2473. 旅の三百五十八日目 ~①アンディン島滞在七日間
翌日から一週間。
アンディン島で滞在になった一行は、ティヤーを巡る準備を整える。
移動に関してもそうだし、魔物製品紹介と普及のため、諸々の資料の揃えもそうだし・・・謎解き―― 危険な神殿の裏、古代儀式の剣、死霊の発生などの手掛かりも含めて。
彼らの環境も、説明すると。
アンディン島に限らず、ティヤーはどこかで魔物が現れては、人を攻撃する日々が始まったので、陸は僧兵が対応し、水がある場所は海賊関係が受け持つが、民間も、防衛を担う組織も、被害報告は日に日に増える。
アンディン島は、派遣騎士が来た噂も広がったけれど、ドルドレンたちの助けなど、民の誰も期待していない。
最初の被害国で戦った、豊富な経験を持つハイザンジェル騎士だとしても、各地で魔物が出ては対処できないだろうと、現実的な反応が殆どだった。
『海神の女、ウィハニの女もいる』これは期待されている。が、これも『助け』の捉え方ではなく、民にとって願掛けの域を出ない。
不思議なことだが、似たような精霊信仰・龍信仰のあるテイワグナと違い、ティヤーの民は『龍、助けて~』と救助を訴える相手、に龍を設定していなかった。
サネーティや、他海賊の男たちが、イーアンと親睦を持ち、なれなれしく撫で繰り回しても。彼女に『どうにかしてほしい』と言わない、それと同じ。
どちらかと言うと『海神の女がいるから、頑張らなければ』の感覚で、見守ってくれている大きな存在は、心の拠り所で充分、有難い様子。
だから、期待=願掛け・・・『海神の女が近くにいる、見えるところにいる、祈れば効果も大きいだろう』の感覚だった。
少し変わった信仰心ではあるが、戦おうとする気持ちが強いのは、頼もしい。
海運局では、専ら次長がドルドレンたちの相手で、会話の流れから『国民性がそう』と話しており、昔と今の違いは『神殿が武力を使うようになったこと』で、元々、血の気は多い国民かもしれないと・・・ 冗談めかしたその箇所に、魔物製品の話をしていたドルドレンは笑えなかった。次長も、苦笑は皮肉そうだった。
七日間の流れは、なかなか詰まった日々―――
先に記しておくと、ドルドレンは開戦時の単独行動で、ポルトカリフティグに会ったことや、ティヤーの馬車の民『太陽の手綱』の話をしていない。
少しは口にしたかもしれないが、これについて時間を持つより、『火薬と企みの危険』が常に危急の話題に上がった(※2468話他参照)。
後回しにした事情は、言葉上の報告だけでは、誤解も起こりかねないから。
まだ、馬車の民がどう神殿と関わったか分からない。不安定な状態で、他の者に伝える気になれなかった。
こんなことで、不安を一人胸にしまったまま、皆を集めて話す時間もなかなか取れず、ドルドレンは島の宿と海運局を行き来して過ぎた。この一週間、動きが少ないのは、彼とルオロフ、クフムくらいだった。
機構の話をする立場、総長。ロゼールがいないこともあり、ティヤーで潤滑に話が進むよう、事前準備は意見が出れば聞くし、配慮に配慮を重ねた。局以外での行動は、救助手伝いが中心で、時間が空けば手伝いに出る。
―――書類諸々は、初めのうちに終えたと思っていたが、魔物騒動で『破壊された支分部局』も報告が届き、地方支分部局の破壊状況では、紛失などのために改めて書かされることもあると、次長は話した。
そうすると、確認や点検で足止めを食らうのは目に見えている。次長は『この海運局で、可能な範囲を押さえよう』と、先に整えられる支度をドルドレンに勧めた。
機構の話は大きいし、国が絡む。ティヤーは、国を治める首相的な存在が曖昧で、『契約は、国境警備隊。ここに卸す』これを今の内に明確にしないと、どこで神殿側が邪魔をするかもしれない。
始まる前から不穏を臭わせ、魔物が始まったらすぐ本性を出した神殿の凶行に、ドルドレンたちも、海司る側も、『あれらに関わられるのは、危険に繋がる』と考えた―――
としたことで、ドルドレンは滞在期間中、通勤のように通った。仲間は、初日だけ海運局に付き合って、その後は各々違う動き。
別行動の理由は、アンディン島到着翌日の話がきっかけ。
朝食の席で、シャンガマックが、父・ホーミットの『神殿と修道院情報』を皆に伝えた。その内容が『破壊しても材料を消しても、また揃えている』という、いたちごっこである。
どこから出てくるのか、地下室にあった機材を丸ごと消そうが何だろうが、数日後に行くと、なぜか新たに運び込まれているそうで、獅子はこれに不審を感じた。まずこの報告が、一つ。
