2468. アンディン島行きの時間 ~報告・戦闘①
※8日の投稿をお休みします。どうぞよろしくお願いします。
シャンガマックがサネーティに頷いて、サネーティが『これは君にだけだ』と、小さな巻物を、鞄から取り出している時―――
「あー。これか」
「そうよね。私たち慣れたけど」
真っ先に甲板へ走って行ったイーアンに続き、甲板へ出た皆が見たもの。オーリンが納得し、ミレイオも首を上下に振った光景。
「目立つのは、分かっていましたが」
銀色の大きなダルナとタンクラッド、女龍が、誰かの問いに答えて忙しい様子を、フォラヴは可笑しそうに眺める。
「気にならなくなってしまうと、私たちも鈍いですね」
ね、総長と、隣に立ったドルドレンへ振るフォラヴに、ドルドレンも『鈍くなった』と認めた。
あれだけデカくて、ティヤーで全く馴染みないダルナを脇に、帆も張らない船がすいすい進んでいるわけだ。ドルドレンも可笑しくなって、ちょっと笑いながら船首に集まったイーアンたちの側へ行く。
船の縁から下を見ると、タニーガヌウィーイも巡視船の甲板に出ている。下に向かって応じるイーアンとタンクラッド―― 主にイーアンが、進行方向から来たらしき、青い船数隻に自己紹介していた。
イーアンたちに近づいたドルドレンが『大声で応じるより、側へ行けば?』と、船縁に身を乗り出して叫んでいる奥さんに促すと、奥さんは『捉まるのは嫌です』と真顔で即答した。
それもそうか、と笑ったドルドレンが交代。君は下がっていていいよと、イーアンを後ろに回す。
イーアンは丁寧に相手をするので、埒が明かないこともあるし、こうした事態は自分の役目(※説明・交渉)・・・と総長は前に出る。
横を見れば、タンクラッドは他人事を決め込んだ様子。目が合うと剣職人は、冗談めかして首を竦めた。
「俺は添え物。脇役だからな」
「皆が驚いたのは、タンクラッドのダルナなのだ。全く」
「でも、遅かれ早かれ、イーアンを紹介することにはなったぞ」
ん?と、剣職人の言葉に首を傾げたすぐ、答えが分かる。タニーガヌウィーイは、船縁に来た総長を見つけ『おい、総長』と呼びかけた。局長は青い船を指差して教える。
「『海運局』だ!物資輸送で船を出してる。往復の船について行くぞ」
「ぬ。では、タニーガヌウィーイはここで帰るのか」
「アンディン島で、俺も仕事だ。引き継ぎの挨拶をしてやるから」
ああ、そういうこと、と手を振ったドルドレンは、じっとやり取りを見ていたタンクラッドに『お前は』と困ったように眉を寄せた。
先に聞いているなら言ってくれと、笑うタンクラッドに注意したが、タンクラッドは銀のダルナの鼻先に寄りかかって腕組みしたまま『俺は指示しない立場だ』さらっと返して、終わり。
しょっちゅう、好きに命令しているくせにと思うが、とりあえず状況を把握したドルドレンは頷いて(※親方は相手にしない)、イーアンを連れて、皆に事情を伝えに戻った。
「そうなの?でも、航路が変わるとかじゃないでしょ?単に、誘導する船が増えただけで」
ミレイオの確認に、『多分』とドルドレンもそれしか。印象はそうですよ、とイーアンも言葉を足し、『行き先は海運局だったし、行く道で会った感じでは』と言うと、皆も、ふむふむ了解した。
船首近くの縁でタンクラッドはダルナと何か話しており、彼の身振りで船が方向を少し変え、落としていた速度は、また上げる。
「物資輸送の船、か。魔物が来たら、海じゃ応戦が難しそうだ」
空は晴れていて、魔物の影でもあれば早く見つかりそうだし、海に魔物がいても透明度が高いので視界は良いが、ルオロフは心配気に海に呟く。
「お前は、海賊と一緒に戦ったのだろう。彼らの動きに、印象はあるか」
昨晩の状況報告では、皆は慌ただしく詳細に触れず仕舞いで、ドルドレンは『味方になった海賊について』知ったことを聞かせてほしいと頼む。
総長に訊ねられたルオロフは、『彼らは全く恐れない』と先に伝えた。
魔物退治は、まず恐れないことから、可能性が生まれるので、これは最低条件。
彼らはそうだろうなと頷いたドルドレン。赤毛の貴族は少し考えながら、自分が側で見た、海賊の戦闘の風景を教えた。その多くは、聞き手の騎士も職人も、見当をつけたまんま。
