2456. 地震 ~配置・出発前
ゴゴン・・・ くぐもる音を伴い、突き上げた地震が、庁舎を一瞬浮かせる。
局長は部屋を飛び出し『船だ!』と職員に叫び、屋内にいた職員のほとんどは、外へ走って行った。
「今、船を出す気ですか?」
「あ?まさか。船を見てこいって意味だ」
驚いたルオロフの一声に、局長の方が驚いた顔で返す。そうか、と少し恥ずかしそうに目を逸らした若者に、局長は『何かあっても、お前は一人で海に行くな』と注意した(※心配)。
タンクラッドもイーアンも、すぐに現地へ飛びたい。次の地震が来るのか、次に津波が来るのか、どちらにしても続きはある。
「タンクラッド、コルステインと連絡取れますか」
「何を急に」
「私は、あの場所へ行きます。私が龍気を使う時、コルステインは影響しない場所でなければ。東西に波が広がる予想ですし、東はコルステインに頼むことになるので」
ここで口にしないけれど、『小石がない』理由から、イーアンは前線を分けて対処するつもり。
それかと、ピンときた親方は頷き、自分もイーアン側で協力するとし、コルステインには反対側―― 東の海を頼もうと決める。だが、この返答はイーアンに受け入れ難い。
「・・・タンクラッドはトゥがいるから、陸地の近くを担当して下さると、皆さんの安心が増えます」
「トゥがいるから、だ。瞬時に動ける。トゥも、離れた場所を読む。臨機応変で動けるだろ」
じゃなくて、とイーアンは微妙な理由を言えずに止まる。
タンクラッドが、時の剣を使う現場―― 制限付き私の龍気状態で、側にいてほしくない(※吸い取られる)。言ったら怒るだろうなと思った途端、ぴくっとタンクラッドの見下ろす顔が引き攣り、舌打ちされた。
何も言ってないのに? ビビる女龍を見下ろしたまま、不愉快な溜息を吐いた剣職人は目を眇めた。
「仕方ない・・・お前の龍気を取ると言われたら。くそっ、側にも居られないのか」
「え、なぜそれを」
やっぱり心読んだのかと思わず声にしたイーアンだが、『トゥだ。お前の思考を俺に伝えた』タンクラッドの返事で、イーアンは自分がやぶ蛇を踏んだと知った。当たった思考で、タンクラッドは更に不機嫌。
気まずくはなったが、どこからかお告げを下してくれたトゥの配慮で、イーアンは龍気の心配が一つ減り(※タンクラッド同伴却下)、津波と魔物勃発の現地にはオーリンがイーアンと行く。
「開戦は、男龍、来ないだろ?」
「来ないと思います。来る理由が今回はありません」
アイエラダハッド決戦は、古代サブパメントゥ排除で男龍が参加するという、滅多にないことが起きたが、ティヤー開戦はそうした理由もない。
オーリンとガルホブラフ、そして場所が海なので、グィードを呼ぼうとイーアンは考えている。グィードがいれば、自分の呼応も楽。それでも龍気は欲しい。
だから、ルガルバンダに初で援助の手を借り・・・タンクラッドにはすまないけれど、離れた場所で頑張ってもらう。
短い会話で最前線の人選が決まり、残る皆が沿岸と陸を担当する。イーアンの懸念である、『隙間』の話をしておくべきかと、言おうとしたところで、局長が話に割って入った。
「波がデカいと、沖には出られないが、巡視船の小型はある。島の合間に渡る海(※川のような状態)はこっちで見ることも出来るだろう。どうだ」
「はい。そうして下さい。沿岸は津波が来たら・・・そこに魔物もいます。乗り物の自由を奪われては、魔物相手に大変危険ですから、波の影響の少ない環境で動ける状態を保って下さい」
「言われなくてもな。こっちは海だけと付き合ってきたから心配するな」
「タニーガヌウィーイ。宿の主人たちは、波が荒れても船を出すと息巻いていたのだ。それでイーアンは」
さっとドルドレンが、イーアンの言葉の理由を教えると、局長はちらっと見て『あいつらはあいつら』と突き放した。血の気で生きてる連中、と付け足し、皆も同感する。
「では、俺とフォラヴ、ミレイオとタンクラッドは沿岸・・・状況で陸を守ろう。陸は、魔物以外もありだ。イーアン、それをタニーガヌウィーイに」
余震を感じる緊張の数分間、ドルドレンが促した『魔物以外が襲う陸』について、イーアンは手短に説明した。先ほど、話しをしようとして途切れた、重要な続き。伝えた後、タニーガヌウィーイの表情は硬かった。
「そうか。神殿が」
「私の仲間が見せてくれた、未来の可能性の一つです。現実になるかどうか、確定ではないけれど可能性は」
「あるだろうな。あいつらには、『どさくさに紛れて消したい人間』が多い」
「え?」