これとは別に、シャンガマックが親方と動いた前夜。
退治した魔物が『死霊憑き』で、これについてはダルナが探りに出てくれたことを、皆に話した。この報告が、二つめ。
敵対する人間にサブパメントゥが関わり、魔物には死霊が関わったと聞き、アイエラダハッドで手こずった変質魔物を思い出したオーリンは、うんざりした声を上げた。皆も同じ。
二つの報告を聞き、『今日は海運局で、現状解っていることを詳しく聞こうか』と最初の行動が決まった。
前の晩、タニーガヌウィーイとの打ち合わせで、海運局に顔を出す・紹介と説明は約束していたので、その流れで局に入ってきている情報を得る。予定外で待たされるかもしれないが、他の用事は特にない。
ミレイオとオーリン、通訳のクフムは、倒壊物撤去手伝いを選び、他は海運局へ。クフムを嫌う赤ん坊は、ミレイオと一緒にいたくても、クフムが嫌でむずかったので、赤ん坊は別。
シュンディーンは、あれ以降、青年の姿を取らず、赤ん坊状態で過ごしている。これも理由があるのだろう・・・と皆は受け入れ、世話も手間も気にしないドルドレンが、常に赤子担当となった。
そして、赤ん坊付きで海運局へ向かう、島初日の朝。行く道で、フォラヴが抜ける。
フォラヴは疲労が癒えず、ドルドレンは無理して頑張る彼に『国へ戻りなさい(※妖精の)』と促し、フォラヴは通りすがりの雑木林から、皆に見送られて故郷へ帰った。彼はここから、六日間不在となる。
更に着いてからは、親方がややこしい発言をしたため、また人数は減る。
『昨日な。小舟を一艘、持ってきたんだ』と海運局玄関前、後ろの海を指差し、タンクラッドは教えた。え?と皆の顔が振り向き、中へ入ろうとした足が止まる。
玄関に迎えに出たタニーガヌウィーイが挨拶し、今日帰るそれを伝えながら、旅人たちが海を気にしているので訊ね・・・親方曰く、『修道院の危険物』が港に隠されていると知って、局に入る手前で、皆を引っ張って港に確認に行った。
親方は『昨日は忙しかった』し、『今、焦らなくても今後も続く』問題だからと言ったが、銀のダルナ・トゥに出してもらった小舟、その箱の中身にイーアンの表情が消えた。
この手の銃の種類を、知っている。
部品だけ見て分かるほど、詳しくないイーアンだが、サイズや組み立てた予想で、この銃はお粗末な火縄銃どころではないと感じ、朝のホーミットの報告も心配で・・・・・
イーアンは、港から局へ戻る人数に入らず、『調べます』とその場で出発。
何を調べるのかを聞いた局長と伴侶に『火薬の原料を、何処から持ってきているか』と女龍は答え、目処が外れたら別の所を回るつもりで、もしかすると今日中に戻らないかも、と先に断ると、あっという間に空へ飛んだ。
思い立つとすぐ行動。勢いあるイーアンを見送った皆は、手分けして荷箱を持ち、海運局へ。
奪ってきた修道院の場所、大体の位置を地図で教えたタンクラッドが『奪ったと知れたらまずいか?』と今更になって、タニーガヌウィーイと次長に確認したが、二人は首を横に振って『ただの押収だろ』で済ませた。
海運局、出入国管理局からすれば、『武器に必要な原料を入国した記録がない』以上、見つけた大量の武器の部品を押収しても、神殿側の言い分が何であれ無理がある。そうしたことらしかった。
からりと済んだやり取り、ではあれ。
タンクラッドはこの後、記録詳細を書かされる(※ちゃんとしてる)。
これには、ティヤーの文字をシャンガマックが代筆し、タンクラッド本人による、共通語記述と揃えると言う、非常に時間のかかる作業をこなした。
意外ときちんとしている、局の一面。
ドルドレンたちは、親方がひーひー言っている姿が珍しいと眺めていたが、時間が勿体ないので、次長に別室で話をお願いし、魔物と被害状況で上がった最新の情報を共有してもらい、魔物製品と機構についての相談もした。
共通語を喋ってくれるが、複雑な単語はルオロフが訳さないとならず、たっぷり3時間ほど、慌ただしい海運局の午前を使って、ドルドレンたちは色んな状況を知った。
海運局は物資搬送や、被害地域の救援の手配で忙しい。
タンクラッドが解放された後、ドルドレンは『救助活動を手伝う』と申し出て、タニーガヌウィーイにお別れの挨拶をしたその足で、救助活動に参加した。
初日はこのような具合で、他、取り立てることはなく・・・ 場面はイーアン――― アイエラダハッド南部に移る。
*****
イーアンの用事は、本人が予感した通り、日を跨いで二日かかった。
