2453. 朝の報告・『海の伝説』と剣職人・僧侶の武器話
早い朝食の場に、ギリギリで間に合った女龍と剣職人は、宿に入って食事をもらう。
持ち帰られた現場の話を聞くため、宿の主人や他の客も側へ来て、二人は食べながら『様子見』を伝えた。
この時点でイーアンは、海の伝説をタンクラッドに話したばかり。帰る道すがらで説明した。そのためタンクラッドは、昨日よりも口数少なく(※警戒)、背中の剣は宿に入る前に馬車にしまった。
一先ず、津波と地震に注意して気を配るのみ、とイーアンは説明を終わらせ、『始まったらこうしてほしい』と要望も添えた。いかつい顔の主人の眉根が、若干寄る。
「手を出すな、ってことですか」
「いいえ。大荒れの海に船を出さないよう、お願いしたいのです。魔物は海から来ますが、陸にも上がるから。それを留めて下さい。海自体は、私たちの仲間が」
「でもそれは」
「お願いします。私たちは、誰かが怪我をしたり、瀕死になった時、治癒することは出来ても限度があり、蘇生は出来ません。一人でも多く、無事であってほしいです」
ティヤー入国したばかりで、治癒場も知らない状況に、好戦的で血気盛んな海の男が、命知らずで躍りかかると分かっている前提。イーアンは『頼むから、怪我しないで』と祈る気持ちでお願いする。
非常に不服そうだが(※顔に出ている)、朝食の席に集まったその関係の人々は顔を見合わせ、渋々頷いてくれた。
「海賊に陸で戦えなんて、失礼でしょうけれど」
ボソッと呟いた、申し訳なさそうな女龍。じっと見下ろす、宿の主人その他。
「失礼ですよ」
「ご主人、遠慮ないですね。でも、陸も・・・ 誤解を招く恐れがあるから、全てを話せませんが、陸も私には懸念があるのです。私たちのような、大型の力を操る者は、大勢の魔物を倒す前線から動けません。それは沖だし、下手すると」
「分かりましたよ。ウィハニの女に『共に戦え』と言われる想像はあったけど。『出てくるな』と説得するなんて、案外、心配性ですね」
宿の主人のぶっ刺さる物言いに、イーアンは項垂れて『ごめんなさい』とちっちゃく謝り、ドルドレンが背中を撫でて慰めるが、『彼女の力を見れば、なぜそう頼んだのか。きっとあなた方にも伝わる』と静かに抵抗しておいた。
こんな具合で数十分は使ったが、この後、一行は支度をしてタジャンセ出入国管理局へ向かう。
タンクラッドはどことなく浮かない顔で、イーアンも微妙な立場だけに、二人は『上にいるから、用があれば呼んで』と仲間にお願いし、空中待機にした。
「俺が、海賊に掴まるとは」
トゥに乗せてもらって、先に管理局上空に留まったタンクラッドは、伝説話をぶり返す。横にいるイーアンは、トゥに『乗ってていい』と言われたので、お隣の首に座って頷いた。
「力を見せたら、それが証拠ですよ。別に『時の剣で、海龍を呼び出す』わけじゃないけど・・・ 」
「昨日の宴で、『お前とグィードが別物』とは、伝えてあるんだろ?」
「はい。『私は龍に変わるけれど、黒じゃなくて真っ白ですよ』と。驚いたようだけど、『でもグィードはお友達』と先に話したし、結局、私とグィードが揃ったところに、タンクラッドの時の剣が、力を見せたら」
「俺は、彼らの。あー・・・考えたくないな。崇拝ならマシのような気がしてきた」
マシじゃありませんよ、とぼやく女龍だが、タンクラッドは海賊の長にされかねない伝説―――
そんなの、誘われて受けるわけがないにしても、伝説の『海龍を呼び出す男(※と、されている)』をあっさり彼らが逃がすなんて、思い難かった。
「ある意味。呼び出す、というのは正しいのですよね。グィードは、私とあなたの協力で呼び出すよう、始祖の龍が設定した仔ですし。その時代の話を、内容遠からず伝説に残しているのは、実に不思議ですけれど」
「また、始祖の龍か」
凄く嫌そうな・・・苦虫を嚙み潰したような顔の親方。ちっ、と舌打ちして、垂れた前髪を乱雑にかき上げる態度に、イーアンは自分が悪くなくても、何となく申し訳なくなった。
