕一本分の長さ下にある石に触れる。暗く見えないため、獅子は青白い火の玉を出す。ゆらゆら揺れて、砂零れ落ちるそこを照らし、騎士も剣職人もじっと・・・石の表面にある文字を見つめた。
「ヨー・・・じゃなかった(※いつも)。これ、読んだか?」
文字から目を逸らさないシャンガマックが呟き、『今のヨーは何だろう』と思う二人の視線を無視した獅子は『随分前にな』と、息子の聞きたいことを伝えてやる。
「テイワグナを離れる頃、この島の話を、お前は俺にしたな(※1706話参照)。来る道でも、イーアンが持ち帰った文字、とまた話していた」
「そうだ。これだな、イーアン。いくつもあったわけではないだろう?」
獅子に頷いて、振り返って女龍に確認する騎士。イーアンは『位置はここです』と、神殿との距離を見て認めた。別に数の確認を求めたわけではなかったが、息子の配慮なので、獅子はとりあえず頷く。
「デカい柱だ。地下から見たら、これ一本。この柱には、島の歴史が、上からずらっと書かれていた。天辺は、統治者の名。名に続いて、よくある創世記と事の成り立ち、『栄を望む教え』云々」
「おお・・・覚えているのか」
「大体だ。だが、この場所は沈んだと言い切れない。『状態』は沈んで久しい。島自体はな」
ここで三人共、獅子を見る。イーアンは直感、タンクラッドは推測。シャンガマックのごくりと唾を呑む音がし、獅子の大きな手が、青白い光に照らされた小さな三角錐の上に伸ばされ、獅子の手の影が落ちる。
「人間は、沈んで死んだわけでもないかもな」
*****
謎を前に。それぞれ、傾向は異なるにせよ、食指が動く情報をぶら下げられた三者は、獅子がそれ以上を言わず、『他は』と話を変えたため、うずうずする気持ちを抑えた。
タンクラッドとしては、続きが知りたい。だが、この獅子は扱いが手強い。情報を聞き出すとなると、そこにいるシャンガマックを使うしかないが、機嫌を損ねては帰りかねないので、初っ端から下手はやめておいた。
「いや・・・充分だ。柱は、歴史を刻んだ『記念柱』と。そうか」
「当てが外れたか?なら、俺と息子は、別でここを動く。お前たちは好きにしろ」
「え?」 「ええ?」 「別?」
獅子の返事に、三者が同時に戸惑い、シャンガマックは二人をサッと見て『それはちょっと』とすまなそうに止める。
「俺も、タンクラッドさんとイーアンの探す物を見たいよ」
小声で頼んだ息子に、獅子は仏頂面。ややこしくならないと良いな、と返事を待つ二人。獅子の目がじろっと息子に向き、見合って、負けた溜息(※シャンガマックの勝ち)。
青白い火の玉を撤収した獅子が、舌打ちと一緒に『どこ行くんだ、次は』と投げやりになった。
横で、嬉しそうな褐色の騎士のとばっちり、微妙なタンクラッドは、『剣があった場所だ』そう答えて―――
「あら。まさか」
「そう。そのまさかだ」
親方の視線を追った先は、始祖の龍の彫刻が施された、崖山の上。考えてみれば、神殿の並びに位置する崖は、何かの儀式を行うに良い高さ。何か=龍かどうかは、いざ知らず。
地中深く埋もれた巨大な柱の次は、崖山の上へ四人は進む。
*****
この四人が上がるには、難題もないが・・・どうやって、普通の人間が上るだろう?と疑問を持つ険しい崖壁だった。
下からだと、浜から斜めに見えるが、崖の段は数mと大きく、登れる人間を選ぶ。とても歩いてなど到達できるわけもない、切り立った岩を見下ろす。
残量の気になる龍気は控えたいが、こうした時は仕方なし。そして龍気を使う際は、ホーミットが神経質なので、それも気遣う。どっちみち『龍気を使わずに』の意識。
獅子は人の姿に変わって、息子を抱え運び、彼らに遠慮したイーアンは、少し離れて翼を出し、親方を運んだ。
「超人的なルオロフでも・・・ドルドレンやロゼール、ミレイオでも、無理そうですよね」
跳躍力・運動能力の高い仲間の名を挙げながら、下方の崖に首を捻るイーアン。『私は飛べるし、問題ないですが』と呟いて、親方と目を見合わせた。
「ホーミットは駆け上がったな。あのくらい力があれば、違うかもしれんが、跳躍だけじゃ」
「駆け上がっている最中、彼は岩を蹴り散らかしていました。砕けていたのです。『一瞬の足場』を作る、強靭な」
「早くしろっ」
親方とイーアンがひそひそ話していたのを、ぴしゃッと止めた焦げ茶色の大男は、片脇に息子を抱えて、振り向いた二人を急かす。
「タンクラッド。お前の探していたのは、これか」
寄ってきた二人に、ホーミットは傾斜する天辺の端、一箇所だけ人工的に岩を穿たれた台を示した。この島が傾いていなかったら、水平を保っていたと思われる。
この天辺、傾き激しいと想像したが、元は海に向かって下がる角度だったらしく、現在は緩い下り坂。
ホーミットの腕から身を乗り出して、石台を見るシャンガマックは、『博物館の図と同じ』と言い、側へ行った親方も同意する。
「・・・これ、だな」
「ですね。長さ、窪みの深さ、幅。破損と摩耗はありますが、サンキーさんの復元作品を見た後だと、見分けやすい」
「ここに、発見当時。剣があったのでしょうか?沈んでいた島の一画、海面からも可視が出来た反射は、つまり、この部分が海底の砂から覗いていたから?」
親方の隣、イーアンも、膝丈くらいの石台に手をついて、剣の収まる溝の形をじっと見て、指でなぞった。なぜ、溝に『返し』がついているの?と・・・勘が騒めいて、触れる。
剣が収まる形に掘られた溝は、長辺の片側が少し凹んでおり、鞄のカブセのような返しに近く思った。この形に、意味があるのか。
指先に当たる感触。何か、ある―――




