2455. タジャンセ出入国管理局の『神殿情報』
☆前回までの流れ
出入国管理局に呼び出されたドルドレンたちは、朝一番で向かいました。局長は彼らを応接室へ通し、用件を伝えました。その内容は・・・ 聞いてすぐ、訝しんだのはルオロフでしたが、オーリンはこれに対して質問を始めました。
今回は、オーリンの問いの続きから始まります。
なぜオーリンが、こんなに食い込んだ質問を繰り出すのか。勢いに驚く皆だが、行き過ぎないよう心で願うものの、彼を止めるつもりもない。
「行ってきた?」
局長のしわがれ声がそこを尋ね、目つきは遠慮ない不審さをぶつけた。
「そうだ。イーアンも俺も、『蔓延しかねない危険』を止めるために」
返すオーリンの言葉は極端ではないが、それは身内での話。不穏な発言を急に聞いた局長の反応が、怪しんで当然。『蔓延、とはな』と呟き戻すものの、彼は完全に疑惑の目に変わった。
傍でミレイオは成り行きを見守り、ドルドレンたちは緊張しつつ、ここにイーアンがいたらもっと核心に入るだろうかと想像。クフムは生きた心地しない。剣職人は―――
「おっ。いいところで、主役が戻ってきたんじゃないのか」
体を捻じって、椅子の背凭れに肘をかけ、タンクラッドは窓向こうの空を顎で示した。
イーアン探知機の親方の一声で、オーリンも話を中断し、全員が曇天に振り返る。立ち上がったタニーガヌウィーイは、驚きながら窓の側へ行き、その隣にタンクラッドも並んで、『彼女はあの辺からだ』と方向を指差して教えた。姿がないのになぜ・・・と、局長は彼を見る。
「分かるのか」
「俺とイーアンは、親方と弟子で・・・ 分かるな」
オーリンの自己紹介になぞって、自分も『三度の生まれ変わり付き』を冗談めかし付け足そうとしたが、始祖の龍が頭に過って言う気になれず、タンクラッドは濁した。
親方と弟子、と繰り返した局長は、背の高い男に『お前も、昨日の席にいなかっただろ』と訊く。
タンクラッドは空を見たまま『剣工房探しだ』と、うっかり・・・答えた。剣?と尋ね返そうとした局長の目端、キラッと光った空が映り、視線はさっと空に戻った。
「おお・・・ウィハニの女が!」
ぐんぐん近づいてくる翼、6枚の影。飛ぶ姿を視界に入れて目を瞠る局長は、急いで窓を開けた。が、タンクラッドが彼をぐいっと押しのけ『イーアン、こっちだ!』と叫ぶ。
押しのけられて、怪訝な顔を向けた局長。ちょっと笑ったタンクラッドが、『早いだろ?』と言い終わる前に、白い6翼を窄めた塊が突っ込んできた。
びゅっと、二人の男の間をすり抜けた女龍は、床に降りて翼を一度広げてまた畳み、振り向いてニコッと笑った。
「騒がれるから、急ぎました」
「ウィハニ!」
騒がれないよう急降下して入った・・・つもりが、感動して駆け寄ったタニーガヌウィーイに跪かれ、後ずさりするイーアン。
開いている戸口向こうの部屋も、局長の大声を聞き一気に騒々しくなり、『ウィハニの女だ』『海神の女が来た』と、瞬く間に人が押し寄せ、重要な話は暫し途切れた(※崇拝対象)。
そして、落ち着いた頃。話の途中だということで、野次馬は追い出され、お供えが戸口に置かれ、扉は局長によって閉められる(※さっき閉めなかったのに)。
「すまない。皆、ウィハニの女が来るのを待っていたから」
「いえ。大丈夫です。お話の最中にお邪魔しました。タニーガヌウィーイ、昨日はありがとうございました」
揉みくちゃ後で、あんまり大丈夫じゃないイーアンは、触られまくった髪を撫でて直し、クロークをパンパンと叩きながら、作り笑顔でご挨拶。
着席を勧められてドルドレンの横に座り、オーリンと目が合った。
「神殿が、面倒な連中と組んでいるってさ。それで奴らが材料を輸入したと、そういう話。でも臭いはないみたいだ。俺たちが見た箱も臭わなかったしな」
いきなり―― 歯に布着せない、簡略を伝えたオーリンに、イーアンの笑顔が引っ込む。
さっとタニーガヌウィーイを見て『私にもお聞かせください』と先に頼み、『書類上の確認の話は終わりましたか』と呼び出された件を、続けて確認。
局長は少し笑って『その確認は、この話のための口実だ』と若干、済まなそうに答えた。
イーアンの前だと態度が違う気がする彼への、皆の固定した視線はさておき。タニーガヌウィーイは、イーアンと向かい合う位置に椅子を引っ張り、彼女にも最初から教えた。
―――それは、イーアンが解釈した印象では。
早い話が、神殿に古代サブパメントゥが絡んだ。彼らが神殿に話を持ちかけ、神殿は応じて、武器の入手と製造が続く。
巡視船も貨物船も旅客船も、船と名がつく以上、ティヤー北部は100%タニーガヌウィーイの管轄で、出入港の様子に疑念を持った、神殿の僧侶を注意していた。
僧侶の動きは奇妙で、一人でアイエラダハッドへ向かい、戻ってきた時は荷物付き。荷箱は数箱だが、これを何回かの渡航で繰り返した。
内容物の記載は勿論するし、怪しければ、その場で確認もする。
ただ、毎回。確実に。立ち合った船員や職員は『覚えていない』状態で、港に迎えに来た馬車に、僧侶が荷箱と共に乗り込み、そのまま消えてゆく姿を止めることはなかった。
僧侶が出港する際も、そう。次に来たら取り調べようと決めているのに、それを踏むことなく気付けば乗船通過し、気付けば下船していた。
