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魔物資源活用機構  作者: Ichen
ティヤー上陸
2457/2962

2457. ザッカリアの別れ・託されたミレイオの未来

 

 空の光は、局長をまたも窓辺に惹きつけた。

『あれも仲間か』と、空の一点に視線を固定した彼に、イーアンは、そうですがと答えたものの、そんなことより。



 どうして戻ってきたのか――― 


 局長の横、窓の桟に手をついて、空を見上げた女龍は、近づいてくる()()を迎えに行くことにした。


 ひゅっと白い翼を広げて窓から飛び立ち、空途中でザッカリアを迎える。ソスルコと戻った少年は、イーアンの嬉しくなさそうな顔に苦笑した。



「イーアン、あの。皆に挨拶だけでも」


()()()()。出発するところです」


「でも俺は、参戦しないでしょ?」


「・・・なぜ今?お別れの挨拶を?」


「終わってからじゃ、遅いと思うんだ」


 少年の気持ちを汲む女龍は、小さな溜息を落とし受け入れた。ザッカリアの後ろへ行き、ソスルコの背から彼を抱える。『私と一緒に行きましょう。ソスルコ、ここで待っていて下さい』龍に降りないよう命じ、イーアンはザッカリアを連れて管理局へ戻る。


 まるで歓迎の要素がない女龍。呆れられたような感じに、ザッカリアは遠慮がちに尋ねた。



「勝手に戻ってきたから、怒ってる?」


「いいえ。戸惑っているだけ。あなたと別れるのは辛いのです」


 例え、一時的にだとしても。これから戦う意識を()()くらいに、と続けた言葉終わりで、開いている窓の桟に爪先が触れ、ザッカリアは皆のいる部屋の床に降りた。


 複雑そうなイーアンに、局長以外が理由を察する。局長は、昨日宴にいた少年が空から現れた事情を思うが、深刻そうな場の雰囲気で口は出さず、急ぎと言えど、成り行きを待つ。



「俺は抜けるから、別れの挨拶をしたくて戻った」


 ザッカリアは急いで用件を伝え、彼の言葉と同時に腕を広げた総長に、ハッとして駆け寄り、抱き着いた。

 ドルドレンは―― 息子として迎えた彼の別れ ――ぐっと抱きしめ『こんな、余裕のない形で別れとは』と声を絞る。


「また会えるよ!ティヤーの魔物退治、頑張って!」


「分かっている。お前は戻る時、何も気にせず、いつでも戻って来なさい。ギアッチにも連絡するように」


 ぎゅっと力いっぱい抱きしめる少年を抱き返し、ドルドレンはそう言うと、肩越しに待つ仲間に順番を譲る。ミレイオが続き、『絶対戻ってくるのよ』とぐいぐい抱き寄せて約束させ、タンクラッドは『お前の剣は預かっておく』と彼を抱きしめた。職人の別れが続いたが、オーリンはと言えば。


「オーリン」


 椅子を立ったまま、近寄っても来ない弓職人。ザッカリアは上目遣いで、寂しそうに彼に寄る。

 躊躇いがちに腕を伸ばし、オーリンにも手を取ってほしいと触れずに待つが、オーリンは気乗りしなさそうに、その腕に微笑んだだけ。


「俺はあんまり。別れ、ってんでもないんだろ?」


「でも、俺が()()()()()()は(※2402話参照)」


 少年の切り返しに、ハハッと顔を俯かせて笑った弓職人は、まぁそうかと、片腕を開けた。そそっと腕の内に入った少年の背をポンポンと叩き、『戻れ、早めに』とあっさり挨拶。

 ザッカリアも微笑んで見上げ『リチアリの船が導くように』と祈りを伝え、戻れる時を急ぐと答えた。


 フォラヴは、皆の挨拶が終わるのを待っていた。『今は、シュンディーンがいないのです』と、彼がここにいないことを伝えてから、ゆっくりザッカリアを抱き寄せて、黒い巻き毛を撫でた。


