2445. ティヤーの一歩目『海賊繋がり』
「まぁ、でも」―――
『職業:海賊呪術師』と明かしたサネーティは、陽射しの差し込む爽やかな部屋に、客人を招き入れ、振り返る勢いと共に両手を広げた。
仰々しい大振りな態度は、性格か、見せかけか。無表情はイーアンだけではなく、冷たい反応のハイザンジェル人に、サネーティの笑顔が固まる。
「・・・占い師みたいな意味ですよ。呪術師というと、怪しそうでしょうけど」
呟き、固まる笑顔で、サネーティが伝えた『呪術師の意味は大したことない』。そこじゃないよ、と皆の目が集中する(※『海賊』に反応)。
ルオロフが、はーあ、と吐き出す息と共に、額を押さえた。サネーティが彼を睨み『何か、変なことを吹き込んだのか』と、客人の反応をルオロフのせいにする。違う、と否定した赤毛の貴族は、まずドルドレンたちに謝った。
「私は、彼が『海賊』と名乗ったことのない、付き合いでしたから。一時間前に知ったんです」
「あ。それか。そりゃ当たり前だ、ウィンダル。取引先にわざわざ言わないだろう、そんな」
口を挟んで、そんなこと・・・ と、うっかり言いかけ、サネーティは視線の多さに口を噤む。ぽりっと、角を掻いた女龍の、引いている目つきに気付いたサネーティは、また大袈裟な『悪く取らないで下さい』といきなり叫ぶ。
「ウィハニ。海神の女に嫌われたら大変だ!」
「嫌ってないですが・・・さて。では本題。ルオロフと、ティヤー巡りの順路を組んで頂けるかとした話はされました?」
「ええ、それは勿論!私は『繋ぎ役』ですから、行きたい土地を教えて下さったら、どこでも無駄なく、通せます。既に出入国管理局の書類もこちらで受け取っていますし」
「・・・それ。頼んでいません」
呟く声も低く、目を逸らすイーアン(※感覚が違い過ぎる認定)。『受け取った?』『他人が勝手に?』『どうして?』とざわつく一行に、ルオロフはもう嫌で目を伏せた。良かれと思って先走った行為を、すっかり軽蔑されたサネーティは慌てて取り繕う。
「ですからね!あの、ご存じかと思ったんですが、薄っすらでも。海に関わることは、大抵が『私共』の・・・その、あー・・・えー」
「『私共』とは、つまり」
小さな溜息を落とした女龍が、彼の前に出て、腕組みしたまま、しょーもなさそうな目つきでティヤー人を見上げた。
間近で見る海神の女に、注意されているにも拘らず、サネーティはしげしげと数秒見つめてから『本物だ』と上ずった声で囁く。
だからそこじゃないって、と困ったイーアンが俯くが、パッと笑顔に変わったティヤー人は、俯いた相手を覗き込んだ。
「海神の女。私たちは、ずっと昔からあなたを信じて、海を守りました。海を制する者は、陸も守れます。私と最初に会えて良かったんですよ!本当に!」
言えば言うほど嘘っぽい(※そう見える人)のに、めげない男。疲れた感じで頷いたイーアンだが、ここで目が留まる。男の首にある、黒い龍の・・・龍かどうか、はっきりしなくても、勘でそうではないかと思う絵に。
視線が首元に定まった女龍に、サネーティもすぐ気づき、『これですか』と嬉しそうに首元の布を引き抜いた。
「刺青?」
「そうです!私たちは、遠い昔のあなたと共に、いつだって生きています。この刺青があれば、恐れるものはないですよ」
第一印象が、どこぞの富豪のお兄さんみたいなサネーティの、信心深さ。伝わる、嘘ではない言葉。
じっと見つめたイーアンは、肩を隠すクロークの左を払って、自分の肩を見せた。
仕草に一瞬、驚きかけたサネーティだが、その肩―― 黒く太い曲線で描かれた龍の刺青に、落ちんばかりに目を見開き、囁くように尋ねる。
「これは。あなたも。あなたにも、私たちと同じ」
「同じではないですが、偶然、似ています。ね」
胡散臭さと軽薄そうな感じと、怪しいだけの男に、イーアンは苦笑する。サネーティは目を閉じ、その場で両膝を床について、両手を胸に当てると、女龍に頭を垂れた。
いきなり信者状態、にビビるイーアン。たじろぐ皆さん。だが、サネーティの言葉はそれを取り払う。