数回続いた報告で、タニーガヌウィーイが自分で立ち合おうとしたが、パタリと来なくなり、そこ止まり。
無論、タニーガヌウィーイは調査に乗り出した。結果、神殿と修道院に黒い噂が町で聞こえ、『異形の輩の出入り』を知った。突き止めることは出来ないが、その姿を見た者はいて、魔物かどうかの判別はつかないが、決して精霊ではないと、闇深い底なしの不安を話したという。
これもあって・・・クフムの存在は、入国時に警戒されていた。
クフムはこれまで、僧院から何度もティヤーへ動いていたので、乗船記録が残っている。当然、クフムの実名と身分は記されており、今回、ハイザンジェル派遣団体と同行する申請に、同じ名前と職業が書かれた欄は、出入国管理局の目に留まった。
ちなみに、これを記したのはルオロフだが、ルオロフはクフムが『何度もティヤーに行った』話を聞いていたので、普通に気にせず書いただけ。これが裏目に出たというべきか。
タジャンセ出入国管理局で、僧侶の怪しい動きに気が張っていた時、クフムはもれなく警戒されて、タニーガヌウィーイは、ルオロフの目的地・お仲間のサネーティに情報として書類を回し、サネーティはそれを持って確認。
この時は既に、宿屋にも手配済みで、クフム同行の理由を聞き出す・・・とした、流れが出来ていた。
「荷箱も中身が分からなけりゃ、調べようにも、まやかし食らって毎度逃げられる。妙だと思って調べてみたら、おかしな異形の報告が強いとなれば、な。そこの若造も疑うだろ?」
ウィハニの女を疑うことはないけどな、と局長は結び、イーアンは小さく頷いた。それで・・・奴隷と聞いたら、クフムを見逃したのかと、納得する。これはドルドレンたちも同じ。
だが納得したところで、クフムは怖くて仕方がない。自分はティヤーの変化に関係ないが、接触したことが裏目も裏目、とんでもない誤解で雁字搦めだったとは。そして、『異形の連中』が自分を狙っているとも察し、脂汗が垂れる。
怯える僧侶を横目に見ながら、イーアンはイーアンで少し安堵。良かった、『硝石の輸入に、海賊が手を貸していますか』って聞かなくて―――
植物園の疑問は、昨日の祝宴で尋ねるにさすがに躊躇い、聞きそびれていた。一晩明けて、事情が聴けるとは。硝石は、アイエラダハッド南部から採掘しているかも。
私は、テイワグナの民家裏で自然発生していたのを集めたことがあるが、ああではない。
オーリンも自宅で偶然、自然発生した材料から火薬を作り出したので、『鉱物』として集められたものを荷箱に詰めて輸入しているとは思っていない。
だからオーリンは、『荷箱から臭いがしない』と言ったのだ。
何かの腐敗からアンモニア、アンモニアの酸化が亜硝酸、亜硝酸を酸素のある環境で放置して酸化、これが硝酸だけれど、近くに炭酸カルシウムがあって接触していなければ、続きはない。接触状態であれば、硝酸カルシウムへ。これを水分で煮溶かして手に入れるのが、硝石。
作るならこうだったと思うけど、天然産出もある。多分、その僧侶は古代サブパメントゥの入れ知恵で、アイエラダハッド南部のどこかに、天然で生じた硝石を採りに行ったのだ。
鉱物そのものなら、臭いはないだろう。私たちが植物園の部屋で見た箱の中は、鉱物だった。あの時は見ただけで終わったが、情報が集まると道筋が出来る―――
「アイエラダハッド南東。南部に荒野があるかも知れません。涸れた地へ、材料を得に行ったと想像がつきます」
なぜ荒野と特定? 質問しないが目で問う相手と、取り巻く全員の視線が集まるが、イーアンはそう言った後、視線を床に落として考え込む。
頭の中に、以前見た地図を浮かべ、それと実際に目にした数回の印象を思い起こし、前屈みの顔を片手で摩りながら、女龍は天然の硝石が採れる地かどうか、記憶を頼りに考察。
多分、あそこだ。シュワック・・・アムハールでは。
ハイザンジェルからも近く、山脈を抜けて辿り着く、決して雨の降らない、悠久の荒野。地形の全体を見ていないが、幾つかの条件を揃えている。
あんなところまで移動するのか、とも思うが、サブパメントゥが手を貸しているなら、普通の人間でも日数短縮の移動は可能。
考え込む、瞼半分下ろした女龍の唸るような声と呟きは、局長の関心に火をつける。
「何か目安があるんだな?手に入れられる証拠なら、力を貸す」
「あります。が、これ自体に対し、協力をお願いするのは確認してからです。でも、真っ先にお願いすることがあるとすれば、この一件に関係する派生への対処です。
ティヤーを、『内側から守ること』に手を貸して下さい」
「なんでも言ってみろ。出来ないことはその場で断る。出来ることは何でもやろう。命の天秤は気にするな」
ぐっと余裕そうに上がる、白い髭の口元。イーアンは苦笑して『勇猛果敢な皆さんの命は、頼む私が気にするべきですよ』とやんわり押さえ・・・・・
イーアンの言葉が終わった、一秒後―― ぐわんと鼓膜にかかった圧と共に ――ミシッと、建物が大きく軋んだと思いきや、地震が突き上げた。
お読み頂き有難うございます。
来週、脳のことで病院へ行く日があり、その時またお休み頂くと思います。前日にお知らせしますので、どうぞよろしくお願い致します。
休みが増えて申し訳ないです。いつもいらして下さる皆さんに心から感謝しています。有難うございます。




