2449. 夜祝宴 ~①留守の間の一件
※明日はお休みします。休みが増えて申し訳ありません。どうぞよろしくお願い致します。
宿に戻り、タンクラッドが出かけたことを知ったイーアンは、彼がトゥと一緒にどこへ行ったか分からないにしても、何か先回りするものを見つけたのかもと、思った。
それは、彼がシャンガマックを連れて行ったから・・・・・
「通訳が必要なのかもね」
宿で迎えたミレイオは、新しい国の最初は毎度の恒例『宿に降りてくる翼付きに騒がれる』現象を、慣れた感じで追い払い、イーアンとオーリンを中へ急き立て、後を宿の主人に任せる。この間で、出かけたタンクラッドの留守について話したが、ミレイオは詳細を知らないようだった。
「に、しても。まぁ、行く先々、最初はうるさいわねぇ」
宿の中にいた他の客も騒めくので、ミレイオは、二人の龍族に前を歩かせ、宿の階段をさっさと上がる。
面を外したオーリンは、イーアンに抱えてもらって降ろされたが、イーアンが翼付きなのはどうにもならない。宿は騒がしく、主人も従業員もその中に入っていたが、彼らは後で、好きなだけ話せる特権があるから、早々、『海神の女』を匿う方へ回ってくれた。
でも、これとは別の何か、なのか。夕方頃の宿屋は忙しそうで、人の出入りが増えていたのは、イーアンにささやかな心配をさせる。
「クフムは」
階段を上がった廊下で、騒ぎで部屋から顔を出したドルドレンを見るなり、イーアンは気がかりを訊ねる。パッと目の合ったドルドレンはすぐに側へ来て、まずはイーアンとオーリンを労い、『彼は問題ない』と部屋に少し顔を傾けた。
「俺の部屋にいる」
「あなたが、彼と午後を過ごしたのですか?」
「俺が保護しておいた」
保護・・・ 不穏な響きに瞬きしたイーアンに、横に並んでいたミレイオが『宿がさ。気付いたっぽくて』と囁いた。げ、と驚く女龍にドルドレンは急いで『問題ないのだ』と両手を前に出して落ち着かせ、イーアンたちを部屋に連れて行く。
開けたままの半開きの扉の奥、寝台の衝立の向こうに僧侶は座っていた。イーアンの声を聞いて、少しおどおどした表情を覗かせ、イーアンも彼の側へ行った。
「何か言われました?」
「ちょっとです。その手前で、総長が。こちらの部屋に入れてくれました」
クフムの話し方が、『総長に助けられた』ように聞こえ、ますます心配が募る。振り向いた女龍は、顔に質問が書いてあり、ドルドレンとミレイオは、短く分かりやすく教えた。
「そ。それ、大丈夫なんですか」
俄かに信じ難いイーアンだが、ドルドレンたちは『ああいう人々なのだ』と性質で終わらせる。
なぜ・・・アイエラダハッドから連れて来た、着替えた後のクフムに『僧侶』と気づいたのか分からないが。宿の主人がクフムの部屋に直に入り、いきなり『お前は何者だ』と訊ねたらしかった。
―――この時、戸に鍵は掛けてあったが、当然、宿屋は合い鍵を持っているので、あっさり開けられて(※海賊だから気にしない)、何を目的に彼らと一緒に来たのかを問い詰めようとした。
怯えるクフムに何が出来る訳もない。しどろもどろ、意味も分からず恐怖に呑まれる僧侶。縮こまる僧侶を見下ろす、筋骨隆々の刺青と傷跡だらけの主人。
ここに、助っ人的に間に合ったドルドレンが、食事を片手に割り込んで、主人のいかつい顔に『彼はイーアンの奴隷だ』と言った―――
「それで済んだ、と思えないのですが~」
「信じたよ。『奴隷』とは、言葉が酷いだろうかと思ったが。主人はすんなり、『そうですか』と」
そうですか・・・って。 複雑な面持ちのイーアンだが、確かに奴隷だなんだの言葉のやり取りはあったから、それはそれとして。主人が納得して下がるのが(※奴隷なら理解する環境の人)。
クフムを『奴隷』と知った主人は、『奴隷でも部屋をあてがわれ、食事も普通。良い身分だな』となぜか蔑んで、ドルドレンには笑顔を向け『失礼しました』と去って行った話。
