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魔物資源活用機構  作者: Ichen
新しい年へ
245/2944

245. 切ないパパを考える

 

 広間に入ると、騎士が集まって様子を聞きに来た。野次馬。ドルドレンは疲れて溜め息を吐く。


 総長のお父さん出現という異常事態に、さらに瓜二つの事実と、知る人ぞ知る、総長と馬車の家族を初めて見た者たちが興奮気味に(たむろ)していた。


 矢継ぎ早に遠慮ない質問を浴びせられるが、総長はとりあえず無視を決め込んだ。イーアンは抱きかかえたまま。そのまま工房へ向かい、中へ入ってきっちり鍵をかけた。



「どっと疲れた」


 イーアンを下ろして、ベッドに腰掛けるドルドレン。火を熾しながら、鍋に茶用の湯を用意するイーアンも同意する。


「お父さん。ちゃんと誰かを愛したことあるのでしょうか」


「なぜそんなことを」


「いえ。だって、あんまりにも。ねぇ」


 少々驚いていますとイーアンは他人事のように目を丸くする。そうかもなと両手で顔を拭うドルドレン。イーアンが横に座り、ふーっと息を吐き出す。


「ああした人って。一概には言えませんけれど、知ってる人でいたのです。数名」


 それはイーアンが狙われたって話?ドルドレンが驚くと、イーアンは急いで手を振って、違うという。


「知人です。知人のご主人とか。知人のお付き合いしてる人で。似たような反応する人が記憶にあります」


 どんな人たちかを、イーアンは説明した。

 過去に見た彼らの共通点は、自分中心の考え方で、あまり人の迷惑を考えない。他人がそれを指摘しても取り合わなかったり、聞いた振りだけして無視したり、しつこく言われると怒る。自分がどれほど失礼なことをしても気にしないが、他人にされると気に障る。でも。


「でも?」


「これがね。人生の不思議な仕掛けというか仕組みというか。変化の時も似てるのですよ」


 誰かが自分を本当に大切にしてくれたと感じると、そうした人たちは、どうにか自分の側に相手を置こうとする。最初はこれまでどおり、強引で思い遣りなく行動するが、それで動じないと分かると、自分がその相手ナシでは生きていけないと思い込むのか、生活を変えようとする。自分の態度も改めようとする。


「まるでそれは」


「でしょう?大体ね、こうした性質の方たちに共通する背景は、本当に誰かを愛したことがないのです。愛されたことがあったとしても、それに気がつけないで過ぎてしまっていたり。受け取った愛情を受容するだけの状態になかったり。

 だから自分から愛することの大切さを知らないまま、生きている場合が多いのですね。だからお父さんも」


「うん。まぁ。そうかな」


「お父さん。家族への愛情はすごく強いでしょう。ご家族も全員、お父さんを愛してると思います。でもそれはお父さんの、たった一つの愛とはちょっと形が異なるのでしょうね。愛するにしても、愛されるにしても。

 愛自体は同じ質のはずなのですが、全体への愛と個人への愛の密度というか。そうした集中的な満たし方を知らない気がします。

 あの性格ですと恐らく、自分をちゃんと愛してもらう、その大切さを知らないかもしれません。逆もそうで、自分が相手を愛することも勘違いして覚えてるかも」


「イーアンは詳しいね」


「詳しいのではないのです。私はほら。愛や家族に無縁でしたから。扱いにくい自分を理解するために、本ばっか読んで、こんなことも知りました」


 悪いこと言わせたと思ってドルドレンはイーアンを抱き寄せる。腕の中でイーアンが微笑んで『大丈夫。今はもう、ドルドレンがいるから』そう囁いた。それからお茶を淹れるといって立ち上がり、茶器に茶を注ぐ。

