2474. アンディン島滞在七日間 ~②荒野の気付き・ルガルバンダ援助・地質対処・二日目、鍛冶屋サンキー宅
独り言の大きな、女龍。自分の口からこぼれた言葉で、血の気が引く。『ディアンタ』ともう一度、その名を思う。
「まさか。ディアンタの知恵の本が、ここでも。ぬ、『まさか』ではないか。そりゃそうだ、アイエラダハッドが貿易で、世界の知恵を集めた本場なんだもの。それをティヤーの人が・・・どこかで、消される前に隠し果せたかも」
その可能性はかなりあると、ここで気付いた鈍さに舌打ちする。ハイザンジェルでもあるんだから、諸外国でもあって当然。この世界は、五ヶ国しかない。その狭さを思えば。
「・・・あー、サブパメントゥばかり意識していた私は、アホだった!知ってるけど」
自分でツッコミを入れる、45歳女龍イーアン(※誕生日過ぎた)。慣れてきた旅で、人間以外の率が異様に高いから、何でもかんでも『他種族』関係から派生すると思った。が、そんなことはない。
人間だって、ここまでの歴史がある。そう思えば、硝石がどこにあるか・何を果たす役割か・なぜ、書物に残されたか・・・・・
「ちっきしょう~ そうよ!どっかに本あるんだ、絶対!だってハイザンジェルの廃墟にも、そのまま残っていたんだもの。そりゃあるだろ~」
うわ~、と暫し自分を責める時間。頭を抱えて、女龍は荒野にしゃがみ込む。
うーんうーん、言いながら、『どうしよう、他にも良からぬ情報が入っているのでは』『あの押収した部品、グレネードランチャーのイメージなんだけど』『大砲系の製造もやっていそう』と、あれこれ繰り返し、ハッと顔を上げる。
「龍気。マズい」
我を忘れるくらい悩んでいたが、斜めに西日差すまで経過した時に気付き、ルガルバンダを思い出す。
「ルガルバンダ・・・頼るのは、やはり慣れません」
気持ちが慣れないよーと困りつつ、背に腹は代えられないイーアン。空の男龍に、龍気を送ってほしいと念じること数秒。5秒未満で、体にびゅうっと吹き込む、爽快感に安堵する。
「龍気。私の源。私の命よ。私の息」
沁み込み、満たされるエネルギーに、深呼吸して感謝を声にしたと同時、夕方の空に真っ白い光が走った。
*****
茜空に走った光に、イーアンは目を細めた。近づく龍気に『え?』と首を傾げる。なぜ。
思ったとおり、数秒で流れ星が到着。
薄緑色に透けた男龍が向かいに立って微笑んだ。彼の後ろに、青い龍―― 『ミンティン』先にそっちの名を呼んだイーアンに、男龍の顔が歪む。
「俺が、来たんだ。俺が、先に。なぜミンティンを」
「あー、すみません。ルガルバンダ。つい、『馴染み』を優先しました」
俺も馴染みだろう、と無理を言うルガルバンダに(※ミンティン、顔を背ける)、イーアンは、はいはいと宥めながら、なぜ彼が来たのか訝しむ。
機嫌を損ねた男龍は、イーアンを睨んだまま、後ろの龍を指差して『お前の付き添いに』と目的を話した。キョトンとするイーアンと、ミンティンの金の目が合う。
「ミンティン、付き添い?」
「お前のための、だぞ。俺はすぐ戻るが、ミンティンがいた方が、龍気は保てる」
ああ~そういうこと、と納得した女龍に、ルガルバンダは配慮も感謝されず、さらに不機嫌を決め込んだが、イーアンは会釈してきちんとお礼を言い『龍気消耗が早いから、ルガルバンダに送ってもらって助かっている』と感想を伝えた。単純な男龍ルガルバンダ、これで機嫌が直る。
「そうなのか?まぁ、お前の龍気の使い方は、いつも激しい」
「激しく使っている気はありませんが・・・ちょっと、魔物退治が長引いた程度で切れるのは、ね」
「あの『小石』を手に入れる前は、四六時中、イヌァエル・テレンへ戻っていたな」
そこを突かれると話を続けたくない、イーアン。すっと目を逸らし『そうですっけ』と、とぼけたが、男龍は顔を覗き込んで、空へ誘う。
「とりあえず、回復には空が何より早い。俺が龍気を送るのも構わんが」
「龍気を送って下さい。しょっちゅう、空に行けませんし、私やること多いのです」
「子供たちが待ってるぞ」
「皆、自由に大きくなっています。もう、卵ちゃんないし」
「卵。卵?」
ピタッと止まる、イーアン。繰り返して、じっと見たルガルバンダ。あー、と瞼を閉じた青い龍。三秒の沈黙。イーアンの咳払いで、ルガルバンダの顔に笑みが戻る。
「卵、な」
「ないですよね」
「今はな」
「ミンティンを連れて来て下さって、有難うございました」
会話をザクッと断ち切るイーアンは、また目を逸らす。
