2443. シャンガマックの準備着々・ダルナとヤロペウクと火山列島
※明日5日の投稿をお休みします。どうぞよろしくお願い致します。いつもいらして下さることに感謝して。
馬車が到着した、午前の庭先。ルオロフの知人が迎え、ドルドレン他数名が顔を出したが、ルオロフは知人と少し挨拶してすぐ、皆に『馬車で待っていてほしい』と・・・素っ気ない態度で伝え、会釈したティヤー人の男性と屋内へ消えた。
「あれも。気遣っているのだ」
誰もいない庭先。馬糞が落ちても良いように、少し開けてある土地に三台の馬車を並べた後、光瞬く青い海を眺めるドルドレンが呟き、隣に立ったイーアンもゆっくり頷いた。
「分かっています。ルオロフは私たちに、付き添っているだけ、とあの知人に態度で示したのですね」
「彼は俺たちの動きを阻む可能性を遠ざけたい、と話していた。頭の良い人物だから、彼が一人で何か背負うこともなく済むと思うが」
少し心配ですね、とイーアンが続け、ドルドレンも気にした。が・・・ 知人相手、下手なことは言わないだろうし、変な展開に持ち込むことも選ばないと思う、と二人はルオロフが無事に出てくることを願った。
到着した先で、馬車待機の全員。ルオロフが戻るまで、気の抜けた午前を過ごす。
寝台馬車の荷台にいたザッカリアは、馬を下りたフォラヴと海を見ながら気分転換。荷台に残ったシャンガマックへの配慮、とも言う。
友達に配慮してもらった褐色の騎士は、荷台に影伝いで入った獅子とお話し中。フォラヴたちは気を利かせたが、他の者に獅子が来たことは言わない。無論、気配で気付かれているけれど、気付いた者たちも特に言葉にせず。
「どうだ?」
獅子が低い声を一層低くして、息子に訊ねる。扉は僅かに開いており、暖かな潮風が滑り込む荷台で、シャンガマックはちょっと伸びをして『まだ、もう少し時間が欲しい』と答えた。顔を向けた獅子に、先ほどまでのことを話す。
「クフムが、服を買いたがっていたんだ。僧服が気になっていたから。だから購入に付き合うことにして、話を聞いたんだけどね・・・思った以上に、警戒心が強くなっていた。聞かれる度におどおどしてしまうから話にならない」
「お前が『残存の知恵』について、探りを入れる理由に?」
「どうだろうね。全体的に、なのかな。警戒される食い込んだ内容じゃないと思うが、それはこっちの感覚か」
「お前が訊いたのは、あれだろ?」
「そう。実際に知恵をいじくりまわしていた彼が、知恵の産物への扱いで注意していた点というか」
ふー、と息を吐いて、獅子に寄りかかる。シャンガマックは座った膝を一つ立て、両手を組んで膝に引っ掛けると『話せない内容じゃないよな』と、自分の問いかけを思い出す。獅子は息子をじっと見て『どう聞いたのか』と説明を促した。
「ん?普通だよ。扱う際、危険を避けるための予備知識と言うか・・・ クフムがあんまり躊躇うから、買い物の時間が終わってしまった。
動力を造る間、手袋をしたか?、工具の素材は何か?とかね。材料はどこで誰が手に入れていたのか、とかさ」
「お前は素直過ぎる」
獅子の一言に驚いたようなシャンガマックは、寄りかかっていた体を起こし『変か?』と聞き返す。
「変じゃない。素直過ぎる、と言ったんだ。まぁいい。やつの思考は読まなかったのか?」
「うーん・・・会話中は思いつかなかった。先に読んじゃったからな、『服を着替えたい・服が欲しい』の要望だけ」
そこじゃないだろ、と思う獅子だが、息子は相手の思考を読まない方が多いので、これは仕方ないかと理解する。多分、もう相手の思考を読む技も可能なのだが・・・ 慣れないだけに、普段から使おうとしない。
