2448. 火薬と銃と目的地・ラファルのティヤー初日
部屋には複数の人が居り、続く先の部屋には、木箱がたくさん積まれていた。ここは、硫黄の臭いが空気に馴染んでいる。
積まれた箱の向こう側、縦長の木箱が幾つか見え、近くへ行くと、箱の脇に立てかけられた金属の細い筒を見つける。これが銃の一部、とイーアンもオーリンもすぐ思ったが、なぜか、組み立ての済んでいない半端な銃身だけで、他の部品も近くにない。
筒は黒灰色の金属製、ティヤーで作った物だろうが、巻きが歪で真金などを使っているにしては、お粗末な代物だった。
部屋に居る人たちは机を囲んでおり、机上に布を広げた上に粉の山、粉の横には記帳中の紙と、糸を外した紙束が並ぶ。
文字は読めないが、ダルナは彼らの記憶を読む。静かな数秒の後、スヴァウティヤッシュはこの状況を二人に解説した。
「解っていないのですね」
「そういうことだろう。こいつらの目的と、現実が離れているんだ。そこの・・・あれだな。あの箱に材料がある。輸入したやつだ。反対側の壁沿いにあるのが、ティヤーで産出している硫黄。で、こいつらの手元にあるのが」
輸入した材料の箱は、数箱の蓋がずれて開いているだけで、他は綱が掛かったまま。開けてもいないのは、失敗続きで一時、中断した状態を示している。
「絵というか、地図というか」
質問したいことがあるオーリンは、材料の話を変えて、紙束に目を落とし、片手で顔を摩った。『これ、どこだか分かるか?』狙いがここかと、紙に描かれた地図の輪郭線を黒いカラスに訊ね、カラスは『ある意味ね』と返した。意味あり気な返答に、二人の龍族は彼を見る。
「俺も・・・分かるわけないんだけど。この国じゃない。で、どこの国でもない、と思うよ」
「どういう・・・ことだ」
「うーん。こいつらの記憶の中に、神話か?そんな感じで、信じ切ってる大陸がある。そこが目的らしい」
紙束の上のページをずらしかけて、はた、とイーアンが止まる。『神話。大陸』聞き返す女龍に、頷いたカラスが『そうとしか思えない』と見回す、数人の男、そして、部屋の一画。
その一画に、宗教画が描かれた織布が垂れ、カラスの視線を追ったイーアンはじっとそれを見た。あれだ、と直感が告げる。
幻の大陸――― テイワグナ開戦時、タンクラッドと見た大きな影が、そして、終戦後に地上絵から臨んだあの時が脳裏に過った(※1724話参照)。
「要は。狙いが、神話の大陸で。そこに使うのか、行くために使うのか・・・火薬の量の調整をしていて。銃は、行った先の支配のため?でしょうか」
イーアン、直結したことをザッと言葉にする。スヴァウティヤッシュは一人の男に嘴を向け、少し黙った。
ここにいる全員、衣服は僧衣で、クフムの僧衣と似ていたが、フードがなく、七分袖の涼しそうな生地。同じ服を着ていても、三人は中年で雰囲気も近いが、残る二人はやや若く引き締まっており、顔つきもどことなく鋭い。
嘴を向けられた相手は、中年の太った男で、白髪交じりの薄毛頭、でっぷりとした腹の下に、僧衣の締め紐が埋もれている。
贅沢していそうだな、と・・・カラスの言葉を待つイーアンは、男の風体にちょっと思う。その思考も読んだのか、振り向いたカラスが少し笑って『まんま、そうだよ』と教えた。
「この男は、今日、別のところから来た。普段はもっと、デカい町の神殿にいる。船を乗り継いで数時間の距離が、この製造所だ。
こいつの記憶がやたら、生々しい。イーアンの推量は、半分当たりだ。神話の大陸用に準備している理由が、『爆破の衝撃=開通の条件』とさ、決め込んでいる感じ。
銃は違う。銃は、えっと・・・国でヨライデってあるか?そこに出す」
「え?ヨライデに」 「ヨライデに、銃を売り飛ばす気ってことか?」
ギョッとしてイーアンが即、問い返し、オーリンも驚く。カラスは何度か、小刻みに頭を上下に振りながら『そうらしい』と肯定。そして、もう一つ付け加えた。
「この若い人間二人。こいつら。僧兵だ」
*****
この後。状況を見守っていた赤目の天使に、イーアンたちは、既に混ぜられている火薬と、火薬材料の変成を頼んだ。
輸入しているのは硝石で、硫黄は北西の火山列島付近から取り寄せているようだった。これを見たオーリンが『海伝いは、海賊絡みじゃないのか』と不審を口にし、イーアンも唸る。
木炭はそこらへんで作っているようだが、硝石の輸入元は、アイエラダハッド南部。海賊が手を貸すと、そうしたこともあるのだろうか・・・・・ 聞き難い上に、厄介そうな雰囲気しかないが、これは早めに確認しようと決まる。
とりあえず、硫黄は難しいにしても、輸入してまで取り寄せている硝石は変えてもらうことにし、箱の中でそれらは別の物質に変化した。