ルガルバンダは可笑しそうで、笑みを引っ込められないまま、『どういたしまして』と頷く。ミンティンを振り向き『頼んだぞ』と念を押し、それ以上、話を続けることなく、流星になって夕空へ上がって行った。
「ミンティン。お前、私が失言したと思っていますでしょう」
男龍が消えた後、自分をじっと見ている青い龍の、同情を湛える金の目に溜息を吐き、『卵ラッシュ』とイーアンは項垂れた。あの一言で、私はまた保母さんになるのかもしれないと、懸念しつつ。
夕方の一コマは終わり、龍気の味方ミンティン付きで、イーアンは夜も荒野と崖、川を調べ回った。
―――余談だが。ルガルバンダは短いやり取りの中に『ザッカリアが質問したこと』を言わずに、空へ帰ったのだが。
これは、そう遠くない日、イーアンが頻繁に空へ来るようになってから、と考えたためだった。
*****
海岸から数十㎞あり、海抜もかなり高い位置にある、アムハール。
ミンティンを連れ、思い当たるところから何でも調べたイーアンは、ここが昔、海に似た環境だったと仮定。この世界にも、そうした『古代→環境変化』はあるとして。
これまで聞いた歴史から推測すると、この世界はそんなに古くなさそうだが、如何せん精霊が多い。国が沈んだり陸が出たり、魔法の世界は何でもありなので・・・小さい疑問を飛ばし、とりあえず『昔は海』設定。
そうすると、いろんなことに説明がついた。
有機成因なら、海藻や鳥の糞のたまり。無機成因なら、雷の空中窒素固定はあるかもとか。
ただ、昔はそうでも、現在よく雷が起こる地域かどうか分からない。そうすると、堆積した海のものが、陸になって、分解して・・・の順で生じた、結晶。
夜更けも構わず動いたイーアンは、明ける頃に、広いシュワック地方の片隅に立ち、薄暗いそこを眺めた。
「あの連中は、どこから採掘しているのか。そもそも採掘ではなくて、サブパメントゥが手伝って運ぶなら、地表に痕跡が残ることもない。闇を伝って、地上に持ち出した結晶・・・その結晶が求めに合うかは、僧侶の知識で判断したんだろう」
知恵の本は、ティヤーにもある。イーアンは少し考え、ミンティンに相談した。
「この一帯を・・・私たちで地質変えてしまうとなると、どうでしょうね?」
これ以上、危険な材料を、危険を求める者の手に渡らないよう、持ち出せないように。
アムハール以外でも、記録に残っているかも知れない。その可能性は、この先調べる。今すぐ、打てる手は。
「消すのではないの。消すと地盤沈下もありそうですから、そうではなく。私とミンティン、それぞれ別の特徴を持つ力でね・・・ この広さですけれど、どう思う?」
青い龍は、いつもと変わらず、ゆらりと大きな頭を揺らして、背に乗るよう女龍に示すと、すぐに浮上した。
*****
イーアンがミンティンと、アムハールの対処を行って、ティヤーに戻る朝。
入れ替えのように、タンクラッドとシャンガマックは『南の離島』へ向かう。
局と救助活動で、終わった昨日。タンクラッドは『サンキーが殺されては、道も途絶える』懸念が頭から消えず。
それはシャンガマックも同様で『他にもいるかもしれないが、今はサンキーに頼むのが最速』と、腕の立つ鍛冶屋に期待する分、彼が魔物の犠牲に遭うのは困ると・・・復元の職人の安否、二人は都合の入った焦りを持っていた。
死霊憑きの魔物については、まだ分からずじまい。これまでの魔物と、目立って異なる点が判然としないが、二人が対面した後に感じたのは、ティヤー人の心を挫く印象だった。
墓に入った同胞に殺される。精霊や龍への信仰心が強いティヤー人は、直感的にそう受け止めてしまう。
現在、二人が『死霊憑き』に対し、魔物以外の難題と思うのは、この部分。人の心を呆気なく、挫く術を持った魔物・・・・・
「タンクラッドさん。材料を」
「すまんな。持たせるほどの量ではないが」
持ちにくいですよねと、褐色の騎士は、滑りやすい魔物材料を半分引き取る。
船に積んであった魔物の皮を、試作用に幾つか選び、トゥに頼んでピンレイミ・モアミュー島へ来た二人は、縄でまとめていない滑る材料を両腕に抱えて歩く。
「静かですね。早起きしている印象だけど」
「・・・全国的に襲われたばかりだからな。昨日、ここも襲われているかも知れんぞ」
「あ・・・はい」
気遣いはある方でも、シャンガマックは父・ヨーマイテスと動く日々が多いのもあり、ふとした時に『魔物への感覚』が人間的な思考から少し遠くなる。
馬車で過ごし、宿で寝泊まりするタンクラッドは、旅に出て一年近い現在も、民間人の感覚が強いので、そうした意味ではシャンガマックの『慣れ』手前。
