2460. ティヤー開戦 ~③センダラの解釈・陸の守り・獅子と騎士の破壊
イーアンが陸近くへ動き、北西火山帯前をシャンガマックとホーミット、そして彼らに従うダルナが引き受け、火山を挟んだ北―― シャンガマックたちの視界にぎりぎり入る距離で ――黒い海龍による、火山活動の鎮静化が開始し・・・ 気づけば、二時間近く経過した頃。
東沿岸にいたセンダラは、引き上げ時と判断した。北東のコルステインは、攻撃が収まりつつあるのを感じ、魔物が沖にはいなくなったから。
魔物全部、出てきた分はティヤーの中へ移ったのだろうと、見当をつける。
巨大な海龍が来た後、自然に生じた噴火は静まり初めた。
近い距離で感じ続けたコルステインに、あれほどの存在感を持つ龍は影響しないらしく、火山の鳴動が収まり出すにつれ、ゆっくりとコルステインの力の流れも変わり、もうじき攻撃は完全に終了する。
内陸は、他の仲間が守っていれば、私が行かなくても問題ない。開戦初回の魔物退治目的は、『これから襲われる時間』を減少させることにあり、『直撃の第一波の被害を緩和する』のと、『最初に魔物が出た門を閉ざしておく』、それくらいしかないのだ。
「何やったところで、今日からティヤーの退治は始まるんだから」
盲目の妖精は金髪をなびかせ、自分のいるところから、西側・・・コルステインが守った海に顔を向け、その攻撃が終ったのを感じ取る。
―――火山帯から発生した、この開始。自分が託された精霊の面は、こんな場面で使うものだったかな、と何気に思いもするが、使い途を思い付かなかったし、魔物の発生付近は龍が行くだろうとも分かっていたため、特に向かう気もなかった。
昨夜、シャンガマックとホーミットの後に、イーアンが現地入りしたのをセンダラは知っている。仲間の男(※タンクラッドの名前覚えてない)がダルナと一緒に先に着いていたから、彼女はそちらに留まっていた。
その時点で既に、センダラが前線へ行く理由はなかった。ただ―――
「なんか。気になる。良いのかしら、このままで」
面を持たされた意味は、使う場面があるからだ。解釈は正しいと思うが。瞼の閉じた顔を向けた、西の先。じっと見つめるように動かず、センダラは考えていた。
予感とも違い、何やらの接触とも異なる、奇妙な感覚。誰かが・・・何かが、というべきか。自分に、小さな信号を送っている。
風は弱まることなく、浮かぶ妖精の背に吹き続け、センダラの長い髪が、子供のようなその顔を包んで海風に踊る。
午前だが、真っ暗だった空は、黒雲に覆われた暗さを風に流して遠ざけ、次第に薄明かりが戻りつつあり、この黒雲が薄れ出した先ほど、コルステインは引き上げたと感じた。続けて、その先にあった大きな龍気の気配も少しずつ遠ざかっている。
あの海龍が帰るのだろうか。地鳴りも海の揺すりも、噴煙の乗る空気も薄れ、それらは気付けば収まった様子。
シャンガマックたちの動きは・・・『終わったのね。彼らも陸へ移動』精霊とサブパメントゥの間を取るような、風変わりな攻撃の気は既にない。魔物の門を閉じた二人が、ダルナを引き連れ、島へ戻ったのを知る。
―――魔物の門は、移ろう質のものが使われていた。
アイエラダハッド開戦時を思い出す。魔物の王は、端からそのつもりだったか。数ヶ所ある門から、同時に出現させるのではなく、一箇所大きく開けた門で魔物を出し、私たちを引き付けた。最初が囮で、時間差で他を開けた。
・・・魔物は、気配を消せない。私たちに感知できない状態を作るには、門から門へ異時空を抜けるくらいしかないのだ。
「イーアン、嵌ったわね(※当)。でも仕方ないわ。彼女の龍気は、今日も絶好調で莫大だもの。初っ端から龍の姿で挑んだ彼女が、いかに多勢とはいえ、ちっぽけな魔物気配の分裂なんかに、気付けるわけないでしょうね」
皮肉なんだか認めているんだか、センダラ独特の褒め方で『イーアンは魔物を逃がしたが、致し方ない』とまとめた開戦の状況。
