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魔物資源活用機構  作者: Ichen
ティヤー開戦
2462/2962

2462. 終了と帰還の夜 

 

 終わったぞ、と濁声が響く、燃える炎を抱えた町、村の数々。



『終わり』の合図を叫んだ海賊は、魔物が一時的に鳴りを潜めたと判断し、狼煙を上げて、島から島へ終了を言い渡す。最初の島は北方。そこからどんどん南下し、狼煙はティヤーの島のほとんどで上がった。


 実際は今日が『始まり』であることくらい、誰でも気付いている


 だが、襲われた怖れに対し、一時の()()は、束の間でも意識を怯えから引き戻した。


 時刻は既に夜。夕暮れからは恐怖が増した時間を過ごし、民の誰一人、生きた心地はしなかった時間が、少しだけ緊張を緩める。恐れの中の休憩と言えば、皮肉かもしれないが、この皮肉にも慣れる日々が待っている。



 想像以上の火災に見舞われた、どこもかしこもだが、海賊の狼煙は色が異なる。

 普通の灰色の煙にはない、緑色を伴う煙は、幼い子ですら『海賊の合図』と見分けるほど、色が濃い。狼煙に使うものによるのだが、これについては、またその内。



 こうして、昼近くに生じた魔物の襲撃一回目は、夜に引いた。単に、押し寄せた魔物が定位置に収まっただけではあるが、それでも『引いた』ことにする。


 津波を受けた地域も、無論ある。ドルドレンたちが間に合った場所は、波を撃破という荒業も手伝って分散した。間に合わない奥まった島では、窄まった地形が水の加速を手伝い、これまでにない被害を引き起こしていた。


 一晩を凌いで、どうにかなる被害ではない。この先も、この温かな国で、時に蒸される気温の毎日に、海水でやられた畑や民家は痛むのを、被害を直にくらった人々は悩む。



 ドルドレンたちが、間に合わなかった地域の方が、当然多い。

 特異な力や、攻撃の威力がいかほどであれ、守れる場所は限定される。守られた地域が雀の涙、といったら、それは正しい表現だが、これもまた、いつものことで―――



「限界ってあるわよ」


「んん」


 ミレイオは、赤ん坊片腕に疲れた首を傾けてゴキッと鳴らした。赤ん坊も疲れて、ぐてっと胸に凭れ掛かったまま。


「大丈夫?赤んぼ状態の方が大変だった?」


「んん~(※微妙)」


「あんたがいつ、大人のカッコになっても良いようにと思って、抱っこベルトしなかったけどさ。なんなかったし。私に気を遣っ」


「んッ(※否定)」


 遮って否定を決めた、赤ん坊の返事。そう?と、ミレイオは片腕の赤ん坊を見下ろし、赤ん坊は首を横に振って、黄色い頬っぺたを左右に揺らす。違う、と言っていそうなシュンディーンに(※でも喋らない)ミレイオはちょっと笑い、頭を撫でて『宿。戻ろうか』とアノーシクマ方面を見た。


「とりあえず・・・私たちが片付けた魔物は、死骸もないし、水の汚染もないから」


 汚染はないな、とミレイオは思う。水の精霊の子・シュンディーンがそうさせるはずもない。赤ん坊は青い海のような目を向け、宿へ戻るように頷いた。



 ミレイオたちの、守った範囲―― 


 それは、オーリンに伝えたより、はるかに広く。

 似ている地形を読み取ったミレイオは、『この形状なら、こっちも』と見当をつけた先を、片っ端から使った。


 自然の元からある形を利用した退治は、思う以上の成果を、思う以上の早さで出してくれた。この方法、今後も使えると実感した、ティヤー魔物の初日。


 お皿ちゃんで、夜空をゆっくり飛ぶ。風も温く、風速も落ち、雲は薄く流れ、星が見える下を、疲れ切った赤ん坊と戻る時間、いつもは喋りまくるミレイオもさすがに無言だった。



