2450. 夜祝宴 ~②剣の先手・宴の席『馬車の民・海賊の在り方・伝説・海の光』
☆前回までの流れ
ティヤー上陸のその日。一行は、海賊サネーティに会い、彼の友達の宿に泊まることになり、イーアンとオーリンは火薬探しでダルナと共に、ある植物園の実態を見つけて一先ず対処。宿に戻れば今度はクフムが宿に絡まれたと知り、タンクラッドとシャンガマックはどこかへ出かけたきり。
忙しい上陸の日も夕暮れ近く、今回はタンクラッドたちの場面から始まります。
「祝いなんて、出る気にもならん」
連絡珠を腰袋にしまった褐色の騎士の横で、面倒気に吐き捨てた剣職人。
宵が迫る時間で、もう戻ろうかと話し合っていた矢先に、ドルドレンからシャンガマックに入った連絡は、『祝宴なのだが、いつ戻るのか』。祝宴?と面食らったシャンガマックは親方に伝え、親方は即断った。
「今日は、ここまででしょうね・・・もう、村の人を訊ねるのも、時間が良くないです」
シャンガマックが見渡した所は、小さな細長い島。点々と家に明かり灯る、夕暮れも終わり頃。アノーシクマの宿より、一層、暖かい潮風が吹く。べたっとした風は、汗ばむほど湿度も高く、温い空気に磯の匂いが濃く籠る。
「どうします?先に町の職人と工房に会っておいて良かったけれど、この村の職人には手紙でも置いていきますか?」
「それもな。紹介されたから来たとは言え。意外と時間食っちまった。よそ者に慣れている環境に思えないから、夕方の手紙は警戒されかねん」
気の乗らない親方の返事に、シャンガマックは了解して『じゃ、明日また来ましょう』と答え、横にいる獅子が見ている顔に微笑んだ。
「帰ろうか」
「宿は嫌なんだろ。お前の食事を途中で用意する」
「うん・・・あの、タンクラッドさんも」
獅子は息子しか目に入っていないので、シャンガマックは親方を気遣ったが、タンクラッドは笑って『俺はいい。寄り道して戻る』と断った。ということで、宴会を避けた三名は、現地解散。
それでは・・・と挨拶した褐色の騎士に手を振って、彼らが闇に消えるのを見送ったタンクラッドも、真上の群青色の空を見上げ『トゥ』と呼びかける。
「終わったか」
「今日のところはな」
乗れ、と促され、現れた銀色の巨体の首元に、タンクラッドは跨る。小さな島の外れで、誰もいない。そのまま浮上し、少し飛び続けるダルナの背から、下方に筋を引くように連なる島々を眺めた。
「職人と話はついたんだな」
トゥが徐に話かけ、親方は少し間を置いてボソッと答える。
「読むな。だが、そうだ。手応えは良い。二ヵ所目は回れなかったから、明日だ」
タンクラッドは今日、シャンガマックを連れて―― 午後一で視察した場所へ出かけた。
ティヤーの剣工房に辿り着くまでが、長く開くと嫌だから。簡単に言えば、そうした理由。午後、トゥに呼ばれて話をした時、トゥは『先に剣を作れ』と。
博物館で見た剣を、タンクラッドがずっと気にしていたのを読み取っていたトゥは、先回りしておけと助言した。それは、タンクラッドの仕事であり、自分のやりやすいように手を打つのは、誰かに相談しなくていいことだ、と付け足して。
タンクラッドもそれを望み、職人の当てを探したダルナに案内された先、これは通訳を用意する必要ありと考えて、一度宿に戻った。そして、シャンガマックに『手が空いていれば、一緒に来てほしい』と話したところ、二つ返事で彼はついてきた。
「バニザットも(※シャンガマック)剣を作りたいと言っていたからな。ルオロフに持たせる気でいるなら、俺も賛成だ」
「早めに手を打つのは、何かと都合がつく・・・ タンクラッド。南の先に降りたばかりだが、北辺へ行くか?」
ダルナは答えながら、次に行く場所を促す。なぜ北辺、と訝しく感じたタンクラッドは、もしやと過らせた。銀色の首が一つ振り返り、ぐーっと親方の側まで顔が寄る。水色と赤の混じる大きな目が、タンクラッドを覗き込むようにじっと見つめた。
「その見方。覚悟を促すようだな」
「過言じゃないだろうが、覚悟というには『序盤』だ」
やっぱりそうかと理解したタンクラッド。軽く頷き、銀色のトゥと共に、ティヤー北辺――― 火山帯へ向かう。
*****
外はもう、夜。アイエラダハッドは冬そのものだったが、ティヤーの冬は関係ないのか。ほんのちょっとしか離れていないのに、まるで気候が違う印象は、潮の流れも関係しているのだろうけれど・・・