とりあえず、逃がしたのはイーアンが追いかけたし、シャンガマック親子は彼女の持ち場を引き受けて、魔物の門を潰し終わったようだし、海龍も火山の動きを均した。
「さて。私はどうしようか。陸はフォラヴがいる以上、どこで『近距離』と取られるか分からない。彼のためというよりも、私のためを思えば、近づかないに越したことはない。私の今回の仕事は、ここまでとして」
陸は、人間の面倒―― 飛び道具だ、何だと ――それも起こる話だった。センダラは、関りたいと思わない。
そもそも人間の動向など、センダラに興味も関心もない。『危険な知恵』をいじくり回しているらしいが、だったら、関わる全てを見つけ次第、消せばいい(※極端)。だが、仲間は同じことを言う割に、そうしない。
人間のああだこうだに煩わされて、とっとと終わるはずの魔物退治が遅れを取るなんて、無駄な時間も良いところだと捉えるセンダラに、協力の意思も意見も皆無。ティヤーの面倒は『そんなに気になるなら、仲間でどうぞ』の答えのみ。
ということで。センダラは、ふーっと息を吐いて、顔を取り巻く金髪をかき上げ、『ちょっと行ってみるか』と・・・ 水色の光となって、北西の火山帯へ飛んだ。面が、呼んでいるような気がして。
*****
各島、内陸―――
ヤロペウクの予言を知っているのは、陸ではオーリンだけ。イーアンが近くへ来たのは龍気で気付いたが、彼女は海沿いから少し離れたところを、西から東へ移動し続け、島には来ない様子。
オーリンも予言を思い出し、イーアンと同じく『言ってなかった』と顔を歪めたものの、オーリンは慌てず、すぐさま皆に指示を出すことに決めた。イーアンとの性格の違いは、早くに皆を導く。
多くの島の間を、網目のように繋ぐ海の線。魔物が詰め込まれる展開に、クーバシュの町と他小さな町を抱えるこの島は、フォラヴに任せた。
「フォラヴ。結界を張っておいてくれ。俺はこの周辺を受け持つ。『魔物は波と海底をくぐって、陸へ上がる』・・・言うの忘れていたが、ヤロペウクからの伝言があったんだ」
「ヤロペウクも予言を?分かりました。私はこの一島・・・と、結界は張りますが、私は身動き取れなくなります。それでも宜しいですか」
「いい。頼む。代わりに、海底まで届くような結界が良い。出来るか。島丸ごと、出来れば最大で広げて囲ってくれ。ルオロフとクフムは、ここに残していく」
「大丈夫です、島幅より結界を広げられます。地中も関係なく、包みます」
頼んだぞ、とオーリンはガルホブラフの背から腕を伸ばし、妖精の騎士の肩をポンと叩いた。
妖精の騎士も、ここまでの時間はイーニッドに騎龍し、押し寄せる波の狭間を縫う、魔物を倒していたところ。開戦なのに少ないかなと、これまでの経験に比べて感じたが、地中から島の中へ入ると聞いては。
「それでなのでしょうか。魔物を見逃していたかもと思ったけれど、島の内部でも、人々が襲われ始めたのは」
「だろうな。だが、どの島にも海賊がいるし、人出はある分、早く対処すれば、落ち着くまでは持つと思うが。とりあえず、ここは頼んだぞ。総長もタンクラッドもいないから、俺たちが守れる範囲だけでも固めよう」
この時、ドルドレンは既に、先回りで南下。タンクラッドも一緒に動いたが、同じ南方面でも二人は東西に分かれた。
彼らを呼び戻すわけにはいかないし、あの二人なら予言がなくても臨機応変で対応するか、とオーリンは考える。
フォラヴに頼んだ後はミレイオを探し出す。ミレイオは島の、かなり端の砂浜にいて、見通しの良い浜をお皿ちゃんとシュンディーン付きで魔物退治していた。ガルホブラフを降下させ、『シュンディーンと近隣の島に回ってくれ』と叫ぶと、気付いたミレイオはすぐに上がってきた。
ここでまた、急ぎで説明。ヤロペウクから預かった予言は、魔物が下から来ると指摘していたこと。え?と、背後の雑木林と続く民家、その始まる辺りを振り向いたミレイオは、オーリンに向き直った。
