2446. ヤロペウクからの伝言・レイカルシの花畑
ティヤーはまだ、魔物前。だが、スヴァウティヤッシュの伝言は、意識を高ぶらせるものだった。
「いつ・・・かは、分からないのですね?」
「そうだな。もうすぐじゃないか」
スヴァウティヤッシュは、イーアンとオーリンにヤロペウクの伝言を話し、イーアンは予言の二つめを得る。
自分も人魚の未来予告を見せてもらったことを言い、ヤロペウクの情報により、場所も大方把握できて助かると、黒いダルナに伝言を感謝した。
「北か。ティヤーで言う・・・アイエラダハッドの東、南寄りの火山列島って言うなら、ティヤーの上の方ってことだもんな。あの辺も複雑な印象だ」
一緒に話を聞くオーリンは、少し濁す。『範囲が広いと思う』だからテイワグナ戦の開始と似ているかも、と予想。
イーアンも、以前ミンティンに連れていってもらった、上空からの眺めを思い出し、入り組む島々を抜けて津波が襲う加速を考えると、テイワグナで食らったあの強烈さがまざまざ記憶に甦った。
ティヤー北方の海岸線全体に津波が来る、と思っておいた方が良さそうな、大袈裟ではない心構え。龍族二人は顔を見合わせて頷く。
「ところでな。こいつが一緒なのは、何でだ?」
黒いダルナは二人を少し放っておいたが、話が済んだようなので、オーリンを鉤爪で示してイーアンに尋ねた。こいつと呼ばれたオーリンは、『俺はオーリンだ』名前で呼べ、と面白くなさそうに伝える。
「これから、オーリンと出かけます。ティヤーの面倒があってね・・・スヴァウティヤッシュにも、聞いておいてもらいたいです」
イーアンは、残存の知恵探しから、火薬の可能性を懸念し、オーリンと自分で先にそっちを探すことに決めたと話した。
そして、人魚の予言の気になる一部に、『陸を襲う人間』があり、これは推測だけどもしかすると、どさくさに紛れた危険な犯罪が、製造された何かによって行われるのではないか、そう考えている・・・と気がかり全てを、スヴァウティヤッシュに打ち明けた。
「ですから、火薬だけでも。供給予定があるなら、製造場所も、普通に考えれば在るでしょう?非常事態に、さらに混乱と悪化を招く輩の、鼻っ柱は挫いておきたいと思えば。探すだけ探して津波前に、製造所か保管庫か分からないけれど」
「潰すのか。まぁそうだな」
女龍の懸念とこれから行く先を聞いて、ふぅん、と腕組みした大きな黒いダルナ。
ちらっとオーリンを見た後、数秒・・・じっと見つめ、イーアンは気づく。オーリンは訝しそうに首を傾げ、なんだよとダルナに訊く。イーアンは、ちょっと先に質問。
「今。もしかしてスヴァウティヤッシュは」
「そうだ。こい・・・(※こいつ、って言おうとした)オーリンが火薬探し、の理由を読んだ」
「読んだ?」
おうむ返しにオーリンが反応し、イーアンは苦笑して『ダルナは思考や記憶を読むから、慣れて』と慣れることを推奨。どうせ止めても、他のダルナもこれやるから(※これ=勝手に読む)と言っておく。
オーリンは嫌そうだったが、あのタンクラッドもトゥに読まれ放題・・・と思い出し、『慣れそうにない』とぼやいて目を逸らすに返事を留めた。
「イーアン。俺が行ってもいいが、ダルナを誰か、連れて行った方が良いと思う。探す当てはないんだろ?」
黒いダルナは、『見分ける見つける』のが彼らの仕事―― オーリンは火薬を自前で作り出した経緯あり ――と理解しても、場所探しに手間取るだろうと思い、助言をする。イーアンもそこは考えていたらしく、うん、と頷くと『イングに』と呼び出す気でいた。
「イングか。あいつの力じゃなさそうだけど。でも、イングの方が顔が広いから、適役を紹介するかもしれない。一先ず、イングに話してみれば」
スヴァウティヤッシュの一言に、イーアンも同意してお礼を言う。スヴァウティヤッシュは『俺もこれから動くから』と違う方を向いた。
何するのかなと、少し思った女龍の思考に気付いたダルナは、『俺の仕事、あるだろ?』と皆まで言わず。瞬きしたイーアンが、『スヴァウティヤッシュの』と半端に呟き、ダルナは話を少し戻した。
「そういうのもあるから、ヤロペウクは俺に伝言したのかもと思ってるよ。俺が先に聞けば、伝言を届けた後に動く、と考えたんじゃないのか。『俺の仕事』は急ぎなんだろ」