「ヨーマイテス」
「なんだ」
話しかけられ、獅子が見ると、息子は自分の寝台下に置いた、資料の一冊を引っ張り寄せて開き『これ』と一つの剣を指差した。夕方に散々見た絵の一つで、彼は少し考えて口を開いた。
「材質まではっきりして、保存状態も良い、この剣」
「資料館に展示していないやつだろ」
「そう・・・ヨーマイテスは『取ってくるか(←盗む)』と言ったけれど」
「手っ取り早いからだ」
「ハハ。そうだね。でも、どうせなら強化したいな、と」
「ははぁ・・・そうか。お前は全く。現物に手を出さないのは、盗みが嫌だからかと思ったが」
「それもあるよ、勿論。だけどうちには、剣職人もいるだろう?凄腕のタンクラッドさんがいる以上、作ってもらえると思う。資料で一番、ルオロフに良いと思う剣がこれだけど、実物は見れなかった。
剣の形は絵の展示を模写した分、これで正しいだろう。だからここに、クフムの情報を加えて、素材をさらに強化出来たら、それに越したことはない」
「ん~・・・お前の言いたいことは解るが。昨日は『遺跡探しで見つける』からと、俺にその手の遺跡を探ってほしいと言った側から、今度は新しく作ると」
昨日、息子が話していたのは『見つける』方向の内容。クフムに探りを入れて、実際に確認したがっていたので、接触でそうなったかと思えば。クフムの警戒で適わず、それはしょうがないが、前提と違う流れになっていた。
渋い顔を擦る獅子(※見た目同じ)の言葉に、ちょっとすまなそうに笑って、シャンガマックは鬣を撫でながら『思いついた』と白状し、意見が変わったことを謝る。獅子は息子に甘いので『それならそれでもいいが』と認めてやってから、遺跡探しは続けると言った。
「ごめんね。手間をかけて」
「謝らなくていい。手間でも何でもない。どうせやることないんだ・・・ティヤーの知恵潰しは、イーアンとオーリンが行くし。遺跡だって、俺が回った場所をもう一回行くだけの話。俺が回った目的と違うから、出土した遺跡を見本に探すって具合だ」
頼もしいよ、と鬣に腕を突っ込んで抱きしめる息子に、獅子はうんうん頷いて(※喜)『まぁ、お前も頑張れ』とクフム情報聞き出しを励ました。
*****
その頃――― アイエラダハッド北東、南寄りの火山列島。
毛皮の服を強い海風にはためかせた、大きな男が、黒いダルナと向き合っていた。
「俺を呼び出すとはね」
「呼び方が正しかったようだな」
ヤロペウクに呼ばれたのは、スヴァウティヤッシュ。周囲の荒波と重なって、海中から上がる大きな泡の、ゴボンゴボンと立てる音が止まない中。男の呟きは、離れていても鮮明に聞き取れる。
黒いダルナは、この相手の素性や正体を、奇妙に思わなくもないが、暴く気もない・・・・・
「用事は。あの時の(※2391話参照)か?」
黒いダルナが尋ねると、ヤロペウクは頷いて『お前に教えておこうと考えた』と答えた。
「イーアンが、お前を頼るだろう」
「そうだな。それは知ってるよ」
「今後、お前は彼らが魔物退治を終えた後も、一緒に行ける」
「・・・退治を終えた後」
ヤロペウクの言葉を復唱し、ダルナは視線を逸らした。イーアンは、俺の解除の時に、俺の意見を立てたことで、彼女が問われる時に俺も一緒、と精霊に言われた(※2282話参照)―― あの日のことが、ふと過る。
「ダルナよ。もうじき、ティヤーの北西を、津波が襲うだろう。この火山の噴火と共に、海底が突き動かされる。振動は水を叩き、水は加速してティヤーの島々に被り、合間を抜けて勢力が増す」