そんな顔を、目端に映したタンクラッドは、小さな溜息と一緒に『お前が気にすることじゃない』と断り、垂れ目を垂れさせるイーアンに少し笑う。
「まぁ・・・始祖の龍については、俺の問題だ。お前も、海の伝説も、別に何が悪いわけもない」
「そうですが」
「グィードと始祖の龍、ティヤーの北辺と言えば。あそこは『北辺』でもないか・・・かなり東だからな。地図では北、というだけで」
何やら話を変えた親方は、思い出しながら一人問答し、じっと見ているイーアンに『パッカルハンだよ』と教える。
「パッカルハンは、東も東、ヨライデ近くだ。北側と言えばな、地図では当て嵌まるにせよ。あっちは津波も行かないかな」
「そうですね・・・パッカルハンの話をいきなり出すから、何かと思いました」
「何となくだ。あの遺跡をもし、津波が襲ったら。島も斜めに浮上した形で、跡形もなくなりそうだなと思った」
あ、とイーアンも気づいて想像する。タンクラッドは女龍に『あそこまで被害が届かないと良いが』と思うことを伝え、それから―――
「龍境船が気になるんだ。パッカルハンが無事だったら、また中へ行ってみるか」
遺跡のある東へ向けた親方の横顔に、イーアンもそうした方が良い気がした。
*****
通訳は要らなさそうだなと、オーリンは言う。
御者台の横に、クフムの馬を並べたオーリンは、彼と付かず離れずを保つ。
その理由も事情も、特に説明はないが、クフムは『イーアンが(クフムを)監視する』と宣言された側から、イーアンがいないので、彼女はいい加減な性格・・・と思うものの、他の人間の方が気楽なので、これはこれで有難かった。
「通訳、要りますよ。今のところ、問題なさそうですが」
「そうか?お前は僧侶だから、海賊のことは知らないんだろうけど。海賊は共通語を喋り続けてくれるし」
「はい・・・ 確かに私は僧侶の関係しか知りません。共通語に関しても、海賊は、ですね」
「それ、じゃ。もしかして」
顔を向けた御者台の龍族に、馬上のクフムも視線を合わせ『修道院と神殿は、違う言葉を混ぜるはずですよ』と教える。
瞬きするオーリンの反応を見たクフムは、どこまで話していいかと思いながらも、有用な情報は与えて損もないと考え、知ることを話した。黙って耳を貸すオーリンも、話を聞き終わる頃には、胡乱な目に変わる。
「ああ、そう・・・ そんな違うのかよ。秘密だらけって感じだ」
「大きな声では言えませんが、守秘義務は多いので」
「じゃ。海賊関係といる分には、俺たちも普通に喋れているけど」
「神殿関係となれば、通訳は絶対にいた方が良いですよ。ティヤー標準語だけ、とも限らないので。ティヤーは島が多くて、方言だけに違いが留まらないです。ティヤー人でも、一箇所から出ない人は、他の島の言葉が分からないでしょう」
まぁお仲間は、何でも喋れそうですけど・・・と、皮肉の小声もクフムは添えたが、オーリンはこれを無視。
「お前は?そこそこ、喋れるんだろ?」
「付き合いや、勉強した範囲なら。でも、神殿の使う独自の言い回しは、私も解釈に」
最後まで言い切る前に、緊張を目に走らせたクフムの口が閉じる。
彼の警戒に、オーリンも左右を見回し、『何かあったか?』と声を潜めて訊いた。馬上で僅かに頷いた僧侶は、短い頭髪を片手で少し掻いて乱した。俯かせた顔に浮かぶ表情は、彼の小心がよく見せる時のもの。
「いるんだな。お前が警戒する、誰かが」
「ええと。はい。というか、建物・・・後で話します」
建物、と言われてオーリンも道の左右をもう一度見る。細い下り坂でも、通りを挟んだ横に建物は並び、その一つがクフムに都合が悪いと理解した。どれのことだ・・・? 変わったところはないが、こんな場面でオーリンは『看板の文字が読めない難点』に、溜息。
だが、文字ではなく、クフムの警戒した対象は、ある建物の二階に塗られた色。それは、ティヤーの宗教団体が目印に使う色だった。