 *****



 ふーっと引いていく、水色の淡い清い光。上から溶けるように、半球の結界は解け、代わりに星を抱えた濃紺の夜空が現れる。


「守りきれたのは、ここだけ」


 寂しそうに呟いた妖精の騎士は、浜の端に立ち、瞬く星明りを見上げる。もう、魔物は蔓延ったのだと思うと、重い心が星を喜べない。


「この疲れは、きっと魔物の王を倒すまで続くのですね・・・ 私が、()()()()()()()の話だけど」


 フォラヴは、自分の行き先が不安。妖精の国に戻り、センを助ける日が近づくのは待ち遠しい。何が何でも救うと決意した日から。だが、この魔物退治の旅も、また―――


 森がないのか、と小さな雑木林を振り返り、温い海風にべた付く髪をかき上げる。



「どこかで。『回復』しないと」


 使い過ぎたかも、とフォラヴは頭に手を当てて首を振った。目を瞑ったまま、考える次のことは『センダラ』。彼女は近づいてこない。私とは違う理由で、彼女は馬車に近寄るのを拒んでいるんだろうと、それは分かる。


「有難いような。戸惑いの消えないような」


 小さな溜息と共に、暗い浜辺を歩き出す。出来るだけ、自分の結界を強めたし、側に来る魔物は強くないので結界で弾き返し、消滅させた。

 ただ無意識でも、結界に触れた魔物を消滅させることは、フォラヴに少し難しい。倒し続ける気持ちを張るところがあるので、フォラヴの疲労はそこそこ積もっていた。



「海賊は・・・私の光の色を見て、()()怯えるのかも」


 ふふ、と悲しく俯いて笑った妖精の騎士は、周囲の人の気配に気づき、雑木林の暗い影に目を向けた。雑木林の奥は小さな入り江で、船影があり、船を入れた人たちが丁度、下りてきたようだった。


 そちらを見ながら歩く、砂浜。足が埋もれて歩きにくい。魔物襲来でも、結界の内側は乾いた状態を保ち、どうにか波や水の影響はかわした。『こんな小さなことも皮肉なんて』鼻で笑ったフォラヴは、少し自虐的で、一歩進むごとに砂に埋もれる足を、億劫そうに引き抜く。



「お兄ちゃん」


 不意に、左側の雑木林から声が掛かり、足を止めてそちらを見た。フォラヴの背格好で見当をつけたか、十数人の男が側へ来て、近くまで来ると昨日の宴会にいた顔をちらほら思い出した。


「ご無事でしたか。良かった」


「お兄ちゃん、『妖精』だっけか」


「ええ。そうです・・・ちょっと疲れてしまって、お話を続ける気力が」


 情けないと思いながらも弱音を先に呟いた騎士は、言いかけている間にふわっと体が浮いた。え?と顔を向ける。腕っぷしの強そうな中年の海賊が、フォラヴを抱えていた、その図。唖然とするフォラヴをちらりと見た海賊は、すぐに目を逸らした。


「足が覚束ないだろ。ハリエニーの宿まで、連れてってやるよ」


「あ・・・そんな。自分で歩けま」


「歩けねえよ。倒れそうだった」


 倒れそうに見えたのが、フォラヴに一層、情けない気持ちを膨れさせる。

 俯いた妖精の騎士に、海賊の男が『恥ずかしくない。俺たちの島を守ったのに』と言った。その言葉に空色の瞳が向くと、海賊の男は寂し気に笑った。


「助かった。本当に。あれが、あんたたちの戦い方なんだな」


 船じゃ、手も足も出ねぇな、と顔を宿の方へ向けた海賊は呟いて、他の男たちも、ちょっと笑い声を立てたが、それ以上は何も言わなかった。



 男の腕に抱え上げられた妖精の騎士に伝わったのは、『この状態が恥ずかしい』を超え、『彼らが自分たちの力の範囲を知った』それへの理解だった。事実とは言え、辛い心情。


 彼らが守り続けた海を、力の限りでも守れない事態に追い込まれたのか。


 それがどれほど、男にとって無力を痛感するだろうと――― フォラヴも、国を守れなかった最初の時に、同じ思いを抱え、痛いほど分かるだけに。


 気づけば、自分を抱えた男の腕は傷だらけ。服もびしょ濡れで、他の男たちも鞘に剣がなかったり、首に手を当てたまま歩き、血が出ている者もいる。

 