この後、食事をさせる前に、自分の部屋にクフムを移動させたと、ドルドレンは言った。
「勧誘しに近づいた、と考えたんじゃない?」
クフムを僧侶と決めつけた態度から、『大事な海神の女を、神殿側から守ろうとした行為』なら分かるわ、とミレイオは失笑。宿の主人の態度こそ、僧侶決定の結論だったが、僧侶を口にしていない。
イーアンも頷く。『海神の女』は、彼らティヤーの海賊の、古から続く守り神なのだ。
神殿と対立していなくても、自分たちが先に押さえた(※イーアンを)と思っていれば、うろつく僧侶らしき人物は、厄介者に感じたかもしれない。
それで・・・この一件があったからかな?と繋いで考えた、宿の出入りの増え方。
窓の外、引っ切り無しに荷車が往来する通りと、騒がしい人々の様子。先ほどより、もっと人が増えている。理由はこれ?とイーアンが見た視線に気づき、ミレイオがパタパタと顔の前で手を左右に振る。
「これは違うわよ。今日は、ご馳走なんだって」
「え?ご馳走って。まさか私が」
「他にないでしょ。あんた、海賊の神様なんだもの。宴とか言ってたわよ」
え――――・・・ やなんだけど~ 顔に『やだ』と出たイーアンに笑うドルドレンは、白い角を撫でて『少し顔を出せば良いのだ』と大らか。
ドルドレンも、なぜか態度が違う。『海賊相手に貸し借りは嫌だ、身動きの自由が取れるようにしたい』と話していたのが。不審そうな眼差しを向ける奥さんに、ドルドレンは教える。
「いつ、バレておかしな目に遭わないとも限らない。だから俺は『勇者である』と先に伝えたのだ。そうしたら、信じてくれた上に、彼らの視点が前向きだった」
「なんですって。あなた、自分から勇者と名乗るの、あんなに慎重だったのに」
「きっかけがあるのよ。馬車、ほら。分かるじゃないのさ。馬車の民の使う馬車に、海神の女を連れて入ってきた客だから・・・伝説は、海にも残っているんだって」
ドルドレンの微笑みが気になるイーアン(※大丈夫なのかと)に、ミレイオが手前にあった流れを教え、馬車で『魔物と戦う伝説の旅』を思い出した宿の主人が、聞いてきたから、答えている内に・・・らしかった。
「ティヤーでは、勇者像は前向きな伝説ですか」
「でもなさそうだけど。なんて言うの?結論。『強ければいい』な、解釈よ。人は不出来で当たり前が、前提なんだと思うわ」
ああ~・・・海賊だから。ミレイオの感覚的な説明に、納得する女龍。
こちらの伝説でも、勇者は相変わらずお粗末な男のようだが、『それでも戦ったし、最後に魔物の王も倒した男』と、良い所をピックアップしてくれた状態で、海賊の皆さんは信じている。
何と言っていいか分からないが、それはそれで良かったのかなと・・・ 微笑を浮かべて安心顔の伴侶を、ちらっと見てイーアンは思った。
あんたも強いのかと聞かれた(※聞きそう)ドルドレンが、謙虚に『他の者やうちの奥さんに比べれば、人間の域を出ないが、尽力する』と答えたことや、側にいた部下数名が『総長の強さは桁外れ』と褒め称えた(※ここぞとばかり)こと、そして『うちの奥さん=女龍』と知ったことが、好感度を上げていた。
「『海神の女の夫』と、これを伝える時が一番緊張した。袋叩きに合うかもしれないと、一瞬、嫌な想像もあったのだ。だが、彼らは複雑そうな表情で、『良かったな』と素で言ってくれた」
そこだけ敬語じゃなかったわよ、とミレイオが笑い、オーリンも黙って聞いていたが、ここで笑った。イーアンは笑うに笑えず、頑張って、自分の夫であることを伝えたドルドレンの勇気を褒めた。
袋叩きにされる想像をしてまで、言わなくてもとは思うが。彼は真っ直ぐで、忠実と正義が、瞳にも雰囲気にも滲む。ちゃんと、『イーアンの夫』と・・・どこでも伝えようとする真摯な態度は、荒んだ海賊(※失礼)にも認められていた。