「ロゼールにも伝えておきます・・・あのね、私はあなたと会えない時間に、私もまた旅路を抜けるかもしれないから」


「・・・フォラヴに、また会いたい」


「私もです。祈りが届きますように」


 二人は、すれ違うかもしれない。そして、これが最後の可能性もある。ザッカリアは戻るとしても、フォラヴはどうなるか未知。フォラヴ自身も知らないことだから―――


 体を起こして、深い焦げ茶色の肌の、レモン色の瞳を見つめ、妖精の騎士は名残惜しく微笑みながら、彼の額に口づけをした。


「どうぞ。あなたの使命が叶いますように。そして願わくば」


「また俺たちが、出会いますように」


 ぎゅっと互いに強く抱き合い、別れを惜しんだ数秒。大きな息を吐いて、フォラヴから離れたザッカリアは少し涙を滲ませた目元を拭い、ルオロフを見た。赤毛の若者も躊躇いがちに微笑んでいる。


「ルオロフ、頑張ってね」


「力の限り。この宿命にかけて」


「また会おう。俺は()に会いたい」


「私もだよ、偉大な目を持つザッカリア」


 ニコッと笑った『赤毛の狼』に、ザッカリアもニコリと返す。そして奥にいる最後の一人、自分を見つめていた僧侶の怯える眼差しに視線を止めた。


「クフム。俺の話を信じて進むんだ」


 まるで年上のように、ザッカリアは力強く静かにそう言い、クフムがぎこちなく頷く顔に微笑む。微笑みは先ほどまでの悲しい別れを忘れるような、どこか神秘的な笑みを思わせた。



 こうして、ザッカリアとの慌ただしい別れは終わる。


 皆の無事を祈り、余震続く緊張の途切れない中で、イーアンは彼を再び背中から抱え、窓から飛び立った。



 *****



 空で待つソスルコに乗り換えたザッカリアは、じゃあねと手を振った女龍に『シャンガマックと魔道士にも挨拶したい』と言い出した。イーアンの眉がひくりと動く(※おい、って感じ)。



「ザッカリア。分かるけれど、本当に今は」


()()だ、まだ始まらない。空がこの色の間は持つ。色が二色に変わったら、合図だ。魔物の門が開く時、津波が立ち上がる時だ」


 唖然とするイーアン。口が半開き。なんでそういう大事なことをここで言うの?と目をかっぴらいた。声なき訴えの顔を前に、『今、見えたんだよ』とザッカリアは申し訳なく答える。



「だから。いい?あのね、まずバニザットを」


「あー・・・ちょっと()()()なさい。ドルドレンたちに伝えてくるからっ。『あと一時間』とか、細かい時間は分からないのですね?『空が二色』で、判断?」


 そう、と急いで頷いた少年に、半目のイーアンはブスッとして頷き返し、ぴゅーっと一度下へ戻る。ザッカリアが空中で待っていると、女龍はすぐに戻ってきて、『バニザットね』と少し調子が狂ったように確認。


 ということで、すぐに魔道士を呼ぶ。イーアンが呼び、ザッカリアもバニザットから受け取っていた連絡用道具で話しかけ、数分。緑色の風が一陣。ひゅうッと二人の周りを旋回し、緋色の布が現れ、魔導士に変わる。


「お別れだから。忙しいのにごめんね」


「いい。そうだろうと思った」


 あっさりと嫌味もなく受け入れたバニザットは、ソスルコの警戒する目つきを横目に、龍の背で両腕を広げた少年に近づいて、抱き着いた彼を片腕で抱き返した。そこで――


「?」


()()


 小声のザッカリアの、目的。

 イーアンは、ザッカリアの背中側にいる。ザッカリアを挟んで、魔導士。魔導士のはだけた僧服の胸元に、少年は布に包んだ物をぐっと押し込んだ。抱き着いたままの顔を少し上げて『お面、持ってて』とひそひそっと礼を言う。僅かに、魔導士の眉が片方上がった。