 ドルドレンはお茶を受け取り、少し思い出している様子で話し始めた。


「確かに。親父は妻をとっかえひっかえの男だ。伴侶への愛なんか口先だろう。

 ・・・・・俺の母親は真面目な人間だったみたいだが、馬車に馴染めなくて病気になったかなんかで。病院に入ったまま、それきりだったそうだ」


「それきり。ドルドレンが子供の頃にはぐれてそのまま、ですか」


「そうだと思う。よく覚えていないのだ。気がつけば周囲には大人が、あんな感じでいつも誰かいる。誰が親かもあまり関係ない世界だから。子供もそうだし、特に気にしないまま育っている」



 さっきのベルとハルテッドを思い出すイーアンは、何となく理解できる。大人の二人は何も抵抗なく、子供たちと遊んでいた。大人らしく遊びもするし、子供のようにも遊ぶ姿に、大きな愛情を見た。


 ドルドレンの仲間思いの熱い心も、そうした生活が育んだ部分かもしれない。何より、お母さんは真面目だったと知り、イーアンはドルドレンの性格がお母さん譲りだと思った。ドルドレンのお母さん。真面目な人でありがとう。心の中で感謝を捧げる。



「親父は。もしかしたらだけど。気持ち悪いからあまり口にはしたくなかったが・・・・・

 最初は違ったんだ。多分。親父は特別なものを欲しがる癖があるから、それでイーアンを気に入ったのだと思う」


「特別。顔と体がね」


「この世界の人種ではないから、そういう意味だよ。悪く取らないでくれ」


 イーアンを慰めてから、ドルドレンは話を続ける。


「だけど、イーアンは媚びないだろう?王が相手でも媚びないのだ。あんな男に媚びるわけがないが、あの男にはそれは理解できない。見た目はあんなだから」


 自分と似ているので、そこで言いにくそうにドルドレンは言葉を切る。今度はイーアンが慰める。『似てるけど、姿見た目の格好イイのは良いではないですか』大丈夫、と励ます。


「うん。そうだな。見た目がね。ああだから、それほどというか。女に困ることはなかったのだろう。あの男が、目を付けるのも手を付けるのも、大真面目な堅物相手ではなかっただろうし。

 だから気に入ったら強引に押せば、誰でも何でも自分の手に入ると思い込んでいたのだろう。バカ丸出しだが。


 でもイーアンは拒絶した。俺があの男の息子だから、余計に理解できないのだ。同じような見た目で、なぜ自分ではないほうを選ぶのか」


「そこは全く私が理解できない」


「俺だって出来ない。でもあの男は、自分が選ばれて当然、その基盤が人生にある。拒絶されて、ムキになった。それに、イーアンは拒絶しただけではなくて、家族と親しくなっただろう?家族に受け入れられたら第二段階は通過してる。

 魔物を倒すと宣言する女にも会ったことがなかっただろうし、それを自分の家族のためにしようと言うのだから、それは好感度が上がる」


「上がらなくても良いのに」


「上がったのだ。已む無くそこは。龍と一緒に目の前に来たのも、効果大だっただろう。来た理由が『アジーズの家族を見つけた』と言われたら、こんな相手は初めてだろうから」


「誰の人生でも初めてそうなものですけれど。私だって、逆の立場で龍に跨った人が来たら、びっくりしますよ。印象には強く残るでしょうね」


「親父はそれで。もう回路が壊れたんだろうと思う。これまでの人生で起こらないことが、短い時間で生じたから。もともと脳の容量も少ないだろうし、壊れるのは早かったはずだ」


「すごい言いようですね。息子さんとはいえ。でもそれで。脳の回路が飛んだからといって、52歳の愛情に繋がるでしょうか。あの最後の一言は、ちょっとそんな感じでしたね」