「お客さん」
廊下の端から声が響き、半開きのままだった扉を振り返る。クフムに目で合図し、クフムは柱影に隠れた。イーアンが返事をしようとしたのを、ドルドレンが止めて代わりに応じる。
階段を上がり切ったばかりの宿の人がこちらへ来る前に、ドルドレンも話しかけながら彼に近づき、廊下途中で短い会話をし、宿の人は下へ戻った。ドルドレンは、扉の脇で様子を見ていたミレイオに手招き。
「夕食だ。ルオロフも下に来ている」
「イーアンどうするの」
「彼女を先に連れて来てほしいと言われたが、ミレイオが側にいてほしい」
「私?別に良いけど、あんたじゃなくて良いの?」
「俺には『俺の席』が用意されている。客人と、宴で喜びを示す人々の席は、交互である」
え・・・眇めた明るい金色の瞳に、ドルドレンは『ミレイオは、イーアンの姉だと伝えた』と教え、どう見てもオカマのミレイオだが、イーアンが『姉』と守る間柄であることを説明したら、それを受け入れてくれた様子。
「まぁいいわ。じゃ、イーアンの隣が私、ってこと。あんた、勇者だものね。あんたにも群がるか」
「恐らく、そのつもりなのだ。話を聞きたがっている者たちが集まって待っている、と」
やめてよ、と笑うミレイオにドルドレンも少し笑って、『そういうことだから離れないで守ってあげてほしい』と頼み、ミレイオ付きイーアンを先頭に、ドルドレン、オーリン、フォラヴとザッカリアは、階下の賑やかな食堂へ。
・・・この時間。この状態で。
イーアンもオーリンも、スヴァウティヤッシュに最初に言われた『ヤロペウクの予言』を仲間に話していない。
途中までは『伝えよう』と考えていたが、宿に着いて他のことに押されながら、後回しになる内、忘れてしまった。
人魚のメリスムが伝えた予言と内容は同じであったことや、場所の見当がついても、現地に行くのは自分たち龍族だろうと思ったことも・・・ 話しそびれた理由。
これが、吉と出るか凶と出るかは―――
*****
部屋で一人になったクフムは、と言えば―――
「結界か。あの精霊の子じゃなくても、こんなの出せる人ばかりなんだな」
宴の間、クフムが一人はマズいと気にしたイーアンに、ミレイオが『私の使うのは小さいわよ』と前以て断りつつも、サブパメントゥの結界を部屋に張った。ちなみに、シュンディーンは、地下の家に連れて行った後。
うっすらと、粒子の波が見える結界。精霊の子が張った結界は、もっとはっきりした色を出していたが、あのオカマの人の魔法と違うんだろうと、部屋の六方を包む光の膜を、見つめる僧侶。
「宴か。海賊だもんな。神殿でも祝いはあるけれど・・・あの煩さ。野蛮さが伝わってくる。後で、私の食事を持って来てくれるようだけど、残り物かもしれないな」
誰かの唾が入っていそうだ、と顔を顰めるクフムだが。今日、あっさりと守ってくれた総長を思い出し、久々の人の優しさに触れて、意識は気付けばそこばかりに戻っていた。
部屋に連れて行ってもらったと言え、何の話をしたわけでもない。ただ、嫌われてもいないと分かった。蔑まれてもいない。あの人は、皆に総長と呼ばれていたが、そういう器だと、クフムも感じ取った。
少しだけ・・・僧院の司祭を重ね、あの人も何でも堂々と対応したなと―――
「イーアンの旦那さんか。尻に敷かれているのかな」
首を傾げながら、性格の違う夫婦に疑問を呟く、一人きりの時間。
騒々しい一階は迷惑であれ、クフムは自分が逃げられる兆し―― 何かの時には総長を通す ――が見えて、ザッカリアに予言された『代役』を待つ日々の減りを、期待しながら具体的に考えることにした。
が、早々に。
「はい」
「食事だ」
コンコンと扉を叩く音に、答えたと同時くらいで、ギィと硬い扉の蝶番が鳴り、食事を手にしたオーリンが入ってきた。
お読み頂き有難うございます。
明日はお休みします。