確信はないが、そう思う。自分の解釈を話すと、イーアンもオーリンも納得したようだった。
理由を聞かなかったが、どうしてヤロペウクは仲間に言いに来なかったのか、疑問だった顔を、『なるほど』の理解に変える二人。
じゃあな、と黒いダルナは挨拶し、さっさと消えた。黒土の香りが潮風に乗る。イーアンとオーリンは、改めて・・・居る場所を見渡し、『ここで良いか』とダルナを続けて呼び出した。
ティヤーの岬のどこか。人の姿の全くない、小さな島から突き出る、細い細い岬の上がったところに立つ、龍族二人。
呼び出して間もなく、潮風に花の香りが舞い込み、青紫のイングが現れる。余裕気なイングは、イーアンとその他一名(※オーリン)を見て『用か?』とすぐに話を促した。
*****
「ふむ。俺じゃないな」
スヴァウティヤッシュに打ち明けた内容を聞いて、青紫色の男の姿のイングは断った。腕組みし、左を向き、少し考える横顔に午後の光が当たる。
人間のような容姿でも、人間よりずっと大きく、頭の先から足の先まで統一の青紫。背景の青い海と空に馴染む、不可思議で力強さを湛える姿に・・・間近で見つめるオーリンは『かっこいいな』とつい、感想を漏らす。
イングの吊り上がった目が男を見て『悪くない(※感想としては)』と頷き、イーアンがちょっと笑った。
「オーリンたら」
「いや、つい。俺もさ・・・精霊の面があるから、小龍になるんだけど、迫力が。って、あ。俺の面はまだあるな」
話し序、思い出して腰のベルトを見たオーリンとイーアン。つられてそちらに視線を落とすダルナ。オーリンの腰のベルトに下がる袋から、精霊の面が少しはみ出ているのが見えた。
「大丈夫そうでは。アイエラダハッドだけ、と精霊は言っていたけれど」
イーアンがお面に顔を近づけ、ちょんと指で触る。どこも変化なしの印象で、オーリンを見上げると彼も『だと良いけど、見た目だけかもよ』と肩を竦めた。使ってみないことには確定じゃない、と呟いたオーリンの声に重ね、イングが本題に戻す。
「レイカルシを呼ぶか」
パッとダルナを見た二人に、青紫のイングは『レイカルシに、土に染みた記憶を呼び起こさせる』と言った。
どういう意味かと、イーアンたちがキョトンとしたのも束の間。
白い花びらが、どこからともなく海風に乗って舞い散り、リボンのような綺麗な紐が螺旋を描いて、空中から落ちてくる。それは螺旋を繰り返す度に、赤く逞しい大きなダルナの姿に変わった。
「イーアン、海はどうだ」
挨拶一番に、観光感想。良い感じ、と答える女龍に笑い、レイカルシはお花を出す(※得意)。どことなくハイビスカスを思わせる大振りな南国の花一輪、受け取ってお礼を言い、イーアンは角の横に花を挿しながら、イングと一緒に呼んだ理由を説明した。
「ああ、そう。ふーむ・・・イング。俺の力を説明したのか」
「していない。これから解ることだ」
そうだが、と赤いダルナは気乗りしないように長い首を振り・・・じっと見ている龍族二人に、何をするか掻い摘んで教えてやった。ちょっと面食らったオーリンと、眉をひそめる女龍。
「言葉のまま伝えると、もしかすると笑顔も消えるだろうな」
そう言うレイカルシに、イングは目を伏せて『もしかしなくても笑顔は消えるぞ』と裏打ち。だが、確実と言えば、確実な手段。
オーリンの黄色い瞳が、イーアンを見た。イーアンも躊躇いながら、ちょっと見上げてオーリンに『ラファルの時みたい』と小さい声で気持ちを伝えた。
―――ラファルが、塔に閉じ込められた状態を知ったのは、魔導士とミレイオだった。魔導士が塔の内部を探り、彼の惨状を見つけ出した、あの話。
レイカルシの能力は、彼の赤い鱗に体現されたように感じた。これまで、きれいで鮮やかな赤、とだけ思っていた艶やかな輝く赤が・・・・・ 血の色に見える。
血の記憶を読むレイカルシ。花畑も彼の出す花も、全てが弔いの続き、倒れた者の、懺悔と願いの花だったとは(※2283話参照)。
角の脇に挿した、貰ったばかりの一輪。そっと、花に手を添えたイーアンは、この花の誰かが、どうか今は魂の安らぎを得ていますように、と祈る。そんな女龍を見つめるダルナは、言い難そうに続けた。
