2459. ティヤー開戦 ~②海龍の示唆・異界の協力者
現れた、黒く巨大な海龍の頭部。威風堂々とはこれ以外に浮かばない、その壮大な姿。
イーアン龍は、感謝と頼もしさ・・・は勿論だが、それより先に『コルステインたちがっ』とグィードに縋りつく。
濡れた黒い鼻先に、ぴちゃっと白い龍がくっついて、ガオガオ焦り訴える内容を聞き、グィードは『伝えた』と教えてやった。
『え。伝えて下さった?』 『来る前に』
有難うございます~!! さすが、グィード有難う!! 声にならない龍の咆哮で、感謝を伝えるイーアン。
グィードから、コルステイン一家は押し寄せる魔物を海中で倒し、青白い炎の壁で島への流れ込みを遮っている話を聞いて一安心。
どうやら彼らは、一旦は津波を消そうと話し合ったようだが、グィードの気配を感知したコルステインがグィードに話しかけ(※意思疎通可)、グィードは彼らにどう動いたら良いかを示唆して、海が消される状況は免れた。
一部であれ、広域に渡って海水が膨大な量を失ったら大変、と言うイーアンに、黒い龍はゆっくり瞬きし、別の大変が生じることを告げる。
『そこは良い。他、この波の連続で逆流も勢いをつけて起こる。長い形状の島が多いこの国は、逆流を複雑に生む地形』
『逆流』
言われて女龍は、ハッとする。そして、話している間に魔物はと見回す確認で、イーアンが受け持っていた火山帯間近の魔物は、急に減ったと気づいた。
地図でアイエラダハッド東沖から、ティヤー北西へ斜線を引いて連なる火山帯。
途切れがちの列島を線と見做すと、火山帯を挟んで北側の海(※アイエラダハッド側)から波は引き込まれ、火山帯を挟んだ南側(※ティヤー側)に加速して抜けている。
グィードは、噴火する火山越し(※北側)に姿を見せたため、イーアンはそちらへ飛び、現時点は火山を振り返るとティヤーの北西へ顔が向く状態。波は手前のこちらでグィードが止めたのか、噴火は続いているのに波の連続は途絶えている。だが、これが何を意味するか。
激しい火山の音と豪風の内で、数秒の沈黙。見つめた白い龍に、黒い海龍の鼻先が、島々のある北を示す。
『ここは、イーアンが閉じなさい。火山と震動は、私が押さえる』
『はい。逆流後は、魔物がこちらまで戻るでしょうか?』
『逆流だからと言って、海では来た道を戻るものでもない。押し込まれた勢い尽きた所から、島の合間を縫って、方々へ波は押し込まれる』
『うっ』
『海底から進んだ波と魔物は、島へ運ばれた。コルステインたちは、海中も海底も対応しているが、ここは海の中まで手が届いていない』
『あ・・・私は、津波と海中の上層だけだったから?』
『仲間に知らせなさい。押し込まれ、運ばれている最中の、魔物を防ぐよう』
津波に溢れる魔物と思っていたイーアンは、海中も深部までは攻撃していなかった。コルステインの心配をしていた自分が、皮肉も皮肉。
さらに、仲間に知らせるよう言われて、イーアンは失態の二つめに気付き、顔を伏せた。
言ってなかった・・・! ヤロペウクの予言を、ドルドレンたちに話していない。私とオーリンしか知らないのだ(※2449話後半参照)。
ヤロペウクの予言―― スヴァウティヤッシュから聞いた内容。
『ティヤーの北西を津波が襲う。火山の噴火に海底が突き動かされ、水が加速してティヤーの島々に被り、合間を抜けて勢力が増す。
ティヤーの一部が最初に被害を受け、波と海底に押しこまれた魔物が、国中に広がる(※2443話参照)』・・・この部分。
下から、全土へ散る魔物は『押し込まれて進む』と、ヤロペウクの予言にあった。これは人魚の予言には、無かった部分。
仲間に伝えるにも、どこから来る波を防いでもらうか・・・・・
コルステインが守るのは、ざっくり『東海』と決めていただけ。私は『北西の海』と、大まかな表現。