「こっちのことだ。神殿と、僧兵・・・意識しておこう。ティヤーに合図を回す。ウィハニの女と魔物退治だ」
話を〆た局長は、何も言わずに応接室を出たと思うと、手に地図を持ってすぐ戻り、皆の前に地図を広げた。二枚広げた内の一枚は、ティヤー全土・全島。もう一枚は、海図だった。
「頭良いやつ、お前らの中にいるだろ?覚えろ。地図は持ち出せないが、今からどこが使えるか教える。使うかどうかは別だ。よく聞け、最初は海だ。ここからここまでは浅いが、この点線から海底が深くなる」
ハッとした全員。局長の広げた大きな地図と海図を覗きこみ、方角と大まかな距離を確認しながら、それぞれが『使える特徴』を頭に叩き込んだ。余震は続いており、今か今かと焦る心を抱え、開戦ギリギリで与えられる情報の時間に感謝した。
*****
そして、十分経過―――
背を屈めて机の地図を見ていたフォラヴが、すっと体を起こしたことで、皆の注意が引かれる。フォラヴは胸に手を当て『あ・・・』と戸惑った。空色の瞳が視線をさまよわせ、くるりと机に背を向けた。
数秒、何かに耳を澄ませるように、僅かに頭を下げた後で振り返ったフォラヴは、じっと見ていたドルドレンに『センダラです』と伝える。今のは、センダラから連絡が入った動き。
「センダラ?」
「はい。彼女は東の海を・・・先ほど、イーアンがコルステインに守ってもらうと言った方角でしょう。そちらを自分が受け持つと言いましたが」
「ちょっと待て。もう連絡は終わったのか?」
ドルドレンより早く、親方が割り込む。フォラヴは首を横に振り『まだ繋がっている』と片手を胸に当てたまま答えた。親方とイーアンの目が合う。どうする、それなら、と急いで決める、センダラの配置。
「フォラヴ、彼女には、ティヤー東から南下する・・・ええと、ですね。地図だとここ一帯。伝え方分かりますか?この線を担当頂けないか、聞いてみて下さい」
ティヤーの東。東の端は北から南まで、どこの国とも接していない、海。向かい合うのがヨライデ。センダラにはヨライデを臨む東の側面を頼む。
了解したフォラヴがまた応答を再開し、二秒後にちらっと皆を見て、三秒後に微笑み、四秒後に『分かりました』と声でセンダラに返事をした。彼の胸に当てられていた片手は下がり、妖精の騎士は机の地図に目を落とす。
「センダラと確認しました。センダラは、東の北にいます。そこから南にかけての海沿いを担当してくれました」
「良かった!」
『コルステインが東の前線とは伝えたか?』と親方が確認すると、フォラヴは大きく頷いて『少し話したら、気付けばすぐ避けると言っていた』と教えた。センダラも、コルステインの障害にならない距離を把握している。
フォラヴも少し安堵する。センダラがどう関わるか、分からなかった心配は払拭した。彼女から距離を取って・・・ ここで、旅を抜けるとは絶対に言えない状態になってしまったし、どうにか近づかないよう気を付けて動くのみ。
「それでは。最後に確認だ。タニーガヌウィーイの示してくれた情報を頼りにしろ。俺とフォラヴとミレイオ、シュンディーンは沿岸、陸中心だ。ルオロフ、お前はこの町で戦ってほしい。クフムも・・・ルオロフに預けていいか?頼んだ。
沿岸を抜ける魔物が増え始めたら、俺とミレイオは陸を。タンクラッドとフォラヴ、沿岸を頼むぞ」
ドルドレンのまとめで、妖精の騎士は頷き、タンクラッドも視線を合わせる。
「分かりました。結界を張ります」 「何かあれば呼べ。現地へ行く」
親方の『現地へ行く』は、本当に一瞬の移動。トゥがいる限り、時間はかからないと分かっているだけに、ドルドレンも保険のような安心がある。それから、前線で戦う仲間も位置を押さえる。
「イーアンとオーリンは、ずっと・・・先なのだな。北西だ。アイエラダハッドで言えば、東沖だが。コルステインはティヤー北東。センダラが東の南北。思うに、シャンガマックたちは」
一旦、言葉を切ったドルドレンに、並ぶイーアンが見上げて『問題ないのでは』と答えた。
「彼らは精霊の力を有するから、私たちの見落としを探して対処してくれると思います」
「連絡を取らなくても良い、と聞こえる。そうか?」
「私にわかるのは、余計なことを言うとお父さんが」
真剣な場面でちょっと吹き出してしまったが、ドルドレンは真顔を崩さず頷く。つられてイーアンも微妙に吹いたが、咳払いで『お父さんが決めるでしょう』と意見を終えた。周りもそう思ったので、これは放っておく(※これ=シャンガマックたち)。
「では、出発」
皆を見渡した総長の一声。と共に、ふわっと空が光り、イーアンは驚いて窓を振り返った。
「ザッカリア?」