海賊は剣。弓はなく、とにかく体力があり、魔物と見定めるや躍りかかって切りつけ、魔物によっては毒を出すものもいたが、それを浴びて、叫ぼうが傷つこうが怯まない。
「とても好戦的でした。毒の唾を吐かれ、何人かが痛みで叫びました。でも彼らは逃げないんですよ。怒って怒鳴り散らして、皮膚が焼けていようが何だろうが、あれは腕一本でも剣を突き立てる勢いです」
「誰かさんみたいだ」
オーリンの茶々で、イーアンが睨み、ミレイオが笑う。ドルドレンも思わず失笑が漏れたが咳払いし、フォラヴも顔を両手で隠した(※笑ってる)。
その反応を見回し、赤毛の若者は『イーアン?』と訊き、イーアンは仏頂面で『何でもありません』と答えたが、オーリンがまた口を出す。
「イーアンがまだ、人間だった時。まさに、今の説明した動きだ。龍になっても変わらないけどな」
「オーリンったら。あなた、そういう私が好きだと言ってたのに、こんな時に揶揄うとは」
「好きだよ。『鬼みたいですげぇやつだ』と思ったから」
「鬼じゃないわよっ」
カラカラ笑う弓職人に、怒るイーアン。クフムは『彼女は元から鬼だったのか』と心で納得した。
ポカンとしたルオロフだが、『イーアンは、なるべくして龍に選ばれたのですね』と素直に伝えると、イーアンは笑顔を向け、すぐに真顔に戻る。
『彼らの負った、毒の怪我はどうしました』と赤毛の貴族に質問し、ルオロフが『彼ら専用の薬で対処していた』ことや、『効果はあった様子』など詳しいことを、心配そうに頷きながら聞く。
この間・・・ドルドレンも『オーリンの言葉は強ち遠くない』と、イーアンを眺めていた。イーアンが戦い続けた勇姿を、常に見続けた総長は、誰よりも彼女の勇猛さを知る。この後ろで、ミレイオとフォラヴがずっとクスクス笑っていた。
とりあえず。海賊の皆さんも死者は出なかったし、ということで。
「さて。サネーティが来ない内に、このまま報告を済ませましょう」
「・・・昨日の、各自のか」
聞き返したドルドレンに、周囲に視線を回した女龍は『まだ着かないと思うし』と、海ばかりの景色を見た。ちょっとフォラヴが気にし、『シャンガマックもいません。呼びますか?』と昇降口を振り向く。
「呼びたいけれど、もしかすると、彼はサネーティと一緒かもです」
服のことで・・・とイーアンが呟き、皆も何となく思い当たるため、『シャンガマックは後で』にする。昇降口付近の甲板に出た皆は、この場で報告会を始めた。
*****
昨晩、それぞれが口に出すのを躊躇った内容は、ほぼ同じものについてだった。
まず伝えておかねばと、最初にイーアンが報告し、続いてドルドレンが『俺も見た』と言うと、オーリンは大きな溜息を吐いた。フォラヴやルオロフ、クフムは知らないし、ミレイオも出くわさなかったが、それは『火薬』の一件。
話最中でタンクラッドが来て、『俺も見た』と報告する。声の届かない距離にいた彼は、トゥに内容を教えられ、報告するなら今、と参加。
「神殿は、本気で民を殺す」
壺に入った火薬と、金属の破片。僧侶や神官が、それを各地で爆破させていた。だから、タンクラッドたちは、その連中も倒したという話。
彼らは人を殺してきた―――?! 親方の話で理解したクフムが、怖れにおののく。が、ミレイオは彼を振り向き『あんたも枠外じゃないのよ』と冷たく、釘さす。
そんなものに、飄々と関わっていた自覚を持ちなさい、と短く吐き捨て、俯いた僧侶から目を逸らした。皆は彼を相手にせず、話は続く。
「飛び道具の発砲も。厄介だな」
オーリンは昨日、言おうと思って黙っていた『玉』を、腰袋から出し、それを見た親方の目が鋭くなる。
「お前、撃たれたのか」
「当たらなかったけどな。で、撃った奴は俺が倒した。崖から真っ逆さまに、海に転落だ。そいつの立っていた崖を見に行ったら、これがあった。
触りたくもないが、何かの手掛かりになるだろ。証拠でもあるし」
手を伸ばしたタンクラッドに渡しながら、オーリンは『ややこしくなっている』と呟く。小さな禍々しい鉄の塊は、妖精の騎士の顔を嫌悪で歪ませ、彼の背中をドルドレンがそっと撫でた。
「同じ印象だ・・・ 」 「ええ。あの矢柄を思い出しました」
二人の騎士の沈む声に、タンクラッドは観察後の玉をオーリンに返し、『コルステインが探っている』それも伝える。