ちょっと気恥しそうに黙った騎士を連れ、タンクラッドは周辺を見渡し・・・特に魔物の形跡がないと感じながら、鍛冶屋の工房へ進む。
玄関の扉を叩き、中から足音と声がして、ようやくホッとする。
誰であれ、無事を祈るが。
サンキーは、ティヤー上陸早々に会えた貴重な腕を持つ職人で、彼の無事は今後の旅に関わるとすら、タンクラッドは思っていた。
「おはようございます」
扉が全開になるより早く、隙間から見えた訪問客にサンキーは挨拶し、そして二人が抱えた手荷物に目を丸くする。
「魔物材料だ。この前のと同じ」
タンクラッドはそう言うと、ぬるぬるする固い板を少し傾け、『どこに置いたらいい?』と訊ねた。
*****
そうして、材料の質を調べるにあたり、何をするか、どう扱うか、経験したことをタンクラッドがサンキー相手に解説する時間が始まり、サンキーもそれを聞く。
初日は取り乱していたが、気持ちの整理がついたのか。そう簡単に、切り替えは出来ないだろうけれど、サンキーの態度は落ち着いていた。だからなのか。
彼に・・・用事があるかどうか、そんな確認もしない内に始まった、職人同士の会話は、一人、見守るだけのシャンガマックに『サンキーさんは、今日の予定どうなんだろう』と思わせ続けた。
興味のあることに熱中して、話が途切れない。
することもなく、話についていけず(※不可解な用語多い)。通訳が必要だろうにと過る場面(※親方聞き返してる)もありながら、かみ砕いた表現や近い単語、工程の前後で通じることを交えた説明を介して、タンクラッドは理解を深めている様子。
それはサンキーも同じように、共通語でピンとこない時、ちらとシャンガマックに視線を送るも一秒足らず。説明しようとする親方の熱心な解説で、『ああ~!分かります』と手を打つのだから、この状況にシャンガマックは自分不要、と認めた。
すごいな・・・言葉の壁を越え続けている二人を、背後でじっと見つめ、騎士は佇む小一時間。
家の裏に運んだ、ぬるぬるの魔物の皮に凝視したのも最初だけだった鍛冶職人は、今や素手で触ってはタンクラッドに相談し、質問し、を繰り返している。
職人二人は、騎士がいることを意識しつつ、しかし視線を合わせたら会話が途切れるとでも思っているのか、目も合わせない。
無視ではないが、状態としてはシャンガマックは放置され、座る許可もなく、裏庭の壁に寄りかかって待つよりなかった(※職人二人は地面にしゃがんでる)。
だが、これを破ったのは―――
『お前の親が行ったぞ』 トゥの、その一言。シャンガマックの脳内に響き、え?と瞬きした直後。
ゴウッと風が唸る音と共に、家屋の影から巨大な獅子が飛び出した。
びっくりして腰を抜かしかける職人と、まん丸にした目を向ける騎士の前、乾いた地面に爪痕を滑らせた金茶の獅子は、ガアッと咆哮を上げる。その声量、我に返ったシャンガマックは『人が驚く!』と急いで獅子の顎を押さえた。
ギロッと睨んだ碧の目・・・は、タンクラッドに向く。ハッと気づいたシャンガマック。ゲッと察したタンクラッド。悲鳴も出ないサンキーが、しりもちをついたまま後ずさる。獅子は息子の腕に抱えられた口を、ぐっと捻って開けると唸る。
「タンクラッド。お前は、息子を連れ出した上に、放置か」
「いやいやいやいや、誤解だ!材料の説明を」
「見てりゃ分かる。息子はここで俺と帰る。勝手にやってろ」
「あ、ちょっと待ってくれ!ヨー・・・じゃなかった、待って!」
いつから見ていたか知らないが、怒っている獅子はタンクラッドにそう言うと、シャンガマックの腕を噛んで放り上げ背中に乗せ、慌てる騎士は『まだ帰るわけには』と一生懸命宥めた。
「なにがだ。お前は何もしてなかっただろう、退屈そうに」
「いや。その、退屈だったけど(※正直)」
息子の返事に、獅子は再び親方を睨み、親方は固まる。サンキーは喋る獅子に何も言えず、この大きな動物が彼らの知り合い、としか分からない。
「バニザット。お前を放ったらかして、都合良く使うこんなのに(←親方)」
「これからなんだよ。聞かなければ。ええと、すみません。話の最中でしょうが、今日伺った目的を先に話していいですか?」
苛ついている獅子の鬣を忙しく撫で回し、騎士は獅子の背に乗った状態で、サンキーとタンクラッドに用件を急かす。
二人が小刻みに何度も頷いたので、ケホンと咳払いし、『古代の剣のことで』と単刀直入、話を進めた。
お読み頂き有難うございます。




