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魔物資源活用機構  作者: Ichen
ティヤー開戦
2466/2965

2466. 黒塗りの船 ~サネーティの仕事・船は旅人のために

 

 舷梯の足元に、『あ』とルオロフが迷惑そうな顔をした。



 手を振る男一人。『おはようございます』と笑顔で仰々しい身振りの、ンウィーサネーティが待っている。一同がそちらに顔を向けた。でもそれより先に、船の確認。イーアンは話を戻す。


「・・・あの。タニーガヌウィーイ、サネーティさんと話す前に、船の」


『アネィヨーハン』この船の名前だ、と黒い船を指差し教えた局長に、イーアンは真っ黒な海賊船を見上げ、『もしかして、()()の』と言いかけて局長を見上げる。彼はすんなり頷き、指差した手をちょっと開いて、さらに紹介。



「ウィハニ。海神の女が乗る船なら、これが、ここの一番だ。アネィヨーハンの意味は、俺たちの言葉で黒い龍そのもの。帆の形さえ、龍の背びれを模倣している」


「でも・・・さすがに船一隻なんて、頂くわけには」


「貢物だよ。勝手に貢ぐんだから、気にすんな」


 ムリよと目を見開く女龍に、局長は少し笑い、彼女の背中を押して『使ってくれ』と、話を終わらせるように、舷梯を顎で示した。


「ンウィーサネーティが、話しがあるんだ」


「いえ、そうだけど。ちょっと待って下さい」


 イーアンは『船を操れる人は、私たちにいませんから』と譲渡を断る。あんまり借りを作るのも、何かの時に感覚の違いが出そうで、自然反射の拒否。

 女龍の断りを横で聞く職人たちも同じ意見で、前方で手を振って煩いくらい呼ぶサネーティに近づきつつ、心でイーアンを応援中。


「船。操れる人間、そうだな。いないよな」


 百も承知と言った感じのタニーガヌウィーイは、大きく頭を上下に揺らすと『だから』と意味あり気に口端を吊り上げた。


()()()()()()()()()()


「あらっ。もしや、そのつもりで」


「魂胆みたいな捉え方は、好まん。善意と崇拝だ」


「うう、崇拝はちょっと」


 局長の返事で理解した、『海賊付き』の船。しかしイーアンの拒否、その返事半ばで、皆は舷梯に到着する。

 強制終了の船譲渡話題は後に回され、待っていたサネーティと面と向かう。彼は朝の光に、少々やつれて見えた。



「これを、渡します。ティヤーのどこへ行くにも、この札が守ってくれるでしょう」


 くまの出来た目元を緩ませ、サネーティは十数枚の端革を両手に持ち、イーアンに差し出した。


 有難うとお礼を言いながら受け取り、手にしてすぐ気づいた、()()()の材料。この黒は、とイーアンの眉根が寄る。自分が初めて頂いた、あの端革のものと違う・・・女龍は困惑の表情を浮かべ、その反応にサネーティは少し戸惑った。


「どうかしました?」


「サネーティ。あなた、もしや。()()


「え。分かるんですか」


「分かりますよ!あなたの血で、これを描いたのですか」


 女龍の言葉に、ギョッとした全員の視線がサネーティに集中。局長は普通に『そういうもんだから』と添えたが、イーアンは手に持った革の束に溜息をついた。


「・・・体のどこを切ったのですか」


「気にしないで下さい。ちょっとです」


「ちょっとで描ける量ではありません。教えて下さい。どこです」


 咎められている印象を受けたサネーティは気を悪くし、顔を背け『あなたたちの無事への思いが、気持ち悪いですか?もしくは、海神にご法度のことでもしましたか?』と投げやりに答えたが、イーアンはそれに答えず、もう一度『どこ』と低い声で聞いた。


 不愉快を目つきに籠め、サネーティは嫌そうに息を吐くと、ここですよと、服の上から肩を示した。



「私の気持ちを、()()()()に扱われて心外だ。無事を祈っていただけで」


()()()()()に、あなたが捉えているか知りません」


 抑揚のない返事を返し、イーアンは片手に革の束を持った状態で、もう片手を彼の腕に添えた。


 あ、とサネーティが瞬きする。白い龍気がイーアンの手を伝い、傷をつけた肩にするする絡みながら、紫と金の光の粒子を散らし、彼の腕を、温かで穏やかな空の優しさに包む。数秒後、龍気の帯は、朝陽の輝きに解けて消えた。