 あの海で船を出したのか、それとも船を守ろうとして、こうなったのか。島内に出た魔物を、彼らが倒していたのかもしれない。何を聞いても同情の範囲・・・そう思うと、フォラヴが労いも言い難い。


 大人しく、海賊の男に抱えられたまま、フォラヴは宿へ連れて行ってもらった。



 *****



 宿では、ルオロフとクフムが待つ。

 ルオロフは、尋常ではない動きで目を引いたため、クフムの守りもあるとはいえ、宿を中心に周辺の応援で呼ばれ、剣を借りて魔物を倒し、人々を守り続けた。そして終わってすぐ、宿に戻ったものの、クフムの無事を確認する前に、一階で捉まっていた。


 捉まる=良い意味、ではあるが。クフムを放っている状態は、責任のあるルオロフとして落ち着かず、フォラヴが戻るや否や、ルオロフは彼に駆け寄り、急ぎで労い、手短に事情を伝え、頷いたフォラヴの返事を待たず、『捉まる立場』を代わってもらった。



 クフムの待つ部屋へ急いだルオロフは、戸を開けて、僧侶が無事であることに心から安堵し、様子を聞き・・・その安堵も半減した。が。

 それは、クフムも同じ・・・()()()にせよ、不安は払拭できなかった。


 彼らの不安――― については、もう少し後で。



 そうして、一階で妖精の騎士が労われ、住民からの数々の報告を聞いていると、間もなくしてミレイオが帰る。


 シュンディーンがいるミレイオは、彼を休ませてからと、布に隠して部屋へ行こうとしたが、そうはならず、迎えが来て引き留められ、ここでシュンディーンも思いがけないお披露目になってしまった。


 だが、見るからに人間ではない赤ん坊に対し、海賊の宿は反応薄く、誰もがくたびれ切っているのもあるだろうが、赤子を気にする素振りもなかった。彼らはシュンディーンを『真っ黄色で可愛い』と、ちょっと笑うくらい、普通の対応。


 シュンディーンは大丈夫、と分かったミレイオは、すぐに『被害状況は?救助活動は、もう出た?』と急かした。


 宿は、『海運局で、報告を一斉配信する』と答え、海運局自体が初耳のミレイオたちに、出入国管理局の連携である、近い島の庁舎と教えた。



 ―――海運局。そのままの意味で、海の運輸全般を扱う。


 少し説明をしてもらって理解したことは、国内でも、ティヤーは海の流通が陸路の三倍以上という。物資の輸送、人員管理など、この魔物開始への救助活動に当たる内容は、そこが指示を出し、動き出してから。


 ここも無論、海賊の範囲なのだが、この手の仕事は、海運局が今頃、急いで決めているだろうと、宿の主人は話した。



 宿も周囲もごった返し、怪我人を手当てし、炊き出しも取りかかる頃に、沖を守っていたイーアンも宿へ戻り、しばらくしてシャンガマックが、続いて反対方向空から、ドルドレン、タンクラッド、離れていたオーリンも帰ってくる―――



 こうして、宿に旅の仲間が揃った夜。


 この島はフォラヴの結界のおかげで、魔物による死者は出なかったと、一時間後に最初の民間連絡が入り・・・胸を撫で下ろした。島内も魔物は出たし、襲われていたにも拘らず、奇跡的に死者なし。


 しかし負傷者は多く、救出必須の家屋倒壊、津波に流された人々の捜索はあり、これには皆を休ませ、イーアンが行った。



 夜は終わらない。こんな慌ただしく、殺気立つ緊張の連続で・・・クフムとルオロフは『不安の一件』を口にするに難しく、ドルドレンも持ち帰った『馬車の民の悲しい報告』は言えず。


 他、タンクラッドやイーアン、オーリンも、各地の状況を伝える場面として、今を選ぶのは躊躇った。内容が、内容だけに。これはもれなく、シャンガマックも同じ心境。


 無事を短く報告し終えた後は、仮眠をとる話が出て、宿の主人たちに労われ、皆は各自の部屋へ戻った。

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