「お前が渡したかったのは、これか」


「そうだ。俺は空へ行く。その間。これを使った時間を知るのはバニザットだから(※2027話参照)」


「いいだろう」


 少し内側に体を折り、魔導士は僧服に突っ込まれた()()を見えないように奥へ押し込むと、少年から離れた。


「用は、()()()()か?」


 何もなかったように尋ねた、隙のない自然な間合い。後ろのイーアンが見ているが、何に気付いた様子もなく、魔導士はこのまま戻ろうとした。が、引き留められる。


「あ?」


 袖を引っ張られて、ザッカリアのレモン色の瞳を見下ろすと『悪いんだけど、シャンガマックたちに会いたいから、どこに居るか・・・俺たち知らないし、バニザット連れて行ってくれないか』と頼まれた。


 舌打ちするも、龍面を受け取った後。断りにくいので、渋々使われてやることにしたバニザットは、女龍の驚いている顔に『ついてこい』と乱暴に命じ、緑色の風に変わる。


 こうして、どこに誰がいるかを知る魔導士は・・・ ティヤー北西の岬、獅子と子孫の結界へ、二人を連れて行った。



 *****



 魔道士は、二人と一頭を誘導してやった後、ヨーマイテスに会う前に去った。


 前線に位置するここ。荒れ海風景の真っ只中に、高い岬で結界を張るシャンガマックと獅子に会えたザッカリアは、結界を一部解いて出てきた褐色の騎士に、お別れの報告をする。



「なんてことだ。お前は、今日?たった今、俺たちから去ると言うのか」


「抱きしめさせてくれ、シャンガマック」


「当然だ!なぜ、今なんだ!」


 背の高い褐色の騎士は、体を屈め少年を抱きしめるが、この開戦直前を別れの時に選んだ理由が解せない。


 不満丸出しの獅子が『離れろ』と命じるのを無視し、ザッカリアを何度も抱き直しては顔を覗き込み、『急過ぎるし、今じゃなくても』(※要は、後にしろと)の類を何度も伝えつつ、微笑んで小刻みに首を横に振る少年に『言える事情だけでも聴かせてくれないか』とシャンガマックは頼んだ。


 じっと目が合う数秒。間近で見る漆黒の瞳が・・・ワンちゃんみたい、と思うザッカリア。


 黒目の大きなシャンガマックの、困惑の問いに負け(※こんな時も仔犬視線が勝つ)、ザッカリアは少し話すことにした―― とはいえ。


 自分でも『彼らに話す方が良い』と()()()()()から、来た。



「ザッカリア。話せることだけでいい。俺にまだ伝えてないこともあるだろう。根掘り葉掘り聞く野暮は、お前の使命に邪魔と分かるだけ、俺も聞けない。だが、こんな急に別れを必要として、お前は何に焦るんだ。一秒を惜しむほどの」


「シャンガマック、話すよ。聞いて」


 捲し立てた褐色の騎士の説得を止め、ザッカリアは彼の腕の中で、順を追って・・・だが、『目的』までの最短距離を教えた。



「俺の種族の空で。俺は、旅の終点直後に生じる未来を変えるために、挑む。それには時間が欲しい。今から備えるんだ」


 核心、濁しつつ。だが、直線の正直で言葉にした少年は、シャンガマックの見下ろす顔と腕の・・・隙間。こちらを凝視する、獅子の碧の瞳を見つめ返した。



「未来を変える?お前が?」


 シャンガマックは急いで訊ね返す。腕を解いたら、少年は逃げてしまいそうで、未来を見る龍の目(ザッカリア)を腕に抱えたまま、返事を求める。


「そうだよ。俺にしか出来ないだろう。俺は、いい意味で()()だ」


「お前は主役だぞ。世界に選ばれた十人の仲間の一人で」


「そうじゃないんだ、シャンガマック。同じ種族で、二度目の旅路にいた女の子は、あっという間にいなくなった。龍の目は、予言を残して去る。仲間の中でも一緒にいる時間は少ない」


「それは、二度目の話だ。お前は違う。三度目の旅路で、お前はずっと。最初から、俺たちのクリーガン・イアルツアへ来た時から」


 答えれば畳み返す勢いの騎士に、ザッカリアはその溢れる熱い想いを嬉しく思いながら、レモン色の瞳でシャンガマックを見つめる。言いかけた言葉尻を切り、褐色の騎士の目元が悲しそうに垂れた。