 目を丸くし、『治してくれた』上ずった声で呟いたサネーティは、小さな息切れを女龍に向ける。

 イーアンは微笑まず、『傷を負ってまで作ると思いませんでした』とすまなそうに答えた。それを聞いた直後、サネーティは彼女を抱きしめる。


 ぐわ、と慄いて逃げようとする女龍を、むぎゅーっと抱きしめ、サネーティは螺旋の髪に顔を埋めて『感動です!』『私に力を!』『心配してくれたんですね』『ウィハニに手当てしてもらえるなんて』と叫びたてた(※耳元で煩い)。


 この大袈裟な男の一部始終、一先ず見守っていたものの。


 さすがに抱きついたところで、ドルドレンが溜息交じりで彼を離しに掛かり、なかなか離れないので、タンクラッドも手伝ってはがす。局長は苦笑し『ンウィーサネーティの性格だ』熱い男なんだよと言い訳していた。



「この肩は、一生、何があっても傷つけません!私の誇りだ!毎日、自慢します!ああ、こんな奇跡を使ってもらえると知っていたら、首を切っていました!」


『もっと()()()になる場所の血を使えば良かった』と斜めに後悔し、シャツを引っ張り、傷がない確認に感嘆の叫びをあげるや、『素晴らしい、信じられない、ここにこれくらいの長さで、深さはこのくらいで傷があった』と、呪術師はドン引きする皆さんに、はちきれんばかりの笑顔で治った肩の付け根を見せる。


 狂ったような興奮具合に、少し引いたイーアンは『首はだめ(※死ぬ)』と注意。皆も、ここまで崇拝具合が強いと気持ち悪いなと、痛々しくサネーティを見つめた。



 ―――舷梯下の騒々しい一場面はこうして終わり、興奮冷めやらぬ男は局長が引っ張って、皆に船に乗るよう促す。


 大きな船なので、まずは案内。船員は50人ほどいて紹介され、挨拶と名前を簡単に済ませると、『途中途中で交代する』予定も知らされた。


 今回の旅路は、船一隻を使うなんて。思いもよらない展開に戸惑うが、陸へ上がったら、島を出るまで彼らは待機するようだし、どこまでもついてくると聞かされて、ドルドレンたちも諦めかけた・・・ところで。


「ん?あ、そうか。その手もあるよな」


 甲板で挨拶する男たちを眺め渡したタンクラッドが、聞こえる声でそう言うと、皆が彼に振りむく。剣職人はちょっと笑って、腕組みした手の片方で空を指差した。


「ほら。俺のダルナが」


「あ」 「おお」 「もしかして、トゥが?」


 きらりと、流れる朝の雲に紛れ、上空に銀色が輝いた。イーアンたちは瞬間で胸を撫で下ろす。海賊は何のことやら。上を見て安堵の笑みを浮かべた旅人に、眉根を寄せた。タンクラッドがおかしそうに教えてやる。


「俺のダルナが・・・ダルナ、その前に知っているか。異界の精霊だ」


「話だけだ。昨日、ティヤーを再現したのも『ダルナ』と」


「その通りだ。いろんな能力を持つ。俺についているダルナも、かなり桁外れなやつでな・・・この船は、やつが動かすらしいぞ」


「ダルナ、が?人間の船を知らないのに」


「そう。()()()()()()、だ」


 タンクラッドの合間を入れない返答に、面食らう海賊の皆さん。船と生きる彼らに、船を知らないやつが操るなんて発言は、普通なら受け入れられるわけもないが、相手が―――


 視線を上に向ける、船員の一人。彼につられ、二人、三人、と次々に顔を空へ向け、タニーガヌウィーイの曇る表情は、鳶色の瞳で余裕そうな男を見たまま動かず。

 彼の不満と苛立ち・面白くないのがビシバシ伝わる中、サネーティは見上げた空に『あれだ、タニーガヌウィーイ』と大声で教えた。


「なんだ、あれは。龍・・・じゃ」


「あれが、彼のダルナです。龍と似ているけど、違うのです」


 サネーティの凝視に、イーアンが添える。それでも局長は上を見ない。意地でも見たくないようだが、タンクラッドが、すっと息を吸い込んだ時、彼の真後ろに銀色の双頭が瞬時に現れた。


 うわー!と後ずさる船員の驚き(※サネーティも無論)。振り返ったミレイオが『派手だわ』と見せつけ方が()()()()()だと指摘し、ドルドレンたちも『タンクラッドらしい』と頷く。