「ヒリの国から続く、ティヤーの海に降りた龍。今この時から、我らが歩む道を示し給え。海神の女、ここにあり、と仲間に知らせます。許可を下さい。
海神の女がティヤーのどこへ行くにも、私たちは帆を張り、船を出し、陸の上でも波を分けるように道を渡す」
ヒリ、とは、ティヤーの古い呼び名。一つ昔の時代。
これも一種の信仰だろうな、と聞いているタンクラッドは思う。馬車の民も迷信を信じるが、船乗りも信心深いと知るドルドレン。
シャンガマックは、テイワグナの土着信仰を思い出し、フォラヴとザッカリアは、バイラを過らせた。他の者も、バイラやテイワグナの印象が重なり、クフムは少し構えた。
仕事仲間だけれど――― ルオロフは、彼が『海賊の一派』と気付かなかったこれまで、彼の言動に、こうした熱っぽさを見たことがなく、雲を取り払ったような粗削りで真っ直ぐな目つきに、これが本当の彼なのかと感じた。
ここから、サネーティはイーアンに椅子を勧め、自分たちに何が出来るかを説明した。
無論、他のお客も着席を促したが、ルオロフとイーアンが話し相手の状態で、ドルドレンは機構の関係から並んで着席したものの、ルオロフを通した確認や解説をする程度だった。その態度の差が目にはつくが、彼は『現実に現れたウィハニの女』に興奮しているし、仕方ないかと周りも黙って話を聞く。
皆の思いは様々にして、それはさておき、サネーティの話をまとめる。
① 彼は海賊。海賊仲間も、近くに常にいる。彼の職業は、予言占いその手の類で、表向きは輸入業者。
② 仲間と連携が取れるので、ティヤー全土の道と海に明るく、巡回する順路を組むに、移動手段、移動費用の目安も相談可。
③ ②の流れの移動先で、当然『現地に詳しい仲間』に引き継ぎされるため、問題点や変更など、現地で細かな調整も可能。
④ 『国境警備隊』での、魔物製品購入、及び製作指導相談まで、段取りを付ける。
④で、ミレイオたちが反応したが、サネーティは『ティヤーの剣や盾を作る工房は南』と言い、自分はそこまで詳しくないと話したので、彼に詳細を聞き出すことは出来なかった。
⑤ 呪術師の保証印を持たせる。
最後。これが、皆の不審を煽った。アイエラダハッド最初で会った、祈祷師の『十三名を示す絵(※1764話参照)』と似たような意味合いだが、相手が海賊となると、大丈夫~?裏はないの~?と、疑いの視線が宙を飛び交った。
ここでイーアンがふと、あの日を思い出す。
「これ・・・ 知っていますか」
イーアンは腰袋に長く入れて置いた、一枚の革の端切れを引っ張り出し、サネーティに見せる。それを見たサネーティは、イーアンの鳶色の瞳を真っ直ぐ見つめ『どこでこれを』と聞き返した。
タンクラッドとミレイオが顔を見合わせ、イーアンとも目が合う。これはタンクラッドが言うべきでは、とイーアンが呟いて、サネーティは初めて、背の高い目つきの鋭い男に視線を向けた。
目的以外は度外視のティヤー人が『あなたが貰ったんですか』と訊ねたので、タンクラッドは経緯を大まかに話し、イーアンが当時、この姿ではなかったことから、店主が気にかけてくれてそれを持たせた(※626話参照)と教えると、サネーティは真顔で頷いた。
「そうだったんですか。イーアンは・・・ そうか。肌の色や角がなかったら、確かに『海神の女生まれ変わりの人物』として、ティヤーで身柄を求められたでしょうね」
やけにすんなり、『角なし・肌の色普通』の過去、を受け入れたサネーティだが、それは龍が、人にも龍にも変わると信じているからで、特に他意があるものではなかった。
ただ。 サネーティの顔に一瞬。分かりやすい影が差した。
それは、企みなど不穏な影ではなく、怒りを過らせる影で、思わずイーアンとミレイオは視線を交わした。彼は、『陸の神殿に怒ったのでは』と。
人が変わったような表情を、垣間見せたサネーティだが、顔色はすぐ戻る。
ダク・ケパの老人が持たせた革の切れ端を、今も大事に持っていたこと。その方が、重く胸を打ったか。
サネーティは、革を持った女龍の手を、そっと両手で包み、安心させたい気持ちで微笑む。心で『放せ』を命じるドルドレンとタンクラッドの睨みが飛ぶが、そんなの無視。