「ってことは、よ?魔物は、崖や浜から来るだけじゃないわけ?そんな感じはしていたけど」
「そう。すまん、言いそびれてた。人魚の予言と似てたし」
「今、謝ってる暇ないでしょ。いいわ、分かった。シュンディーンと・・・私たち、あっちへ行く。海図で見せてもらった入り江と、回り込む海水の道って言うか、断崖絶壁の峡がある方」
ミレイオが、アノーシクマ湾から見える隣の島の先、その向こうの島々をすっと指差し、オーリンも頷いて彼を見た。『集めるのか』察した弓職人に、ミレイオは少し口端を吊り上げ『まとめて』と短く答えると、龍に乗るオーリンに手を振って、お皿ちゃんでさっさと飛んで行った。
「シュンディーンは今、赤ん坊状態なんだな。あの方がミレイオと合同の攻撃が出来るのか」
浜辺はミレイオの攻撃―― 破裂・炸裂 ――が、薄緑色の旋風で広範囲対象に変わっていた。見送った後、オーリンも島から離れて、仲間に任せた場所より遠くに急ぐ。
島を離れたすぐ、真後ろで、半球を描く水色の清い結界がいくつかの島を覆い、ミレイオが向かった入り江と崖の辺りで魔物の黒い群れが、精霊の突風に引きずり込まれて消えてゆく。
「地形か。俺も地形の利用、やるか。ティヤーは今後、そんな戦い方が増えそうだ」
入り組んだ無数の島々と、海の作る縞模様。これは何でも力づく、というより、地の利を活かして戦うのが早そうだと、オーリンも考える。
「じゃ。俺の場合は・・・皮肉だな。皮肉だが、俺の黒い弓で崩落を引っ張ってみるかね」
オーリンの自慢の小さい弓。火薬を使い、魔物製の強度で、敵を倒す。精霊の面を使って自分自身の攻撃をするもいいが、ガルホブラフがいる時は友達と一緒に。
「ティヤーで火薬の攻撃なんか使ったら。神殿関係が見たら、真似されかねない。これも、使って気づかれないよう、うまい使い方を考えとかないとな」
ガルホブラフに、狙う地形へ近づいてもらい、襲われる人々や海賊の船が動く場所から、極力、距離をとったところで、オーリンの魔物退治は始まった。
アノーシクマもだが。クーバシュの町を抱える島は、修道院も神殿も、それらしいものを見なかった。
どの島にも確実にあるわけではないのだろう。だが、それらがある島では、もう誰かが火薬の犠牲になっているかも知れない。そう思うと。
「参るね。そいつらも片付けたくなる」
溜息と共に、陸すれすれを飛ぶ龍の背で、オーリンは火薬を仕込む『弓』で魔物を倒し続けた。
*****
「表はどう?」
石の床に突っ伏す男から、視線を壁の外へ向けて尋ねる。
「気付いていないな。まぁ、気付いても騒ぐまでにならん。俺がいる」
表は?と訊ねたのは、シャンガマック。返事はヨーマイテス。神殿が危うい企みを抱いているのを、先に知った彼らは、神殿関係に入り込んで『破壊活動』を急ぐ。まだ、ここで三ヵ所目・・・・・
―――イーアンが任せた北西の海を片付け、グィードに陸へ行けと見送られた、シャンガマック親子。
頼りになるダルナたちに乗せてもらい、ティヤー陸へ向かう数分の間で、一緒にいたフェルルフィヨバルの助言『人が人を殺しにかかる。魔物が出る場所を、その者たちは知る。魔物の影に邪心あり』を聞き、魔物退治参戦を変更。
人魚の予言で同じことを聞いていたのもあり、警戒も様子見もすっ飛ばせた。フェルルフィヨバルは近い未来を嗅ぎ取って、『水辺に近い神殿・修道院がそれをするだろう』と教え、ヨーマイテスは迷うことなく『俺たちはそっち』と、これを分担とした―――
ダルナを降りたティヤーの一島は、北辺の海に面しており、隣り合う島の間を流れる海から、魔物が上がっていた。空からも確認していたが、魔物の攻撃は既に始まっており、島民が叫び逃げ、道や家屋崩壊、火災の真っ只中。
魔物は『海から上がった』なら、分かるが。実際は、波打ち際に見え隠れしている状態で、少し影が見えなくなると、どこからか地中を掘り返して出現し、突然現れる魔物に、人々は翻弄され逃げ惑う。
