2475. アンディン島滞在七日間 ~③鍛冶屋サンキーの古代剣解説・探り先・女龍懸念、古い書物
こうして―――
人生初・獅子を家に入れた鍛冶職人は、居間に通した客と獅子に茶を出し、獅子には皿に茶を入れたら怒られて、シャンガマックに『気にしないで』と取り繕ってもらい、緊張しながら古代の剣の『復元不可条件』、その記録を話し始めた。
彼は、剣を復元してきたとはいえ、『見た目は』と、前置きした事情により、完全な復元には至らず。
先ほど獅子が来る前、親方の話に夢中になったのは、『魔物材料の質は、普通の金属と違う』その意味に、関心を強く惹かれたのもある。『もしやそれなら可能ではと過った』とサンキーは話した。
復元作品ひとつひとつ、記録に書いた大きな資料を、剣の掛かる壁の前で床に開き、客人を絨毯に座らせ、鍛冶職人の手が壁の剣を一つずつ示す順に、詳しい説明が始まる。
非常に細かい言い回しも含むため、今度はシャンガマックの同時通訳も使う。
初回こそ、シャンガマックも敬語を使わず、騎士らしく『誰とも対等』の話し方をしたが、相手が尊敬に値すると感じれば自ずと、自然に、敬語に変わった。
通訳も極力、意図をはっきりさせつつ、余計な解釈を含まないよう考慮し、話の腰を折らない程度に短めに。
専門用語は勘で理解するタンクラッドに、逆に教えられることもあり、サンキーの解説は流れるように続けられた。
・・・獅子は、息子が昨晩話していたことと、離島の職人の数々の復元及び制作記録と、横にいるタンクラッドの質問の向かう先を考える。
息子は息子で、ルオロフの剣を誂えたい。タンクラッドは、『剣職人ならではの好奇心』とだけに思えない。
そういや・・・タンクラッドが博物館から戻った後に、剣の資料を起こした理由は、と獅子は思う。
単に職業柄かと。そうではなさそうな、剣職人の質問と確認に混じる引っかかりを耳に入れつつ・・・この続き、どこへ行くかが見えてきた。
「これで全部です。あなた方が、アイエラダハッド中央にある博物館で見た剣。それは、考古学者が発表できる範囲の物が並んでいて」
「実際は、他にもあるんだな。世界有数といった印象だったが、そりゃそうか。随分、保管状態の良い剣だと思ったんだ。時代がそれほど古くないから、もあると思うが」
「丸ごと残った剣は、地域は違っても、きっと同じような環境で、経年変化を越えたのでしょう。残れなかった剣は、破損で同じ分類に断定できないから、記録の端にしかいません。
当然なんですよね、使われている金属と言うか・・・今お話した共通の素材は、通常の剣に比べて、剣としての強度は低いから」
『私は、色を似せた金属で作ったけれど』と職人は呟く。
話が終わるまでに、たっぷり四時間―― 正午も回り、サンキーは乾いた口を潤すため、台所に茶を取りに行って、戻る序で『証拠の品』を持ってきた。
湯と茶器の盆に並べられた、似つかわしくない品がゴロンと。絨毯に置いた盆を覗き込んだタンクラッドは、サンキーをちらっと見て、彼が頷いたのでそれを手に取った。
それは、朽ちる手前の柄。
柄より先に、折れた剣の一部が残るが、青い錆がボコボコ浮いて、樋にあるはずの絵など見えやしない。柄は、石の彫刻で、劣化と衝撃の割れ・ひびがあり、タンクラッドは目を近づけて観察。石なのだろうが、なぜか冷たさ・重さが足りない気がする。
「これは?」
新しく淹れてもらった茶を受け取りながら、シャンガマックが尋ねる。
サンキーも、自分の器に茶を注いで『学者に貰ったのです』と答え、何枚か記録帳のページをめくり、これですと指で押さえた。
数年前の日付の横、なるほど、折れた剣の柄と同じ図が描かれ、復元するための図案もあり、勿論、壁に『復元はこれ』と鍛冶職人の腕が高い位置を示したそこに、似ても似つかぬ美しい剣がある。
「元は、こんな色をしていたんですか」
「凡その予想です。同じ時代の剣の様子や、儀式や宗教的な視線で見た際に、使われる予想の色、好まれた模様など。それと、引き揚げた海の付近の水質とか、劣化するに失われる色素や・・・と、さっきと同じことを話していますね」
少し笑って、サンキーは茶を飲み、感心するシャンガマックは『何度聞いても楽しいし面白い』と頷く。
それを聞くタンクラッドも微笑んで『俺もそう思う』と言ったが、その微笑みの半分は、素直にそう感じているものの、獅子に伝わる彼の思考、半分は、彼の狙いの声だった。