着いた時から、暖かいと思っていたが、開け放した食堂と広間の窓から入る風は、夜も温く、冷えに首を竦めたのがほんの一日前、とは思えない違い。
アズタータルも暖かだった。でも夜は河を渡る風が冷えて、窓を開けておく時間も換気程度。厨房は暖炉の火を夏まで落とさない、と聞いていただけに、海を半日渡っただけの気温差に驚かされる。
熱気もある。大勢が押し掛けた、宿の一階は男しかいない。女が一人も・・・女性は、食事を作る側にいるが、客にはいなかった。
「開けっ放しなのね」
「開けておいてくれた方が良いですよね」
ミレイオが着席して、隣に腰を下ろしたイーアンも小声で答える。窓を開けておかないと・・・ げほっと、フォラヴが咳込んだ。少し離れた席の彼の咳など聞こえないくらい煩いが、イーアンとミレイオは気付いた。
「煙草の煙が、すごいです」
「ここに、酒の臭いも加わるのよ」
フォラヴには清涼な空気が必要・・・ 気の毒そうに妖精の騎士を眺める(※遠い席)二人は、煙草と酒への耐久力があるので、どうにかなるが、ザッカリアも心配。タンクラッドとシャンガマックが戻ってこないので、もう少し待っているようだが、ガヤガヤした食堂と広間に二百名ほど詰まった状態。勝手に食べて飲んでいる人も多い。
「彼らは、まだ帰らないと思う。用事だから、気にせずに」
連絡珠で、シャンガマックと交信したドルドレンは、『連絡珠』の存在を伏せ、とりあえずの情報を主人に伝える。廊下から戻った彼に、宿の主人は了解して、側にある棒に手を伸ばした。
ギョッとするドルドレンの横、円形の大きな鉄板。主人はそれに、振るい上げた棒を勢い良くガンと打ち付け、思わず耳を塞いだ黒髪の騎士驚き、『すみません』と慌てて謝る。
「初めてですか?合図なもんで」
「大丈夫だ。びっくりしたが、問題ない」
「御仁も座って下さい。食べましょう・・・『ウィハニの女』の祝宴だ!食べて飲んで、盛大に喜べ!祝え!」
『って、皆、勝手に始めてますけど』と挨拶後に笑う主人。そうだねと頷いて、ドルドレンも男臭い人が囲む、煙に包まれた空席に行った(※こっちだよと手を振られる)。
――【ドルドレンの席】
ドルドレンの数席横は、ルオロフ。彼の奥は、サネーティ。
彼も来たのか、とルオロフと目の合ったドルドレンが、そちらに視線を少し動かすと、赤毛の若い貴族は諦めたような笑顔。
彼に話しかけようと思ったが、すぐに横の男が『勇者なんだって?』と核心から入ってきたので、ドルドレンは肯定しつつ、食事に手を付ける。
ティヤー人も、皆が共通語を話せるのか、と少し意外に感じるほど、集った誰もが、ティヤー語と世界共通語を混ぜながら使う。自分たち『祝いの客』には確実に、共通語で話しかけ、それは何も厭わない様子。
あっという間に群がった男たちの、訛りが強い共通語の質問を受けながら、勧められるままに酒を飲み(※ここで断るといけない気が)『自称・勇者』ではない証として、ちゃんと戦歴や経緯を説明し続けた。
そして、猥褻な冗談や荒い言葉で、楽しまれ笑われつつも、悪意のない彼らに応じていると(※悪気はないのだと理解する)、ドルドレンに朗報も舞い込む。
「馬車の連中か。そういやぁさ、俺の親父のおじさんちに、馬車の――― 」
――【ザッカリアの席】
ティヤー料理に馴染めないザッカリアは、真横に座る『いかにも危なそうな人たち』を気にしながら、煙草の煙に時々咽つつ、焼いただけの肉と魚を引き寄せて、食事を始めた。
が、それまでさほど話しかけなかった隣の人が『これも旨いよ』と少年を気遣う。
「俺、酸っぱいのと、甘い料理が、あの。あんまり食べれないから」
恐る恐る、味の好みを伝えると、日焼けして突っ張った頬を緩ませたおじさんは『俺の息子もそうだ』と伝え、子供はこっちの方が食べやすいと、味の違いを教えてくれた。
「お前さんはどこの国だ。目が綺麗だな」
「テイワグナ人だけど、小さい時にハイザンジェルに行ったから・・・目は、うん。有難う」
顔がきれいだ可愛いだと言われはするが、目だけを褒められたザッカリアは、意外な感じ。
何本か歯のないおじさんは、少年を怖がらせないよう気にしているらしく、煙草を持つ手も少し離して、食べやすい味の料理を皿に取ってくれた。
「テイワグナ人か。でもハイザンジェル育ちじゃ、海なんか見ないよなぁ。アイエラダハッドを旅したって聞いたが、あっちは氷ばっかだったろ」