皆の表情に、驚きと心配が混じり、小さく首を横に振った親方は『まだ解らないし、コルステインもどこまで調べが利くか、保証がなさそうだ』とも、先に話した。期待は控え目であれ、と。
数秒の沈黙を挟み、ルオロフはクフムに視線を投げる。クフムはその視線を受け止め、頷いた。
「関係があるのかも知れません。昨日、私が表で魔物を退治していた時。クフムは部屋で」
ルオロフは、クフムの代わりに、昨晩の影の話をする。クフムが『自分を殺しに来たのかも』と怯えたことや、影が結局は何もせずにいなくなったこと。
「何の関連が、どう繋がるか。不明ですけれど」
「その情報は大事だ。クフムは、影しか見ていないんだな?」
タンクラッドが尋ね、僧侶はすまなそうに頷いた。『仕方ない』と怯えた僧侶に理解を示し、タンクラッドは皆に『繋がりは大いにあるだろうな』と自分の予感を口にした。
その、一言が終わると同時。イーアンが一方に振り向く。びゅっと飛び出た白い6翼で宙を叩き、女龍は一瞬で空へ飛んだ。
「魔物か」
女龍の動きの一秒後、ドルドレンの冠が熱を持ち、タンクラッドはトゥを見る。銀のダルナの顔が海中に向き、ミレイオは背負っていたお皿ちゃんを引っ張り抜くと、『倒すわ』と女龍に続き、かっ飛んで行った。
タンクラッドは、剣が馬車・・・トゥに呼ばれて『俺はトゥと』と短く断り、ささっとダルナに乗って浮上する。
「お前たちは船を守れ!ドルドレンは、巡視船と海運局の船だ」
上から降ってきた親方命令に、ドルドレンは『彼は指示している』とぼやきつつ、了解の返事で片腕を上げた。
それからルオロフに『クフムを連れて、船内へ』と急がせ、シャンガマックには、船内の異変に対応するよう、伝えてもらう。
黒い船からイーアンや仲間が動いたことで、何かあったと判断した巡視船でも『魔物かもしれない』
『攻撃の準備を』と大声が飛び交い出した。
「来たぞ」
トゥがいなくなった船は、停止。船の左舷から海を見たオーリンは『数がいるな』と首を掻く。
「じゃ。俺は面に頼るよ」
フォラヴと総長に肩越し、そう言うと、弓職人は片手で腰から引っこ抜いた『骨の面』を顔に当て、瞬く間に光の帯を纏い、二人の前で一頭の小龍に変わった。
「おお、あれが」 「オーリンが丸ごと龍に変わるとは」
初めて目にしたオーリンの面の力。二人の騎士は驚き、船縁から飛び立った小龍を見送る。下で騒ぎが大きくなり、海中を動く影を確認し、ドルドレンとフォラヴも剣を抜いた。
「オーリンのような、派手は無理だが」
「いいえ。あなたも充分、派手」
ハハハと笑ったドルドレンも、顔にポルトカリフティグの面を当て、足元にムンクウォンの白い翼を出す。
「フォラヴ。回復していないと思う。結界を出さなくても。この船の甲板は、任せてもいいか」
「地味に戦います」
妖精の騎士の返事に少し笑って、勇者は周囲の巡視船を守りに出た。
「クフムは、ルオロフが船内に連れて行ってくれた・・・サネーティはシャンガマックと一緒だし、船内は大丈夫。私一人で、甲板くらいなら、まぁ」
妖精の力は、総長が言ったとおり。まだ回復していないので、今は使いたくない。
剣を持ち、『こんな程度とは。私はまだまだ』と情けなく微笑む妖精の騎士は、ぐらっと船体が揺れたすぐ、飛沫を上げて海から踊り出た魔物を、軽やかに切り捨てた。
*****
実際。フォラヴが『甲板止まり』を任されたのは、正解だった。
そして船内に、シャンガマックとルオロフが留まったのも、正解。
フォラヴは久しぶりに剣のみの応戦だったが、前後の甲板と船縁に上がろうとする魔物を切り続けるに支障はなかった。
妖精の力を使わずに済む退治は、すぐに片付かないにせよ、少々手間がかかっても、これで終わるならと・・・妖精の騎士は、ホッとするくらい。それに、消さない退治も、出だしでは有効かもと考える。
「魔物の残骸。私には見分けがつかないけれど、職人たちは使えるかもしれないし」
切りながら、手応え的に『材料行き』を思い出す騎士は、魔物が船の下と内部へ入ろうとする動きも、知ってはいるものの。
「シャンガマックが居てくれて、何より」
ザッと剣を薙ぎ、魚じみた魔物を倒したフォラヴは呟く。ちらりと見た昇降口・・・その奥、中では―――