手を包まれたイーアンが、何?とちょっと笑うと、サネーティは微笑みを深めて教える。
「あなたはこれを、大事に持っていて下さい。あなたのお仲間にも、私がこれと同じものを渡すから」
「あ、やっぱり。これが」
「そう。通行手形ですよ。ウィハニの女の手も、人間と同じで温かいんですね」
重要な一言。それと、感慨深げな一言を伝え、ぎゅっと握った手を放したサネーティは、『じゃ。私の友達がやってる宿を、まずは紹介します』と椅子を立ちあがった。
ルオロフが断ろうとしたが、ドルドレンはこの流れでティヤーが進むと感じ、若い貴族をちょっと手で止めて『これで良いのかもしれない』と受け入れた。
この後、サネーティ経由で、お友達(※海賊)の宿を紹介され、続く午後はルオロフがサネーティ宅に残り、皆は宿へ移動した。
宿代を吹っ掛けられたら、とシャンガマックが総長にひそひそと話していたが、警戒した割に宿は普通だった。
吹っ掛ける・・・この逆は生じかけて、これはイーアンが断った。
『無料で』と言ってくれた相手だが、海賊相手に無料は嫌だと本能で判断した職人組及びイーアンは、笑顔で『払います』と即答し、貸し借りナシを貫く。
騎士たちは、こうしたやり取りの場数を踏んでいないため、世渡り上手で百戦錬磨(※駆け引き)の職人たちに丸投げして、安全を守ってもらうことにした。
クフムは宿に入ったすぐ、宿の主人にじっと見られたが、イーアンが引っ張って自分側に隠したので、事無きを得る。僧侶とバレないよう、イーアンは気を遣い、クフムも『着替えを先に買って良かった』と、ドキドキしながら自分を褒めた。
「あなたの守りも固めないと。って言いながら、私この後、出かけますから、宿待機の仲間に少し任せます」
「そ。そうなんですか?分かりました。でも、イーアンの言うことは海賊も聞くから、早く戻って下さい」
「出来れば」
イーアンも心配は少しあるが。
宿に向かうまでの間で、何度もスヴァウティヤッシュに呼びかけられていたのと、オーリンを連れて『火薬製造場』探しに出る予定があるので、数時間は戻れないだろうと踏む。
「イーアン、行くぞ」
階下から呼ばれたイーアンは、階段の手すり越しに見上げるオーリンと・・・親方に頷く。そう、親方もトゥにせっつかれており、三人は宿を出ることに。
「クフム。ドルドレンに、あなたのことを頼んでおきますから」
「言われなくても部屋は出ません」
食事はどうしようかなと思いつつ、この場合はクフムを隠しておく方が優先に感じ、イーアンは宿代と一緒に食費も請求。クフムも察しており、さっと金を渡した。
「相手がね。いきなり、海の猛者ですから。あなたの話だと、陸の神殿と対立はしていないようだけど、どう思われているか分からないし。何がきっかけで、面倒が起こるかもしれない。
クフムの事情を伝える気はないけれど、とりあえず食事は・・・今日はこっちで用意します」
はい、と頷いたクフムの部屋を出て、イーアンは一階へ行き、ドルドレンにお金を渡し、クフムの食事を頼んだ。それから、宿を出発。
表玄関を出た外で、スヴァウティヤッシュを呼んだすぐ、大きな烏がバサッと翼を広げ現れ、次の瞬間、イーアンを包んで消えた。が、残されたオーリンが慌てて呼び戻すと、再び烏は現れ、彼もまとめて姿を消す。
親方も二人を見送った側から、銀色の閃光が日差しを跳ねたかと思うと、途端に彼の姿は消え失せた。
これを・・・宿の人は見ておらず。さっき三人、外へ出たなと表へ行ったものの、どこにもいない客三人を少し探して、『夕食までに戻るかな』と頭を掻いて屋内へ帰る。彼らの仲間も、戻り時間を知らないと言うし・・・・
「ウィハニの女が来たから、祝宴だと思うけど」
ウィハニの女がいない夕食―― 祝宴 ――じゃ、意味ないもんなぁ、と・・・ 可笑しそうに宿の主人は厨房に入ってすぐ、従業員の若い者に酒屋と市場に買い出しへ行くよう言いつけ、とりあえず準備だけはしておくことにした。
お読み頂き有難うございます。