これは、反対側の髭のおじさん。突き出た太鼓腹をポンポン叩きながら、話しかけてきた。氷以外もあったよと、答えるザッカリアを見下ろし、『あの国は、鹿と乳製品しか食べない』と食べ物の話に変え、『ここで旨いものを食べて行け』、と料理の皿を引き寄せた。
あっちも美味しかった・・・ けれど、それは言い難いので。
ザッカリアは、おじさんたち推薦料理をせっせと食べては、感想を伝える。推薦料理は、アイエラダハッドのデネヴォーグで食べたティヤー料理と違って、新鮮なのもあってか、ザッカリアは美味しいと思った。
少年が一人混じる、旅人の集団。誰かの連れ子、と思われているのか、ザッカリアは特に戦いや魔物話を振られず、本当に『普通の子供』として、扱われ続ける。
食べ、話しながら、ティヤーに入った時点で抜けなかったことを、少し後悔。こんなことがあると、旅を続けたいと思ってしまう心は、楽しい宴の間にむくむくと膨れて、留まってくれなかった。
――【イーアンとミレイオの席】
ここは、他と差が歴然の人だかりだった。ミレイオがいなかったら、誰かに連れて行かれたのではないか、とイーアンは真剣に思った。
そのくらい、まー。よく、触る触る。
一応、『女』だから、胸だ尻だ股だ(※当然)触らないではいるが、彼らは故郷のお母さんさえこんなに撫でないだろうくらいに、『ウィハニの女』の角や髪や、腕や肩や膝を撫でては騒ぐ。もはや、信仰対象を飛び越えて、珍獣扱いである。
・・・手垢付きそう。全員が銜え煙草、全員が酒を片手、料理も同じ手指に挟んでいて、開けた方の手で撫で繰り回すものだから、絶対その手も汚れてらっしゃるでしょう!と。言いたくても言えないイーアンは、不安が尽きない。
横のミレイオが、適度に往なして止めてくれるが、ミレイオはミレイオで『すげえ絵だ』『どこの刺青』『ヨライデでも見たことない』その刺青は、彼らの関心を鷲掴みし、はぐらかせば突っ込まれ、無視すれば肩を叩かれ、放っておいてもらえない。
うんざりしているミレイオが『落ち着いて食べたいのよ!ちょっと離して!』と腕を払うのも、彼らは全く動じない。食べたければこれもあれも、と目の前に皿を寄せる(※気遣いのつもり)が、すぐさま質問に切り替える。
悪い人たちではないが――― たまに目を見合わせ、イーアンとミレイオはもみくちゃ状態で、疲労を託した視線を交わす。
前も後ろも左も右も、全部の方向に顔がある。唾、飛ばして喋らないで。食べながら、こっち喋りかけないで。煙草は、煙をよそに吐いてから話しかけて。 イーアンの心の訴えはちっとも届かない。
ダク・ケパの・・・あの老夫婦は、なぜご自身たちを海賊と決して言わなかったのだろう(※比較)。
この状況と重ねて思い出す、謙虚な彼らと触れたあの一日が、走馬灯の思い出となって懐かしく過ること、度々。
「何でこんな、堂々開けっ広げに、『海賊』と」
思わず、口から零れてしまったイーアンの一言。ハッとして口を閉じたが、ほんの数人・・・近くの男が瞬きしただけ。
すぐさま『隠すことでもない』と笑われた。あ、言っちゃマズいわけじゃないのか、と理解し、イーアンはもう少し尋ねる。
これまでの時間、ずっと自分が尋ねられていたので(※角どうやって生えたとか、ティヤーは好きかとか、どうでもいい質問攻め)切り返してみる。
「私が初めて、ティヤーで会ったおじいさんが、海賊であることを私に伝えなかったので、隠しているのかと思いました」
「あ?ああ、他所の人間にはね。イーアンはその時、角も無かったんだ、って言ってただろう。普通の人間と変わらないなら、顔つきも外国人だし、こっちが教えることじゃない」
「それだけのことでしたか。『国境警備隊』と別に呼び名もあるし、海賊であることは」
「稼業だから(※言い切る)。よその国の連中が、海賊と聞いてどう捉えるか、そんなのバカでも知ってるけどさ。ティヤーは普通のことだ。生まれたら、どっちか・・・坊主になるか、船乗りになるか。国境警備隊って間違ってないだろ?」
「正しいと思います(※いろんな意味で)」
「昔っから、ウィハニの女がティヤーの海を守る。大きな終わらない愛で、俺たちの海を守る伝説がある。愛には愛で応えないと」
愛には愛で―― それが、彼らの職業のことなのねと、ぽかんとした女龍に、ハハハと笑い飛ばす。