そんな些細なこと、色彩だらけの建物が並ぶここで、来たばかりのオーリンに、見分けつくはずもなかった。
「お前さぁ・・・ 昨日も、少し聞いたけど」
「なんですか」
少し馬車を進めて、もう通り過ぎたと思うくらいでオーリンは話しかけ、クフムは顔を向ける。まだ視線が定まらず、おどおどしている僧侶に、一呼吸置いて『全然、戦えないの?』とオーリンは尋ねた。
中年の男の『強さ』に関する問いは、やや呆れられた感じも受けるもの。怯えた一場面の後で、なおさら。
彼らの団体に、そんな質問をされてもと思うが、クフムは面倒気に『昨日答えました』と捨てるように返事を零す。
「ふてくされるなよ。お前の護身はどうしてたんだ、ってちょっと思ったからさ」
「私の護身ですか?僧院から出ないから、僧院任せでしたよ。外に行く時も、一人じゃなかったですし」
―――前の晩。オーリンが何度か話しかけた内容は、これだった。同じことを話したのに、とクフムは目を逸らす。
『武器の練習したことあるか』 『僧院はどんな防御をしていたか』 『僧院に武器はあったか』 『どんな種類だったか』・・・・・
最初こそ、武器の質問に疑問もあったが、『俺はハイザンジェルの弓職人で、外国の武器は知らないから』と言われ、彼は職人なんだと知ったクフムは、動力絡みでもないし、教えてあげる気持ちで答え続けた。
クフムも『他にも職人はいるか』と質問してみたら、オーリンは『いるよ』と、タンクラッドやミレイオ、イーアンも職人的なことをすると教えてくれた。
こんな流れで、クフムの狭い世界―― 山奥の僧院 ――の話をし、探られる感じもなかったから、緊張も解けていたのだが―――
「戦えないのは、そんなにマズいですか?私が殺されるのは気にならなさそうですが、足を引っ張ると」
「自虐するなって。お前、武器の知識はあったじゃないか。図を見てイーアンに『武器だ』って教えたんだろ?だから、昔は習ったことがあるとか、そういうのもないのかと聞いただけだ」
「あれは私が自ら気付いたんじゃないですよ。イーアンとミレイオが話している要約で・・・ 言いたくないですが。飛び道具ですよね?その話」
「そうだよ」
「部品の大きさや幅が違いますが、船の・・・ その・・・関係ないだろうけど。動力の一部と似てたんですよ。見せてもらった図は、もっと単純な形でも、組んだら何を目的にしているかは」
「ふーん。そうか。武器は作ってなくても、そう思うんだな」
「誤解していそうですね。違いますよ。言って分かるかなぁ・・・動力って燃料で動きますから、燃料取り込んだ続きが、圧縮した力で」
「クフム。そこまでにしとけ。喋るの、危ないんだろ」
警戒する割に、警戒心が下がるとベラベラ喋り続けてしまう、やや自慢げな僧侶の性格。オーリンは先を聞く機会ではあったが、小さな町でも人の耳がある以上、クフムの徐々に大きくなる声を止めた。
止められたクフムは、少し不満そうではあったが、『危ない』の一言と、それを気にした弓職人の配慮に黙った。
もうちょっと。 聞いてみるか。
手綱をほぼ動かさずに済む、一本道の下り坂。風景に濁った海と、暗い空を見ながら、オーリンは考える。風は強く、波が立てる音は丘まで上がってくる。
クフムたちの知識が流れた、この怪しい国。動力の仕組みは、説明された時に『武器も出来る可能性』を思ったが、これが元だろうと核心に近づいた。
長筒銃はヨライデに売るため。壺詰めの火薬は、神話の大陸への開通のため。スヴァウティヤッシュは、そう教えた。
テイワグナ・ギールッフから盗んだであろう、銃の構造を使っていないのでは、とイーアンは呟いていた。クフムの話をここに合わせれば・・・ この国で作ろうとしている長筒銃は、もっと大きな武器への走りだ、とオーリンは感じた。
―――模型船が、動いたから。
リチアリに譲られた模型船は、オーリンに無言の予知を伝え続ける。これを、オーリンは誰に喋ることもなく、自分の解釈が正しいかどうか、確かめてもいた。