「証拠、とあなたは言いますが。これだけ復元して、尚、証拠なんて要らないでしょう」
親方から、剣の柄を貸してもらい、シャンガマックはしげしげと眺めながら、サンキーを褒める。
「まだ、その『本物』から発見できることがあれば、知りたいです。いつ誰が、私の知らない知識で、復元の剣を『所詮偽物』と言うか分からない。って・・・魔物が出始めたのに、暢気に感じるかもしれませんが」
鍛冶職人は頭を掻き、シャンガマックとタンクラッドは彼に『そんなことはない』と言った。
「それで・・・出土場所のことだが」
徐に話を変えるタンクラッドは、人の胴体ほどもある記録帳の、一番前のページを開き、サンキーの描いたティヤー地図を出すと『印のついている所は、今も在ると思うか』と訊ねた。
*****
すっかり、午後も回った頃。
サンキーにアオファの鱗を渡し『魔物が出たらこれで』と安全を祈り、また近い内に来ると約束して、鍛冶屋の家を後にした訪問客は、磯まで民家のない乾いた地面を歩く。でも獅子は目立つので、一応ネズミに変化、シャンガマックが懐に入れた。
今日の結果。サンキーは新しく得た『魔物材料』の金属化を、自宅で試すことになり・・・タンクラッドは、しつこいくらい詳しく聞いた先へ、出かけることに決定。
シャンガマックは、剣を作れる云々―― 手前、停滞に決まった。
「お前の目的か」
褐色の騎士の胸元から、ちっこいネズミが顔を出して、タンクラッドに訊ねる。
声は低いのに可愛い見た目で、タンクラッドは直視しないよう(※笑いそう)頷いたが、『目的ってほどじゃない』と、やや否定もした。
「目的だろ?宝探しか」
「ちょっと違う・・・宝は、あれば貰うが、剣を使う儀式から想像したことと、以前知った遺跡で感じた謎が重なった、と言うかな」
「でも、遺跡ではないんですよね?」
ネズミ、親方の次に、騎士が挟まり、タンクラッドは前に広がる海を眺め『今は、遺跡がある』と不思議な言い方をする。
今は・・・? 遺跡が後から現れたような、聞こえ。シャンガマックは隠された意味が分からず、彼を見つめた。
草原を渡る蒸した風が、半袖から出ている皮膚にまとわりつく。潮風の温さと日射量の多さに、午後のこの時間は、崖の向こうが揺れて見えた。
まだ冬期間と聞いているティヤーだが、下草は青いし海も澄んでいて、魔物がいなければ、ただ穏やかにのんびりと年月が流れる国に思う。
タンクラッドは、顔の周りに飛ぶ小虫を手で払い・・・行き先を知りたそうに黙って待つ騎士に『分からないか?パッカルハンだ』と教えた。
*****
獅子は機嫌が良くなかった。
アンディン島に戻るなり、タンクラッドのせいで、息子は『俺も行きたい』と言い出し、息子と神殿の破壊に挑もうと思っていた予定は崩れてゆく。
『それどころじゃないだろ』『キチガイの連中を止められないなら、壊すだけ壊しておくべきだぞ』と、何度か獅子は、息子に言い聞かせようとしたが、息子のささやかな反論『でも、もしかしたら、神殿の秘密に通じるかも』の言葉に目を閉じた(※駄々こねてるのが伝わる)。
「神殿の秘密?たった今、連中が、人間減らしに勤しんでる時に」
「あの火薬を使って、『別の世界へ行く』と信じ切っている話だっただろう?ほら、イーアンとオーリンが、ダルナと調べた時、思考を読むダルナが奴らの記憶を読んで」
「聞いた」
「うん。だからタンクラッドさんが、パッカルハンに『龍境船』の糸口と、剣の出土記録から、別の」
「それと、神殿が直結か?前も言ったが、世界にそんな話は五万とあるぞ。何でも繋げるな、と注意している」
「ヨーマイテス~」
獅子は分かっている。自分の鬣に縋りつく息子が、正直者過ぎてこれ以上、理由を思いつかないのを。
言葉に詰まる『行きたいだけのバニザット』に、首っ玉を抱えられながら、ヨーマイテスは悩み呻く。こんな状態をエサイに見られなくて良かったと(※息子に弱い図)思いつつ、結局は折れる具合で、小さな息を吐く。
・・・サンキーの話を聞いている最中、タンクラッドの質問内容に、そうだろうとは思っていたのだ。
タンクラッドは、古代剣を作った先に狙いがある、と。何に気付いたか分からんが、あの形の古代剣がまるで宝にでも結びついているような、執着的な問いの数々。
バニザットは、素直で素朴で無欲だから、気づかなかったようだが(※褒める)、あの男は博物館で見た日、既にその見当をつけていたに違いない。