―――目処をつけていた場所、アイエラダハッド南・シュワック地方アムハール。
ティヤーからここまで飛んだイーアンは、すぐ『ヤバいかも』と龍気の減りを気にしたが。
とりあえず、ルガルバンダにお願いするのは、もう少し後にして・・・ まずはアムハール一帯を飛び、降りては地質を見て、龍気で岩を抉って深層を確認し、龍気をいじりながら乾燥・熱・電解系を試した。
人っ子一人いない、それどころか生き物さえ見えない、悠久の荒野アムハール。
遊牧民が訪れる聖地と聞いたが、この時期はいない様子。海からずっと離れた地で、川もかなり遠い。
ただ、海側から入ってきたイーアンは、辿るように川と山脈の上を飛んだので、このアムハールは大昔に海だったかもしれないと感じていた。
アムハールの地形を確認し、山一つ抜けた先、流れている川を下ってゆくと、途中で色の違う土を見つけ、海藻だまりと知った。こんなところに?と海からうんと離れた山の中、土に仕舞いこまれた海藻と思しき層は驚いたが、ふと思いついて、上空へ上がり、可能性はあると思った。
アムハールは、造山作用で上がった位置くらいにある。アムハールを包むように山脈はあり、この高さで気流が変わる。海からの気流、風は、山脈を越えられない。
靄がかる薄青い空の続きに、イーアンの視力では見えない海がある。上空から海方面を見つめ、イーアンが思い出した続きは、精霊ナシャウニットの物語(※482話参照)。
シャンガマックの剣を作る際に、調べた本。アムハールは、大地を浚う風が金に輝く描写があった。
アムハールの乾き、ひび割れた大地に、霧が籠る状況を想像すれば、空から落ちる光が『霧』に反射した場合、超常現象に似合う風景に覆われるだろう。
雨が降る、と本にはあったが、雨と言い切るより、水分の印象ではと、この地を見下ろしイーアンは考える。
濃霧。例えば、濃霧であれば、露も地面を濡らす。それも半端ない濃霧であれば、水たまりも可能。
霧の発生が・・・海から吹いた水分の多い風が冷やされ、山を越えかけ、山の下層の低温のために、含んだ水分も雨にならないから、とする。これなら『決して雨が降らないアムハール』も説明がつく。
この露―― 水たまりさえ可能な量を齎す、一時的な濃霧・・・隆起した山で仮に『堆積した海藻の風化後』を溶かしていたら。
アンモニア塩が酸化して硝酸、アルカリと反応して硝酸塩、これが露で少しずつ、下方の荒野へ下がって溜り、温度の高い時期に分離して、乾燥で硝酸ナトリウムの結晶が出来る、とも・・・考えられる。けど。
「合ってるかなぁ~ 私、ちゃんと覚えてないんだよなぁ」
黒い螺旋の髪をわしゃわしゃ掻いて、女龍は唸る。火薬は、仕事で何度か自作したから、それで理解しているけれど。
硝酸ナトリウムは、潮解性があり、空中の水分でも反応が起こる。これ以外の例外とかあるんだっけ?と、本数冊以外の情報を知りたくなるイーアン。
「ネットで、もっと見ておくんでした。勉強不足~」
だけど多分そうだよねぇと、一人でブツブツ言いながら、イーアンは広いアムハールを、あっちへ飛びこっちへ飛び、ハンドオーガーの如く、土を数m分引っこ抜いては、地層の変わり目を調べて、難しい顔で『だと思う』を繰り返した。
以前の世界も、不思議な環境はたくさんあった。広大な砂漠が出来た理由を調べたら、周辺の気候と地形の影響は、常に外せない関係だった。
今回。アムハールは砂漠ではないけれど、『乾き切った雨一粒降らない荒野』として有名で、伝説上『雨が降った、精霊ナシャウニットによる』とされる場所、硝石があると仮定を手繰り、手応えあり。
「・・・硝酸ナトリウム結晶ですよ。地表から1,5m程度か。染みこんで、ここで結晶化を蓄積。サブパメントゥがなぜこれを『原料』と知ったのかは、分からないからさておき」
・・・ティヤーの僧侶がここへ来て、どこで採集したのかまでは、さすがに広すぎて限定できないが、アムハールよりもティヤーに近い地域、硝石が産出する環境はない気もする。
この世界の地理に疎い自分が、そんなことを言うのも、早計で怠惰かもしれないが。
行き交う情報の少ない世界だけに、人の耳に残るほど長く、言い伝えらえる地域は、『誰もが最初に思いつく』と、そうも捉える。
「サブパメントゥじゃなくてもですよ。もしかすると、昔の文献で探り入れた野郎が、変に知恵働かせて、ここに白羽の矢を立てたとかね。ありそう。いや、それかも。だって―― そうよ、ディアンタ僧院はアイエラダハッド貿易の名残で、あの古い知恵が」