「イーアン。まるで他人のことのように喋っているが、君の事なんだよ」



 うーん、と唸るイーアン。そうなんですけど、私の神経がそれを否定しています・・・ドルドレンにそう伝えると、ドルドレンが苦笑いしてイーアンの肩を抱き寄せる。


「イーアンはたくさんの人間に好かれる。それは良いことだが、常に真面目に好かれるんだな。それも良いことと言えばそうだが、今回においてはキツイな」


「お父さんはもしかしたら、自分の弱さを全く気にしないでいられる、でも弱いままでも、受け入れて包括するような存在を求めているのかも。自覚はないでしょうが」


「どういうこと」


「龍とか。私にもそれを見たのかもしれませんが。強がらなくて良いではないですか。龍の方が強いって誰もが分かるし、私の場合は、お父さんの責任のように感じた仲間の不幸を、外側から動かしたから」


「あ」


 ドルドレンはそこで自分と重なった。

 親父は馬車の家族の全責任を背負う。自分が守らないといけない。いつでも強くないといけない。アジーズの馬車が落ちたのは誰の責任でもない。だがその道を通ったのは誰の指示だったのか。それに谷へ落ちたアジーズを助けに行ける業もない。


 ドルドレンもそうだった。イーアンが来るまで、全ての責任が自分の肩に乗っていた。いつでも強くないといけなかった。だが仲間を失うたび、衰弱する。それでも立っていないといけなかった。イーアンが来て、肉弾戦ではなく知恵で魔物を倒すようになってから、本当に救われた思いだった。


「そうかもしれない。親父はそれをイーアンに見たのかも。龍もそうだ。だから一緒にいないと嫌だと思ったのかもしれない。それは好きというよりは」


「子供が愛情に反応するのと同じような範囲です。思うに。保護される愛。安心できる、自分の強がりのいらない安心の、愛。そうした気持ちではないでしょうか」


 だから、自分もどうにかして相手を愛したら、相手が一緒にいてくれて、その状態を保てる・・・そう感じたのかもしれないとイーアンは言う。



 ・・・・・おっさんなのに。息子は疎ましく思う。まーでも分からないでもない。そうした相手にこれまで出会わなかったかどうか、そんなことは知らないが。だからと言って、イーアンに求められても見当違いも甚だしい。


「どうしよう」


「お父さんが動かないと、馬車の皆さんは困りますよね。もう午後です。今夜くらいなら良いけれど、普段は、何泊もするのでしょう?」


「状況にもよる。しかし何泊かした方が、火の世話や洗濯などは楽だな」


 ここの前に陣取られても、それは困るとドルドレンが言う。そうよね~・・・イーアンもそれはそう思う。理由が理由だから、ちょっと早めに解決したほうが良いだろうと考える。



「あんまり考えても仕方ないので。私が直に一人で話します」


「だめ」


「一人といっても、龍も一緒です。なら良いでしょ?」


 龍と一緒なら、あれは私を守るからとイーアンは言う。お父さんにも一人で出てきてもらって、その辺の、ドルドレンから見える場所で会話をしますと。


「夕方前に馬車が動くと、次は安全な場所あるでしょうか」


「そうだな・・・・・ 馬車の速度で行けば。北へ抜けるとか話していたから、先にある小さな村の放牧地だとかそのくらいか」


「では今から話をしに行きます。夕方前に、お父さんたちが出発できるようにお話しましょう」


 どこが良いかとイーアンが言うので、あまり支部の連中の好奇に晒されない場所を・・・考える。


 裏庭の壁の向こう、すぐ辺りなら。壁が遮っていてそう簡単に見えない。だが龍が巨大だから、龍の体は見えている。イーアンに何かされそうなら、龍が黙ってないだろうから、そこではどうかとドルドレンが提案する。


「分かりました。そこにいますから、何かあったら呼んで下さい。1時間も話せば、さすがに分かってもらえると思います」


「待ってくれ。なんて言う気だ」


「お父さんと一緒に行かないこと。お父さんの胸中を観察したこと。お父さんの思いは実は動かせること、です」


 うーん。あの鬼畜に分かるだろうか。


 悩むドルドレンにキスしてから、イーアンは上着を羽織って出て行った。



お読み頂き有難うございます。

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