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魔物資源活用機構  作者: Ichen
ティヤー開戦
2463/2963

2463. 不審者・発砲・痕跡・イーアンとイングの再現巡り①

 

 ―――『何かが。私を見ていました』



 部屋に戻ったルオロフは、クフムの話を思い出して考えていた。


 手を出されたりはしなかったものの、クフムは何度か視線を感じ、窓越しに過った影を見て、悲鳴を上げかけた。が、それは我慢したらしく、しかし生きた心地せずの時間だったという。


『顔を見ていないのか?人間じゃないな?』


 どこまで視認したか、ルオロフは質問したが、クフムは不安と恐怖に『よく思い出せません』と目を強く閉じ、『あれが。ゴルダーズ公の船を襲った、殺人犯の仲間かも』と怯えた―――



()()()の仲間・・・確か、ミレイオとタンクラッドさんが倒したのだっけ。船に放火に入った、という話だったが」


 ここは二階で、クフムの部屋へ行くにしても、一階から外壁を上がれば、誰かの目が見ていそうではある。それも、()()()とクフムが感じたのであれば、壁に張り付いていたとも思える。


「人間以外なんて、うじゃうじゃしているからな。何が来たところで、おかしくはない。クフムの様子を見に来たのだろうか。手を出さずに消えたのは」


 クフムが嘘を言っていると思えないし、恐怖に駆られて、思い込みの見間違いがあった・・・とは、ちょっと考えにくかった。


 むしろ、狙われる可能性の高さが気になる。クフムは、この国に撒いた、残存の知恵を破壊するために来たのだから。



「うーん。なぜ、何もされなかったのかな」


 ルオロフは戦闘中、ずっと宿周辺にいたわけではなく、宿を中心に近場を回っていたので、クフムが怯えた時間は離れていた。つまり、申し訳ないが『彼はいつでも殺されて良い状態』だったのだ。


「闇や影を伝って動くやつに、あの弱々しい僧侶なんて、呆気ないはず」


 これまで()()()()を感じていないよな、とルオロフは首を捻り、大きく息を吐く。こんな時、狼男なら、と毎度悩むたびに思う。



「悩んでも仕方ない。とりあえず今夜は、最強のサブパメントゥも側にいるようだし(※コルステイン)、クフムが危険ということはないだろう。明日にでも・・・時間を見つけて、皆に教えなければ」


 宿の人々もいる前で、不審な話をするには、今日はあまりにも過激すぎる。そう判断したルオロフもクフムも、この話は後にした。ルオロフはランタンの光を落とし、ささやかな仮眠に入った。



 *****



 シャンガマックも、宿泊初日から取っておいてもらった部屋に入り、暗い影の柱影で獅子を呼ぶ。獅子はすぐに現れ、騒めきの止まない窓の外に視線を向けると、息子に訊ねた。


「話したのか」


「いや」


 寝台に腰かけたシャンガマックは、上半身だけ裸になり、服をパンパンと軽く叩く。それを見ていた獅子が、服を貸すように言い、彼の服の汚れを()()で取ってやったが。


「ありがとう」


 戻された服を受け取った息子に、お前の服は汚れないと思うぞと呟いた。シャンガマックは小さい溜息をつきながら頷き、服を着る。


「精霊の服だからね・・・でも。何となく、俺が嫌なんだ。あんな人でなしの巣窟を回ったから」


「バニザット。お前が辛いなら」


「そうじゃない。そうじゃないよ、ヨーマイテス・・・うん。辛くないと言えば、それは嘘だけれど。ただ」


 また溜息を落とし、前屈みに背を曲げた褐色の騎士は、心が疲れている。獅子は彼の前に寄り、鬣に両腕を伸ばした息子に抱きしめられながら『無理はするな』と静かに労う。


 ぎゅうっと抱きしめる腕の力は、獅子に苦しみをぶつけるように強く、獅子は息子の心が傷ついているのを感じながら、彼の背を大きな手で撫でた。


「俺と・・・エサイでも出来る。お前は休め」


「俺も行くよ。まだいると思うと、許せないし」


「寝ろ。バニザット。寝てないだろ」


「平気だ。そんなことより」


『良いから寝ろって』獅子は彼を少し引き離し、苦悶の表情を湛える息子を、碧の瞳でじっと見つめ『寝ろ』と促す。顔をぐっと片手で拭った息子の胸を、ゆっくり鼻先で押し、寝台に寝かせる。


「俺が寝ている間に、ヨーマイテスは行くのか。ヨーマイテスだって眠る体だ。寝ないと」


「俺はサブパメントゥだ。眠る習慣はついたにせよ、問題ない」


 大丈夫だから、と。大きな獅子は囁き、何とも言えないで黙るシャンガマックは、父の気遣いに従い、目を瞑った。獅子は彼の頬をちょっとだけ舐めて、闇に溶け込み消えた。



「ふー・・・ 皆に言わなければ、と思ったのに。さっきの状態では、言うだけ混乱を招きかねない。でも、早い内に伝えておかないとな」


 瞑った瞼に力を入れ、褐色の騎士の呟きはここで終わる。どっと疲れが遅い、シャンガマックはあっという間に微睡みに引き込まれる。


 正義感の強い褐色の騎士に、今日の―― 民を殺しにかかる神殿 ――出来事は衝撃が強く、それは彼の滾る怒りを、一秒も途切れさせなかった。



 発砲、あの瞬間。


 何ヶ所目かの地下室で聞いた、外に響いた音は、間違いなく発砲音だった。シャンガマックたちが狙われたのではなく、表に出ていた僧兵が()()()()()()撃った。


 アイエラダハッドの異時空に封じられた、最後は水に沈んだ町、あの時の光景を思い出した。


 発砲音の続きは、エサイが動いて・・・ 褐色の頬に、僅かな苛立ちが引き攣った後、シャンガマックは眠りに包まれた。



 *****



 コルステインが待つ部屋で、タンクラッドも横になり、互いに労った続き。タンクラッドはコルステインに訊ねた。


『サブパメントゥで、他の種族に通用する武器、あるか?』


 コルステイン相手に、説明が難しいことだが、瞬きした大きなサブパメントゥに、今日見た状況と、感じたことを丁寧に細かく教えると、コルステインの目がすっと細まる。じっと剣職人を見つめ、コルステインは何か考えたのか。