ブラフスは、この建物にある全ての火薬を見つけ、悉く分解して組み直し、人の力でどうにもならない状態に変えた。
「でも。あくまで、ここに在る分だけだ。それを忘れるなよ」
建物を出る際、スヴァウティヤッシュがそう言い、イーアンたちは頷く。ブラフスとスヴァウティヤッシュにお礼を言い、外で待っていたイングとレイカルシに報告。それから―――
「俺は、戻る。やりかけなんだ。ブラフス、お前も戻れ」
スヴァウティヤッシュの短い挨拶。ダルナはそれを伝えたらすぐ消える。
ブラフスは、別れ際・・・何か言いたそうだった。振り向いて、じっと女龍を見つめた真っ直ぐな視線。どうしたのと聞きかけて、ブラフスは視線を逸らし、やはり彼も暖かな空気に混じっていなくなる。
「ブラフス。言おうとして、言わなかったのかしら」
「そんな感じだったね。また会った時に話すんじゃないの」
オーリンも同じように感じたが、消えてしまった以上は次まで待つだけ。
考えて、話さないことを選んだ―― そんな風に見えた赤目の天使の素振りは、イーアンに少し気がかりを残したが、スヴァウティヤッシュも特に新しい情報を話していないし、ブラフス個人的な相談かも、と思うことにした。
イーアンは、イングとレイカルシにもお礼を言い、『何かあれば呼べ』を挨拶に、二人が宙に消えるのを見送った。
「俺たちも戻ろう。って。どうだろな。イーアン、俺を運ぶ?」
オーリンが樹上(※下ろされたところ)で、下方の人間を見て呟く。一時間ほどの、記憶を留められた『空白』に異変を感じた人々が、徐々に表へ出てくる様子・・・イーアンもそれを眺めて、首を少し横に振る。
「自分たちがしていること、マズいと自覚はあるのでしょうね。この腐った連中。ふー・・・やれやれ、オーリン。私たちは宿がどこかも分かりません。この際、ちょっと上がって、ティヤーの俯瞰図を見ながら、ドルドレンたちの気配を辿りませんか」
「悪くない。ここがどこか、覚えておきたいしな」
龍族二人、お互いの顔を見合わせて頷くと、最初にイーアンがオーリンを抱えてびゅっと真上へ一飛び。
それから、上空でオーリンは、『精霊の面を使ってみる』と試し、見事に女龍の前で姿を変えた。驚き、褒める女龍に、小龍オーリンは『途中で落ちたら拾って』と頼み、二人はティヤーの青空をゆっくり・・・ 仲間を探して飛んだ。
ふざけた口調、面による変身。いつもなら、ちょっとでも笑うところなのに―――
二人は笑う気になれないまま、馬車のある宿を見つけるまで無言で、そして、波の変化を遠目に見たイーアンが『余震』が来たかも、と勘づく。
細めた目で沖を見て、それから海岸に視線を戻したイーアンは、岸壁の通常水位を知らなくても、妙に下がっている気がした。
・・・そして、思いもよらずの、もう一つ。植物園を出た姿は、近場の人間の誰にも見られなかったはずだが。
人間ではない誰かは、見ていたなんて。イーアンもオーリンも気づかなかった。
*****
龍族二人が、宿に降り・・・ スヴァウティヤッシュが、ティヤーにいる古代サブパメントゥの、『面倒』を辿る頃。
ラファルは、ティヤーで動き出す。
アイエラダハッド決戦時は、隠されることを許可された身が、新しい国に来た今、再び精霊に行動を命じられた。
魔導士が別のことで出した魔法陣に、ナシャウニットが現れ、それを告げた時、バニザットは重い息とともに頷くしかなかった。ラファルが気の毒でしかないが、『彼の、この世界に於いての存在』が、そこにある以上。
伝えられたラファルは、昼の外が見える窓に寄りかかって、のんびり煙草を吸っていたところ。
そうか、と小さく答えて、煙草の火をもみ消した。表情に薄っすらとあった和らぎは消え、瞬きした次の視線は、遠い遠い、果てないものを見る目つきだった。
『死なないように引き延ばされている存在』の認めは、枯れた悲哀の残骸を積み上げ、退かないゴミのように嵩張る。重くはないが、軽くもない。吹けば飛ぶほど、どうでも良いのに、どうにもならない。
ラファルは、ほんの僅かな、束の間の休息から足を踏み出す―――
兵器としての自分を、今日も受け入れる。
魔導士も辛い。一緒にいることは出来ても、彼の苦悩を和らげる力はない。何を言うこともなく、無表情の二人は、砂浜の光を受ける小屋を出た。
ここから。 ティヤーが変わり出すのを、二人は知らないにしても。
予測は魔導士にあったし、ラファルも兵器の自身が動く時点で、罪なき人々の安寧を奪う覚悟はしていた。
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