不意に、予告するヤロペウクに、『俺の名はスヴァウティヤッシュ』と先に名を呼ぶよう示してから、黒いダルナは『その予告は、イーアンたちへ?』と訊ねた。微動のように頷いた男に、頷き返して続きを促す。
「津波に、魔物が乗じる。ティヤーの一部が最初に被害を受けるが、波と海底に押しこまれた魔物が、国中に広がるのは時間の問題だ。今回は全土に魔物が出る」
ヤロペウクの言う『今回』の意味は、ちょっと解りかねたが、イーアンに伝えれば分かることかも知れないので、スヴァウティヤッシュは、予告に対して質問はやめた。その代わり、別の質問を投げる。
「・・・なぜ。俺に言う」
「それが訊きたいか?訊くなら、他の部分ではないのか」
「俺は、何であんたが俺を呼んでまで、そんな伝言を託そうとしているのか。そっちのが気になる。頭の中を読むより、あんたの言葉で言われる方が良い気がした」
スヴァウティヤッシュの前にいる男は、人間の姿―――
人間にしては大柄だが、人間の見た目以外の何ものでもない。しかし、宙に浮き、魔法も魔力も感じない。そして、これが実体でもない。
幻とも偽りとも違うのに、この男は掴みどころがなく、精霊他、スヴァウティヤッシュが見て来た、この世界の誰とも重ならなかった。この男の目的は何なのか。
この男は、『イーアンたちの十人目の仲間』と聞いているが、どの立ち位置とも違う。
遮断をかけていないと分かる、彼の思考。だが、読む気になれない。
スヴァウティヤッシュの本能が、それを選ばないのは滅多にないが、怖れでも警戒でもなく、ただ、この男にはそうしようと思う気さえ起らなかった。
ダルナをじっと見つめる、鋭く遠い目つき。宇宙の向こうにも感じるほど距離があるその目で、ヤロペウクは『お前は勿体ないほど、賢い』と言った。
どういう意味だよと苦笑したダルナに、ヤロペウクも少し・・・見て分かる微笑みを浮かべ、似合わない言葉を零した。
「脇役は勿体ない、と言った。その能力も賢明も心も、だ」
「・・・そう?どうも」
むず痒い褒められ方に、スヴァウティヤッシュは目を逸らして軽く礼を言い、問いの返事を急かすように、長い尾をちょっと上げた。
「答え」
「スヴァウティヤッシュ。俺の気紛れだ」
一秒、呆気に取られたダルナ。白い髭が僅かに上がったヤロペウク。尖った爪で、カリッと頬を掻いたダルナの仕草に、ヤロペウクが声を出して笑い、それもまた意外で黒いダルナは目を眇める。
「じゃあな。サブパメントゥを追い込むダルナ」
「あ・・・ それか」
はたと理解したダルナに答えは戻らず。ヤロペウクは背後の噴火と同時に、その姿を空中に消した。しゅっと、名残りのような残像を見せて。
「つまり、だ。ティヤーって国でサブパメントゥの邪魔が多いのか。俺はヤロペウクの伝言を届けてやって、うろちょろしているサブパメントゥを片付け・・・うーん?それも別に、関連しないぞ」
伝言を受けた理由の曖昧。分からないまま、ダルナはイーアンの元へ向かった。
*****
そして、同じ頃。
一人、知人宅に入ったルオロフは、明るい室内の二階から、窓の外の仲間を見て『彼らに、なんて言えば良いんだ?』と呟いた。その表情は硬い。
「自然に言えば良いじゃないか。国境警備隊に、装備を配るように」
赤毛の貴族の側に来た、年上の男は静かに答える。いつも首に巻いている高級な布に、人差し指を引っ掛けて少し緩めた、その皮膚。大きな龍の絵が見えた。
お読み頂き有難うございます。
明日は投稿をお休みします。
脳の状態で、ご迷惑をかける頻度が増えて申し訳ありません。どうぞよろしくお願い致します。
いつもいらして下ることに、心から感謝して。