押し寄せる波の続き、表面に魔物が見えなければ、倒した後で少ない、と思うだろう。
だが、魔物は海底を進む。見えない上に、私の逃してしまった魔物が北西方面から襲う、と言われたとして、漏斗の広がりのように海底を進むなら、範囲を絞れず逃がしかねない。
オーリンは、自分と一緒にこちらを担当する予定だったが、ザッカリアのあれこれ終わった後すぐで開戦、オーリンもここに来ていない。彼は、私に呼ばれるのを待っているのかもしれない。
ザッと考えたイーアンは、『オーリンに思考が届くから、オーリンにまず知らせて、近くにいる仲間に頼んでもらいます』と海龍に答え、オーリンに呼び掛けようとした矢先―――
バサッと風に乗った音。グィードは知っていたようだが、音と同時に黒と赤の岩石が、振り向いた女龍の目に映った。
『アジャンヴァルティヤ』
『ううん?お前はイーアンか。龍になるとそんな姿に。後ろの凄まじい大きさの(※グィード)も、仲間か』
頭の中でしか喋れない、龍のイーアンに、岩石の塊は難なく答える。周りが溶岩だらけ、火山の黒い岩と噴煙と灰影なので、普段なら目立つアジャンヴァルティヤも、擬態のように馴染んでしまう。
見えにくい、と目を細めた女龍。アジャンヴァルティヤは黒く体型を認識しづらい岩質の体に、赤い輝きを内側から発して、ダルナの姿をはっきり現した。
『分かるか。俺の首がどこか』
『有難うございます。でも今はそこじゃなくて、なぜあなたがここへ』
『シャンガマックの伝言だ』
ハッとした女龍に、黒い岩石のようなダルナは伝える。それは、この状況に勘付いた獅子の言葉―――
『彼らが?守って下さる?私の代わりにここを』
『そのデカいの(※グィード)がいるなら、問題ないかもしれないが。だが彼らも海の下に漏れた魔物の密度を知ったすぐ、攻撃を水中に移した。お前は陸までの距離を追えと』
獅子は、イーアンがいても倒していない魔物がティヤーへ進むことに気付いており、何か意味があるのかと疑ったらしいが、『イーアンは分かっていない可能性(※分かっていたら倒す性格)』と危ぶみ、そこの海は引き受けるから、魔物を追いかけろと・・・ イーアン、軽く息切れ(※ショック)。
アジャンヴァルティヤもグィードも、女龍が衝撃を受けた顔を見て、やはり分かってなかったと知る。
このとんでもない事態に、思い切り間違えた行動を取り続けてしまったことで、くらっと眩暈がしたが、頭を振って気を持ち直した女龍は、有難い獅子の伝言に頷いた。
『見逃して、本当にごめんなさい!では、ホーミットとシャンガマックに、こちらの海を任せます。グィードは・・・って、アジャンヴァルティヤ。この大きな龍は、私の仲間です。グィードが火山を静めてくれますから、魔物と門のことは頼んだと、シャンガマックたちにお伝えください』
そうして、イーアンは南へ飛ぶ。水の精霊ファニバスクワンの魔法を使えるシャンガマック、そして魔物の門―― 時空歪み ――を潰せるホーミットに、後を頼んで。
『どうしよう!間抜けで済まないことを・・・!』
龍気は流れを絶やさず、グィードの大きな龍気も満ちているので、イーアンは白い龍の姿のまま、オーリンたちに防ぐ手配を頼まず、自分で対処に向かう。やってしまった後悔で、頭いっぱい。
グィードが来た時点で、その龍気で魔物が一気に消えたが。しかし、一箇所ではない時空の歪みを伝うなら、もぐらたたき状態。グィードの龍気を『門』から『門』で逃れ、波と海底を走り、魔物は陸を目指すだろう。
舌打ちしても、悔しがっても遅い。陸へ向かう波の奥に、僅かに魔物の気配を感じ取った白い龍は、カーッと口を開けて水中の魔物を消す。追いついた波の殿。もう島影が目と鼻の先で、生き物のような波の高さが視界に入った。