『タンクラッド。寝る。する』


『あ、おい』


『コルステイン。探す。分かる。ない。でも。探す。する』


『探しに行ってくれるってのか。分からなくても?』


 うん、と頷いたすぐ、コルステインは青い霧になって闇に消えてしまった。おい、と伸ばした手は浮いたまま、タンクラッドは腕を下ろし、目を閉じる。


「気遣わせちまった。しかし・・・心当たりでもあるような、そんな顔だったな」


 コルステインは、分からないことに対し、まるっと分からない反応をする素直な性格。それが、何やら引っかかった表情を見せたということは。


()()()は、触れて何があったわけでもない。ただ、あの色。あの柄が、ついていただけで」


 サブパメントゥの絵柄―― タンクラッドが見つけた、銃の玉と思しき小さな物体に、それがあったこと。



 *****



「持ってるのも、気分悪いな」


 一つ隣の部屋、寝台に横になったオーリンは、窓から入る表の明かりに、指先に摘まんだ金属を眺める。


「ガルホブラフが避けなかったら、俺に当たっただろうか。ムカつくな」


 発砲されたオーリンは、龍の背で回避。性能の悪そうな印象がついていた『長筒銃』の使用を初めて目撃した。まさか、自分に銃口を向けられるとは思わなかったが、攻撃した相手は直後にオーリンが倒した。


「俺の弓の方がよほど正確だ、そんなの疑う余地もないが。だが、思っていたより狙いに近く、撃てるシロモノだったとはね・・・で、この。不細工な金属の玉。この柄は何なんだ?」


 アイエラダハッド決戦で、矢柄にあった色と柄を、指先に摘まんだ金属片に見る。毒はなさそうだが、毒ではなく、意味するところは『あいつらの目的が()()だとすると。操りが効きやすくなるのか?』呟きながらオーリンの脳裏に過ったのは、フォラヴの事件だった。


 タンクラッドは顔を焼かれたが、あれは毒。そして彼は鏃が刺さっていなかった。

 しかしフォラヴは、鏃が刺さり、妖精の力を出せなくて倒れたのだ。



「けったいなもん、思いつきやがったな」


 触りたくもないが、持ち帰って皆に見せるつもりでいたオーリン。倒した僧兵は一人で、銃もそれだけ。僧兵は銃を抱えたまま、崖から転落して海に落ち、僧兵のいた場所を見に行ったオーリンは、そこに残された玉の包みを見つけ、一つだけ持ち帰った。


『早い内に、話しとかないとな』呟きながら、証拠品を腰袋に戻し、オーリンも横になった。



 *****



 イーアンが、救助活動でごった返す海辺、タニーガヌウィーイに相談し、家屋や畑の状態を戻せると伝え――


 耳を疑ったタニーガヌウィーイに、『許可があれば』と訊ねた後。


 勿論、出来ることならやってくれ、どんな範囲でもいい、少しでも住人の苦労を減らしてやれるなら、と即答をもらったイーアンは、イングを呼び出す。


 高貴な花の香りと共に青紫色の男が、どこからともなく宙に登場。目を皿にする島民の前で、『頼みます』とイーアンがお願いしたすぐ、イングの力は、夜の浜辺を行き渡った。



「なんだって?」


 思わず、凝視して声に出た、局長の驚き。

 流された家が。魔物に崩された畑や林、道が。全てが、魔物に襲われる前の光景を取り戻す。一瞬にして、イーアンたちの周りはティヤー語が飛び交い、浜は騒然とした。


「命は戻りません。そして、家屋や畑が戻っても、食糧や小さな物まで、元通りにはならないです」


 壊れたはずの自宅が再現されて、次々に家に駆け戻る人々を見送りながら、イーアンは局長に大切なことを話し、信じられなさそうにポカンとした局長は、ゆっくりイーアンと青紫の男を眺め、頷いた。だから、とイーアンは続ける。



「もし。島民の方たちが、それを頼んだり、出来るかどうかを尋ねたら」


「分かった。俺が言っておく」


「魔物に殺された人は、この島には居なくても・・・ 」


「そうだな。()()()()()()()()()。イーアンの仲間の、妖精の男が守ってくれたから。だが、逃げようと小舟転覆・・・海から帰ってこない人間はいる。流された者は、手がかりもない。

 そうした犠牲について気にしているなら、それはイーアンに関係ないことだ。命は生き返らせられない」


 はい、と答えた女龍に、局長は少し微笑んで『充分過ぎる』と礼を言った。



 食料や生活に必須な品の調達、それらは海運局が動き出したら、民も受け取れる。

 そこまで出来ないことを、少し申し訳なさそうに伝えた女龍だが、タニーガヌウィーイは彼女をちょっとだけ抱き寄せて『感謝してる』ともう一度、心から礼を言った。


 女龍の横に立って見下ろす、人間ではない青紫の男を見上げ『あんたは触ったら怒りそうだ』と冗談を言い、笑わないイングに代わってイーアンが少し笑う。


 彼はそのままで、と答えたイーアンは、局長に他の島も回ると話し、局長は二人に、感謝と労いを伝えた。



 そして――― 女龍とダルナは、ティヤーの再現へ、夜に飛び立つ。

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