 剣職人の真後ろに浮かぶ、双頭のダルナの迫力は、タニーガヌウィーイの目を見開かせた。それは、見た目の迫力だけではなく・・・『何だと』思わず声が漏れた局長に、タンクラッドは少し口を吊り上げた。


「そうなんだ。()()()()()()でな」


 タンクラッドにも、聞こえている。局長の頭に話しかけたトゥは、局長の配慮―― 船員を不要と伝え、船は瞬間移動が可能である、と伝えた。


「悪く思うな。船だけ貰おうって気じゃない。考えてみてくれ。俺たちは、普通の人間を守りながら戦うのは、()()()()難しいこともある」


「船にいるだけ邪魔と、聞こえるな」


「言ったろ。『悪く思うな』と」


 つまり、言ってる意味は一緒・・・肩越し、親方を見上げるイーアンは、他の言い方ないの?と眉根を寄せるが、誰相手でも遠慮なしのタンクラッドは、ちらっと女龍の視線に合わせ『だろ?』と同意を求めた(※巻き添え)。


 はー、と溜息をついたイーアンは、怖い顔の局長に向き直り、船はやはり遠慮しても、と控えめに辞退を伝える。


 だがそこは局長、海の猛者。ぐらっと左右に一度首を振り、『アネィヨーハンは、龍のための船だ』と言い切った(※強制譲渡決行)。


 言い切った割に、白い髭の奥で舌打ちした局長。その心境が嫌なくらい伝わる皆は、うちのタンクラッドがすみませんと心で謝りつつ、でも()()()()()()()を回避できたことにホッとした。


 確かに、タンクラッドの言うとおり。

 部外者が常に側にいるのは、いろんな意味で断りたい。そして、彼ら船員が、魔物に襲われる時はこちらが守りながら、の動きも―― タンクラッド風に言えば、足枷である。



 タンクラッドは、ゴルダーズ公の船に残った川下りで、それを痛感した。


 自分一人しか戦えない状況で、一般人を守りながら、制限の狭まる戦闘は御免こうむりたい。民間人を守るのは当然であれ、みすみす、不自由が増える境遇を望みはしない。


 これは、主を思うトゥも同じ。主の負担となるものは、トゥが取り除く気でいる。



 揺るぎそうにない相手―― 異界の精霊と向かい合い、タニーガヌウィーイは踵を返した。あ、と止めかけたイーアンにだけ、彼は少し振り返り『出港だ。巡視船で誘導する』と言った。


 その意味は、瞬間移動させない気・・・とイーアンは察する。


 舷梯を下りて行く局長が、足を止めずに『ンウィーサネーティ以外、船を降りろ』と命令を怒鳴り、甲板にいた大人数もまた、複雑そうな顔もあれば、不承不承の面持ちもありで、船を出て行った。


「怒らせてしまった」


「でも。仕方ありませんよ。だって、『ウィハニの女の船』なんだから」


 局長を見送って呟いた女龍の横、ひょこッとその顔を覗き込んだサネーティは、笑顔。


「譲られた以上、あなたがこの船の船長です。譲ったタニーガヌウィーイは、四の五の口出せない」


 微妙な視線を向けた女龍に、信者サネーティは嬉しそうで『()()残ってますし』と片手で胸を叩いた。


「さ。タニーガヌウィーイの船が出たら、その大きなダルナに船を動かしてもらうとして。私たちは中へ入りましょう。ここじゃ『紙』が吹き飛んでしまう」


「紙?」


 気楽なサネーティの言葉に、下の錨上げを見ていたルオロフが顔を上げる。


「行き先だ。お前の他に話してないし、お前に話した順路より細かく設定してきた。私はアンディン島まで一緒だが、そこで戻る。続きはウィンダル、お前が案内するんだ」


「何?私が?案内とは、何の話だ」


「ティヤー語喋れるだろ?それだけだよ」


 ケロッとした感じで、赤毛の若い貴族とのやり取りをポンポンと済ませ、はぁ?と驚くルオロフに背を向けたサネーティは、同じように少し驚いているイーアンにニコッと笑い、前に見える、船首楼甲板から続く、昇降口を指差す。



「じゃ。船室で話の続きです。次のアンディン島は近くで、岩礁さえ無事なら半日かかりません。その間に説明します。あ、総長も皆さんもどうぞ」


 思い出し序のように、前に立つドルドレンを見上げ、サネーティは笑顔。

 軽薄そうな印象は変わらない男に、ドルドレンも『こいつは()()(※ちょっと異質)』と認め、皆は船内へ移動する。

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