「お前は、最後まで一緒ではないと、占いに出たが。だが、お前が旅を共にする期間は、長い・・・はずなんだ」


「ありがとう。シャンガマック。俺もそう思う。だけど今・・・行かないと。急ぐよ、早く戻れるように」


「おい。お前に見える挑む未来は、なんだ」


 切ない褐色の騎士に丁寧に応じた少年が、話し終わるや否や。獅子の低い声が凄む。


 少し離れたところから見守るだけの女龍は、獅子をちらっと見て、獅子と目が合うなり、ふっと顔を横に振られ、無言の命令『席を外せ』を感じた。

 眉根を寄せたイーアンだが、なぜかザッカリアも振り返って頷いたので、どうやら自分は関与外と理解し、すーっと後ろへ飛んだ。


 特別な時間―― 仲間が一時退場する時 ――こういうことも、あるな、と。



 ―――獅子はミレイオのこと、と察した。



「ホーミットにも話すよ。近くへ来て」


 ザッカリアはシャンガマックの抱擁そのまま、獅子を呼ぶ。獅子は息子に『もう離れろ』と近づき様で吐き捨てたが、シャンガマックは話を逸らして『ザッカリア』と促した(※離さない)。


「あのね。ミレイオと・・・そこにいる、俺たちのイーアン(大切な龍)が。もしくは、バニザット・・・って、シャンガマックじゃないよ。『魔導士』だ」


 困惑と凝視の綯交ぜを落とす、褐色の騎士の顔に『彼なんだ』と、ザッカリア。シャンガマックたちも知っていたのか、と反応で理解する。

 獅子も、隙間を作らないよう―― 女龍に聞こえない状況 ――間近に来て、少年の話を聞いた。



「そうか。お前が挑む未来は、二人を救いたくて」


 少年の事情にシャンガマックが確認する。頷く少年に、獅子は少し割って入って・・・少年を抱き寄せたままの息子の腕を、鼻先でぐいっと押して開かせ、緩んだ腕の間で『ザッカリア、聞け』と声を潜めた。


「ミレイオを救えるなら、救ってくれ」


 獅子は、初めて人に頼む。自分の子供である、自分が創ったミレイオ(存在)の未来を。

 シャンガマックは獅子を見たが、獅子はシャンガマックを見れなかった。だが、言わなければいけない機会と理解したヨーマイテスは、少年に願いを告げる。



「ミレイオがイーアンと空に上がる。()()()()()で、可能性が強いと出た。あいつを止めてくれ。魔導士も・・・ イーアンは、お前が言えば」


 誰かの予告、を『黒い小箱の中の玉』とまでは言わなかったが。ザッカリアは詳細を気にしない。


「そうするつもりで、動くんだ。ホーミット、俺も頑張る。変えられなかったらごめん。でも俺も、ミレイオに生きていてほしい。バニザット、魔導士の方。彼にも消えないでほしいんだ。だから行くよ」


 ザッカリアは、すぐ側にいる金茶の獅子、その(たてがみ)に手を伸ばした。ふさふさの毛の内にザッカリアの腕は入り、動かない獅子をゆっくりと抱きしめる。温かな毛の内側。ホーミットも同じ温度なんだと、ザッカリアは目を瞑った。


「頑張るね。俺がどこまで出来るか、保証はない。でも俺は、空で」


「信じるぞ。頼んだ」


 獅子を抱きしめた少年は、獅子の子がミレイオと知っている。

 ミレイオは、魔導士バニザットと獅子の『計画』で、宿命を負ったのも。そしてミレイオが、犠牲になる方向へ()()世界が変化するのも―――



「全力だ」


 腕を解いて、金色の鬣を一撫でし、少年は決意だけはしっかりと伝えた。保証なんかできない。この未来は自分に見えていない。

 でも回避の可能性、別の未来を選ぶ、その道筋が在るのは分かっている以上、ここで変えるのは俺だ、とザッカリアは気を引き締めた。

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