『押し込まれる。逆流する』
白い龍は、波より先に陸近くまで回り込み、陸を背に異質な動きの波も消す。既に回ってしまった魔物が、陸を攻撃し出しているのが分かる。
だが、まだ魔物は来るので、一箇所に留まれないイーアンは、島端に沿って動きのおかしい波を片っ端から削り取った。
後悔しても遅いが、後悔ばかりが心を占める。気持ちも思考も悔い一色でしばらく気付かなかったが、はたと、イーアンは思った。沖から来る、海中や海底の魔物が・・・恐れた想像より少ないのでは、と。
まだ逃しているのかどうか。恐れは首を擡げたが、消しながら魔物を追って移動するイーアンの目に、思いもよらない者が映る。
『まさか』
魔物を消そうと口を開けたまま、ピタリと止まる。消す対象=魔物にのみ設定していた今、海水や生き物など、魔物外を攻撃していなかったイーアンは、自分を褒めた。
『あなたたちが。守って下さっていたのですか』
龍の声は轟きにしか響かない。だが白い龍が見つめた海中の一点から、轟の声に応じる反応が上がる。ふーっと淡い桃色が浮上し、さっと手を振ったその姿は、人魚―― イーアン、驚きと感謝が胸にこみ上げる。
人魚が来てくれたんだ!と感激した女龍に、海面に浮かぶ人魚が、手振りで沖を示した。ハッとするも、それはイーアンに攻撃を頼むのではないとすぐ分かった。
あれは・・・ 何? イーアン龍の鳶色の瞳が、真ん丸になる。
沖の海が一瞬、前後に真っ二つで割れたように見えた。さっきもあっただろうかと、ここまで見ていない現象に驚くも、続きはもっと驚かされる。
ほんの瞬き程度、割れたと思わせたそこに、『馬。群れ。あ!』大群の馬が波頭に一秒現れ、飛び上がってまた波に沈んだ。一度、海面に出した頭は馬だったが、波頭に飛び込んだ背中から続く体は、長い魚体。
ヒッポカムパス? ・・・半馬半魚の群れを凝視したイーアン、絶句。味方になってくれた異界の精霊に、あんなのいたっけ?と、消えた波間に目を皿にする。
馬の群れは魔物を倒したのか、彼らが沈んだ二秒後、海中に血の赤がもわっと滲み、それは知らせのように感じた。彼らの血ではないだろう、と感覚で伝わる。あれは倒した合図では。
海馬の群れの攻撃は広く、波が前後に割れた距離を思えば、数十キロは対処している。唖然として動かない龍に、チッチッ、と小さな鳴き声で人魚が呼びかけ、顔を向けた龍に微笑んだ。人魚はオウラでもメリスムでもないが、きっとオウラたちもどこかで、こうして守ってくれていると感じさせた。
龍も再び攻撃に向かわねばならない。すっと首を下げ、人魚の女性に頭を近づけ『有難う』と小さな声、ゴゴゴとお礼を言う。人魚は伝わったのか、優しい笑みは深まり、手指の仕草で、龍に次へ行くよう促した。
イーアン感謝と感激でいっぱい。頼もしい、と心から感謝し続け、浮上してまた攻撃する場所へ向かう。
異界の精霊に、龍気の影響はない。そして攻撃対象を魔物設定で絞ったのも安心した。彼らは私の攻撃に掠ることもないと分かれば。
白い龍は沖より手前の陸が見える距離伝いで、ティヤーの無数にある島の海岸、魔物が来るのを止め続ける。
ティヤーの魔物も分裂するのかと、定番になってしまった分裂の多さに悩むものの。自分が逃した過ちを、異界の精霊が対処してくれていた心強さに、本当に有難かった。
イーアンはこの時、知る由もなかったが。
人魚は、海馬の群れを指示し動かし、その海馬の群れは、数か月前にアイエラダハッドで魔物だったなんて。
遠くの空で、赤目の天使が戦況を見守る。場所に合わせ、かつて魔物だった彼らを、変化させるために。
変幻自在の体に彼らを組み直したブラフスは、ティヤーを襲う魔物にやられることない『臨機応変』の味方を送り出していた。