こんな風に、ずっと思われていると、始祖の龍はご存じだろうか・・・ 遥か昔に、きっと彼女がここを守ったことがあるのだ。それ以降、千年以上の長い時が流れて尚、弛まぬ愛を誇りにする人々がいた。
「だから、最初の龍は、あなた方の海を守ろうと思ったのかも(※352話・622話参照)」
イーアンは、パッカルハン遺跡を思い出す。グィードに寄りかかる始祖の龍の石像があった。こんな人たちなら、始祖の龍も守ってあげたくなっただろうな、と感じての一言。だったが―――
場が、水を打ったように静まる。ピタッと止まったイーアン。ちらっと見たミレイオ。ざわっと一歩引いた男の群れ。
変なこと、言った?目を見開く女龍の、きょろきょろ動かした視線を捉えたのは、向かいの席のサネーティだった。
「最初の龍。あなたの口から『彼女』について、話してもらえそうですね」
サネーティの声が響く。その笑顔は、にやっとした風に見えた。サネーティの言葉が合図のように、周囲も顔つきが少し変わる。若干、気配の変わった空気に、イーアンが何て言おうと戸惑うが、別の声が挟まった。
「あの、巨大な黒い龍。それと―― 」
食堂続きの広間の奥、よくそんなところまで聞こえてと思う距離にゆらっと立ち上がった一人。こちらに来る男が、イーアンに話しかけた。
じっと見つめる鳶色の瞳から、全く視線をずらさない白髪白髭の、日焼け顔に傷を持つ老齢の男は、酒を片手にイーアンの横まで進む。
年輪を刻んだ顔だが、目つきも顔つきも体も逞しくて、実力と戦歴が滲む風貌に実年齢が分かり難い。他の者は黙ったままで、この老人の立場が気になった。
「海の伝説がある。ウィハニの女。信じているけど、伝説を真実だと・・・その口を通して教えてくれないか」
「あなたは」
「ティヤーの北の海を守り続けた船の船長、と言えば。誰もが俺を知る」
割れた低い声。聞き取りにくい、共通語。彼がそう言った後、サネーティと彼の近くの男が少し笑った。イーアンと目が合うなり、サネーティは白髪の男を指差して『彼が』と紹介を引き受ける。
「タジャンセ出入国管理局の長で、国境警備隊北部の巡視艇の」
「一番、えらい奴ってところだ」
サネーティの言葉の続きを攫った男は、椅子に座る女龍の横で笑顔に変わり、片手を差し出し、握手を求めた。
「タニーガヌウィーイ。魔物退治で、ウィハニの女の手伝いをしたい。これから『魔物が出る』んだろ?」
ポカンとしたイーアンは、握手しながら、はいと短く答えたが、彼が何か知っているのかと続く言葉を待った。その通りで、タニーガヌウィーイは握手の手をゆっくり放して、イーアンの肩に手を乗せた。
「神殿の連中より早く、海の光が回って、海に生きる人間に教える。伝説の続きが、もう来るんだと、ついぞこの前に聞いたばかりだ。
ウィハニの女が、大きな龍がやってくる・・・ アイエラダハッドの魔物が増加した時、こんなに離れていても、尋常じゃない影が、沖と空に映った。言わずもがな。あれがそうだと、俺たちは信じた。あの龍は、ティヤーの海にも」
「来ますよ。私のお友達です」
言葉尻を遮った女龍が、ちょっと微笑む。皺だらけの瞼の奥に、閃めく眼光が宿った海賊は、グーッと口端を吊り上げて『お友達、か』と繰り返す。それは、確認のような響きを含んで。
ここから、海の伝説をイーアンたちは教えてもらう時間へ。
そして、こうしている間に、『海の光』が告げた序幕が近づいていた。
お読み頂き有難うございます。
間隔を開けたくないと思いながらも、脳の状態で、物語を書くのが一日一話と追い付かず、ストックを使い切って数日休む具合でした。
脳の変化が昨年秋から進んでいるため、そろそろ薬に頼らないといけない状態かも知れないのですが、出来るだけ薬の世話にならないで、物語を書きたいと粘っています。
でも言葉が出て来なくなる頻度がこれ以上増えたら、薬に頼ることになるのだけど・・・ 自分の思考や想いは、余計なものがない状態で文章にしたいといつも思います。
読んで下さる皆さんがいることに、励まされています。本当に有難うございます。
いつも心から感謝しています。皆さん、ありがとうございます。
5時投稿は出来なくなったし、一日一話もきびしくなりつつありますが、物語を続けたい気持ちは何も変わらないから、今回のように数日開いても更新します。
こんな私の事情で、ご迷惑おかけしますが、どうぞよろしくお願い致します。