視界に入る魔物の姿を見つけ次第、シャンガマックもヨーマイテスも倒すが、向かうのは『混乱に乗じて、殺人をする輩の居場所』。ダルナに協力を頼み、魔物退治はダルナに任せ、獅子と騎士は最初の修道院へ入った。
ヨーマイテスの操りの力が、院内の人間を人形の如く、呆けにする。感じ取る側から人間の思考を握り、獅子は息子を背に乗せて、闇を伝い地下に入り、到着した地下室で『現場』を見た。
獅子が以前に来たところではない。しかし、同じような代物、同じような設備が揃い、違うのは、人間が数人いたことと、準備完了その時であること。
僧侶の思考はヨーマイテスが握っているが、『殴っとけ』と息子に命じ、シャンガマックは躊躇わずに従った。無抵抗で殴られ倒れた、僧侶数人が床に転がり、見下ろす褐色の騎士の顔が気色ばむ。
「こんなものを・・・ 長く、自分たちと島に暮らした人々に使う、とは」
ぎりっと歯を噛みしめたシャンガマックに、ヨーマイテスは『これを壊す』と床に並べられた壺を見た。
二人が見たのは、火薬の詰まった壺、数十個。その横に金属の大きな筒と、台車。台車を出す通路が壁の奥に続く。
火薬自体が何かとは、この二人は具体的に知らないが、『アイエラダハッドの赦されざる町(※2198話参照)』と同じ臭い、そして、壺の蓋を閉じていない中身に、火薬の塊と鉄くずが詰まっている状態で、これが何を齎す物かを理解した。
「大方、爆発で島民を殺すつもりだったんだろ。魔物のせいにするには丁度いい、初っ端の混乱だ」
「イーアンは、『残存の知恵を消すのを待て』と俺たちに言ったが。今、これを消さなければ」
「バニザット。イーアンが俺たちに『待て』と頼んだのは、この状態以前の話だ」
ここを見たら、あいつも俺と同じことをするぞ・・・ 獅子は喋るのを止め、牙の並ぶ口を開けて吼えた。
吼えたと同時、バラけて砕けて塵に変わる壺の並び。鬣を揺らした咆哮は止むことなく、真横に矛先を定め、始動を待つ装置もこれにより消え去った。
人間はどうしようかと、放っておくのも嫌なシャンガマックは、倒れた僧侶の扱いを獅子に相談。
獅子は『表へ出すか』と素っ気なく答え、その返事に首を傾げた息子の前、前腕に貼りつく狼の面に呼び掛けた。
出てきた灰色の狼男は、すぐに辺りを見回して『続き?(※2430話参照)』と訊ねたが、獅子は『続きの中間を飛ばした状況だ』と言い、床で意識もなく転がる僧侶を、外へ運べと命じた。
エサイは、彼の息子も同じ部屋に居ることと、この前見た地下室と同様の建物と、そして獅子の命令・・・生きているが意識のない男数人を見て、なんとなく見当をつける。
くん、と鼻先を動かし『外に魔物がいるのか』と地下室の上に小さく開いた明かり取りに視線を向ける。
「魔物開始、初日ってところだ。こいつらは、魔物騒動で人間を殺す気の僧侶。説明はもういいだろ。早く運べ」
「あー・・・じゃ、これは魔物用ってこと?」
餌ね、と軽い口調で了解しながらエサイは体を屈め、褐色の騎士の足元に倒れた僧侶を、まとめて腕に抱えると、その場から掻き消えた。
瞬きして驚くシャンガマックに、獅子は『あれは能力付きだから、異時空移動は問題ない』と、エサイの移動は、今も自由自在であることを、改めて教えた。
「俺が外へ運ぶより、手っ取り早い」
「あの僧侶たちに話を聞く、そんな暇もないものな」
「聞くより、くたばった方がいいだろ。運の良いやつは、こっちが聞きたい時に出くわすやつだ」
容赦ない獅子の見限りだが、シャンガマックもこれには、大いに賛成だった。蘇る、テイワグナのベデレ神殿(※750話参照)の怒り。あの連中と変わらない輩が、ティヤーは犇めいている。
二人の短い会話の間で、灰色の狼男が戻って振り返り『魔物の前に置いてきたよ』さらりと報告。獅子は頷き、息子を背に乗せ『次だ』と闇へ進む。狼男も時空移動で付いて行き、彼らはこれを繰り返す―――