それなら黙って一人で行けばいいものを。遺跡大好きバニザットの前でそんな話をしたら、こうなるに決まってるだろうが―――
「ちっ。宝に、目が眩みやがって」
獅子がぽろっとぼやいた瞬間、ハッとした息子と目が合い、『俺はそんなつもりでは』と悲し気に離れる息子に『お前じゃない!』と慌てて否定したが、そこから、項垂れる息子を必死に慰め続けた。
*****
二日目、この夕方―― タンクラッドは宿に戻って、イーアンの部屋を訪ねる。
ドルドレンたちは、局か、町の救助活動でいなかったが、宿に戻ると『女龍は部屋に居る』と宿屋の人が教えてくれ、朝すれ違いで戻ったのかと、この時知った。
何か持ち戻って部屋に籠っているかもしれず、イーアンの部屋の扉を叩くと、返事はない。何度か叩いて、把手を回すと鍵。おかしいな、とタンクラッドが名を呼んだら、『あ』と声がし、すぐに扉は開いた。
「寝てました」
「おお・・・そうか。お前、徹夜で?」
『はい。起きずにすみません』と、寝ぼけ眼の女龍は目を擦りながら、体を横に向け、親方に道を譲る。道と言うか、中へどうぞ、の姿勢。欠伸で言葉が続かない女龍に、少し笑って『すまんな』と親方も部屋に入る。
「大変だっただろう。アイエラダハッドまで飛んで、龍気はどうなんだ」
「うー・・・ん。ルガルバンダ経由で送ってもらっていますが、昨日はミンティンと一緒でした。でも寝ていなかったから、眠気が酷くて。朝食の時にドルドレンたちに、粗方は報告して」
「龍気は問題ない、と。俺にも少し、報告を話してもらえるか」
ええ、と、連発する欠伸の口を片手で押さえながら、イーアンはアムハールの話をした。ミンティンと二人、火薬原料になる鉱物を、別のものに変化させた対処を。
驚くタンクラッドだが、大きく頷いて『お前たちが揃うと、そんなことも可能だよな』と、それが善処であることを伝えた。
「ダルナを呼ぶのも、考えたのですけれど。精霊の土地と分かっていていじるから、龍族で済ますのが無難だと思いました。恐らく、もう・・・アムハールから火薬の原料が取られることはないです」
「神殿の僧侶たちが通ったのは、アムハール決定か?」
一先ず、突っ込みを入れるタンクラッド。イーアンは困る素振りもなく、否定。
「いいえ。断言は出来かねます。でも、ティヤーから船で動いて、港の場所も、タニーガヌウィーイの話を参考にすると、原料を得られる環境は、アムハールより近場にないような。周辺もかなり、飛び回って調べましたが」
「もし、あっても」
「もしあっても。それは、また追うだけ・・・タンクラッド、私はアムハールの荒野で、今になって気付いたことがありました。
それは、私たちがディアンタ僧院で読んだ書物、あれと変わらない知恵を詰め込んだ書物が、ティヤーのどこかにも在ること。ティヤーだけではありません、他の国も」
「言われてみれば、だな。俺も過った事はあるが。そうそう、廃墟や遺跡の修道院跡で、出会うもんでもなかったし、そこまで気にしていなかった」
でも――― そうだ、と頷く親方に、イーアンは肩を落とし、黒い髪をかき上げ『うっかりし過ぎ』と、遅い気づきを遣る瀬無さそうに呟く。
「そうした本をどこかで見つけたら、その時は取り上げるだけです・・・ ただ皮肉にも、アムハールと仮定して良い起因は、書物かも知れません。
原料調達がアムハール確定、ではないにしろ。私が思うに、『情報の行き来が少ないこと』これがこの世界の、誰の意識にも定着している、と捉えれば。
ああした古い書物に残る、地名・地質・物体を、求める候補として優先する気もします」
「ははぁ、そうか。知らない土地や、別にあっても、『情報に記された方が確実』と思う心理か。この世界ならでは」
そう、と首肯した女龍に、タンクラッドは腕を伸ばして頭を撫でる。ナデナデして『考え方がお前らしい』と褒め、疲れた顔で微笑むイーアンに、『俺がお前にしようと思った話も、その流れだ』と呟く。
「はい?」
「情報の少ない世界、だからこそ。思い当たるところも、候補は多くない。他にあろうがなかろうが」
「何の話ですか?」
「古代の剣と、パッカルハンと、別世界だ」
ポカンとした女龍は、寝起きで頭が付いて行かないのか。親方はもう一度、彼女の頭を撫でて『津波の影響を見るのもある。お前と行こうと思う』と笑った。