「消沈させるようなことは言いたくないが。知れば、事実は言わなければならない。火薬は、被害を出しているだろうから」
落ち着いたレイカルシの言葉に、イーアンは頷き、オーリンは彼女の横に立って『正確に教えてほしい』と頼んだ。
気遣わなくてありのままで、と添える言葉に、了解したレイカルシは乾いた白っぽい地面に視線を落とし、その力は始まった。
*****
不思議な光景だった。美しいのに、寂しく、明るく際立つ青海の岬に於いて、この世のものではない儚さの、陽炎を見る。
岩が所々突出する乾いた地面は、小石や砂利が砂に噛んでざらついていた。短い草が点々と生えている程度の場所に、レイカルシ・リフセンスが長い首を左右に振った途端、花畑は現れた。
淡く幻想的で、明日には消えるだろうと感じるほど、どこか夢見がちな甘さが、薄い花弁の重なる花々に漂う。
淡く見えても、個々の色は強く鮮やかな、赤や黄色や桃色が多い。それでも浮世離れした印象を含むのは、先に彼の力を聞いてしまったからか。
アイエラダハッドの西の原野で、最初に彼の花畑を見たイーアンは、本物と見紛う美しさと香りに、足を踏み入れるのも躊躇ったのに(※2124話参照)―――
今、自分たちを包む花畑は、命の行方を知らず、誰でも良いから手を差しのべてと、頼むような哀愁を帯びる。
『呼べよ。話せよ。地に伏した熱。起きろ。伝えろ。崩れた未練。涙よ、吸った土から湧き上がれ。血よ、乾く前に戻ってこい』
レイカルシの呼び掛けは、花畑に香気を煽る。咽るほどの香りが立ち、イーアンとオーリンは鼻と口を覆い、滲みる匂いに目を細める。潮風はどこへ行ったと驚く、花の香りの密度。香水の桶に放り込まれたように、肌までピリピリと刺激を受ける。
赤いレイカルシの鱗が、どんどん明度を上げ、体の下の方から上がる波打つ色は、彼の体をオーロラが走るように見えた。
吸い上げているんだ、とイーアンは思った。
大地に沈んだ沈黙を、嘆きと無念と未練の音を、彼の全身が、彼の存在が聴き続けている・・・・・
何だか急に切なくなり、イーアンの目に涙が浮かぶ。私が殺した誰かも、こうして『聞く耳を貸す誰か』を待っているだろうか。
アイエラダハッド決戦で防ぐことのできなかった罪の行方を、この瞬間に思う。
ポタっと垂れた涙は、腰まで色づいた香気の粒子に呑まれ、これを見たイングが側に来た。イングはイーアンの背に手を当てると、『もうすぐ終わる』と囁いた。
イーアンは、何を聞くわけでなくとも、数えきれない悲しみを肌で感じ、自分の悔恨を被せる。オーリンも悲しそうな表情ではあるが、イーアンのように泣いたりはしなかった。
女龍の涙はゆっくりと浮かび、落ちて止まらず、赤いダルナに応じる花畑が姿を消すまで流れた。
そうして――― レイカルシが花畑に屈みこみ、幾つかの花に視線を向けた後。彼を中心にして、花は引く波に似て、すーっと薄れ出し、数秒後には花畑ごとなくなった。
ダルナの視線を向けられた位置に咲いた花は、消える前に少しだけ、ふんわりと膨れたように見えた。
イーアンとオーリンには分からなかったが・・・ イングはそれが、『死者の声を聴いて、レイカルシが願いを叶えた』と分かった。
―――この世界に於いても、解除された彼の力は通用すると知る。
どこかで、倒れた誰かの願いが、今この瞬間、物質的な形を伴い『叶った』のだ。
レイカルシの水色と赤の混じる瞳は、奥に火花を抱えて何度か煌めいた後、女龍を見て『聴こえた』と完了を伝えた。
目元の濡れた女龍の前に進み、赤いダルナはちらっと角を見て『さっきの花も消えたよ』と教える。頷いた女龍は、冥福を祈り、結果をダルナに訊ねた。
「墓もなく、土穴に埋められた死体が腐った場所がある。今もそれは続く。そこは腐敗の臭いより、きな臭い」
「それは」
「そうだ。火薬の犠牲。正確には、『完成しない火薬』を作る場所。犠牲が出始めたのは、それほど前でもなさそうだ」
眉をぎゅっと寄せた女龍。目に冷えた色を浮かべるオーリン。二人の心の振動を感じとる赤いダルナは、女龍の後ろに立つ青紫の男に、小さな溜息と共に同行を伝えた。
「行くなら一緒に行こう。俺がいた方が、現場で細かい確証が取れる」
お読み頂き有難うございます。




